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建築家が古民家をセルフリノベーション。260万円の物件が事務所兼住宅になるまで

  • 2022年4月15日
  • コロカル
富樫雅行建築設計事務所 vol.1

北海道の函館市で設計事務所を営む富樫雅行です。事務所を立ち上げ、施工や不動産賃貸、店舗など小さく広く挑戦して10年。この連載では、函館市西部地区を中心とする活動についてお届けしていきます。 まずは独立するにあたって、最初に基礎を築いた自邸、〈常盤坂の家〉についてご紹介します。

ここにしかない景観

私は愛媛生まれの千葉育ちで、大学から北海道の旭川に渡りました。学生時代にはインターンで東京の事務所に通ったのですが、多忙すぎる仕事と都市生活に「ここでは暮らせない」と、北海道に残る決意をしました。 北海道では誰が何をやっているか顔が見える規模で人口20〜30万くらいの都市に絞ろうと、古いまち並みの残る函館で就職。ところが紆余曲折あり一度函館を離れ、その後また戻って建築家・小澤武氏の元で修業し、32歳で独立することができました。(独立までの長い道のりについてご興味のある方は、ウェブメディア『IN&OUT』のインタビューをご覧ください)

いわゆる“THE 観光地”の金森赤レンガ倉庫群前の七財橋から函館山方向を見る。右が函館港。

いわゆる“THE 観光地”の金森赤レンガ倉庫群前の七財橋から函館山方向を見る。右が函館港。

独立するなら、函館のなかでも旧市街地の西部地区に居を構えようと決めていました。函館も西部地区を離れて郊外に行けば、日本のほかのまちと変わらない風景が続きます。ところが西部地区は函館山の麓に広がるエリアで、津軽海峡と函館港の海に囲まれ、その向こうには駒ヶ岳が望めます。 まちには路面電車やロープウェーが走り、開港都市として西洋文化の香るレトロな建物群もあり、多様な要素によってつくりあげられた、“ここにしかない景観”が広がるまちなのです。

西部地区の課題:人口減とまち並みの変化

長い坂道が続く常盤坂の上から函館港を見下ろす。“THE 観光地”から少し外れた素朴な日常の暮らしの風景がまちの魅力に厚みを増す。左の古民家はのちにリノベした〈ごはんおやつシプル〉。

長い坂道が続く常盤坂の上から函館港を見下ろす。“THE 観光地”から少し外れた素朴な日常の暮らしの風景がまちの魅力に厚みを増す。左の古民家はのちにリノベした〈ごはんおやつシプル〉。

僕にとっては魅力溢れるまちですが、地元の人にとっては雪国で坂道というダブルパンチで、郊外への移転は増加傾向にあります。所狭しと建てられた建物の越境問題や隣家に屋根の雪が落ちる問題もあり、多くの建物は上手く継承されずに解体されていくのが現状です。 そもそも函館はペリーが来航し、横浜・長崎とともに日本で最初に開港したまちとして有名です。それ以前には北前船の寄港地として栄え、明治以降は北洋漁業の基地として栄え、当時は函館が東京以北最大の都市であり、その中心が西部地区でした。 いまも多くの貴重な建物が残っていますが、それらは観光地化された見世物としてではなく日常の暮らしと共存していて、そんな素朴な雰囲気が気に入っています。 とはいえ、高度成長期後に建てられたのはマンションと建て売りの住宅ばかりで、函館の個性を生かした建物は少なくなってきています。古き良き時代の建物が残っていても、空き家が目立ち活用されるのはわずかで、誰も見向きもしない。 「なぜ誰もやらないんだ」という思いから、「それならば、独立をきっかけに自分がやろう。西部地区で建築をやるからこそ意味がある」と、そんな思いも西部地区に根を張るきっかけとなりました。

常盤坂の家との出合い

そんな愛する西部地区にて、まずは事務所兼住宅にできそうな物件を探すことに。すると物件情報の安いほうから2番目の260万円で出てきたのが、常盤坂の中腹にある昭和9年に建てられたこの物件。函館の古民家の典型のような和洋折衷の建物で、さっそく内覧に行くことにしました。

