『おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる』。
通称「おもデザ本」は、全国各地21人のデザイナーが自ら記した、地域をおもしろくする工夫が詰まった一冊。
今年3月に学芸出版社から発行された本書は、コロカルでもこちらの記事でご紹介しました。
初版はすぐに完売、増刷という人気ぶりで、発売開始後は編著者や著者、地域のクリエイターらによる「おもデザ本出版トークイベント」が全国各地で開催されています。
福井県鯖江市を皮切りに、東北から石垣島を経て、九州を巡る今回、16か所目となるのは熊本県玉名市にある〈HIKE(ハイク)〉です。
全国行脚もようやく中盤、7月17日に行われたトークイベントのレポートをお伝えします!
HIKEの1Fラウンジスペース。この日は、〈OVAL〉の杉村武則さんの個展〈明星〉が開催中ということで多くの来場者が。
元病院の建物をリノベーションしたHIKE。閉塞的な両側の壁を取り払って生まれた、光の差し込む明るい空間が印象的です。
連休中ともあって多くの人で賑わうなか、トークイベントがスタート。
登壇者は「おもデザ本」編著者である〈TSUGI〉の新山直広さんと〈オフィスキャンプ〉の坂本大祐さん。
そして熊本からは「おもデザ本」の著者のひとりである、デザイナーで〈BRIDGE KUMAMOTO〉代表の佐藤かつあきさんと、箸メーカー〈ヤマチク〉の山崎彰悟さんが登壇されました。
まずはそれぞれの会社の概要やプロジェクトについての説明から。
オフィスキャンプの坂本大祐さん(左)とTSUGIの新山直広さん(右)。
坂本大祐さんが代表を務める〈オフィスキャンプ〉は、人口1700人、高齢化率54%という奈良県吉野郡東吉野村に2015年、官民協働でシェアとコワーキングスペースである〈オフィスキャンプ東吉野〉を開業、2016年に法人化。
坂本さんいわくオフィスキャンプは、「山奥にあるフリーランスのギルド組織」なのだそう。
デザイナーなどクリエイターや木工職人、ITエンジニア、元行政職員など幅広い職能を持った人たちが集まり、近年は奈良県がクライアントの〈MIND TRAIL 奥大和〉、奈良県生まれのスニーカー〈TOUN(トウン)〉を発表、さらに新しいプロジェクトが進められています。
代わって新山直広さん率いるTSUGIは、福井県鯖江市の地域特化型クリエイティブカンパニー。
「創造的な産地をつくる」をビジョンに掲げ、“支える・作る・売る・醸す”をキーワードに、主に地域や地場産業のブランディングを行います。
6人にひとりがメガネ産業の仕事に従事しているというものづくりのまち、鯖江市。
新山さんが鯖江に移住後どのように地域に馴染んでいったか、地域の職人さんや行政とのエピソードを交えながら「インタウンデザイナー」になった経緯が語られました。
TSUGIは2013年の結成後に、アクセサリーブランド〈Sur〉、産業観光プロジェクト〈RENEW〉、〈SAVA!STORE〉を次々スタート。
自社ブランド、観光イベント、実店舗運営、メディアの立ち上げといったデザインの枠に囚われない領域を横断した取り組みを続けています。
司会の佐藤かつあきさん(左)、ヤマチクの山崎彰悟さん(右)。
そして2016年の熊本地震をきっかけに一般社団法人〈BRIDGE KUMAMOTO〉を立ち上げた佐藤かつあきさん。「ソーシャルデザインの実践集団」としてクリエイティブの力で社会課題を解決するプロジェクトを実施する、熊本を代表するデザイナーです。
ヤマチクは「竹の、箸だけ。」をコンセプトに掲げる、熊本県南関町の箸メーカー。
3代目である山崎さんは、「下請けの仕事に頼らず、自分たちのブランドをやっていこう」と、箸の原点回帰として2019年に自社ブランド〈okaeri〉をリリース。
パッケージは〈Pentawards〉、〈NY ADC〉など名だたる海外のデザイン賞を受賞しました。
持ち前の行動力とアイデアで切り開いていく、そんな山崎さんのつくり手の視点とユーモアも交えながら、4名の軽快なトークは進みます。
デザイナーは地域でなにを考える?佐藤:今回のトークイベントの会場は熊本市内も考えたんですが、やっぱり郊外の玉名のHIKEだと思ったんです。中心から外れたほうがおもしろいだろうと。みなさんは郊外、ニッチな場所についてどう思われますか?
