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福岡市の中心で、誰も見たことがない本殿・拝殿を。伝統技術でつくる、あたらしい〈鳥飼八幡宮〉

  • 2024年6月21日
  • コロカル

福岡市の都心部を走る明治通りに面し、近くには球場や大型商業施設があり、周囲に住宅とマンションが建ち並ぶ。〈鳥飼八幡宮〉は、そんなにぎやかなエリアにあります。

鳥飼八幡宮の歴史は古く、『古事記』や『日本書記』にも登場する神功皇后のゆかりの地として、社殿を建てられたのが発祥と伝えられています。

まちがめまぐるしい変化をとげてゆくなか、神社は変わることなく、人々を出迎えてきました。

そんな鳥飼八幡宮が、「遷宮」(神社の改築や修理)によって大きく姿を変えたのは、一昨年のこと。

もっとも驚かされるのは、壁全体を茅(かや)で葺かれた拝殿の圧倒的な存在感。「神社」という建物のイメージを覆すその姿は、いったい、どのようにして生まれたのでしょうか。

〈鳥飼八幡宮〉

神様のいる場所を、常にみずみずしく

鳥飼八幡宮ではもともと、25年おきに遷宮を行ってきました。

ただしこれまでは、歴史ある本殿・拝殿を改修したり増築したりする、小規模なものだったそうです。

しかし、今回の遷宮にあたり調査を行ったところ、建物の老朽化が著しく、建て替えなければならないことが判明。

老朽化とはいえ、古くからある建物を壊し、つくりかえることに抵抗はなかったのでしょうか。

鳥飼八幡宮で神職をつとめる高野さんに尋ねると、「常若(とこわか)」という言葉を教えてくださいました。

「常若」とは、神様をお祀りする場所を、常にみずみずしくきれいに保つ、という考え方。

たとえば伊勢神宮では、1300年も前から、20年ごとにまったく同じ建物をつくり替える「式年遷宮」を行なっています。それは、こういった考えに基づくものなのだそうです。

「わたしたちは、以前と同じ建物をつくるのではなく、『あたらしい神社』をつくろうと考えました」と高野さん。

「『あたらしい』というとすこし語弊があるかもしれません。神道の歴史は縄文時代からありますが、実ははっきりとした教義はないんです。ですから、これを機に、古くからつづいてきた信仰のかたちを、固定観念にとらわれずに一から考えてみよう、そして、それがきちんと伝わる建物をつくろう、と考えたのです」

壁全体を茅(かや)で葺かれた拝殿

鳥飼八幡宮の式年遷宮は、2023年度福岡市都市景観賞・大賞を受賞しました。

二宮さんが描いたイメージ図(提供:二宮設計)

二宮さんが描いたイメージ図(提供:二宮設計)

誰も見たことがない本殿・拝殿を

「あたらしい神社」の設計を依頼されたのは、福岡市内に事務所を構える〈二宮設計〉の二宮隆史さん・二宮清佳さん夫妻でした。

二宮夫妻は、鳥飼八幡宮の山内宮司から、「誰も見たことがない本殿・拝殿を」というオーダーを受けたのだそう。

二宮隆史さんに、その頃のお話をうかがいました。「誰も見たことがないもの……とはいえ神社であるからには、地域の方々に納得してもらえるものにしなくては……」と、アイデアを模索していた二宮さん。

幾度となくスケッチを描き、山内宮司と何度もイメージをすりあわせ、検証を重ねて、巨石と茅葺で拝殿をつくる構想がまとまりました。

高野さんはいいます。「巨石信仰は、世界共通の信仰のかたちなんです。いつの時代の人が見ても、たとえば、ここがいつか埋まってしまったとしても、発掘された時に『神聖な場所だったんだ』ということがすぐわかる」

天然の素材と、伝統的な技術で、あたらしい神社をつくる。そうすればきっと、訪れた人に愛着を持ってもらえるはず。

こうして、あたらしい拝殿は、十本の巨石を柱とし、外壁全体を茅葺にすることが決まったのでした。

茅(かや)で葺かれた拝殿

茅(かや)とは、ススキやヨシなどを束ねたもの。束ねることによってできる隙間が空気の層となって、通気性、断熱性、保温性を高めているのだそう。

神様がいらっしゃる本殿

神様がいらっしゃる本殿は、拝殿の奥に。

茅葺(かやぶき)は、サステナブルでエコな工法

日本では伝統的な家屋に用いられる「茅葺」が、環境に優しくデザイン性にも優れていると、海外、特にヨーロッパで評価されていることをご存知でしょうか。

茅葺はまず、ススキなどの植物を素材としており、古くなって葺き替えた後は土に還る。また自然素材でありながら、通気性や断熱性、保温性に優れている。茅葺は、サステナブルでエコな工法なのです。