ビフォー。1階が和風で2階は洋風の和洋折衷。船からまちを見たときに上の洋風な建物が見えるようにつくられ、見栄っ張りな市民性の表れともいわれている。

ビフォー。1階が和風で2階は洋風の和洋折衷。船からまちを見たときに上の洋風な建物が見えるようにつくられ、見栄っ張りな市民性の表れともいわれている。

1階の続きの間は、奥に行くにつれ床が落ちていた。すべて床を落とし、基礎の補強も兼ねた防湿コンクリートの土間を打設することに。

1階の続きの間は、奥に行くにつれ床が落ちていた。すべて床を落とし、基礎の補強も兼ねた防湿コンクリートの土間を打設することに。

2階の和室の窓からは、防火帯の役目をする街路樹のナナカマドが見える。一番明るいこの部屋をLDKへとリノベする。

2階の和室の窓からは、防火帯の役目をする街路樹のナナカマドが見える。一番明るいこの部屋をLDKへとリノベする。

正面はかわいいのですが、家の中に入るにつれて床が落ち、雨漏りもひどい状態。ただ、当時の自分にはこの家が魅力的すぎて、さらに家を買うことにテンションが上がり、まだその後の現実は見えていませんでした。 銀行で融資がつかず、金融公庫に夢を実現するための事業計画を提出し、無事に審査が通って、2011年11月に常盤坂の家を購入することができました。 事業計画とはいえ、今考えると節穴だらけのものでした。当初の計画では予算は300万、半年でリノベを終える算段でしたが、最終的には100万の追加融資を受け、2年半の月日を費やすことになりました。

痕跡をたどるリノベーション

なぜ2年半もの時間がかかったのか……。思い返すと「考えが甘かった」のひと言に尽きます。予算が少なく、多くの作業を自力でやるしかありません。解体ひとつとっても家の歴史や当時のつくり手の気持ちなど、見えない何かを探しながら対話を重ねる毎日でした。 大まかにいうと1階は事務所、2階は住居にする計画。工事の途中では、近所の方が見に来て差し入れしてくれたり、向かいのおばさんも出て来て井戸端話に花が咲いたり、地域の人の動きが見られるのもとてもおもしろかったです。

近所のおばあちゃんが「この家を建てた人が自分の中学校の先生なのよ」と持ってきてくれた写真。前列左から4番目の方が建主の大川福三さんで国語の先生。家の古い壁紙を剥がすと、生徒の作文やテストなどが下張りしてあった。

近所のおばあちゃんが「この家を建てた人が自分の中学校の先生なのよ」と持ってきてくれた写真。前列左から4番目の方が建主の大川福三さんで国語の先生。家の古い壁紙を剥がすと、生徒の作文やテストなどが下張りしてあった。

右隣に住むおばあちゃんと僕。よく草餅をつくっては、流しの窓をあけ「食べなさい」と言ってくれたことが忘れられない。おばあちゃんは常盤坂の家が完成する前に娘さんの所へ引っ越し、その家は解体されてしまった。

右隣に住むおばあちゃんと僕。よく草餅をつくっては、流しの窓をあけ「食べなさい」と言ってくれたことが忘れられない。おばあちゃんは常盤坂の家が完成する前に娘さんの所へ引っ越し、その家は解体されてしまった。

当時はYouTubeなどネット上に参考にできる情報はなく、自分にも古民家リノベのノウハウはなかったので、ひとつひとつの実践が勉強でした。その経験が誰かの参考になればという思いと、この家と向き合った記録として、ブログ『背景、常盤坂の家を買いました』をリアルタイムで配信しながら進めました。

改修内容の詳細は全51話に及ぶブログをご覧ください。

改修内容の詳細は全51話に及ぶブログをご覧ください。

ひとつひとつの部材を再編集

ブログを始めると、ぽつぽつとお手伝いや見学に来てくれる人がいたり、北海道の雑誌『KAI』に掲載されると東京在住の人から連絡があり、その後近所に移住してくれたり、いろいろな交流が生まれました。

