全国で、ローカルガストロノミーレストランや、ディストネーションレストランといった、“旅の目的地”となる地域発のレストランが注目されています。
東京都内や大都市には、洗練されたおいしいものが集まりますが、わざわざ足を運んで食べに行きたくなったり、ここでしか味わえない新鮮な食材や、料理人の哲学を味わったりという体験に価値を見出しているのです。
佐賀県は、伊万里や有田、唐津に代表される日本の中でも有数の器の一大産地。この文化性をいかした独自のローカルガストロノミーに注力。「美術館に飾るような器で佐賀の美食を楽しむプレミアムレストラン」をコンセプトとした〈USEUM SAGA〉を2021年7月から開催しています。
インスピレーションを受けたのは、2015年から全国各地で行われ、2018年には有田町で開催された〈ダイニングアウト〉。シンガポールのシェフ、アンドレ・チャン氏を招き、江戸時代につくられ有田の古いまち並みを象徴する、トンバイ塀(登り窯に使われていた耐火レンガの廃材等を塗り固めた壁)裏通りで行われるという例を見ないシチュエーション。佐賀の食材、器、シェフの技術を見事に融合してみせ、噂を聞きつけ集まった食通たちの度肝を抜いた伝説の回でもありました。
ダイニングアウトは、国内外、特に東京の有名シェフを招聘するスタイルでしたが、この成功体験をさらに佐賀県が独自にブラッシュアップしたのが、このUSEUM SAGAです。
USEUM SAGAを牽引する佐賀県流通・貿易課の安冨喬博さんは、「ダイニングアウトのように、これまでは県外から有名なシェフに来てもらい、佐賀の器に盛り付けてもらうことで器の価値を“磨いて”もらうということをやってきましたが、県内のシェフと一緒に伴走をしながら、佐賀の食材と器を磨いていき、レストランとしての魅力を高めていくことで、佐賀の文化的な価値や独自性といったものをお客さんに感じていただけたらと思います」と話します。
USEUM SAGAは、佐賀県内のシェフやレストランに光を当て、シェフには佐賀の器のことを知ってもらい、招聘するシェフやお客さんには佐賀のシェフたちの存在や、料理を通して、その土地の背景やつくり手の想いに気づくといったような、おいしいだけではない食の楽しみを知ってもらうというきっかけづくりなのだといいます。
「USEUM」とはMUSEUM(美術館)収蔵級の器をUSEする(使う)という意味。まさに美術館で見るような人間国宝の作品も、卓上に現れるのです。見て、触れて、食べて。五感をフル動員しながら、佐賀をまるごと体験するのが、このUSEUM SAGAの特長です。
2023年2月4、5日実施の第4回のシェフは、佐賀で今最も注目を集めるレストランのひとつ〈Kaji synergy restaurant〉の梶原大輔さん。自らが狩猟や釣りで調達した食材を用いた変幻自在な料理と、ソムリエの経験から来る、確かなお酒のセレクトに定評があります。
〈Kaji synergy restaurant〉の梶原大輔さん。
そして、東京のシェフやソムリエとコラボしてきたこれまでとは異なり、地方で活躍するシェフに着目し、コラボレーションの相手として、岩手県遠野市の民宿〈とおの屋 要〉の佐々木要太郎さんを招聘。発酵や保存といった東北の生活の知恵を取り入れた料理が人気の宿です。
〈とおの屋 要〉佐々木要太郎さん。
そして、ふたりが共同で完成させた皿を彩るのに欠かせない、アルコール・ノンアルコールのセレクトとサーブを、ワインテイスター・ソムリエの大越基裕さんが担当します。
ワインテイスター・ソムリエの大越基裕さん。
いわば、ローカル×ローカルの共演。東北と九州、気候も食文化も異なる場所のふたりがどのような融合を見せてくれるのか、そこに、器はどう絡んでくるのかーー地元佐賀はもちろん、九州各地や遠くは埼玉からのお客さんがKaji synergy restaurantに集い、第4回USEUM SAGAが開幕。お料理を一部ご紹介します。
「ニシユタカ/武雄イノシシのジャーキーとコンソメ」(李荘窯業所)最初のひと皿は、武雄のイノシシをジャーキーにし、苦味と旨みのコンソメと、ニシユタカの生米を乳酸菌発酵させたもの。脂が多く、ドライだけどジューシーさを感じさせるジャーキーは、スパイスが効いていて、噛めば噛むほど味の印象が変わる。
「川副産トマト/竹崎カニ」(李荘窯業所)このひと皿に合わせるお酒は、佐々木さんのつくる「生酛のどぶろく」。甘いトマトとどぶろくが口の中でシェイク状になり、心地よい酸味に酔いしれる。そこに名産の竹崎カニ(ガザミ)のほぐし身を合わせるという、贅沢な一品。
