福岡県北九州市で建築設計事務所を営み、転貸事業や飲食店運営を行う田村晟一朗(たむら せいいちろう)さんによる連載です。
今回は団地のリノベーションがテーマです。団地といえば建物の老朽化や住民の高齢化などの課題を抱える一方で、郊外の静かでゆったりした立地条件やコミュニティが育みやすいことなどの魅力もあります。近年ではリノベーションを取り入れることで、子育てファミリーをはじめとする若い世代に団地暮らしの価値が見直されるようになってきました。
今回は北九州市八幡西区にある〈本城中央団地〉を舞台に、デザインの工夫やプロジェクトチームの編成など、昭和の団地を現代に合わせてアップデートさせていくプロセスをお届けします。
昭和から時が止まった団地の姿独立してから2年目の2014年、〈リノベーション住宅推進協議会〉(現在はリノベーション協議会。以下:リノ協)という団体の定例会に参加していました。この団体はリノベーションにまつわる情報交換の会合やイベント、懇親会などを随時開催していて、そこには不動産事業者、建設会社、メーカー、設計事務所などが集まっていました。
近しい業種ではありましたが、意外にも協働することがなかった業種のみなさんとリノベーションについて語り合うことが楽しく、だからといって会員に勧誘されることもなく、年会費を払うこともないまま非会員のオブザーバーとして楽しんでいました(笑)。
2014年9月頃のリノベーション住宅推進協議会。
そんなときに〈福岡県住宅供給公社(以下、公社)〉という第三セクターの団地運営管理企業が公募を発表しました。公募の内容は、公社が管理する福岡県内8エリアの団地、約20戸の改修案を募集するもので、なおかつ設計から施工、入居者の斡旋(あっせん)までパッケージとして実施できる企業や団体に向けた公募でした。
僕たちが応募することになったのは北九州市八幡西区にある〈本城中央団地〉。RC造5階建てで、玄関が狭く、中廊下式で室内の中央がとても暗い間取りで、トイレは洗面所を通る動線上にあったり、和室は畳と襖(ふすま)で構成されていたり、あらゆる機能が古くなっていました。さらには入退去時のリフォーム更新では畳や襖を取り換えなければならず、公社のランニングコストもかさばる仕様でした。
ビフォーの間取り。
ビフォーの外観。RC造の5階建てで壁式構造という丈夫なつくり。柱と梁の代わりに耐力壁で建物の荷重を支える構造。
トイレは洗面所を通る動線上にあった。
旧式の流し台と間仕切りに使われた襖。
公募内容が設計から施工、入居者の斡旋までということで、はじめは大手デベロッパーの参入が前提かと思ったのですが、リノ協の集いや近業種間の仲間から「みんなで組んで応募しない?」と弊社にもお声がけをいただきました。おもしろそうだったし、もちろん断る理由はありません。設計事務所のジョイントベンチャー(以下JV)はよくある話でしたが、「不動産企業、建設会社と設計事務所がJVで応募するのは新しいな!」と心躍りながら参加したことを覚えています。
設計に顧客のニーズを取り入れる仕組みづくりチームの役割は以下の通りです。
タムタムデザイン:設計
不動産プラザ:施工
トーマスリビング(現在はリノリビングに分社化):施工とリーシング(賃貸を支援する業務)
不動産中央情報センター:リーシング
一般的な賃貸住宅の改修では、事業者が設計事務所に意向を伝えて企画設計、その後施工会社に発注、そして仲介企業に依頼しリーシングを進める、「設計→施工→斡旋」という各フェーズが分断されて発注が行われています。入居希望者の内覧を案内して顧客とコミュニケーションをとりニーズを把握しているのは仲介の案内担当者なのに、その現場を知らない設計事務所が設計を行う。
つまり企画段階で意思疎通ができず、ニーズが設計にも反映されず、結果的に入居の決定率が落ちてしまいます。
今回はステップごとの業者をひとつのチームにしたことで「斡旋×設計→施工→斡旋」となりました。仲介の案内現場から肌感覚で蓄積されているニーズを設計段階で反映することでデザイン力は上がり、かつ入居決定率も上がるというわけです。
当時の提案書の一部抜粋。
こうして提案を進めていき、全6団体から応募があったなかから、チームでのプレゼンを経て、見事、採択を得ることができました!