函館 リノベーション

リノベは悪い部分を直すだけではなく、全体をより良くアップデートする作業。まずは朽ちた床の解体と、裏庭の土の搬出。

函館 リノベーション

床下の湿気を止め、基礎の補強を兼ねたベタ基礎(床下にコンクリートを敷く手法)にする。

函館 リノベーション

腐った土台や柱を継ぎ足すのはプロの大工さんにお願いした。

函館 リノベーション

湿気ってカビ臭かった床下も、コンクリートのおかげでカラッと空気もきれいになった。

 

日々解体しながら当時の職人の技に触れ、「これはスピードを求めて新建材をバタバタ貼りちょっとカッコよく直して住めばいいわけではない」と思い始めました。

函館 リノベーション

2階の裏庭側の屋根は雨漏りがひどかった。

函館 リノベーション

裏側は一部分を減築して、屋根の向きを変えて外に出やすくした。外壁も思いのほか腐っていた。

函館 リノベーション

裏側は蔵のようなイメージで直した。屋根にのっていたベランダは再利用。

函館 リノベーション

常盤坂側の正面の外壁は〈伊藤防水〉さんにボロボロのペンキを剥がして塗り替えてもらった。

 

つくられた当時の痕跡をたどっていくように、ひとつひとつの部材を大切にほぐしていき、それを再利用して、再編集するようなリノベーションのイメージができてきました。それは計画してできるものではなく、その都度、外した部材たちとセッションするように、思いを巡らせてはコツコツとかたちにしていく毎日でした。

函館 リノベーション

解体で出た釘は全部抜いてバケツいっぱいになった。

函館 リノベーション

そのなかでもかすがいは、〈杉本洋鍛治工房〉でネジって取っ手にしたり、曲げてペーパーホルダーに加工したり。

函館 リノベーション

屋根裏から出てきた、老舗のお菓子屋や佃煮屋、有田みかんなどのいろいろな木箱たち。

函館 リノベーション

木箱と昔から集めていた木っ端をトイレの壁にコラージュ。手洗器は床下から出てきた植木鉢を再利用。

 

函館 リノベーション

近所のガレージを特別にお借りして、解体した材料は部材ごとにまとめストック。

函館 リノベーション

これは壁に貼られていた板で、表面には壁紙が貼ってあった。

函館 リノベーション

壁紙を1枚ずつていねいに剥がす。畳の下にあった荒板の杉板も、手でヤスリをかけて木目を浮き上がらせフローリングとして再利用。

函館 リノベーション

洗った壁の板を天井板として再利用。解体で出た釘も真っすぐ伸ばして床や天井板を張るのに再利用している。

 

函館 リノベーション

もともと1階の階段下にあったキッチンのステンレスシンクだけを取り出す。

函館 リノベーション

シンクを猛烈に磨いてピカピカにして再利用。

函館 リノベーション

フレームも古材で組み、床板として使われていた板を天板にして、くり抜きシンクを埋め込む。

函館 リノベーション

引き出しの正面も床の古材と知人にもらった教会で捨てられていた木箱の扉を再利用し、かすがいのハンドルを取りつけた。

 

函館 リノベーション

お風呂は押入れだった場所を仕切って防水を施し、外壁用の漆喰を塗って仕上げる。

函館 リノベーション

お風呂の床はDIYで貼った十和田石。

函館 リノベーション

天窓で解放感があるお風呂。左の寝室側に大きな窓があり天窓の光が届く。乾燥する冬の北海道に加湿できる窓はありがたい。

 

函館 リノベーション

完成したトイレの床には、取り寄せたサンプルのタイルを敷き詰めた。

函館 リノベーション

のちに登場する高橋逹さんにもらったワイルドターキーの木箱や古い建具、お茶の野点箱をコラージュした仕切り壁。

函館 リノベーション

和室の天井に使われていた竿縁という部材を目隠しのルーバーに再利用。

 

〈常盤坂の家〉が完成!

