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日本ではほとんど出回らない中国茶のために、水がおいしいまちに移住した夫婦の話

  • 2022年1月25日
  • コロカル
中国茶に最適の水を求めて

北海道のほぼ中央に位置し、旭川市に隣接する東川町。子育てや起業などの支援のほか、写真やクラフトを通じたまちづくりといったさまざまな取り組みが功を奏し、近年は移住者が増加。それにともない雑貨店やカフェなど個人店が徐々に増え、まちとしての魅力も高まっている。

その市街地の外れに、斉藤裕樹さんと奥泉富士子さん夫婦が営む中国茶専門店〈奥泉(おくいずみ)〉がある。2016年に札幌市・円山で店を構え、2020年1月に東川町へ移住して移店。札幌での経営は軌道に乗っていたものの、あえて地方への移住を決断した。

斉藤裕樹さんと奥泉富士子さん。ふたりの穏やかな人柄とやさしい笑顔に和まされる。

斉藤裕樹さんと奥泉富士子さん。ふたりの穏やかな人柄とやさしい笑顔に和まされる。

富士子さんはきっかけのひとつに“水”をあげる。

「私たちが店で扱っている〈武夷岩茶(ぶいがんちゃ)〉はとても繊細で、水が違うだけで味や香りが変わってきます。同じ茶葉でも淹れる地域によって表情が変わるくらい、水に大きく左右されるんです。北海道各地を見て回るたび、持参した武夷岩茶の茶葉を現地の水で淹れて飲み比べていたのですが、東川町はなんといっても水がおいしいのが決め手でした」(富士子さん)

裕樹さんも「武夷岩茶は白亜紀の時代に地殻変動で隆起してできた岩場で栽培されるのですが、その岩肌から豊富な栄養分を吸い上げるんです。東川町の水はミネラルに富んでいて、うちで扱う岩茶と相性が良かったのが大きかったですね」と言う。

店名の〈奥泉〉は富士子さんの旧姓で、漢字で響きがいいことから名づけたそう。

店名の〈奥泉〉は富士子さんの旧姓で、漢字で響きがいいことから名づけたそう。

「東川町は北海道で唯一上水道施設がなく、大雪山系から湧き出す天然の地下水を生活用水として利用しています。ちょっとかためなんですけど甘みがあるんですよね。季節によっても水の味は変わるので、お茶の出方も微妙に変わります」(富士子さん)

お茶本来の魅力を最大限に引き出すため、より良質な水を求めて移住を決めた。東川町は自分たちの仕事に対して志を高く持ち、真摯に向き合っているからこそ、ようやくたどり着いた新天地なのだ。

稀少な武夷岩茶を常時20種類ほど揃える

富士子さんは、かつて東京・中目黒にある老舗の中国茶専門店〈岩茶坊(がんちゃぼう)〉で経験を積み、現在は中国茶のインストラクター、中国政府認定の評茶員・茶藝師として活躍している。

専門資格を持つ富士子さんが茶葉の状態はもちろん、季節や天候なども鑑みてお茶の風味を最大限に引き出す。

専門資格を持つ富士子さんが茶葉の状態はもちろん、季節や天候なども鑑みてお茶の風味を最大限に引き出す。

そんな富士子さんの店〈奥泉〉で扱うのは、中国の世界遺産である福建省・武夷山でつくられる武夷岩茶。日本でいう人間国宝「国家級非物質文化遺産・制作技芸伝承人」で茶師の劉宝順さんが手がける、日本ではほとんど出回らない稀少な烏龍茶だ。

「自分のお店を始めようと思ったとき、扱うのは劉宝順さんがつくるお茶以外に考えられませんでした。現地へ足を運んで、ご本人に直接お会いしてお話をお聞きしたこともあるのですが、無農薬にこだわって茶葉を育て、昔ながらの製法で丁寧に焙煎されています」(富士子さん)

富士子さんが手際よく、丁寧にお茶を淹れていく。一挙一動、その所作や佇まいに目を奪われる。

富士子さんが手際よく、丁寧にお茶を淹れていく。一挙一動、その所作や佇まいに目を奪われる。

 

中国茶は淹れるごとに香りや味が変化するのが特徴。お茶を注文するとお湯の入ったポットが置かれ、茶葉の色が出なくなるまで何度でもおかわりができる。

「中国茶は何煎も楽しめるのが魅力。一煎一煎お湯を注ぐたびに茶葉がゆっくりと開き、色や香り、味が徐々に変わっていく、その過程や変化も楽しんでいただきたいです」(富士子さん)

