音楽好きコロンボとカルロスがリスニングバーを探す巡礼の旅、次なるディストネーションは熊本県熊本市。
最古参でもあり最若手、43年続く熊本の老舗コロンボ(以下コロ): いよいよ九州上陸。ジャズ喫茶の見本のようなイカしたお店が熊本にありました。
カルロス(以下カル): 熊本はジャズ関連のお店が多いよね。ライブなんかもにぎやか。
コロ: ここ〈Jazz Inn おくら〉も月に10本くらいのライブをやっているんだ。ミュージシャンも九州ツアーを福岡の〈ニューコンボ〉あたりから始まって、久留米→熊本→鹿児島と縦のラインでまわるんで、その影響もあるみたいよ。
カル: 熊本にはわりかし、いまでも残っているジャズのお店が多いんでしょう?
コロ: 〈Jazz Inn おくら〉はこの12月で43年だって。それでも店主の小倉さんは「ボクはこの業界では若いほうにあたるから」と(笑)。オープン当時は熊本のアーケード、「上通」の果てと言われたそうだよ。
カル: もはや最古参であり、最若手って存在ってことだね。
43年の歴史をひしひしと感じさせるヴィンテージ感たっぷりの店内。
コロ: メインのアーケードの「上通」はディープな「下通」と違って、若い人が多いんだ。
カル: 熊本大学も近いし、学生のまちって感じだったようだね。
コロ: そもそもはジャズではなくて、オーディオに没入した結果として、この世界に入ったそう。
カル: 電気好きの、ラジオ少年だったのかな?
コロ: ジャズにハマるきっかけは、熊本での大学時代の73年、時を同じくして、福岡にマイルス・デイヴィスとサンタナが来たんだって。どっちに行こうかと迷った末、マイルスを選び、それ以来ジャズにずっぽり。
カル: サンタナに行ったら、また違った人生だったんだね。サンタナの73年の初来日ツアーといったら、のちに「ロータスの伝説」としてライブ盤になった、あのツアーだよね。
コロ: そうそう、横尾忠則による22面体ジャケット!
カル: でも行ったのはマイルスだった。
コロ: 本人のうっすらした記憶によると『On the Corner』の頃のマイルスで、そりゃ、ガツーンと来ただろうね。
カル: コーキー・マッコイの『On the Corner』のジャケットのイラストもイカしてるよね。ヘタウマの生みの親みたいな筆致で。
1973年福岡市民会館で行われたマイルス・デイヴィスのライブがすべてのきっかけだった。
タバコの煙に燻されたレコードジャケットや、やれたポスターが年月を物語る。
コロ: そんなこんなで40数年の歴史の片鱗はお店のそこかしこに見られる。そもそも赤レンガの佇まいがマイルスのジャケットのようだし、住まいのようでもある。
カル: タバコに燻された感(条例により現在は店内禁煙)もたまらないよね。ザ・昭和のジャズ喫茶って感じで。店内もそうだけど、レコードジャケットの背もすっかり燻されている。
コロ: なかなか、このやれたヴィンテージ感は出せないよ。フォトグラファーのJFKKは「本物はどこをどう撮っても絵になる」って大喜び。
カル: オーディオもこれまた年月の賜物なんでしょう。熊本県の八代にある創業90数年の電気屋さん〈ラジオ クロネコ〉がアンプを手がけているんだ。
コロ: パワーアンプは真空管の〈ラジオ クロネコ〉オリジナル。管球式のCR型イコライザー・プリアンプは〈ラジオ クロネコ〉にキットを組んでもらったんだって。
カル: 普通のまちの電気屋さんなんだけど、戦前から真空管の修理をやっているお店。
コロ: 売り上げの9割が家電の仕事なんだけど、作業量の9割がオーディオの仕事なんだって。
カル: そりゃ、温かみのある音に違いない。スピーカーはJBL?
コロ: JBL4333A。中のコーンは入れ替えたみたい。スピーカー内のケーブルを太くしたら、とてもまろやかになったらしいよ。
使い続けている〈JBL4333A〉。コーンを入れ替えたり、ケーブルを変えたりと試行錯誤を重ねた。
戦前から真空管を扱っている〈ラジオ クロネコ〉オリジナルのアンプ。
カル: さぞ試行錯誤を繰り返したんだろうな。
コロ: 天井が漆喰で、壁がレンガだから、オーディオにはいいんだけど、ライブには音がデッドだから、ドラムの上手い下手が出やすいらしい。
カル: 試されちゃうねー。
コロ: ピアノを入れた今のキャパは39人くらい。トリオ時代は76人くらいは入っていたらしいけど。
ピアノを入れたことでキャパは減ったものの、ライブのバリエーションは格段に増えた。
よくかけるピアノのアルバムといえばトミー・フラナガンの『OVERSEAS』。軽快さが好きなんだとか。
カル: ライブのセッティングも撤収もマスターがせっせとやるんだってね。で、昼間はコーヒーも出す文字通りのジャズ喫茶。
コロ: コーヒーはこれまた熊本の老舗〈まる味屋珈琲店〉のスペシャルブレンド。しかも丁寧にドリップ。浅めのシティローストでジャズ喫茶とは思えない軽さなんだ。マスターが「よそのジャズ喫茶のおやじと違うのはパット・メセニーとかをかけるところ」っていってだけど、なるほど、このコーヒーはパット・メセニーによく合う。
カル: 笑。ピアノでも軽快な感じが好きなんでしょう。トミー・フラナガンとか。
コロ: よくかけるみたいよ。ハンク・ジョーンズとかもね。
カル: ちなみにお店のクロージングの曲はどんな感じなの?
コロ: ビリー・ホリデイの「I’m a Fool to Want You」をステレオからモノラルへと連続で。
カル: 哀愁たっぷり。晩年の出ない声が切なくて、切なくて。
コロ: でも、気分がどうにも暗くなるから最近はやめたみたい。
カル: あらあら。
イーストエンドのパブを思わせる赤レンガによる味出しのエントランス。
information
Jazz Inn おくら
住所:熊本県熊本市中央区南坪井1-12
TEL:096-325-9209
営業時間:15:00〜24:00
定休日:火曜(不定休)
Web:Jazz Inn おくら
【SOUND SYSTEM】
Speaker:JBL4333A
Power Amp:CUSTOM (熊本県八代市ラジオ クロネコ・オリジナル)
Pre Amp:CUSTOM (ラジオ クロネコにてキット組む)
Turn Table:audio-technica AT-LP7
CD Player:DENON DCD-1600NE
そのほか秘密機器あり。
旅人
コロンボ
音楽は最高のつまみだと、レコードバーに足しげく通うロックおやじ。レイト60’sをギリギリのところで逃し、青春のど真ん中がAORと、ちとチャラい音楽嗜好だが継続は力なりと聴き続ける。
旅人
カルロス
現場としての〈GOLD〉には間に合わなかった世代だが、それなりの時間を〈YELLOW〉で過ごした音楽現場主義者。音楽を最高の共感&社交ツールとして、最近ではミュージックバーをディグる日々。
writer profile
Akihiro Furuya
古谷昭弘
フルヤ・アキヒロ●編集者『BRUTUS』『Casa BRUTUS』など雑誌を中心に活動。5年前にまわりにそそのかされて真空管アンプを手に入れて以来、レコードの熱が再燃。リマスターブームにも踊らされ、音楽マーケットではいいカモといえる。
credit
photographer:深水敬介
illustrator:横山寛多