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築90年の雨漏りビルをリノベ。コロナ禍でチャレンジできるポップアップストアに。

  • 2022年12月29日
  • コロカル
リノベのススメ vol.9

函館市で設計事務所を営みながら、建築施工や不動産賃貸、ポップアップスペースやシェアキッチンの運営など、幅広い手法で地域に関わる〈富樫雅行建築設計事務所〉の富樫雅行さんによる連載です。

今回は、チャレンジショップやオフィスなどの複合ビル〈街角NEWCULTURE〉がテーマです。前回ご紹介したビル〈カルチャーセンター臥牛館〉(以下、臥牛館)の隣にある建物で、コロナ禍の逆境においても「前に進めなければ」という思いから生まれたプロジェクト。オープンに向けて歩んだ道のりを前編と後編に分けてお届けします。

地域に守られてきた建物

2019年の7月に臥牛館を引き継いでから、リノベーションをしながら徐々にテナントも増えていきました。2020年6月にはコロナ禍でもスタッフを増やし、近くの古民家でチャレンジショップ併設の町工場〈RE:MACHI&CO〉(以下マチコ)を立ち上げ、そのなかに〈街角クレープ〉がオープン。臥牛館を軸に隣接エリアが変わりつつありました。

もう大きな変化は起きないだろうと思っていた矢先、転機が再びやってきました。2021年4月の頭、臥牛館のときと同じく池見石油の石塚社長から相談が。「向かいの建物も引き継いでくれませんか」というものでした。

向かいの建物とは、かつて海産商の旧田中商店の店舗だった〈昆布館〉と焼き肉バイキング店〈キングオブキングス〉(以下オブキン)がくっついた建物のこと。

左からカルチャーセンター臥牛館、道を挟んでキングオブキングスと昆布館。

左からカルチャーセンター臥牛館、道を挟んでキングオブキングスと昆布館。

左がオブキン、右が昆布館。オブキンと昆布館は2階でつながっている。昆布館の横には世界最大といわれる真昆布のモニュメントが残っていた。

左がオブキン、右が昆布館。オブキンと昆布館は2階でつながっている。昆布館の横には世界最大といわれる真昆布のモニュメントが残っていた。

昆布館(旧田中商店)は鉄筋コンクリート造で、1932年に海産商の旧田中商店によって建てられました。バブル期にマンション開発の荒波に飲まれ周辺の建物の解体が進むなか、解体する間際に池見石油店の先代である故石塚与喜雄さんが建物の保存を訴えて解体を止めさせ、開発業者から買い取ったという伝説の建物です。

買い取ったのち、先代は旧田中商店につけ加えるようにして、下が駐車場の建物を増築。1991年、地元の肉屋さんが増築部分にオブキンを開業しました。旧田中商店の1階は、昆布と北前船にまつわる歴史資料を展示する昆布館となりました。

旧昆布館(旧田中商店)に残っていた建築時の写真。立派な海産商だったことがわかる。

旧昆布館(旧田中商店)に残っていた建築時の写真。立派な海産商だったことがわかる。

旧昆布館の1階ビフォー。一時的に明かりのショールームになっていたが、漆喰が剥がれ落ちていた。

旧昆布館の1階ビフォー。一時的に明かりのショールームになっていたが、漆喰が剥がれ落ちていた。

オブキンは地元で親しまれつつも、業界の競争激化によって2005年に閉店。空き家となってからは屋根からの雨漏りが激しく、至る所の天井が抜け落ちた状態。まさに廃墟となっていました。

もう一度、ビルを買う決断

池見石油の社長からは、「契約は急を要するので、今月中に決断をお願いしたい」といわれました。先代が人生をかけて守り抜いた建物を建築家の僕が諦めていいのか。少しの躊躇はありながら、どこかで「自分がやらないで誰がやるんだ」と答えは決まっていました。臥牛館のときもそうでしたが、建築家として自分に課した自主トレーニングのような気持ちもあったように思います。どうにか資金調達し、2021年のゴールデンウィーク前に契約を結んでしまいました。

ビフォーアフターの平面図。

ビフォーアフターの平面図。

この建物は、昆布館の2階も含めてワンフロアすべてがキングオブキングスで使われていました。たくさんの店舗や人にこのビルを使ってもらうために、ひとつしかなかった入口をもうふたつ増やし、部屋を小さく仕切る計画を立てて工事に着手しました。

