伊豆下田に移住して暮らす津留崎家。お子さんが通う小学校で、絵本作家であり、鳥の巣研究家である鈴木まもるさんによる特別授業が行われました。
それに参加した津留崎徹花さんにとっても、心に響く内容でした。はたしてどのような授業が行われたのでしょうか。
下田では満開だった河津桜が散り始め、いよいよ春の訪れを感じるようになりました。小学6年生の娘は、今年の4月からいよいよ中学校へ進学します。小学校入学のおよそ1年前に移住し、暮らしに少し慣れてきた頃に入学。6年間を下田の小学校で過ごしました。
卒業という大きな節目を目前にし、これまでを振り返ってしみじみとした気持ちを抱きかかえております。子どもが成長するにつれ無事に育ってくれたうれしさとともに、えも言われぬ淋しさが込み上げてくる。そして、娘はこれからどんな人生を送るのだろうかと想いを巡らせるのです。
下田の隣まち、南伊豆に、娘とふたりで早咲きの河津桜を見にでかけました。こんなふうに母とゆっくり過ごしてくれるのも、もうあと何年かな〜と、またしみじみとしてしまうのです。
そんな娘が最近没頭しているのが、絵を描くことです。週に1度、地元の絵画教室に通っているのですが、その時間は脇目も振らず一心に絵を描いています。集中して筆を動かす娘の姿はとても美しく、私はそれをこっそり眺めているのが好きです。
娘が描く絵もまた、とても魅力的だと感じています。教室の先生は、ひとりひとりをしっかりと観察し、それぞれの個性をどう伸ばしていけるか丁寧に向き合ってくださっています。
娘も週に1度のお教室が待ち遠しい様子で、難しい題材のときには「難しかったけど、色をつくるのが楽しかった」と。うまく書けたと自身が思えたときには「けっこうね、うまく描けたと思うんだよね」と、うれしそうに頬を膨らませます。好きなことを純粋に楽しみ、そして自分のなかに自信が芽生えている娘の姿が、私もとてもうれしいのです。
『キミ子方式』という三原色と白だけで色をつくる描き方を教えていただいてから、娘の絵の幅が広がりました。『烏賊』を描いた作品。
絵を描くことが好きな娘。その娘が通う小学校で先日、絵本作家の鈴木まもるさんによる「鳥の巣が教えてくれること」という特別授業が行われました。
当日は鈴木さんと学校側のご好意で、保護者の参加も認められていたので、夫と私も聴講させていただきました。その特別授業の内容がとても胸に響くものだったので、ぜひみなさんにもお伝えしたいと思い今回書かせていただきます。
絵本作家であり、鳥の巣研究家でもある鈴木まもるさん。子どもたちに語りかける姿はとても熱を帯びていて、子どもたちもぐいぐいと引き込まれていました。
鈴木さんが持参してくれた鳥の巣。初めて見る、触る巣に芽を輝かせる子どもたちの姿に、改めて子どもの好奇心の素晴らしさを感じました。
以前、鈴木さんのご自宅にうかがわせていただいたことがあります。山小屋のなかには世界中で集めた鳥の巣が大切に保管されています。
鈴木さんは1986年に東京から下田に移住し、時折雪が降るような山の中で生活をしています。絵本作家として数々の素晴らしい作品を世に輩出しているのですが、今年の4月にはまた新たな作品が出版される予定です。
それは、手塚治虫氏の『火の鳥』を、まもるさん独自の世界観で表現した絵本。『火の鳥』に込められたメッセージを、子どもたちにもわかりやすく届けられないかと、手塚治虫プロダクションが鈴木さんに絵本の制作を依頼したのです。
(c) TEZUKA PRODUCTIONS, Mamoru Suzuki
『火の鳥 いのちの物語』手塚治虫 原作/鈴木まもる 文・絵 〈金の星社〉より2024年4月下旬刊行予定。
鈴木さんが手がけた絵本は200冊以上。数々の賞を受賞されている日本を代表する絵本作家です。市内の小学校や図書館には鈴木さんのコーナーがあるほど、地域でも親しまれています。
鈴木さんは絵本作家でありながら、実は鳥の巣研究家としても活躍されています。世界中の鳥の巣を収集して研究し、自身が描いた鳥の巣の原画とともに東京やニューヨークなどで個展を開催してきました。さらに、NHKの番組『ダーウィンがきた!』では、撮影班とともにアフリカに同行して番組づくりに協力したことも。
