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日本の味噌としょうゆの発祥と伝えられる地で、味噌工場を事業承継した人物とは?

  • 2023年3月21日
  • コロカル

photo:Itsuko Shimizu

「金山寺みそ」のルーツから、再び。

いくつもの緑のトンネルを越え蛇のようにクネクネと曲がる川のほとりにすっくと建つ〈美里農産物加工場〉。

JAの農産物集荷場として建設された2階建てのこの小さな建物では、地域の伝統の味「金山寺味噌」とお味噌汁に使う味噌や麹の生産と販売が行われている。

「金山寺味噌」とは、今からおよそ700年ほど前。中国の径山寺(きんざんじ)で修行した法燈国師という僧が当地から紀州に味噌を持ち帰ったことで製造が始まったと伝わる甘じょっぱいおかず味噌。麦と米と豆でつくった麹に刻んだナスやウリの漬物がたっぷり入っているのが特徴だ。ちなみに味噌の発酵途中で、こうした野菜から出る液体の「たまり」を利用して生まれたのが醤油ともいわれている。つまり、和歌山県湯浅地方は醤油の発祥地。そして金山寺味噌はこの湯浅地方を中心に、家々で仕込まれてきた伝統食。保存食では梅干しと双璧をなす郷土の味だ。

金山寺味噌をおともにすれば、ごはんがいくらでも食べられる。

金山寺味噌をおともにすれば、ごはんがいくらでも食べられる。

しかし、多くの伝統食がそうであるように、欧米化が食が進んだ結果、金山寺味噌が食卓の定番として上がることはうんと少なくなった。停滞する売り上げを前に、このまま経営を続けていくことは困難と判断したJAは2018年に加工場をクローズすることにした。

それを惜しみ「なんとかして継続できないか」と考えた人地域の々は、〈海南社〉の源じろうさんに味噌工場の跡を継がないか、と声をかけた。

加工場を引き継ぐ決め手は、人と水と空気

〈海南社〉は、自らデザインとリノベーションを手がけ、ほとんど使われなくなってしまった場所に再び息を吹き入れるかのようにして和歌山県下で合計7店舗の飲食店を経営している。

海南社の代表取締役である半田雅義さんこと源じろうさん。本名よりも「源じろう」と呼ぶ人の方が多い。(photo:Itsuko Shimizu)

海南社の代表取締役である半田雅義さんこと源じろうさん。本名よりも「源じろう」と呼ぶ人の方が多い。(photo:Itsuko Shimizu)

源じろうさんが加工所を訪れてみると、工場のすぐ隣に川は流れ、周囲は山に囲まれた日本らしい里山の風景が広がっていた。そのロケーションが持つ可能性に、何よりも惹かれたと源じろうさんは言う。

紀美野町を流れる川。夏場には鮎釣りが盛んで、BBQといえばジビエと鮎を焼くこともしばしば。

紀美野町を流れる川。夏場には鮎釣りが盛んで、BBQといえばジビエと鮎を焼くこともしばしば。

味噌工場がある和歌山県海草郡紀美野町毛原地区は、高速道路のインターからもほど遠く町内には電車の駅はおろか、スーパーもない。山の辺に建つ家は、未だに水道をひかずに、湧水が集まった谷の水を貯めて飲み水にする家もあるほど、山深い集落だ。

「僕らの店づくりは、エリアが大事なんです。毛原という地域には、小・中・高校までが揃っていて、かつてここが小さな村だった名残がある。そして味噌工場はその中心的な存在で、きっとここを中心に村の人の暮らしがあった。そう思わせる何かがあるんです。実際に水と空気がきれいな場所です。味噌の加工を継続しつつ、食堂をつくって人が集まるようにすれば再びエリアの中心的な存在になれるのではないかと思いました」

源じろうさんのこの直感は、何度も加工場周辺に通い、場所との対話を始めるうちに確信に変わっていった。手を加える必要がなくそのまま使える加工場。地域の料理上手なご婦人が考案したレシピ。それを大切に受け継いで、和気あいあい楽しそうに味噌をつくるスタッフ。この空気感が何よりの宝だと感じた源じろうさんは味噌加工場のスタッフも、味噌のレシピもすべてそのまま継承することにした。2018年のことだった。

生きた味噌のおいしさと難しさ

事業を継承した源じろうさんは、もともとつくられていた「金山寺みそ」と「田舎味噌」の2種類を〈みさとみそ〉と名づけた。和歌山県下では当然のことながらいくつもの味噌の競合他社がある。しかし、みさとみそがほかと違うのは添加物を一切使わず、麹から加工場でおこしていること。

