さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。第32回は、八ヶ岳にあるレストラン〈DILL eat,life.〉の山戸ユカさん。いちばんの趣味はスキーで、毎年春先には東北へスキートリップに出かける。車中泊で、自由気ままな旅だという。
スキー、バックパッカー、そしてロングトレイル大好きな冬が過ぎ去り、私が暮らす八ヶ岳の麓でも春の気配をひしひしと感じるこの季節。春の訪れはスキー愛好家の私にとって、ふわふわの新雪を滑ることができなくなるとても寂しい季節なのだが、見方を変えればこの季節にならなければ滑ることのできないザラメやコーンスノーといった春特有の雪を楽しめる季節がやってきたわけだ。
人よりもずっと大人になってから始めたスキーが、今では私の最も大切な趣味になり、スキーのない人生なんて考えられないほどにのめり込んでしまった。
もっと早くに始めていれば……、と悔やむ気持ちもあるけれど、若い頃にスキーに出合っていたら絶対に今の自分はいないと断言できる。その時代にその歳を精一杯生きてきたからこそ、私は今こうしてかけがえのない趣味に没頭できるのではないだろうか。
スキーを始める前にもうひとつ、中毒的な魅力にとりつかれてしまったのは「旅」だ。30歳になる頃に夫とふたりでアジアを中心に約7か月の旅に出た。いわゆるバックパッカーというやつで、1泊150円から1000円くらいの安宿を泊まり歩きバックパックひとつで9か国の旅をした。
旅行ではなくあくまでも「旅」と言いたいのは、観光名所を巡ることを目的とせず、滞在した国やまちで地元の人たちと同じように、暮らすように過ごすことを楽しんでいたから。
小さいバックパック(バッグとしては大きいけれど)ひとつにすべてを詰め込んで、まだ見ぬ世界を歩き回った経験は確実にそのときの私を大きく変えてしまった。
その後35歳のときには、アメリカ西海岸にある全長約340キロのロングトレイル〈ジョンミューア・トレイル〉を約3週間かけて踏破した。こちらはまさに人工物のない大自然の中で衣食住を担いで歩いた訳で、その経験もまた今の人生に大きな影響を与えている。
毎年恒例、東北スキートリップスキー+旅。私にとって、そんな夢のようなお楽しみが春になるとやってくる。
私たち夫婦は毎年10日〜2週間の東北スキートリップに出かけるのが春の恒例行事になっていて、新潟に住む友人夫婦+犬と一緒に春の雪を謳歌する。
コースはだいたい福島か山形から入り、月山、鳥海山でバックカントリースキーを楽しんだあと、秋田まで北上するか、はたまた豪雪で有名な夏油(げとう)まで回ってから岩手、青森まで行こうか……など、行き先はそのときの雪や天気を見極めて目的地を変えるという、まさに自由気ままな旅。
もちろん嵐や雨にあえば、おとなしくスキーは諦めて山奥の秘湯に浸かってのんびりしたり、わざわざ少し離れたお気に入りのラーメン屋を訪ねてみたり、ボルダリングジムでクライミングをして遊ぶこともある。
私たちの旅は決してスキーだけを目的にするのではなく、その場所に行かなければ食べられないものや、個性豊かな温泉を巡ったり、夕焼けを眺めながらビールを飲むことも大きな目的のひとつなのだ。
その間は基本的に車中泊。食事は地元の人に教えてもらった定食屋やご当地ラーメンなどその土地の味に出合うことも多い。もちろん簡単な自炊をする日もある。
車で寝泊まりできると次の日の行き先や予定を自由に変えられるし、朝早くから山に入りたい日には登山口の近くまで夜のうちに行けるという機動性は何ものにも代えがたい。
ただのスキートリップであれば1〜2月のような厳冬期でもいいのだが、吹雪や悪天候に遭遇する確率も高く、ドアを開けるたびに雪が吹き込む状況で車中泊をするのはなかなかハードだ。
その点、春になれば晴れの日が多くなり(しかも日没が遅くなる)、雪崩の危険性も少なくなる。スキーシールという登行具を使って登り、登った分だけ滑ることのできるいわゆるバックカントリースキーにも行きやすくなる。滑り終わったあとも、日中はポカポカ陽気なこの季節にはウェアやギアもすぐ乾くので、雪がなくなった駐車場のあたたかいアスファルトの上で、寝床の準備を整えられるのもまた助かるというものだ。
日本には四季があり、また南北に伸びた列島のおかげで、こんな小さな国なのに少しの移動でまったく異なる気候を楽しむことができる。そんな国ってほかにもあるのだろうか?
それでもここ数年は春の訪れが明らかに早くなり、本来降るべきはずの場所にコンスタントに雪が降らずに災害級のドカ雪が降るなど、明らかな温暖化の影響を、雪を通してより身近に感じるようになった。
スキー愛好家の私たちにとっては雪が降らないのは本当に死活問題だが、本来、雪は雨と違って長い間山にとどまり、春の訪れとともに少しずつ溶けていくものだ。水が豊かな国でいられるのは、降るべき場所に雪が降るからだといっても過言ではないはず。
地球はどんどん温暖化していて、いつまでスキーを楽しめるほどの雪が降るのか誰にもわからないけれど、スキーや旅という少なからずの二酸化炭素を吐き出し温暖化に加担していないとは決していえない趣味を長く楽しむためにも、その分の埋め合わせとして、日々の暮らしを大切に、自分のできることをひとつひとつやっていきたいと強く思う。
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山戸ユカ
料理家。八ヶ岳の有機食材を使ったレストラン〈DILL eat,life.〉、無添加トレイルフード〈The Small Twist Trailfoods〉の代表。Instagramにて「#環境おばさん」というハッシュタグでサステナブルな日々の暮らしについて提案している。著書に『DILL eat,life. COOKING CLASS』(グラフィック社)、『1バーナークッキング』(大泉書店)など多数。
Web:DILL eat,life.、The Small Twist Trailfoods
Instagram:@yukayamato @the_small_twist
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Yuka Yamato
山戸ユカ