2013年にスタートした、コロカルの人気連載『リノベのススメ』。全国各地のリノベーション事例を、物件に携わった当事者が紹介する企画だ。今回の月刊特集では『エリアリノベのススメ』と称して、1軒の建物のリノベーションをきっかけに、まちへ派生していく“エリアリノベーション”を掘り下げていく。
『リノベのススメ』担当編集の中島彩さんにインタビューしたvol.001では、リノベーションの潮流を踏まえつつ、過去の連載を振り返ってきた。そのなかで登場した過去の執筆陣に、「その後」を聞いてみることにした。前々回vol.002は〈富樫雅行建築設計事務所〉の富樫雅行さん、前回vol.003は〈ミユキデザイン〉末永三樹さんに「その後」を執筆してもらった。
今回は、2018年から19年のあいだ、計8回にわたり執筆していた〈グリーンノートレーベル〉の代表、明石博之さんが手がける富山県射水市の新湊内川地区を実際に訪れた。
連載当時のまちの変化をセカンドウェーブとするならば、現在はサードウェーブの流れが生まれつつあるようだ。連載から6年経った今、新湊内川というまちにはどのようなエリアリノベーションが行われ、これからどんなことが起ころうとしているのか。川沿いを歩きながら、「その後」をうかがった。
自らが地域のプレイヤーになり、当事者になるということまちに貢献する場づくりを行う会社、〈グリーンノートレーベル〉の代表を務める明石博之さんが富山県に移住したのは14年前のこと。
移住という選択は、自身の暮らしを見つめるというだけでなく、地域の社会課題に主体的にコミットしたいという気持ちが強かったからだ。富山県内を車でひと通り見て回ったあとに辿り着いたのは、射水市の新湊内川地区。妻・あおいさんの故郷という縁はあったものの、当時はこのまちが自分たちの拠点になるとは考えもしなかったという。
「日本のベニス」といわれる新湊内川エリア。まちの中心を流れる「内川」は全長約3.4キロ。両岸には漁船が係留され、港町の風情が漂う。
2010年に富山県に移住し、2018年より新湊内川地区に拠点を構える〈グリーンノートレーベル〉の明石博之さん。5年前には長年広島でお好み焼き屋を営んでいた父・富男さんも内川エリアへ移住しお店を営んでいる。
広島県尾道市(旧因島市)出身の明石さんは、大学時代から計19年間を東京で過ごし、卒業後はまちづくりのコンサルティング会社に就職。東京から全国各地に赴くなか、いつしかある思いを抱くようになっていた。 「東京に拠点がある以上、まちづくりのプロデューサーやコーディネーターといいながら自分はそこにいないわけじゃないですか。俯瞰視点だけじゃなくて、もっと自分が普段接している生活圏や文化圏で主体的に関わっていきたいと思ったんです。実際にそこに立ったときに見えてくるものを大切にしたかったというか」
さらにもうひとつ、明石さんが移住を考えるうえで大きなきっかけとなった出来事がある。
「東京時代、新潟県の長岡市に通っていた時期があるんですけど、2004年に新潟県中越地震が起こったんです。それまではいわゆるシャッター通りの商店街や限界集落を活性化させようとか、そういった構造のなかで地域における社会課題と関わっていたんですけど、地震のあとはまちそのものが壊滅状態でした。今までやってきたことが全部リセットされて、立ち止まって考えざるをえないという状況になったんです」
「これまで全国のいろんなところに行きましたけど、まちのど真ん中に川が流れていて、こんなに近くに水辺があるってなかなかないですよ。それから、川にかけられている橋も象徴的なシンボルになっていると思います」
東京というまちでは、地域と積極的に関わらずとも個人の暮らしは成り立つ。しかしながら社会という広い視野で考えたとき、地域との関わり方やコミュニティの重要性があらためて問われるはずだ。明石さんの場合、震災という出来事が大きな転機でもあった。
「東京に住んでいると、一市民であることへの意識や感覚が希薄で、近所づき合いなんていうのはそこまで意識する必要がない。一方で、田舎はみんな当たり前のようにお祭りに参加するし、自治会の集まりもあれば、掃除当番もしっかり回ってきます。どこかで空き家が出たら、ちゃんと自分ごととして考えておかないといけません。それはいつか自分のところに何らかのかたちで返ってくるかもしれないという危機感があるから。そこは大きな違いです」