また一般的に発酵食品はパッケージの膨張を防ぐために加熱処理を行うが、みさとみそは加熱処理を施していない生の味噌。つまり酵素や酵母が生きた状態で入っている。

4日かけておこす手づくりの麹。塊になった麹を揉んで、水を打ち、発酵を促す。

4日かけておこす手づくりの麹。塊になった麹を揉んで、水を打ち、発酵を促す。

原材料にもこだわりがある。「金山寺みそ」に使うナスとウリは毎年お正月の頃に地元の農家さんに依頼してわざわざ育ててもらったものを使用している。麹の原材料であるお米は、天候や取れ高にも左右されるが直近で仕込んだ2樽分は町内でとれたものを使うことができた。大豆は北海道産、砂糖は鹿児島産のザラメ糖を使用。それ以外は、ほとんどすべての材料を県内産でまかなっている。

2種類の味噌に使う麹のもとになる米は継続して町内産の米を使いたいが、農業の後継者不足という懸念もある。

2種類の味噌に使う麹のもとになる米は継続して町内産の米を使いたいが、農業の後継者不足という懸念もある。

米・麦・豆を蒸して麹におこし、何か月も塩漬けにしたウリとナス、生姜を塩抜きして刻んで、ザラメ糖でつくった自家製の飴を加えて熟成させる。〈みさとみそ〉の「金山寺みそ」は、水飴ではなく地元で採れたハチミツもふんだんに入っている。

米・麦・豆を蒸して麹におこし、何か月も塩漬けにしたウリとナス、生姜を塩抜きして刻んで、ザラメ糖でつくった自家製の飴を加えて熟成させる。〈みさとみそ〉の「金山寺みそ」は、水飴ではなく地元で採れたハチミツもふんだんに入っている。

非加熱であるために、冷蔵ケースのない販売店では売ることができないし、デパートやスーパーなどで冷蔵ケースに中に入った商品は消費者の目につきにくいため販売上のネックにもなる。

加工場を引き継いでからは販路も構築し直す必要があり、これまでフードショーに参加したりスーパーに赴いて営業活動を地道に行ってきた。

「昨年有明で行われたスーパーマーケット・トレードショーに参加しましたがそこに来ているのは、大手スーパーなど。なかには興味を持っていただける会社もありましたが、毎月、何百という単位での納品ができるかと問われるとそれは難しく、商談に結びつかないこともありました。それでも非加熱であることがうちの良さなので、そこは変えたくないんです」と販売と管理を担当している本川繁樹さんは話す。

大阪から紀美野町に移住して味噌の販売管理を担当する本川繁樹さん。(photo:Itsuko Shimizu)

大阪から紀美野町に移住して味噌の販売管理を担当する本川繁樹さん。(photo:Itsuko Shimizu)

大量に製造できないのは、発酵と熟成にじっくりと時間をかけるからだ。「金山寺みそ」は最低でも3か月程度、「田舎味噌」は4か月程度。時に天地返しを行いながら、我が子を見守るようにゆっくりと育てるため在庫がロスにならないように考慮しつつ、熟成期間を見越して仕込むのは非常に難しい。

「田舎みそ」の仕込みの途中。蒸した豆と米麹と塩を混ぜ合わせ、ミンチ状にして容器に詰めて熟成させる。

「田舎みそ」の仕込みの途中。蒸した豆と米麹と塩を混ぜ合わせ、ミンチ状にして容器に詰めて熟成させる。

その絶妙な塩梅を先読みするのが、味噌づくりのリーダーである炭家くに子さんだ。

勤務して25年ほどになる炭家くに子さん。生まれも育ちも紀美野町。(photo:Itsuko Shimizu)

勤務して25年ほどになる炭家くに子さん。生まれも育ちも紀美野町。(photo:Itsuko Shimizu)

「夏は金山寺みそがよく売れて、冬場は味噌汁に使う田舎味噌がよく売れます。でも急にどちらかがすごく売れることもあるんです。もちろん売れたら仕込みますが、何か月も発酵させるのですぐに納品することもできない。なので、先を読むのは今でもすごく難しいですね」

地域を改めて見直してみる

これまで飲食店を経営してきた源じろうさんは、初めての加工品製造・流通に際してパッケージについても頭を悩ませていた。

「僕らにとっても加工業は初めての挑戦。経験もないので、知らないことが多いだろうなと思ったんです。そんなときに梅原真さんの存在を知って、デザインをお願いすることにしました」

梅原真さんといえば、「一次産業× デザイン=ニッポンの風景」という方程式で、日本の風景を残しておくというビジョンのもとに、パッケージなどのデザインを数々手がけている。梅原さんに会うために、源じろうさんは一家で車を走らせて和歌山から海を渡り、高知へ向かった。梅原さんに熱い思いをぶつけたところ、快くデザインを引き受けてもらえることになった。

「『金山寺味噌を知らない人にしてみると、金山寺というお寺が和歌山にあると思うんじゃない?』と梅原さんは仰ったんです。よく考えてみると、加工場がある毛原地区は、かつて世界遺産である高野山の領地だったので、お寺とのつながりも深い。高野山との結びつきがあるエリアでつくっていることがわかるほうが、全国の方にもピンときてもらえるでしょう。こうした観点からお寺のイラストが大きく入ったシンプルなパッケージになりました」と源じろうさんは話す。