「僕がなぜ、鳥の巣研究家になったのか。そこに秘密があるんです」という言葉から、特別授業が始まりました。
2009年、『ダーウィンがきた!』の番組にて、「シャカイハタオリ」の巣を探しにナミビアを訪れたときの写真。木の上部に写っているのが、シャカイハタオリの巣。
鳥に関する絵本も多数出版されています。
まず、鈴木さんは傍聴していた保護者のひとりを前に呼び寄せました。ホワイトボードに書かれた3つの四角にひらがなの「あ」を書いてくださいと、鈴木さんが伝えます。保護者の方は、いわれたとおり四角の中に「あ」と書きます。
その後、ご自身の幼少期について話し始めた鈴木さん。「実は僕は、同じことをするというのが苦手だったんです。だから、先生に四角の中に同じ「あ」を3つ書きなさいと言われてもできなくて。その代わりにこんな「あ」を書いてしまうんです」
そうしてホワイトボードに書かれた鈴木さん流の「あ」に、子どもたちから歓声が上がります。
鈴木さんが書いた「あ」という文字は、あれよあれよという間に猫の家になってしまいました。鈴木さんが描く絵はまるで魔法を見ているようで、子どもも私たちも釘付けでした。
そして、話はもうひとつの出来事に進みます。ある日ホームセンターでキュウリの苗を買い、自宅の畑で育て始めたときのこと。6つの苗を植えると、5つは支柱を伝って上へとどんどん伸びていった。けれど、ひとつだけ土の上をはって伸びていく苗があって、支柱へ何度戻しても地面の上をはって横へと伸びる。おかしいな〜と思っていたところ、実をつけたのはキュウリではなくカボチャだったというのです。
鈴木さんはこう続けます。
「世の中にはどうしても『こうしなさい』という枠があるし、こうじゃなきゃいけないという思い込みがとても多いと思う。けれど、いろんな『あ』を書く人がいていいんだし、きゅうりのような人も、カボチャのような人もいろんな人がいてよくて、それぞれが自由に考えて自由に行動してほしい。周りの大人がこうしなさいというだろうけれど、みなさんはみなさんらしく生きてほしい」
「どんな鳥を知ってる?」と質問をすると、みんな前のめりで手をあげます。子どもたちが答えた鳥を、鈴木さんがボードに描くと「すごいー!」と、さらに盛り上がっていました。
鈴木さんはこの日、世界中で集めた鳥の巣をたくさん持参し、実際に子どもたちに触らせてくれました。そして、鳥の巣とは一体なんのためのものなのか、ということを説明。
鳥の巣は「住まい」だと思われがちなのですが、実は卵を産むためにつくられたもの。人間はお腹の中で赤ちゃんを育てますが、鳥は殻に包まれた卵を産んで、巣の中で育てます。つまり、人間でいう子宮の役割というとても大切な場所が、鳥の巣なのです。
途中の動画上映では、生まれたばかりでまだ目も見えてないヒナに親鳥が餌を運んでくる様子を見せていただきました。ヒナが無事に育つよう一生懸命に餌を運ぶ親の姿と、それを受けて必死に生きようとするヒナの姿を、子どもたちも無言でじーっと見つめていました。新しい命が生まれ育っていくという命のバトンが、とても生々しく強く伝わってきて、なんだかジーンとするものがありました。
おそるおそる鳥の巣に触る子どもたち。硬かったり柔らかかったり、意外な触り心地に「わ〜」と声をあげる子どもも。
『鳥の巣みつけた』文と絵・鈴木まもる(あすなろ書房)より。
鳥はその種類によって独自の素材を用い、それぞれの住む環境に適した形の巣をつくるのだそうです。たとえばアフリカツリスガラの巣には、ふたつ入口があります。猿やヘビが多いアフリカでは卵を守るために偽物の入口をつくり、猿が入口から手を入れても卵のある巣に到達しないようにつくられています。
ツリガラス以外の鳥ももちろん、自然のなかで新たな命を守れるように、いろんな工夫をして巣をつくっているのだそう。それも誰かに教わったわけではなく、もともと持っている本能でそれをつくり上げるというのだから、感動してしまいます。
