春、夏、秋の年3回、北海道の美流渡(みると)地区で『みんなとMAYA MAXX展』を開催してきた画家・MAYA MAXXさん。今年の締めくくりとして、もうひとつの『みんなとMAYA MAXX展』を札幌で2022年12月14日から2週間開催。場所は「HUG(ハグ)」の愛称で呼ばれている〈北海道教育大学アーツ&スポーツ文化複合施設〉。
札幌軟石でつくられた石蔵をギャラリーとして改装した空間で、まるで洞窟のような重厚な雰囲気を感じさせる。窓から山々が見渡せる開放的な旧美流渡中学校の展示スペースとは対照的で、「この空間にはどんな作品が合うのだろうか?」と考えるところから展示の構想はスタートした。
2022年1月にもHUGで『みんなとMAYA MAXX展』が開催された。MAYAさんが骨折中に描いた鹿の連作が展示された。(撮影:佐々木育弥)
これまで描いたもののなかから、コロナ禍となる少し前に東京で描いたキャンバス作品を選んだ。2008年から10年、京都で制作発表を行っていたMAYAさんは、その後、東京に戻って活動を再開させた。約1年、原宿にある美容サロンの一角で絵を描き、2020年に吉祥寺に部屋を借りてアトリエをつくった。
展示されたのは、その頃の作品。木枠に貼らずに切りっぱなしのキャンバスに海や動物、人物などが描かれている。それぞれに一貫したテーマはないが、いずれの作品にもどこか所在なげな雰囲気が漂っているのが特徴だ。
美流渡のアトリエに比べると決して広くはなかった吉祥寺のアトリエだが、床いっぱいにキャンバスを広げると250センチほどの幅まで描くことができた。
「東京は大学時代からふるさとにいるよりも長く住んでいた場所。だけど10年ぶりに戻ってみたら、周りの人との関係が変わっていました。仕事で知り合った人たちは、前よりずいぶん偉くなって時間が取れなくなっていたり、仕事を辞めたり、連絡がつかなくなっていた人も」
これから自分はどうやって東京で人との関係をつくっていけばいいのかと考えていた矢先に描いたのがこれらの絵だった。
「あのときの不安な状態が出ている絵を、この薄暗い石蔵に展示したらシュールな感じになるんじゃないかと思いました」
「Sea and sky」は、闇夜の荒波が描かれている。暗い絵のなかにどこかに救いがほしいと思ったというMAYAさんは、天からうっすらと射す光のなかに小さな青い馬を描いた。
HUG展示風景。中央が「Sea and sky」。
「Sea and sky」の中央に描かれた青い馬。
ロバに乗る少女を描いた「Marie and Mary」。普段は使わないという、ひときわ鮮やかな蛍光ピンクで画面が埋め尽くされている。この色は不安な状態の裏返しだという。少しでも気持ちが明るくなるようにと、この色を選んだそうだ。
「Marie and Mary」の部分。
「Slowly sloth」「Majestic elephant」はナマケモノとゾウを描いた作品。背景には色の帯が重ねられ、一部分にキャンバスの地が残されている。
「このときは、まだ背景をまったく塗らないまま残しておくことができませんでした。本当は、キャンバスの地のままが1番美しいんですが、どう考えても、何か塗らなくてはいけないんじゃないかと思っていて」
左が「Slowly sloth」。右が「Majestic elephant」。
ずっと独学で絵を描き続けてきて、その時々で自分なりの課題があった。背景を描かない状態でも“よし”とできるようになりたい、そう思ってきたというMAYAさん。この2枚はその過渡期にあたる。
吉祥寺のアトリエを使用した時期はごくわずかだった。この絵を描いた直後にコロナの感染拡大が深刻化。県をまたぐ移動が制限され、東京での個展の予定がキャンセルになるなかで、新しいスタートを切る決心とともに、夏には美流渡へ移住した。
そして北の大地で1年を過ごすなかで、抱えていた課題がクリアできた。春の足音が感じられる季節に描いたのは、キャンバス地のなかにひょっこりと現れ出たような鹿の連作だった。
旧美流渡中学校で春に開催された「みんなとMAYA MAXX展」で発表された鹿のシリーズ。(撮影:佐々木育弥)