いいこともたいへんなことも全部、自分ごととして真正面から向き合う。「地域に根ざす」とは、本来こういうことなのだろう。
内川の1.5キロ区間に13の橋が架けられており、デザインもすべて異なる。こちらは赤い屋根のある「東橋(あずまばし)」。カフェ〈uchikawa六角堂〉がすぐ近くにあり、2015年公開の映画『人生の約束』のロケ地でもある。
「ひと粒ひと粒」を味わってもらうには、拠点となる宿が必要2018年5月にオープンした〈水辺の民家ホテル カモメとウミネコ〉は、築100年近い元漁師の町家をリノベーションした川沿いに佇むホテル。目の前を流れる「内川」に漁船が停泊している様子は、漁師町の風情を感じられると同時にインパクトがある。このまちの日常であるが、旅行者にとっては非日常の風景だ。
ホテルの目の前に川があり、そこに浮かぶ漁船。なんとも不思議な光景である。
ホテルは「カモメ」と「ウミネコ」というふたつの棟に分かれ、古民家の趣を生かしつつも快適性にこだわった設えが心地良い。充実したキッチンと調理器具も揃っており、地元の漁師さんが水揚げされたばかりの魚を届けてくれるプランもあるのだとか。徒歩圏内には寿司屋や居酒屋、カフェ、バーといった飲食店も点在しているので、地元ならではの食をさまざまなかたちで楽しむことができる。
看板から部屋で使うパジャマや小物に至るまで、ひとつひとつにこだわっている。
看板から部屋で使うパジャマや小物に至るまで、ひとつひとつにこだわっている。
「今まではせっかく新湊内川にきても、泊まるのは高岡っていうケースが多かったんです。ですから、まちの魅力を知ってもらうための装置であり玄関口になる場所として、宿はずっとつくりたいと考えていました。滞在できる拠点があるということは、日本だけでなく世界じゅうから人が来てくれるようになりますし」
「建物の中から川を眺めると、さっき歩いてきた風景とまた違って見えると思うんですよね」(写真左:明石さん)。「天気がいい日の朝は、土間に腰掛けて外を眺めながらティータイムを楽しまれる方も多いです」(写真右:ホテルスタッフ 北野まつ葉さん)
県外の友人や仕事で知り合った人をまちに招くときのゲストルームとして機能している部分もあり、宿泊施設ができたことで滞在時間も大きく変わり、それによって深いコミュニケーションが生まれ、まちをプレゼンテーションするための時間が増えたとも話す。
ホテルからの部屋からの借景。普通の港町でもなかなかこうはならない。夜になると漁師さんが作業する様子が見えるのもこの場所ならでは。
ホテルからの借景。普通の港町でもなかなかこうはならない。夜になると漁師さんが作業する様子が見えるのもこの場所ならでは。
「お客さんがくるとここでよく宴会を開くんですけど、知人の紹介で宿を経営している人が泊まりに来てくれたときに、『このロケーションで宿をやったら絶対にいいだろうなあ』と話していて、そのあとも何度か内川を訪れて宿を始めることになったんです。
別の人がきたときには、『あそこは借景が素晴らしいのにずっと空き家になってるんだよね』って話していたら、『じゃあ僕やりたいです』みたいな人が現れたりする。とんとん拍子で話が早い(笑)。宿ができたことで、そこからいろんな動きが加速した感じですね。今後このエリアには、あと3軒ぐらい宿ができる予定です」
明石さんと一緒に内川のまちを散策しながら案内してもらう。
博之さんの妻・あおいさんが営む〈小さなSHOP〉は、1日1時間だけオープンする新湊内川にちなんだ紙物を扱うお店。
外からやってくる人にとって、まちとの最初の接点とは何があるだろう。それは、ふと目に留まった風景かもしれないし、そこに佇んでいたお店かもしれない。断片的な体験や記憶の集積によって、まちのイメージが広がっていく。しかしながら規模にもよるが、その輪郭を掴むまでには時間がかかる。だからこそ、「ひとつひとつの場所の品質や居心地が良くなければ、人を惹きつけることはできない」と明石さんはいう。