左は地元の絵本作家、助野梓さんに依頼して描いてもらったイラストをロゴにした「田舎味噌」。右は梅原真さんが手がけた「金山寺みそ」のパッケージ。高野山麓でつくられていることが目に入るパッケージ。

左は地元の絵本作家、助野梓さんに依頼して描いてもらったイラストをロゴにした「田舎味噌」。右は梅原真さんが手がけた「金山寺みそ」のパッケージ。高野山麓でつくられていることが目に入るパッケージ。

2020年にパッケージをリニューアルし、売れ行きは上々。実際に高野山の宿坊で朝食に使ってもらうなど販路は少しずつ広がりを見せている。

「金山寺味噌を食べなくなった若い人に、味噌のおいしさを啓蒙することも大事なんですが、もっと別の販路があるのではないかと最近は考えています。例えば高野山でも使っていただくとか、あるいは金山寺味噌をまったく知らない外国の方に向けて販売してもウケるかもしれない」

味噌づくりを真ん中に、地域とつながる

加工場を引き継ぐ前後で売り上げ個数はほぼ横ばい。だからスタッフの雇用を守るのも必死だ。そこで源じろうさんは町内にあるバンガローの管理業務を紀美野町から受託することにした。味噌づくりの仕込みがないときは、スタッフの手が空くためバンガローの清掃と管理業務を行うことで人件費を確保しようという考えだ。

それだけではない。味噌をきっかけに紀美野町に関心を寄せる人がエリア全体の魅力をもっと楽しめるような仕掛けも考えている。

加工場のすぐそばには、高野山まで空海を導いたと伝えられる〈狩場明神〉を祀る〈丹生狩場神社〉をはじめ、70メートルもの長さを誇る木造廊下が自慢の〈毛原小学校旧校舎〉や日本でも屈指の口径105cmの反射望遠鏡を有する〈みさと天文台〉がある。山からの水はしごく清らかで、川には鮎が泳ぎ畑ではクレソンの栽培も盛んだ。

2020年にリニューアルオープンしたみさと天文台。夏は家族づれで賑わう。

2020年にリニューアルオープンしたみさと天文台。夏は家族づれで賑わう。

夏場、紀美野町ではパラソルをさしたご婦人がクレソンを収穫する様子が見られる。

夏場、紀美野町ではパラソルをさしたご婦人がクレソンを収穫する様子が見られる。

訪れた人が宿泊してゆっくりエリアを楽しめるようにバンガローもより磨きをかけていきたいし、著名な料理人を招いて、天文台の前の見晴らしのいい広場で食事会を開くこともやっていきたい。その足場となる食堂のオープンを今年中には必ず、と考えている。

「加工場を引き継いですぐコロナ禍が始まったので、なかなかできなかったのですが、今年こそは金山寺みそと田舎味噌を楽しめる食堂を加工場に併設させたいと考えています。店をつくるというのは、地域と関わっていくということ。そこには必ず化学反応が起きるんですよ。店に来てくれた人がほかの場所も訪れたり、味噌以外の加工品を買えるように新しい商品も考えていきたいですね」

「たまり」をベースに開発した焼肉のタレ。販売まであと一歩のところまで開発が進んでいる。

「たまり」をベースに開発した焼肉のタレ。販売まであと一歩のところまで開発が進んでいる。

味噌をまん中にしたエリア再生はまだまだ始まったばかりだ。その化学反応は、この山深い土地でどんな有機的な広がりを見せていくのだろう。

information

海南社

Web:海南社(源じろう計画事務所)

Web:源じろう商店(ECサイト)

writer profile

Aya Hemmendinger

ヘメンディンガー綾

へめんでぃんがー・あや●大阪生まれ。出版社勤務等を経て2012年よりフリーランス。核融合からアートまで幅広い分野で執筆。紀伊半島南部の隠れた名所をフィーチャーしたフォトブック『南紀熊野Route42国道42号線をめぐる旅』(青幻舎)を上梓、和歌山愛が溢れて2022年から和歌山に移住。築80年の古民家をセルフリノベしたお宿「バカンスの家」も近々オープン。

photographer profile

Yayoi Arimoto

在本彌生

ありもと・やよい●フォトグラファー。東京生まれ。知らない土地で、その土地特有の文化に触れるのがとても好きです。衣食住、工芸には特に興味津々で、撮影の度に刺激を受けています。近著は写真集『わたしの獣たち』(2015年/青幻舎)。

photographer profile

Itsuko Shimizu

清水いつ子

しみず・いつこ●和歌山県出身。フォトグラファー。細々と撮り続けて20年。雑誌やwebを中心に、旅と日常、食、ライフスタイル、手しごとなどを撮影。2009年にUターン。旅好きのインドア派。金継ぎ歴15年。@itsukophoto

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