「Calm Bambi in the forest No.1」(撮影:佐々木育弥)
「Calm Bambi in the forest No.2」(撮影:佐々木育弥)
「Calm Bambi in the forest No.3」(撮影:佐々木育弥)
2年前の作品とともに2点の新作も展示された。「未来から見た、今」。一面に塗られた赤い絵具の脇から、群青色が染み出していて、それは怪物のような形状をしている。画面には小さく、1枚は人物が、もう1枚は動物が描かれている。その色は水色と黄色。ウクライナの国旗のカラーだった。
「未来から見た、今 No.1」
「赤と青を塗った時点では、なぜこういうものを描いているのかわからなかったけれど、乾いてみてわかったのは、日々、報道やSNSで、ロシアによるウクライナ侵攻の様子が流れてきて、それに『自分の心が相当やられている』ということでした」
HUG展示風景。
今回の作品群は、その時々にあった不安や心の影が現れ出ているものといえる。展示によって、MAYAさん自身も描いたときの心境をあらためて見つめる機会となった。暗い要素がありつつも、それが作品の弱さにつながらないところは不思議だ。むしろ穴蔵のようなこの空間と呼応して、深く心に染み込んでくるエネルギーに満ちていた。
「不安定な時期の絵たちが、とてもいい絵だと思えたことが、自分にとってどれほどの救いになったかわかりません」
こうした暗さのなかで、希望を指し示す存在もあった。「私はここに立っています」という植物を素材とした新作の立体作品。紙粘土で鳥の顔がつくられており、マツやササなどが羽根に見立て取りつけられていた。制作のきっかけは、アトリエのすぐそばにある旧美流渡中学校のグラウンドを眺めていたとき、その中心に10メートルほどの鳥の立体があったらいいのではないかというビジョンが浮かんだからだ。
「塔のようなものがひとつ立っていると、そこにみんなの気持ちを寄せることができると思って」
MAYAさんがイメージしているのはヨーロッパのメイポールのようなもの。北欧では夏至祭に草花で飾った白樺のポールを村人全員で立て、そのまわりで踊る習わしがあるという。そうした心の拠り所になるものをつくる一歩として、まず小さいサイズの鳥の塔をつくってみようと考え、これらの作品が生まれた。
HUG展示風景。「私はここに立っています」。中央がマツ、左がササ、右が猫じゃらしによってボディがつくられている。
「自分がやりたいと思って心が動いたものは、夢中になってつくることができますね」
MAYAさんが採取する植物には独特の視点がある。マツなどとともに、外来種として厄介者扱いされているセイタカアワダチソウやオオハンゴウソウなどが立ち枯れて種が飛んだあとのものを集めてきている。MAYAさんがそれらにほんの少し手を加えると、まるで宝物のように輝き出す。私はその制作過程を折に触れ見てきた。なぜ輝くのか言葉では捉えられず、何かの魔法のように思えてならない。
アトリエに置かれた作品「すぐそばにある森」。立ち枯れた植物を集めて制作されている。
「春になったら大きな鳥の塔が立てられるように、動き出したいね」
今回の展示には闇と光が見えた。闇の方が、比重が大きかったように感じられたけれど、きっと春の訪れとともに光が勢いを増すに違いないと思っている。
「私はここに立っています」のアップ。植物の綿毛が鳥の羽毛のように見える。
information
みんなとMAYA MAXX展 in Sapporo
日時:2022年12月14日(水)〜25日(日) 13:00〜20:00※最終日は〜17:00
会場:北海道教育大学 アーツ&スポーツ文化複合施設 HUG
住所:札幌市中央区北1条東2-4 札幌軟石蔵
電話:011-300-8989
休館日:火曜日
Web:みんなとMAYA MAXX展 in Sapporo
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。http://michikuru.com/