人通りがあるか、駅に近いか、近くにランドマークがあるか、などの見方は僕のものさしにはありません。人知れず、毎年春になったらきれいな花を咲かせる山桜のごとく、当たり前のように日々の暮らしや仕事などの営みを繰り返し、継承されてきた素朴な生活風景に魅力を感じてしまいます。
僕は、リノベーションという行為が、地域やそこに暮らす人々との関係にまで影響を及ぼすプロジェクトになってこそ「リノベーション」なんじゃないかと思い、当初から建築行為をプロジェクトの中心に置かないようにしようと考えました。
(「マチザイノオトvol.2」より一部抜粋)
水辺の民家ホテルの対岸にある番屋倉庫。今年からリノベーション予定とのこと。どんな姿に生まれ変わるのか楽しみだ。
「新湊内川でのまちづくりに関して、大それたブランディングやマネジメントをしたつもりは一切ないんですよ。まずは場所そのものの魅力が前提としてありました。つまり、ひと粒ひと粒がちゃんとおいしくなければいけません。そうじゃなかったらきっと今のかたちにはなっていないはずです。
僕の場合、仕事で関わるものに関してはまちへの貢献度を意識するんですけど、お店を始める人全員が最初からそれを意識するかというとそうじゃない。それぞれに目的や理由があるはずだから、好きなように自由にやるべきだと思っています。
ただ、訪れる人にとってはお店で過ごす時間がまちの体験としてインプットされますよね。だから欲をいえば、店主にはまちのことを知っておいてもらいたいし、純粋にこのまちを好きでいてくれたらいいなとは思います」
今、起こりつつある「サードウェーブ」のムーブメント「10年ぐらい前までは、県内の人に新湊内川のことを話しても『何それどこにあるの?』って感じでした。富山市に住んでいる人でさえ『新湊漁港ならわかるけど、内川ってどこ?』って。いい場所だしポテンシャルはあるのに、全然知られていない。これはいかんなと思って、まちのことを知ってもらおうと考えたのが最初のきっかけですね。
移住したら山のほうで農業でも始めようかと思っていたんですけど、自分の場合、そこでたまたま見えてしまった景色が『空き家』だったんです。魅力であると同時に、抱えている問題でもあることを知ってしまったことから、今に至ります」
築80年の空き家をリノベーションした町家のオフィス〈ma.ba.lab〉にて。
あおいさんが経営するまちづくりとデザインの会社〈ワールドリー・デザイン〉のオフィスに、博之さんの〈グリーンノートレーベル〉が入居してシェアしている。
6年前にスタートした「マチザイノオト」プロジェクトによって、元畳屋だった築70年の空き家をリノベーションして〈カフェ uchikawa 六角堂〉が誕生。次に生まれたのは、それぞれに事業を行う明石さん夫妻の拠点でもある町家のオフィス〈ma.ba.lab(まばらぼ)〉。適度にすき間があるという「疎(まばら)」が語源で、余白からおもしろい発想が生まれることを期待して名づけた。
常に多くのお客さんで賑わっていた、東橋のすぐそばにある〈カフェ uchikawa 六角堂〉。
常に多くのお客さんで賑わっていた、東橋のすぐそばにある〈カフェ uchikawa 六角堂〉。
富山市から新湊内川に拠点を移したことで、DIYでのリノベーションに挑戦した〈小さなキッチン&雑貨Lupe〉(※2020年をもって営業は終了)や、地元で3代続く貸衣装店からの依頼で着物と浴衣のレンタル店〈おきがえ処KIPPO〉が新たに生まれ、さらには隣町の氷見市にある海沿いの空き家をリノベーションしたブルワリー〈BREWMIN’〉を手がけるといった新たな展開が待っていた。
連載最終回で登場するのは、東京時代に知り合ったアメリカ人の移住者が営む〈Bridge Bar〉。明石さんいわく、ここまでの一連の流れが新湊内川に移住してからの「セカンドウェーブ」であり、「内川で何かが起こっている」と認知され始めた時期とも重なっているそうだ。
明石あおいさん。〈ワールドリー・デザイン〉の代表であり、現在は六角堂の経営も行う。さらには勝手にとやまの定住コンシェルジュを務めるなど、さまざまな活動も。