坂本:僕がいる東吉野はニッチ中のニッチ。地方は、奥に行けば行くほどユニークになりやすいと感じています。資本経済と『信頼』を中心とした経済があって、僻地に行くほど資本から信頼に変わっていく。リアルにやっていくときに地方では必要なコストが少なくて済むんです。
佐藤:地方への移住者も増えていますよね。
新山:そうですね、それと最近ポップアップで東京へ行かなくなったなって。商業施設での出店が意外と苦戦するし、地方のキープレーヤーの方が人を呼べたりする。変わってきているなって感じます。
佐藤:確かに。東京と地方を分けるのはナンセンスかもしれないですが、東京は非日常の演出に熱心なまち。地方は、日常の延長上にある彩りや豊かさの演出が強いかなって。今はそっちが共感されやすいんだろうなと。ちなみにその辺気をつけていることはありますか?
新山:賞のためにデザインしないということを決めていて。ただ地域でおもしろいことしてるけどデザインださいね、とは言われたくない(笑)。そこは意識しつつ、作品をつくる時間よりも事業をやっていたいですね。
坂本:毎回気をつけていることは、『よすぎない』ということ。よすぎるデザインは処理される速度が速いんですね。ちょっと引っかりが残るかどうか。完全な状態から引いて遊べるかは意識しています。
佐藤:確かにデザインしすぎないことは大事ですよね。
佐藤:まちの魅力、人の魅力、コンテンツの魅力。この中でどこに着目して仕事が始まることが多いですか?
新山:全部大事ですけど、僕のやり方は……コンテンツかもしれない。
坂本:圧倒的に「人」かな。ナラティブを聞くのが好きですね。その人のおかしな部分がキーになることが多い。家業だったり小さな規模の事業って、その人自身の話を聞くことと一緒ですよね。
佐藤:僕もどちらかというとコンテンツかな。まちの魅力って言っても、日本中どこのまちも似ていたりするんですよね、日本列島改造論以降。あとは差異があるとすれば地形くらいなので、意外とまちの魅力って共通していて。人があたたかいとか食べ物がおいしいとかね(笑)
佐藤:次の質問。ブランディングって結局何なんですか?
山崎:自分たちは過去何をやってきて、現在何をやっているのかに対して明確に説明できるかがまず大事で。そのうえでブランディングとは、「これからどうありたいのか」を、未来軸で答えられるかだと思います。僕は「竹のお箸をもう一度スタンダードにするために儲かる産業にする」と決めているんですが、自分たちが“世の中に対するスタンス”を言葉にできるかがブランディングですかね。
佐藤:正解出ちゃいました(笑)。ちなみにブランディングって言われる前はイメージ戦略って言葉が使われていて。今でも9割の人はそういう意味でブランディングを解釈していると思うんですけど、本来のブランディングは「時間」だと思っているんです。山崎さんと同じですが、未来の時間をどう定義するかっていうのがブランディングだと僕は思っています。新山さんは?
新山:ブランディングを一番考えたのは自分の会社です。「魅力」をどうつくるかを考えていて、ビジョンと構造をちゃんとつくること、それに事業が全部リンクできているか。人って魅力で判断するので、自分たちをどうイメージしてもらうか、魅力を引き出すための作業や差別化は綿密にやっていますね。
坂本:物語みたいなものだと思っています。過去から未来の物語を整えていく作業。本人たちがやってきたことを『それって実はこういう物語になってません?』と引いて見て、バラバラになっている物事を整理してあげて伝わりやすくすることだと思っています。
新山:お化粧じゃないよねって。骨格美人になろうっていうことをやっているんですよね。
佐藤:なるほど、インナーマッスルを鍛える!
山崎:最近はデザイナーの領域が広がっていますよね。零細企業でもデザイナーさんが関わることが増えていますけど、化粧じゃないっていうのはわかります。
野球名鑑に例えてデザイナーの打率やポジションを解説した「デザイナー名鑑」があればいいのに!といった話など、話題が尽きない。
佐藤:質問が来ています。地域を盛り上げる人に必要な能力とはなんでしょうか?
新山:これって3人必要なんです。ひとり目は「始める人」、ふたり目は「支える人」、3人目に「まとめる人」
佐藤:おお、いいですね。
新山:僕は始める人なんです。支える人は、始める人を調整してくれる地元のキーマンのような人。まとめる人は、例えばRENEWの事務局長といったこぼれたボールを全部拾ってくれるような人。そういう役割の3人が揃って勝ちの方程式になる。
佐藤:小さなプロジェクトでも同じですよね。
新山:スーパーマンがいたらいいけど、そんな人いないじゃないですか。
坂本:重要なのは始める人です。いないと始まらないから。その始める人がどんな人がいいかというと……“かわいい人”ですね。
会場:(笑)。
坂本:あいつがやったんかって、許される人。失敗がある種許される、ちょっと抜けているというか、チャーミングな人です。がちがちなコンサルタントみたいだと成功が前提にあるのであまりうまくいかないと思うんです。失敗は必ずあるので。周りが協力したくなる、思いや情熱のある人がいい。始める人は、能力じゃないんですよね。
山崎:それとやっぱり諦めの悪い人ですかね。自分の努力に対して成果が出ないことに諦めちゃうけど、諦めないと周りが支えてくれますよね。
佐藤:コロナによって変わったことや、コロナでこれからのものづくりが変わっていくのかについては、どう考えますか?