「ゲンコウ/菊芋/シナモン/豚肉熟鮓」(健太郎窯)佐賀県産のゲンコウという柑橘が、さっくりとした菊芋に酸味のアクセントをもたらす。ソースには豚肉の熟鮓(なれずし)を使用しており、発酵文化の東北の要素を意識した。
「くちぞこ」(中里太郎右衛門陶房)くちぞことは舌平目のこと。「(佐々木)要太郎さんの酒粕を初めて食べさせてもらった時に、酸味が印象的で今までの酒粕の概念とまったく違ったので、この酒粕を生かした料理をつくろうと思いました」(梶原さん)。酒粕で粕漬けのようにしたのちに、ブイヤベース仕立てにした。唐津で最も知名度のある唐津焼作家・中里太郎右衛門陶房の作品でサーブ。
「武雄イノシシ/下部の葉/仏手柑」(弓野窯)メイン。武雄のイノシシに、蕪の葉と刻んだ仏手柑をあしらったひと皿。イノシシの骨でとった出汁のソースも一体感を生み出す。器は人間国宝である中島宏氏の作品。
「納豆ケーキ」(李荘窯業所と書家・中塚翠涛氏)芳醇な香りのケーキに合わせた器は、李荘窯と書家・中塚翠涛氏のコラボ作品。白の素焼の生地に白の蝋が重ねられているため、真っ白なお皿かと思いきや、少し傾けると現れる陰影が芸術的。Kaji synergy restaurantのためだけにつくられた皿で購入不可のため、その価値は無限大。
「酒粕のジェラート/干し柿」(文祥窯)シルキーな酒粕のジェラート、一粒の干し柿、どちらも自然の甘さがうれしい。「酒粕の風味や食感を生かすために、ジェラートをつくったあとから、要太郎さんの酒粕を軽く混ぜました。これも初めての試み」(梶原さん)。満足感がありつつも、名残惜しくもあり。
会を終えた直後、佐々木さんは、「こんなに心の余裕を持ってできたのは初めてでした。ずっと楽しいなぁと思っていました」と楽しんで料理をされていたといいます。
ふたりのシェフのセッションという難しいお題に、ワインから日本酒、どぶろく、ノンアルコールに至るまで満点回答してみせた大越さんは、「どぶろくなど、新しいタイプのペアリングをみなさんに体験していただきましたが、これだけ料理が生かされるのだなと思いました。また食とお酒の世界が広がったのではないかと思います」と話しました。
左から、佐々木要太郎さん、梶原大輔さん、大越基裕さん。
両シェフが考える料理の主体は、共通して「酸味」だった佐賀の食材で最も印象的だったのは、料理でもふんだんに使われた、ゲンコウ、仏手柑、ベルガモットなどの「柑橘」だったという佐々木さん。「僕たちが酸味を扱おうとすると、選択肢はビネガー系か梅干し、そのふたつくらいなのですが、佐賀に来てテンションが上がったのは、柑橘系が豊かなことでした。しかも、甘みが強いもの、渋みが強いものさまざまあったので、僕のなかでテーマを決めて柑橘に特化して手がけました」と、酸の豊かさに驚きと冒険があったと振り返ります。
一方、普段から柑橘をよく使うという梶原さんは、「要太郎さんの酒粕の酸が印象的でした」と、こちらもまた未知の酸味に遭遇できたことをうれしそうに話します。
「現地に入ってお互い料理してみたら、『共通項は“酸”ですか?』みたいな認識がお互いにありました。実際にそのような会話をしたわけではないのですが(笑)」と佐々木さんの言葉に、梶原さんも大きく頷きます。
人間国宝の作品も含まれている器に関しては「正直、緊張しました」と梶原さん。「器のまちに住んでいながら、知らないことばかりでした。会の前に要太郎さんと器めぐりもしましたが、歴史背景や作家さんなど、もっと知らないとダメだなと再認識させられました」といいます。
4回目を終え「県内外の人に佐賀のレストラン、料理人、そして豊富な食材や歴史ある器文化などを知ってもらうきっかけづくりとして、少しずつですが確かな手応えを感じています」と佐賀県庁安冨さんも安堵の表情。県内の若手有望シェフを起用した、USEUM SAGAは今後も続きます。詳細は公式ページをご覧ください。
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サガマリアージュ
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Yu Ebihara
海老原 悠
えびはら・ゆう●コロカルエディター/ライター。生まれも育ちも埼玉県。地域でユニークな活動をしている人や、暮らしを楽しんでいる人に会いに行ってきます。人との出会いと美味しいものにいざなわれ、西へ東へ全国行脚。