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間口が狭く奥行きのある空きビルを再生。1フロア40坪、3階建てをどう活用する?

  • 2023年1月30日
  • コロカル
タムタムデザイン vol.5

福岡県北九州市で建築設計事務所を営み、転貸事業や飲食店運営を行う田村晟一朗(たむら せいいちろう)さんによる連載です。

今回のテーマは、北九州市小倉にある複合ビル〈室町シュトラッセ〉。空きビルから飲食店やヘアサロン、オフィスなどが集まる複合ビルへと生まれ変わり、新しい人の流れが生まれました。そのプロセスを振り返ります。

物件との出合い

2015年、全国にユニークなゲストハウスがいくつも誕生し、「ゲストハウス戦国時代の始まり」を肌で感じていたときでした。僕自身も出張先でいろんなゲストハウスに泊まり、その魅力にハマったひとりでもあり「北九州でもおもしろいゲストハウスをつくってまちを盛り上げよう!」という気持ちでいっぱいでした。

〈Linked office“LIO”〉の事務所から徒歩10分圏内を中心に物件探しをしていました。ネットからではなく日常のまちを歩きながらのリアル探索。そんなときに見つけた物件がこちら。

2階に貼られた「テナント募集」に目がとまり、管理会社に内覧を依頼した。

2階に貼られた「テナント募集」に目がとまり、管理会社に内覧を依頼した。

築45年、鉄骨造、1フロア約40坪の3階建て。当初は2〜3階を借りてゲストハウスをはじめようとイメージして建物を内見させてもらうことにしました。

管理会社の担当者から「ビルオーナーも同行していいですか?」と連絡があり、「もちろんOKです。むしろいろいろとお話をうかがいたいです」と即答しました。「管理会社が入って案内するのに、オーナーさんが自ら同行するケースは珍しいな」と思ったことは記憶に残っています。

当時の2階の状況。ほぼスケルトン状態。広いのでゲストハウスとしての使い方のイメージはできました。

3階の状況。トイレや給湯室の間仕切壁があった。奥の人影がビルオーナーのTさん。

屋上の様子。防水機能が切れているなどの劣化はあったものの、気持ちがいい空間でした。

 

ビル全体の活用検討へ

「ここでゲストハウスをやりたいんです」とオーナーのTさんに話すと「おお、いいですね! ぜひがんばってこのまちを元気にしてください!」と激励をいただきました。それだけでなく、オーナーさんはまちの活性化への意識がとても高い方で、内覧のタイミングでこのビル自体の活用方法について相談を受けることに。「ここはもう3年も空きビルでね。どうにかしてほしいんです」と。

そこで、自社のゲストハウスの企画を進めつつ、このビル自体の再生プロジェクトも考えることになりました。

まず「なぜこのビルが3年も空きビルなのか?」を探ります。これは2〜3階で行う自分の事業にも重要なことなので、原因の追究と解決方法を探っていきました。

オーナーさんや管理会社さんにヒアリングしたところ、近くのタワーマンション建設時の現場事務所で借りられていたことがあるとか、最後のテナントは1階の整体院だったとか、2〜3階はもう5年近く使われていない、といったお話がありました。

物件の位置関係図。赤い矢印の場所が当ビル。

物件の位置関係図。赤い矢印の場所が当ビル。

立地条件についても調べていきます。ここは北九州市小倉北区室町2丁目というエリア。JR西小倉駅までは徒歩2分で、目の前には歴史ある長崎街道が通っています。市役所や区役所、西日本工業大学への通勤や通学にも便利で、商業地域と住居地域、官公庁エリアが交わり、人通りは一定数あるという、決して悪くない立地でした。

建物の構造を見ると、道路に面したビルの正面は5メートルに対して奥行きが25メートルもある、いわゆる“うなぎの寝床”の間取りです。シャッター内に階段があり、2階以上へはシャッターを開けないと上がれない。つまり1棟貸しじゃないと成立しない構造となっています。

ビフォーの外観。“うなぎの寝床”のように間口が狭く奥行きがある建物。

ビフォーの外観。“うなぎの寝床”のように間口が狭く奥行きがある建物。

問題を洗い出してみると、このような感じです。

1 約40坪のうなぎの寝床の使いにくさ2 内階段の構造による1棟貸し3 屋上防水の劣化による雨漏りが多数

2〜3階を使ってゲストハウスを企画する弊社として、1 は設計の手法で補えると判断しました。ところが、2 と3 は設計だけでは解決できず、オーナーによる工事が必要となります。2 は上階への動線を分ける改修、3 は外壁の劣化もあり、全面を防水修繕する必要があるという具合です。

2 と3 の改修工事をオーナーに相談したところ、金額次第ではあるものの概ね了承をいただいたので、ゲストハウス企画を進めることにしました。

ゲストハウス企画の断念

ちょうどこのころ、北九州市内にセンセーショナルなゲストハウス〈Tanga Table〉さんがオープンし、マーケット的にもゲストハウス業界の勢いを感じているところでした。僕もその勢いにのっていこうと、2〜3階の設計計画も終え、ベッド数から改修予算を出し、事業収支計画を練っていました。