工事しながら、段階的なオープンを目指す

どのようにこの建物を活用していくか、実際のところノープランでしたが、ひとつだけ思い当たることがありました。昔からよくしてくれていたバーの元店主・髙橋達さんが、老舗のビリヤード屋さんから引き継いだビリヤード台を持っていて、よい物件があればビリヤード場を開きたいと話していました。相談しつつ建物を見てもらったところ「2階というのがネックだが、広さがあるのでやってみたい」という言葉が。それが唯一の救いとなりました。

予算がかなり限られるなかで、大きな懸念になっていたのが、穴だらけで雨漏りしているオブキンの屋根でした。この雨漏りが止められなければ解体もやむなしと腹をくくっていましたがどうにか安く修繕することができ、2021年6月、プロジェクトが動きはじめました。

オブキンの入り口を入ったところ。写真の奥が旧昆布館の2階部分。

オブキンの入り口を入ったところ。写真の奥が旧昆布館の2階部分。

旧昆布館の2階は小上がり席になっていた。

旧昆布館の2階は小上がり席になっていた。

屋根は室外機が撤去されたまま穴だらけだった。

屋根は室外機が撤去されたまま穴だらけだった。

旧昆布館の瓦屋根。瓦がずり落ちて草が生えている状況。雪止め瓦に取り替えて補修する。

旧昆布館の瓦屋根。瓦がずり落ちて草が生えている状況。雪止め瓦に取り替えて補修する。

オブキンの入り口から入ったところ。この左に曲がったところにバイキングエリアがあった。

オブキンの入り口から入ったところ。この左に曲がったところにバイキングエリアがあった。

バイキングブースだったところ。雨漏りがひどかった。

バイキングブースだったところ。雨漏りがひどかった。

バイキングブースを左に曲がったところは小上がりになっていた。入り口からここまで広範囲に雨漏りが発生していた。

バイキングブースを左に曲がったところは小上がりになっていた。入り口からここまで広範囲に雨漏りが発生していた。

大きい建物なので、全部を整えてからオープンしていては資金が底をついてしまいます。自社でできる箇所からコツコツリノベし、少しずつお店のオープンを重ねていくことを目指し、やるべきことから急ピッチで進めていきました。

最初に完成を目指したのは、旧昆布館の1階部分。ここから新しい動きをつくっていこうと工事を進めました。

屋外階段前の看板やコンクリート花壇は街角に開けるように撤去した。

屋外階段前の看板やコンクリート花壇は街角に開けるように撤去した。

内部の工事は旧昆布館の1階から。新たに事務所に加わった大建綾ちゃんが天井や壁のペンキを擦り落とし、化粧直しを進める。

内部の工事は旧昆布館の1階から。新たに事務所に加わった大建綾ちゃんが天井や壁のペンキを擦り落とし、化粧直しを進める。

オブキンの2階。解体や撤去作業が先の見えない戦いだった。

オブキンの2階。解体や撤去作業が先の見えない戦いだった。

ボロボロ剥げていた漆喰の化粧直しを終えた昆布館1階。

ボロボロ剥げていた漆喰の化粧直しを終えた昆布館1階。

複合型ポップアップストアを開催

工事を終えつつあった昆布館1階を足がかりに、新たな展開が生まれていきました。2021年夏にかけて、弊社にインターンにきていた東京工業大学大学院の御家瀬光(みかせ ひかり)ちゃんが4か月のインターン期間の集大成に地域を巻き込んだ企画を考え始めました。

「コロナで出店を諦めた人たちがチャレンジできる、ポップアップストアがいいんじゃない?」「ここでチャレンジして自信をつけ、地域の古民家などで独立する流れをつくりたいね」「街角でいろんなチャレンジショップが集まり、新しい文化が生まれる、さわやかなネーミングがよさそう」「〈街角NEWCULTURE〉という名前はどう?」「イベントで終わらせず、日常の風景づくりを目指そう!」

社内でこんなやりとりが行われていきました。

7月からは長岡造形大学から竹高亜海(たけたか あみ)ちゃんもインターンで加入。光ちゃんらが先頭に立って告知や募集を進め、複合ポップアップストア〈街角NEWCULTURE〉には、1週間の募集期間にも関わらず、最終的に30組を超える出店者さんが集まりました。