中国茶の選び方や淹れ方、飲み方など親切に教えてくれるので初めての人でも安心。「気軽に声をかけてください」と富士子さん。中国茶は700円〜。

中国茶の選び方や淹れ方、飲み方など親切に教えてくれるので初めての人でも安心。「気軽に声をかけてください」と富士子さん。中国茶は700円〜。

武夷岩茶は種類が豊富で、店では常時20種類ほどを揃える。そのときの体調や気分に合わせて選ぶことができるのもうれしい。

「お茶によってそれぞれの効能があって、体を冷やしてくれるお茶もあれば温めてくれるお茶もあります。ワインのように熟成するので、同じお茶でも焙煎されてすぐと1年経ったものでは風味が変わりますし、いつ飲んでも新鮮な印象でお飲みいただけます」と富士子さんはその魅力について話す。

都市でも出合う機会の少ない中国茶。そんな奥深い世界がなんとこの地で体験できる。東川町の豊かさを感じ、それが魅力にもつながっている。〈奥泉〉の中国茶を通じ新しい食文化に触れることで、知識や味覚といった自分の世界をさらに広げてくれるはずだ。

すべてはお茶ありき

料理を担当するのは裕樹さん。東川町産の米〈おぼろづき〉と天然水でつくる〈中華粥〉は、素材の味を大切にした、ごくシンプルで、素朴かつやさしい味わい。米がつやつやと輝き、みずみずしい炊き上がりで、口に含むとほどよい粘りに豊かな甘みを感じることができる。

米が美しく輝く。粒感をわずかに残しながら、さらりとしたとろみのある口当たりで、米の甘さや旨みが広がる。

米が美しく輝く。粒感をわずかに残しながら、さらりとしたとろみのある口当たりで、米の甘さや旨みが広がる。

「いまある食事のメニューはすべてお茶ありきで、何が合うかをふたりで決めていきました。うちの〈中華粥〉は塩とゴマ油、ショウガしか入っていないので、ごまかしが効かないんですよね」(裕樹さん)

「育った土地の水で米を炊くと、味わいがまったく違います。おかゆが好きで通ってくださる常連さんもいらっしゃるので、月替わりの〈季節のおかゆ〉では芋やトウモロコシ、ユリ根といった旬の食材を使って、いつ食べても飽きがこないようにアレンジしています」と富士子さんも気を抜かない。

〈中華粥〉には副菜としてザーサイ、ピータン、腐乳が添えられる。好みで加えて味の変化を楽しめる。中華粥690円。

〈中華粥〉には副菜としてザーサイ、ピータン、腐乳が添えられる。好みで加えて味の変化を楽しめる。中華粥690円。

〈手打ち水餃子〉や〈手作りシューマイ〉、〈ブタまん〉といった点心も人気。皮や餡の素材は道産を使用し、一からすべて手づくり。点心は皮ごとに粉の配合も変えるこだわりぶりだ。

皮から1個ずつ手づくりしている〈手打ち水餃子〉。もっちりとした食感が特徴で、噛むと口の中で肉汁が溢れる。 6個590円、10個980円。

皮から1個ずつ手づくりしている〈手打ち水餃子〉。もっちりとした食感が特徴で、噛むと口の中で肉汁が溢れる。 6個590円、10個980円。

道産豚肉の旨みが凝縮した餡を、道産小麦を使用したふわふわ生地で包んだ〈ブタまん〉。280円。

道産豚肉の旨みが凝縮した餡を、道産小麦を使用したふわふわ生地で包んだ〈ブタまん〉。280円。

また店内の窓に映る景色も、この店ならではの魅力。自然や畑に囲まれたのどかな景観が広がり、四季の変化も楽しめる。穏やかな雰囲気に包まれ、次第に心が落ち着いていく。時間がゆっくりと流れていくのを感じた。

「お茶を楽しんでもらうにはロケーションも重要です。札幌のお店はお客さまに来てもらいやすい立地だったのですが、住宅街でマンションに囲まれていたので……。ここは旭岳を眺められるのがすごく気に入っています。景色を眺めながらお茶を飲んで、時間を忘れてくつろいでいただきたいですね」(富士子さん)

店内の窓から眺める田園風景も店にとって欠かせない魅力のひとつ。四季折々の表情が楽しめる。

店内の窓から眺める田園風景も店にとって欠かせない魅力のひとつ。四季折々の表情が楽しめる。

あえてランチ営業はしていない。その理由について裕樹さんは「混雑するランチタイムはお客さまにゆっくり過ごしてもらえないので、朝から午前と、お昼休みを挟んで午後からという、お茶を楽しんでいただくための営業形態になっています」と話す。

富士子さんも「札幌のお店の頃は、ランチの時間帯に気を使ってお帰りになるお客さまもいらっしゃったのですが、そうなってしまうと私たちがやりたいことと意味が違ってしまうので」と頷く。