羊の毛を集めてつくられたツリスガラの巣は、ふわ〜っとした触り心地。これが人間の子宮の役割なのかと思うと、不思議な温かい気持ちに包まれます。
『ふしぎな鳥の巣』文と絵・鈴木まもる(偕成社)より。
授業の最後に、鈴木さんは鳥の羽をひとつ手にとりました。
「これは、たまたま拾った鳥の羽です。これをよーく観察して調べてみたら、ある鳥の右の翼の3番目の羽根だとわかりました」
その後、この1本の羽がどんな鳥の羽で、どこで暮らしていた鳥なのかがホワイトボードに描かれました。羽根を落とした鳥は、青森県に生息しているウミネコという鳥だということがわかったのです。
私はこの1本の羽のストーリーに、なんだかとても感動してしまいました。ある鳥が残したたった1本の羽根、きっともうその鳥は生きていないのでしょう。けれど、残していったたった1本の羽から、どんな鳥が空を羽ばたいていたのか知ることができる。それはたまたま出会った1本の羽根に興味を抱き、想像を膨らませて考えたから。
「たまたま拾った1本の羽根からでも、その鳥が想像できる。なんでもないことでも、よく考えたり想像したりすることで、いろんなことがわかってくるんだよね。だから、みんなも不思議だな、気になるなと思うことがあれば、そうした気持ちを大切にして想像して行動してみてほしい」
鈴木さんが絵本をつくるのは、鳥が一生懸命に巣をつくるのと同じだといいます。それは子どもによろこんでほしい、そして小さな命が元気に育まれてほしいというのがその目的だからです。
全員に実際に触ってもらえるよう、子どもたちが鳥の巣を持って会場を回りました。落とさないように、おそるおそる。
さて、鈴木さんが鳥の巣研究家になったその秘密とは。ある日、自宅近くの山の中でたまたま鳥の巣を見つけ、その不思議な造形に魅了され自宅に持ち帰ったのだそう。そして、気になったことを調べ始めてみると、知りたいと思った鳥の巣の造形や種類、役割についての情報は得られませんでした。
というのは、鳥の巣がその地帯にどれくらいの数あるか、さらに卵の数などを調べている研究家はいたものの、形や種類、役割について研究している人は今までにひとりもいなかったのです。つまり鈴木さんがその後、第一人者となったのです。
ある日たまたま出合った鳥の巣を、不思議、気になる、そう思い、その奥へと一歩踏み込んだ鈴木さん。それが、鳥の巣研究家としていま活躍している最初の入口。
[まもるさんの言葉]何をしているのが一番楽しいのか、それを見つけられたらいいね。みんなそれぞれ、自分が好きな物語を描いていいんだよ、いろんな生き方があるんだよ。
まもるさんの絵「新しい命」。
同じくまもるさんの絵「Bird’s Nests of the World」。
授業のあと、子どもたちが鈴木さんにお礼の手紙を書きました。そのうちのひとつ。
鈴木さんがいうように、娘はこれから大人になっていく過程で、「こうしなさい」という枠や思い込みにたくさん触れるのだと思います。(親の私も時に、そのひとりになってしまうのでしょう)そういう声にまみれているうちに、自分自身の声が、感覚が曇って見えづらくなってしまうことがある。恥ずかしがり屋で引っ込み思案、そして、人の気持ちを汲むことのできるやさしい娘よ。どうかこれから先、人の物差しではなく、自分自身の声に耳をよく傾けて、自分が好きという感覚を大切にしてその奥に広がっている世界へと足を踏み入れてほしい。そうしてキュウリなのかカボチャなのか、自分らしい生き方を、自信を持って楽しみ大空に羽ばたいてほしい。そんなことを改めて感じています。
こちらは娘が三原色と白、藍色で描いた『鯖』。生の鯖を先生が用意してくださり、2週にわたり5時間近く集中して描いた大作です。
文 津留崎徹花
text & photograph
Tetsuka Tsurusaki
津留崎徹花
つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。料理・人物写真を中心に活動。移住先を探した末、伊豆下田で家族3人で暮らし始める。自身のコロカルでの連載『美味しいアルバム』では執筆も担当。