しかし、日本では建築基準法により、1950年に茅が「燃えやすい素材」とされ、茅葺屋根の建物を新たに建てることが難しくなりました。

そのため、現在の茅葺職人の仕事は、現存する茅葺建築の葺き替えがほとんどなのだそうです。

茅葺職人の仕事は減り、職人だけでなく茅を採取する「茅場」も減少。茅葺の建物をつくることはますます難しくなり、技術の継承が危ぶまれています。

高野さんはこういいます。「『難しいから』で諦めてしまったら、その技術は本当になくなってしまいます。わたしたちは、難しくても、職人さんたちが技術を継承していけるような環境を、なんとかつくっていきたいのです」

拝殿に使用した茅葺は、20〜30年で傷み、葺き替えることになります。鳥飼八幡宮は、今後、遷宮のタイミングに合わせ、茅の葺き替えを行う計画になっているとのこと。

そのサイクルがうまくまわれば、茅葺の技術継承だけでなく、茅場の保全にも繋がってゆくはずです。

茅葺職人さんたちの作業風景(提供:二宮設計)

茅葺職人さんたちの作業風景(提供:二宮設計)

茅を葺く作業風景は、まるで神事のよう

工事期間中、印象的だったできごとを二宮さんに尋ねると、こんな答えが返ってきました。

「完成前の拝殿の中で、職人さんたちに作業をしてもらっていたんです。それがすごく静かで、まるで神事のようだったのが心に残っています。職人さんたちが、茅を受け渡したり、束ねて切ったりする時に、『フサッ』とか『シャクッ』とか、そんな音だけがここに流れていて。これは神様に納める仕事なんだ、ということを体感できた風景でした」

これほど大きな壁を茅で葺く建築物は、日本には滅多にありません。「職人さんは日々、頭を悩ませながら作業されていたと思います」と二宮さんはふりかえります。

「この現場にかかわるすべての職人さんが、自分の持てるベストを尽くそう、という意識で仕事をされているのが伝わってきました。職人さんたちのそういった思いが重なって、いいものができたのだと思います」

拝殿の完成後、参拝された方が茅葺壁に触れたりしている様子を見て、二宮さんはあらためて、「茅にしてよかった」と感じているそうです。

〈鳥飼八幡宮〉境内

〈鳥飼八幡宮〉境内

地域の人々の、心のよりどころでありたい

年内で、鳥飼八幡宮の遷宮はほぼ完了の予定だそう。これから神苑が整えられ、スロープが整備され、新しい神楽殿が建ち、参拝する方が歩きやすく、より過ごしやすい環境が整えられてゆきます。

「もっと人々がくつろげるように、イベントやお祭りで気軽に集まってもらえる場所にできたら」と高野さん。

「地域の人々の、心のよりどころであり続けたいですね。このあたりは転勤族が多い地域ですけれど、そういった方たちにも、いつかまた帰ってきたい、と思ってもらえるようなまちづくりに関わりたいなと」

この日の境内には、ベビーカーを押したお母さんや、お年を召したご夫婦、いつもの散歩ルートという風情の男性、どこかへ行く途中なのか、大きなリュックを背負った女性の姿もありました。

神社は、時に1000年以上もの歴史を持ち、神様を祀る神聖な場でありながら、いつも誰にでも開かれていて、行くとなぜかほっとする、不思議なところです。

大きく姿を変えた鳥飼八幡宮ですが、これからも、人々の祈りの場であることに変わりはありません。

鳥飼八幡宮は、歴史や伝統と、未来とを「むすぶ」場所。

今日も鳥飼八幡宮の周りには、たくさんの人々が、にぎやかに行き交っています。

〈鳥飼八幡宮〉巨石

〈鳥飼八幡宮〉撫牛

〈鳥飼八幡宮〉鳥居

information

むすびの神 鳥飼八幡宮

住所:福岡県福岡市中央区今川2-1-17

電話番号:092-741-7823

Web:鳥飼八幡宮

Instagram:@torikaihachimangu.official

writer profile

Aya Kinoshita

木下 綾

きのした・あや●福岡生まれ・福岡在住。フリーライター/ウェブデザイナー。2015年より大牟田市動物園を勝手に応援するフリーペーパー「KEMONOTE(ケモノート)」を制作。趣味はアウトドア、日記。カレーとコーヒーが好き。

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