会場は臥牛館、RE:MACHI&CO、旧昆布館、オブキン前。向かいの池見石油店の整備工場もお借りした。4日間にわたって出店料はとらずに開催。

会場は臥牛館、RE:MACHI&CO、旧昆布館、オブキン前。向かいの池見石油店の整備工場もお借りした。4日間にわたって出店料はとらずに開催。

コロナで沈み込んでいた街角に連日多くの人が来てくれて、天気にも恵まれ大成功でした。特に旧昆布館の向かいの池見石油店のガレージをお借りして開催した音楽ライブには心を洗われ、「こんな日常風景をつくっていきたい」と思いました。

花壇を撤去してパラソルを設置。開かれた街角で休憩中のインターン生、松永花菜ちゃんと御家瀬光ちゃん。

花壇を撤去してパラソルを設置。開かれた街角で休憩中のインターン生、松永花菜ちゃんと御家瀬光ちゃん。

旧昆布館向かいの池見石油店の整備場。ソーシャルディスタンス確保のため、道を挟んで音楽ユニット〈ル・ラピス〉のライブを鑑賞。

旧昆布館向かいの池見石油店の整備場。ソーシャルディスタンス確保のため、道を挟んで音楽ユニット〈ル・ラピス〉のライブを鑑賞。

道路使用許可をとって歩道にもベンチなど並べていた。

道路使用許可をとって歩道にもベンチなど並べていた。

飛び入り参加してくれた〈やこちゃん美容室〉。その後、同じ十字街銀座通りのテナントを家族みんなでDIYをして美容室〈noqa hair design〉がオープン。思い描いていたまちへの流れが実現した。

飛び入り参加してくれた〈やこちゃん美容室〉。その後、同じ十字街銀座通りのテナントを家族みんなでDIYをして美容室〈noqa hair design〉がオープン。思い描いていたまちへの流れが実現した。

カルチャーセンター臥牛館にはフレンチの〈オデオン〉が出店してくれた。

カルチャーセンター臥牛館にはフレンチの〈オデオン〉が出店してくれた。

旧昆布館1階。店舗をまだ持っていないコーヒー屋〈agora〉や、花屋〈#fff〉が出店。

旧昆布館1階。店舗をまだ持っていないコーヒー屋〈agora〉や、花屋〈#fff〉が出店。

旧昆布館1階。まだ店舗を持たない〈atelier Pomme de Terre〉は無農薬野菜や無添加食品などを販売。

旧昆布館1階。まだ店舗を持たない〈atelier Pomme de Terre〉は無農薬野菜や無添加食品などを販売。

RE:MACHI&COのなかには、街角クレープのほかに〈Coco-Lili〉など4店舗が出店。

RE:MACHI&COのなかには、街角クレープのほかに〈Coco-Lili〉など4店舗が出店。

こうして4日間にわたるポップアップストアは無事に終了。その後、オブキンと旧昆布館の建物をポップアップストア用のスペースを常設する施設〈街角NEWCULTURE〉と改名することにしました。

さらに、旧昆布館の入居者を募集しながら、11月まで無料で使えるポップアップスペースとして地域の人に提供することにし、写真展やマルシェなどを開催してきました。

こうしてカルチャーセンター臥牛館と街角NEWCULTUREでエリア一体となってさらなる展開が見えてきたその矢先、臥牛館に再びピンチが訪れます。1階のテナントだった学童が移転を検討しているとのこと。次回の最終回では、臥牛館の行方と街角NEWCULTUREの展開についてお伝えします。

information

街角NEWCULTURE

住所:北海道函館市末広町12−8

Web:街角NEWCULTURE

富樫雅行

Masayuki Togashi

とがし・まさゆき

1980年愛媛県新居浜市生まれ。2011年古民家リノベを記録したブログ『拝啓 常盤坂の家を買いました。』を開設。〈港の庵〉〈日和坂の家〉〈大三坂ビルヂング〉で函館市都市景観賞。仲間と〈箱バル不動産〉を立ち上げ「函館移住計画」を開催し、まちやど〈SMALL TOWN HOSTEL HAKODATE〉を開業。〈カルチャーセンター臥牛館〉を引き継ぎ、文化複合施設として再生。まちの古民家を再生する町工場〈RE:MACHI&CO〉を開設。さらに向かいの古建築も引き継ぎ、複合施設〈街角NEWCULTURE〉として再生中。地域のリノベを請け負う建築家。http://togashimasayuki.info

credit

編集:中島彩

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