ゲストハウスの企画。事業収支計画のために、コミュニティスペースやベッド数を割り出していた。

ゲストハウスの企画。事業収支計画のために、コミュニティスペースやベッド数を割り出していた。

ところがなんと……ここでの計画は、稼働率50%設定でも半年で資金がショートすることがわかりました(個体差はありますが、福岡県でのゲストハウスの平均稼働率は30%ほど)。Tanga Tableやほかのゲストハウスのオーナーさんからもアドバイスをいただいたのですが、どれだけ数字を調整しても上手くいきません。

すでにオーナーさんと賃貸契約を締結し、設計経費も含めると手出し150万円はかかっていました。運営する仲間も誘って集めていましたが、これを続ければもっと迷惑をかけることになります。仲間を含めたリスクヘッジのために、とても辛かったですがゲストハウス企画を断念する旨をみんなに伝えました。

メンタルが強くない僕は、3か月間は凹んでいたと思います(笑)。空家賃を払いつつ、次の企画が思いつかない。そんなときに〈cafe causa〉にひとりで飲みに行き、遠矢さんにゲストハウス企画を断念した話をしたところ「飲食なんかそんなことばかりよ。あの店のSさん知ってる? あの人も居酒屋をオープンさせたけど、1か月でニーズに合わないってわかって一旦閉めたんよ。そしてコンセプトを変えてリニューアルして、先月再オープンさせてる。だから手出しがいくらあっても引きずるんじゃなくて、リスクヘッジとしてすぐ切り替えることが大事よ」と、cafe causaの近くにある居酒屋オーナーさんの話を教えてくれました。

先輩たちが試行錯誤する姿を知ると「僕もいつまでも凹んでられないな」と思い、企画を変更しようと切り替えることができました。相談できる先輩が同じまちにいるのは心強いものですね。

シェアオフィスや店舗などの複合施設へ

そこから今の〈室町シュトラッセ〉の企画に進んでいきます。1〜3階、さらに屋上も含めた、1棟まるごとリノベーションを手がけることに。気持ちは一転し、前向きになると新しい企画がどんどん進んでいきました。

1〜2階の平面と未来予想図。スケッチの左側が前面に走る、歴史ある長崎街道。

1〜2階の平面と未来予想図。スケッチの左側が前面に走る、歴史ある長崎街道。

まず1階は上階へのアクセス階段を独立させ、40坪あるうなぎの寝床の床は5〜6坪程度の区画に分けて、雑貨屋やお花屋さん、バーなどが入る小さなテナント村を計画。1階は前面道路からだけではなく、外壁を開口してそれぞれの区画にアクセスできるようにしました。そうすることで、5メートルしかなかったビルの正面は奥行き分も加算されて30メートルになります。2階は弊社が転貸事業として、シェアオフィスを運営することにしました。

ビルのファサードの未来予想図。側面の外壁を開口してビルの顔部分を増やした。階段も独立させることで1階と上階へのアクセスを簡単にした。

ビルのファサードの未来予想図。側面の外壁を開口してビルの顔部分を増やした。階段も独立させることで1階と上階へのアクセスを簡単にした。

3階と屋上の平面と未来予想図。

3階と屋上の平面と未来予想図。

3階はサロンや共有のラウンジ、レンタルスペースを計画し、屋上はBBQなど青空コミュニティになるようにレンタルスペースに。2〜3階と屋上では弊社による転貸事業を行い、1階のテナント村と合わせた複合施設を企画しました。

そしてこの企画書をビルオーナーのTさんに提案したところ「田村さんがゲストハウス計画をやめて一時はどうなるかと心配していましたよ(笑)。いい企画じゃないですか。ぜひこれで進めましょう!」とご快諾をいただきました。同時に「お知り合いにいいテナントさんはいませんか?」と、設計や工事と平行して1階のリーシングのお手伝いもすることになりました。

こうしてビル全体の改修設計と、自社の複合施設の設計と、リーシングのお手伝いが同時に動き出しました。次回はビルの改修工事からオープン、そして現在の様子をお伝えします。

information

室町シュトラッセ

住所:福岡県北九州市小倉北区室町2-11-4 TMビル

田村晟一朗

Seiichiro Tamura

たむら・せいいちろう

株式会社タムタムデザイン代表取締役。国立大学法人 九州工業大学 非常勤講師。1978年高知県生まれ北九州市在住。建築設計事務所に勤めつつ商店街で個人活動を広げ2012年タムタムデザインを設立。建築設計監理や飲食店経営、転貸事業を軸とした不動産再生プロジェクトも企画・運営しており、まちづくりや社会問題の解決などに向け活動中。商店街再生のキーマンとして、2021年1月にはテレビ東京『ガイアの夜明け』にとり上げられた。アジフライと鍋が好き。http://tamtamdesign.net/

credit

編集:中島彩

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