チームで実現した間取りの変更採択後、リノ協のメンバーで提案書をつくる作業はとても楽しく、今までは聞くことがなかった仲介の内覧案内の現場の話がとてもプラン(間取り)作成の参考になりました。特にリーシングで優先順位が高いといわれたニーズが以下の5つです。
1 独立したトイレ
2 収納の多さ
3 対面キッチン
4 ユニットバス
5 広さと明るさ
そして今回の設計にて、上記にかけ合わせた案が下記の3つ。
1 広い土間空間
2 コンクリートと無垢板の自然素材の仕様
3 オリジナルのキッチン
この本城中央団地に限らず、団地や集合住宅では排水管の構造の問題から、間取りの変更が困難なことが多いんです。一方でリーシング担当からは圧倒的なニーズがある“トイレへの独立動線”を希望されているという状況。ところが今回は現地調査をする施工会社がチーム内にいるので、設計上では判断できなかった排水管の位置変更が容易に盛り込めて企画力もアップしました。協働ならではの賜物です。
そして今回は鉄筋コンクリート造の5階建てで、同じ区画の1〜5階までの縦の住戸をすべて改修することになったので、立管(上階から下階への垂直に渡る排水管)の移設が可能となりました。このことも間取り変更のあと押しとなりました。
暮らしに土間を取り入れる提案こうしてチームでつくったプランがこちら。
アフターの間取り。
玄関の土間を隣接する部屋まで広げて、ひと部屋まるっと土間の部屋にしました。自転車やベビーカーなどがゆっくり置けるような、入居者のアイデア次第で自由に使える空間として、“Hobby room(ホビールーム)”と名づけました。
玄関から続き土間となっているHobby room。
大きな課題だったトイレは位置を変更して独立動線を確保。さらに中廊下はホールになったので内側も明るく広くなりました。
広く明るくなった玄関ホールと独立したトイレ動線。
クローゼットにはカーテンレールのみを設置することで、“魅せる収納”でもいいし、入居者の好きな柄のカーテンをつけられるので生活に彩りを出すことができます。
クローゼットのカーテンは入居者の自由。
台所は造作キッチンにしました。団地にしてはかなり珍しいペニンシュラ型キッチンです。
内壁はコンクリート素地で、床は無垢のフローリング材にしたことで経年変化しても味わいとなります。天井の壁紙はウィリアム・モリスのベースカラーを使用し、センスよく空間をまとめました。
LDKの様子。ペニンシュラ型のオリジナルキッチンが存在感あり。
こうした工夫の積み重ねはインパクトがあったようで、入居率はアップしました。
そして襖を取り払ったり、床を畳から無垢のフローリングにしたりしたことで、入退去のリフォーム工事が少なく、公社のランニングコストを下げることにもつなげています。
当初、この土間の部屋について公社から「本当に土間のニーズはあるのか?」とか「無垢の床材は更新が大変じゃないか? 合板フローリングのほうがいいのでは?」と旧来の仕様から抜け出せない声もありましたが、しっかり土間のニーズがあるデータと経年劣化を“経年変化”と捉える価値観を共有することで決済が下りました。
公社との価値観の共有において、公社の窓口だった担当者のKさんが1番の理解者となってくれて、何度も公社内で説得してくれたことが大きかったと思います。既存の組織概念を変えるのは、いつでもひとりの強い意思から始まるんですよね。今はもう退職されましたが、Kさんには今でも感謝しています。
自然素材の空間は無垢の家具がよく合う。
こうしてできあがった本城中央団地のリノベは〈リノベーション・オブ・ザ・イヤー2015〉で審査員特別賞と〈福岡県美しいまちづくり建築賞〉で理事長賞をいただくというW受賞となり、公社にとっても快挙を達成した事業になりました。
その後も同じ北九州市の〈浅川団地〉や福岡市西区の〈壱岐団地〉など、数年にわたり多くの団地リノベに携わることになりました。ほかにも北九州市の住宅供給公社からもお声がけいただくなど、団地のタイプは変われど、それぞれの地域、それぞれのターゲットと時代に応じた団地リノベを展開していきました。
福岡市、北九州市の団地リノベの数々。