山崎:良くも悪くも主導権がつくり手のほうに戻ってきた。否応なしに自分たちで売らなければいけなくなったし、卸に対して言い分が通るようになったり。地域でいうと、新宿の伊勢丹よりもヤマチクでポップアップしたほうが売れたりする。地方にチャンスが転がっています。
坂本:“大きなことがいいことだ”と盲目的に信じていたことが、1回取り払われた気がします。大きい、速い、強いから、小さい、少ない、弱いといった価値観に気づくタイミングだったなって思うんです。ものづくりでは地方の方がリソースを提供しやすい状況なのかなと。つくり手たちを鼓舞していくようなものづくりだったり、つくる喜びや誇りみたいなことがやり取りされれば最高ですし、ものづくりのゾーンが変わっていけばおもしろいなと思います。
新山:世の中の不確実性が前提にあると考えた時、キャッシュポイントをいくつ持っているかが大事になります。伝統工芸は1000億くらいの少ない市場規模しかないので、いい意味で僕らはそれほど影響力がないって割り切って、この数年は産地に行ったり人に会いにきてもらえる状況にして、伝えていこうとしましたね。オンラインは限界もあるし、新しい事業でも、直接会うことのできる環境をつくることが僕らの生き残り戦略だと思っています。
佐藤:地方に分散していくっていうのはキーワードですね。
トークイベント終了!
その後も質問は続き、郷土愛や若者の価値観の受容、地域やデザインが「開いて」おく必要性についてなど、充実したトーク内容に。
佐藤:今日のトーク、他の地域と比べていかがでしたか?
新山:16か所、テーマや内容が全部違うんですよ。今日、玉名の参加者のみなさんが真剣だけど笑ってくれたり、それって“心理的安全性”のある会だなと。「尖ったこと言ってもいいよ」という感じ、いい空気感が流れててよかったと思います。
坂本:これから、“つくる、開く、分ける”が大きなキーワードになると思っていて。個々がつくることと、活動を開く、場を開く。そして過剰になった場合において、分ける。そういう意味で、今回は「開く」場でみなさんの意見を我々は取り入れていけたし、フォームをうまく使うことで、発言が苦手な人でも質問できる開かれた仕組みでよかったですね。
4名それぞれの視点から思い思いに語られ、あっという間の2時間となりました。
イベント終了後の様子。
参加者は30名以上、広告業やメーカー、デザイナー、地域おこし協力隊、大学生など多彩な顔ぶれが熊本県内外から集まり、楽しい一夜となりました。
左上から時計回りに、HIKEの佐藤充さん、編集者の中井希衣子さん、坂本大祐さん、山崎彰悟さん、佐藤かつあきさん、新山直広さん。
地域のデザイナーがおもしろければ、その地域はもっとおもしろくなる!
これからのものづくりやクリエイティブの可能性に満ちた「おもデザ本」トークイベントでした。
次回のトークはあなたのまちへ?詳細はこちらをチェック!
誰もが集い、“カタル”場所佐藤さんご夫妻。陽子さんは玉名市出身、充さんは福島県出身。HIKEオープン前は、夫婦で南米やアメリカ大陸、ヒマラヤ山脈などの大自然を渡り歩き世界中を旅して回ったそう。
最後に、玉名のHIKEをちょっとご紹介。
2020年5月にオープンしたHIKEは、気軽に宿泊できるホステルを軸に、地元の生産者や旬の食材を使用したカフェ&ダイニングや手仕事の生活の道具を集めたショップ〈タシュロン〉を併設した施設です。
information
HIKE
住所:熊本県玉名市秋丸415-2
TEL:0968-72-0819
営業時間:11:30〜19:00 (金曜、土曜のみ22:00まで)
定休日:水曜
Web:HIKE -- 誰もが集い、“カタル”場所
Instagram:@hike_tamana
writer profile
Mayo Hayashi
林 真世
はやし・まよ●福岡県出身。木工デザインや保育職、飲食関係などさまざまな職種を経験し、現在はフリーランスのライターとして活動中。東京から福岡へ帰郷し九州の魅力を発信したいとおもしろい人やモノを探しては、気づくとコーヒーブレイクばかりしている好奇心旺盛な1984年生まれ。実家で暮らす祖母との会話がなによりの栄養源。