当初の予定から2年半が過ぎた頃、ようやく2階住居部分の完成の目処がつき、オープンハウスを2日間行いました。 公開の前日には、のちにリノベすることになる花屋〈BOTAN〉の加藤公章くんに装花をお願いしたり、こちらものちに登場する〈池見石油店〉の社長が掃除のお手伝いに来てくれたり、なんとかお披露目の日に間に合いました。

オープンハウスには、前所有者のおばあちゃんのほか、170人以上の方にお越しいただいた。

オープンハウスには、前所有者のおばあちゃんのほか、170人以上の方にお越しいただいた。

オープンハウスの当日には列ができるくらい多くの方にお越しいただきました。一度見に来た方が「価値観が変わった」とまた友だちと旦那さんを連れて戻ってくるなど、予想以上の反響がありました。その1週間後、工事をサポートしてくれた〈繁工務店〉の西村芳美さんが手伝ってくれ無事に引っ越しを終えました。

アフター。暮らし始めたばかりでまだ物が少なかった頃。

アフター。暮らし始めたばかりでまだ物が少なかった頃。

吹き抜けの手摺壁に使ったガラスの建具は、隣のおばあちゃん宅のキッチンに使われていたもの。左のルーバーは和室の天井竿縁を再利用した。

吹き抜けの手摺壁に使ったガラスの建具は、隣のおばあちゃん宅のキッチンに使われていたもの。左のルーバーは和室の天井竿縁を再利用した。

寝室のベッドも古材で組み、キッチンの残りの板をスノコに。右端には寝室とお風呂の間に大きな窓があり、天窓の光がベッドまで届き、乾燥しやすい冬場の北海道ではお風呂の蒸気で加湿もできる。

寝室のベッドも古材で組み、キッチンの残りの板をスノコに。右端には寝室とお風呂の間に大きな窓があり、天窓の光がベッドまで届き、乾燥しやすい冬場の北海道ではお風呂の蒸気で加湿もできる。

工事開始から2年半の間に娘の菜奈が生まれ、引っ越しのときには1歳4か月に。家族には「本当にお待たせしました」という気持ちです。 とはいえその後仕事が立て込んでしまい、実は10年経った今も1階は未完成のまま。娘はもう4年生に、その下に息子の源が生まれ、4月から小学校に入学します。息子の夢は建築家になることだと地元のテレビ番組でうれしいことを言ってくれたので、今年は子どもたちと1階の床を張ったり、10年ぶりに続きを始めようかと思っているところです。

2018年、源の入園式のときの家族写真。

2018年、源の入園式のときの家族写真。

自らリスクをとり実践することの意味

建築家だから当然DIYできると思われがちですが、僕はこの家をやるまで建物の知識はあれど、電動ノコギリを初めて触るくらい、工事の技術はまったくありませんでした。 自分でやらなければならない状況に追い込み、自分の手を動かしたからこそ、深く物事や成り立ちを考えてアイデアが生まれ、つくったものに納得し愛着が湧いてきます。自ら実践しノウハウを蓄積でき、それを自分の言葉で発信することで、次の仕事にもつながっていきました。そして仕事の礎になる部分を、自分の責任とお金で学べたことが何よりの財産になったと思っています。 さて、そんな常盤坂の家の工事も佳境に差しかかった頃、よく顔を出してくれていた近所の人から「外観からはわからないけど、古くて貴重な建物が壊されそうなので、一緒に中を見てくれないか」と相談を受け、新たな拠点づくりが始まることになりました。次回はそのお話を。

information

富樫雅行建築設計事務所

住所:北海道函館市弥生町19-8

Web:富樫雅行建築設計事務所

profile

Masayuki Togashi

富樫雅行

とがし・まさゆき●1980年愛媛県新居浜市生まれ。2011年古民家リノベを記録したブログ『拝啓 常盤坂の家を買いました。』を開設。〈港の庵〉〈日和坂の家〉〈大三坂ビルヂング〉で函館市都市景観賞。仲間と〈箱バル不動産〉を立ち上げ「函館移住計画」を開催し、まちやど〈SMALL TOWN HOSTEL HAKODATE〉を開業。〈カルチャーセンター臥牛館〉を引き継ぎ、文化複合施設として再生。まちの古民家を再生する町工場〈RE:MACHI&CO〉を開設。さらに向かいの古建築も引き継ぎ、複合施設〈街角NEWCULTURE〉として再生中。地域のリノベを請け負う建築家。http://togashimasayuki.info

credit

編集:中島彩

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