福岡市、北九州市の団地リノベの数々。
福岡市、北九州市の団地リノベの数々。
福岡市、北九州市の団地リノベの数々。
福岡市、北九州市の団地リノベの数々。
福岡市、北九州市の団地リノベの数々。
福岡市、北九州市の団地リノベの数々。
福岡市、北九州市の団地リノベの数々。
福岡市、北九州市の団地リノベの数々。
団地リノベの一時代を築いた実績が功を奏してか、2020年に北九州市八幡西区の〈浅川団地〉の外壁に壁画を描かせてもらうことになりました。団地で育つ子どもたちがリノベーションされた住まいで豊かに暮らし、敷地内で健やかに遊び、成長し、大人になったときに記憶として思い出す「原風景」となることを願ってこの絵を描きました。パターン違いで毎年1〜2面ずつ増えています。
団地の子どもたちがすくすくと遊び、育ち、大人になったら思い出す「原風景」となるよう願いを込めて絵を万年筆で描いた。
団地の外壁に表現された壁画。
将来的なイメージ。壁画は5棟の両面に施されていき、2026年に完成予定。
団地リノベから社会を見つめるリノベーション協議会で構成されたチームで勝ち取った団地リノベの数々。チーム編成や参加企業は変化しつつ、今でも続いています。
住宅団地は昭和20年代半ばから始まり、当時は住宅不足を補い、最先端で憧れの暮らし方でしたが、時代は平成、令和に入り、設備や機能が時代にとり残され陳腐化してしまいました。
しかし、郊外の静かな立地条件や、敷地内に適度な隣棟間隔あることで生み出される日照環境などの利点を生かしつつ、リノベーションという手法によってさらに豊かな日々が過ごせ、社会が抱える空き家問題を転換できるものとなりました。ゆったりした敷地内には広い共用スペースがあるので、子育て世代の若いファミリーの需要が多くあります。ここ6〜7年のこうした団地リノベによる暮らしの変化を感じながら、僕らは公社が求めるものと、その先にある社会に対して少しは役に立てたんじゃないかなと、浅川団地の外壁を見るたびに思います。
あ、この団地リノベでは、リノ協の集まりでチーム編成にお声がけいただきましたが、公募に勝ったあと、さすがにオブザーバーとはいえずコソッと入会したのはここだけの話です(笑)。
団地リノベのチーム一同。2014年頃、僕(後方右側)はまだリノベーション協議会に入会しておらずオブザーバー参加だった(笑)。
information
リノベーション協議会
Web:リノベーション協議会
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福岡県住宅供給公社
Web:福岡県住宅供給公社
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北九州市住宅供給公社
Web:北九州市住宅供給公社
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不動産プラザ
Web:不動産プラザ
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リノリビング
Web:リノリビング
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不動産中央情報センター
Web:不動産中央情報センター
田村晟一朗
Seiichiro Tamura
たむら・せいいちろう
株式会社タムタムデザイン代表取締役。国立大学法人 九州工業大学 非常勤講師。1978年高知県生まれ北九州市在住。建築設計事務所に勤めつつ商店街で個人活動を広げ2012年タムタムデザインを設立。建築設計監理や飲食店経営、転貸事業を軸とした不動産再生プロジェクトも企画・運営しており、まちづくりや社会問題の解決などに向け活動中。商店街再生のキーマンとして、2021年1月にはテレビ東京『ガイアの夜明け』にとり上げられた。アジフライと鍋が好き。http://tamtamdesign.net/
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編集:中島彩