さらに、まちの拠点となる〈水辺の民家ホテル カモメとウミネコ〉ができてから現在までの間に、それまでと違った「サードウェーブ」のムーブメントが起こっている。ma.ba.labにほど近い美容室の〈髪と髪の毛の357日〉やカフェバー〈NEO SOUL〉、Brige Barの向かいにある〈ビストロ世楽美〉などもその例に当てはまる。
川の眼の前にある美容室〈髪と髪の毛の357日〉。
夕暮れのカフェバー〈NEO SOUL〉。
「いわゆるセカンドウェーブがきたなと感じたのは、僕らの拠点を富山市から新湊内川に移してからですね。連鎖的にお店が生まれていって、ムーブメントになっているなという実感がありました。今はサードウェーブまできています。まちづくりとは違った文脈からやってきて、新しいことを始めている人が増えてきています。これはいい流れだなと思いますよ」
あおいさんが制作した内川の散策MAP。
このまちに留まって何かを始めようとする20代や30代の若い世代も増えてきているそうで、その変化が何よりもうれしいと話す。一方で、まちに「住む」ことだけに捉われなくていいとも考えている。重要なのは、地域の主体者として関わろうとするマインドやスタンスの部分。あらためて、「エリアリノベーション」とはどういうものなのかという質問をすると、実に明快な答えが返ってきた。
「市民運動、ですかね。リノベーションが手法みたいになっているのって、僕にはあんまりしっくりこない。本来は革命を起こすぐらいの活動だと思っているから。それって業者さんが牽引するものでもなくて、市民ひとりひとりが主役なわけで。だからエリアリノベーションとは、だれでも参加することができる市民運動。そう在るべきだと思っています」
この記事に登場した建物とお店profile
Hiroyuki Akashi 明石博之
あかし・ひろゆき●1971年、広島県尾道市(旧因島市)生まれ。多摩美術大学でプロダクトデザインを学ぶ。大学を卒業後、まちづくりコンサル会社に入社。全国各地を飛び回るうちに自らがローカルプレイヤーになることに憧れ、2010年に妻の故郷である富山県へ移住。漁師町で出会った古民家をカフェにリノベした経験をキッカケに秘密基地的な「場」をつくるおもしろさに目覚める。その後〈マチザイノオト〉プロジェクトを立ち上げ、まちの価値を拡大する「場」のプロデュース・空間デザインを仕事の軸として、富山のまちづくりに取り組んでいる。
information
水辺の民家ホテル カモメとウミネコ
住所:富山県射水市放生津町19-18
Tel:090-2379-7575(9:00〜21:00)
チェックイン:16:00〜21:00
WEB:水辺の民家ホテル カモメとウミネコ
information
リノベのススメ
持ち主や借り手のなくなった建物を受け継ぎ、再生させるまでの過程を、手がけた本人が綴るコロカルの連載『リノベのススメ』。2013年10月の連載スタートから10年以上の時を経て、これまでの執筆者数は2024年4月末日時点で40に上り、貴重なアーカイブは260本を超えている。
Web:『リノベのススメ』
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doors TOYAMA
富山県情報が掲載されている『doors TOYAMA』では、ほかにも射水市・新湊内川エリアのお店を紹介しています。
●3月にオープンしたばかりのヴィーガンカフェ&アイスクリームのショップ〈8ablish TOYAMA〉(エイタブリッシュトヤマ)はこちら!
Web:doors TOYAMA
writer profile
Haruka Inoue
井上 春香
いのうえ・はるか●編集・ライター。暮らしをテーマとした月刊誌の編集部で取材・執筆に携わる。その後、実用書やエッセイ、絵本を中心とした出版社で広報・流通業務などを担当。山形県出身、東京都在住。
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Hiroko Takeda
竹田 泰子
たけだ・ひろこ●富山県在住。雑誌やwebを中心に活動しているフォトグラファー。散歩と民藝、ソフトクリームが大好物。Hiroko Takeda