木材を生かしたシンプルな空間。温かいぬくもりに包まれ、落ち着いた時間を過ごすことができる。

木材を生かしたシンプルな空間。温かいぬくもりに包まれ、落ち着いた時間を過ごすことができる。

たかがお茶、されどお茶。心地よく落ち着ける非日常的な空間や、ほっと安らげる癒しの時間など、すべてにおいて行き届いているからこそ、お客さんは感動し、心が豊かになるのだろう。

「観光に訪れた先で食事をするとなったときに、地元の名物に比べるとおかゆは選択肢に入りにくいと思うのですが、それでもうちを目指して来てくださる方が多いのでうれしいですね。観光の合間にちょっと時間ができたら、お茶を飲んでひと息ついてもらいたいです」と富士子さんは微笑む。

点心はオーダーを受けてからセイロで蒸しあげるので、できたて熱々が味わえる。

点心はオーダーを受けてからセイロで蒸しあげるので、できたて熱々が味わえる。

働きやすい東川、暮らしやすい東川

もともと北海道出身ではないふたりだが、札幌から地方への移住はかねてより考えていたそう。東川町へ移住するまでには、約2年ほど通いながら探し続け、ついに納得がいくいまの土地と物件に巡り合った。

「ここは旭川空港にも近いので、道外の家族や友人とも行き来しやすく、安心感がありました」と富士子さん。

「ここは旭川空港にも近いので、道外の家族や友人とも行き来しやすく、安心感がありました」と富士子さん。

「東川町には僕たちと同世代の方がたくさんいて、何かと相談しあっています。東川町で個人店を経営されている方や、イベントを企画されている方などがいて、そのご紹介やSNSなどをきっかけに、そのファンの方々が来てくださるのは大きいですね」(裕樹さん)

土地勘がなく、知人もいない土地への移住には、不安ももちろんあったはず。だが、裕樹さんはまったく心配なかったそうだ。

「お店がしっかり営業できれば、不安ではなかったですね。時間がかかってもうちのお茶を一度飲んでもらえれば、きっとわかってもらえると思っていました。最初は客層や需要などを考えて札幌でお店をオープンしたのですが、ありがたいことにその頃のお客さまにいまも来ていただけているので、いい基盤づくりになりました。札幌での経験が自信につながりましたし、自分たちが出しているお茶に確信があったので、その価値をより高めるために選んだのが東川町でした」(裕樹さん)

富士子さんも「自分たちがいいと思うものをきちんとご提供していれば、自然とお客さまがついてきてくれると信じていました」と疑わない。

裕樹さんは、東京のホテルやフレンチストランのサービスとして勤めていた経験も。

裕樹さんは、東京のホテルやフレンチストランのサービスとして勤めていた経験も。

自然体で穏やかなふたりの姿が印象的。時折目を合わせ、言葉にしなくても通じ合っているのを感じた。そんなふたりにとって、東川町は理想的な場所だと話す。

「経営に追われてやりたくないことをやったり、休みがなくなってしまったりすると本末転倒。そういった意味でもいまは心身ともに健康です。自分たちの状態が、接客や料理を通してお客さまに伝わると思っているので」(裕樹さん)

「仕事しやすいところ=住みやすいところみたいな。働くのも暮らすのも一緒で、別として捉えていませんでした。まずは自分たちが気持ちよく暮らすことで、おいしいものをつくれる気がします」(富士子さん)

ひとりで自分と向き合いたい、友人や家族とひととき休まりたい。ふとしたときに思い浮かぶ、あの店。〈奥泉〉はそんな心の拠り所となる店だ。

お茶を淹れる水は甕に入れて、一晩汲み置きしてから使っているそう。

お茶を淹れる水は甕に入れて、一晩汲み置きしてから使っているそう。

information

中国茶とおかゆと点心 奥泉

住所:北海道上川郡東川町東4号北2番

TEL:0166-56-0280

営業時間:8:00〜11:00、13:00〜16:00

定休日:火・水曜

Web:中国茶とおかゆと点心 奥泉

*価格はすべて税込です。

writer profile

Ryosuke Iwamura

岩村 良介

いわむら・りょうすけ●編集者。2004年、北海道・札幌市を拠点に出版・編集プロダクション〈PILOT PUBLISHING〉を設立。フリーペーパー『PILOT magazine』を不定期で発行。Web:PILOT

photographer profile

Kentauros Yasunaga

安永 ケンタウロス

やすなが・けんたうろす●写真家。広告をメインに雑誌や書籍の撮影も手がける。新たな表現の幅を広げるため8×10での作品制作も開始。東川と東京の2拠点で活動中。Web:Kentauros Yasunaga

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