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〈細尾〉細尾真孝×〈スノーピーク〉山井梨沙 社長対談 「環境×織物」は実現する?

  • 2021年11月16日
  • コロカル

『FIELDWORKS』は、新潟県を拠点にキャンプを中心としたローカルなライフスタイルを提案するスノーピーク代表取締役社長の山井梨沙さんが、ローカルでありプラネット的なモノ・コト・ヒトに出会いながら、コロナ後の暮らしのスタンダードを探し求める「フィールドワーク」の記録。2回目となる今回は、地域産業である家業を継ぐことについて、京都・西陣織の老舗〈細尾〉で革新的な試みを続ける細尾真孝さんに話を聞いた。

“〈HOSOO

〈HOSOO GALLERY〉にて展示を囲む。

デヴィッド・リンチと遊牧民がつないだ出会い

山井梨沙(以下、山井): 初めて会ったのは、2016年、東京の表参道にある〈GYRE〉で開催されていた細尾さんと映画監督のデヴィッド・リンチとのコラボレーション展。織物で渦を表現するような空間インスタレーションの展示をしていました。音もオリジナルの曲がサラウンドでかかっていて、ものすごい体験だった。当時、FedExの営業担当の方が〈細尾〉も担当していて、ぜひ細尾さんに会わせたいと言ってくれて、もともとデヴィッド・リンチの作品も好きだったから一緒に展示に行ったんです。その後、別件で細尾さんと打ち合わせをしたときに、『ドラゴンボール』の「ホイポイカプセル」のように投げたらバーンと出てくるような家を、織物でつくりたいと相談してくれたんです。だからもう、知り合って5年近くになるんですね。

細尾真孝(以下、細尾): そうそう、当時、織物で家ができないかと思っていて、ちょうどその格納にホイポイカプセルを思いついたときだったんです。建築は構造があったうえで機能を持つんですけど、織物に構造と機能を与えるにはどうしたらよいのかと考えたら、まずは織物を家として利用しているところ、例えばモンゴルの遊牧民が暮らすゲルを見に行ってみようということで、初めての打ち合わせのときにそのことを話したんです。そしたら山井さんが「私、遊牧民とコンタクト取れるかも!」と言ってくれたのが我々の出会いですね、ざっくり言うと(笑)。

ホイポイカプセルならではの急展開

山井: コロカルさんでも以前取材されていたように、西陣織の老舗の跡取りで、〈クリスチャン・ディオール〉や〈シャネル〉などとも一緒に仕事をしている、かなりクリエイティブで革新的な人だとは聞いていましたけど、初回からホイポイカプセルについて打ち合わせるという展開になったので、かなりインパクトがありました(笑)。細尾さんからモンゴルというキーワードが出てくる2週間くらい前に、写真家の山内 悠さんからモンゴルでの撮影話を聞いていて、ちょうどスノーピークとしてもキャンプの原点を遡りにモンゴルに行きたいと思っていたんですよ。そんな運命的なタイミングで細尾さんからモンゴルの話を聞いたので、すぐに「行きましょう!」ということになり、半年後には山内さんを連れ立ち、一緒にモンゴルへの旅に出ました。

SFなモンゴル旅

細尾: 遊牧民と一緒に旅をしながらの数週間は、なかなかの珍道中でしたね(笑)。プリミティブな生活をイメージしていたんですけど、実はそうでもなくて。ソーラーパネルから充電したり、パラボナアンテナから電波を拾ってニュースやアニメの『ONE PIECE』を観ていたりとか、ある意味、地球に対して限りなくダメージが少ない状況で情報をキャッチして生きている様が、すごく未来的だった。一方で、まだそういった現代文明が入ってきてから100年も経っていないので、悪い面も出てきていました。知らないで捨てたゴミが土に還らない石油由来だったとか。固定式のゲルで首都のウランバートルに定住していたりもしていて、衛生面で問題が出てきていたり、リテラシーが追いついていないようだった。そんな課題を解決するために何ができるのかを話し合ったりとか、いろいろと刺激を受ける旅でした。

一緒に旅をしたモンゴルのゲル。(写真提供:Yu Yamauchi)

一緒に旅をしたモンゴルのゲル。(写真提供:Yu Yamauchi)

ホイポイ、始めました

山井: 本当に楽しい旅でしたね。それで、真剣にホイポイカプセルで織物の家をつくるプロジェクトを稼働させようと思って、まずは細尾さんが新潟のスノーピーク本社に来てキャンプをしたり、その頃ちょうど動き始めていた瀬戸内の直島でのプロジェクトがあったので、まずはそれ用にひとつ、織物でゲルの現代バージョンのプロトタイプを共同でつくってみようということになっていました。今はちょっとペンディングになってますが、また再開させたいですね。

細尾: そういう旅やキャンプの体験、それにアウトドアの専門家の知見を交えつつ、そこから出てきた課題を基に段階を踏みつつ膨らませている過程です。織物に構造を与える試みは続いています。いきなりポーンと製品ができるわけではないので、ホイポイカプセルの夢は、まったく諦めていません。

有機ELを織り込み、発光する布。

有機ELを織り込み、発光する布。

昼集め夜光る、ドラえもんの布

山井: 昨日拝見させてもらったんですけど、9月6日まで細尾ギャラリーで展示していた『Ambient Weaving 環境と織物』を見て、糸の開発とか着実に進んでいましたよね。私のほうでは、水やエネルギーとか、生活インフラの部分の研究開発を進めているところですが、電気はあの開発中の糸でも何かおもしろいことになりそうですよね。

細尾: そうそう、あのモンゴル旅がきっかけで、もう4年以上も東京大学の機関などと研究を進めています。遊牧民のパラボラアンテナとか、やっぱり衝撃的だったんですよね。行く前から「2週間くらいは音信不通になるから、ごめんね」とか言っていたのに、遊牧民と合流した瞬間にスマホの電波が入ったりして(笑)。ゆくゆくは構造も織り込みたいけど、とりあえずその部分は山井さんにお願いして、特に表皮の部分で西陣織ならではのことができないかなと思って、ソーラーパネルを糸化するような試みを始めています。実際にそんな技術を開発しているベンチャーもあって、その糸を織り込んで、集めたエネルギーを夜に発光させるというアイデアです。ギャラリーで展示していたのは、有機ELを織り込んだ、発光する布。ソーラーパネルのほうはエネルギー効率がまだ悪くて、展示までは至らなかったんです。ホイポイの旅は、続いています。

山井: 「ホイポイなんて50年後とかじゃないと無理でしょ!」ってドラえもん状態だったのが、もうこんなに進んでいる。やっぱり細尾さん、変態ですね(笑)。

染料に浸すと、染料が糸を移動していくが、しばらくするとまた色が戻っていく。

染料に浸すと、染料が糸を移動していくが、しばらくするとまた色が戻っていく。

家業という強烈な引力を生かす術

山井: ところで、私たちはお互いに紆余曲折のうえでともに家業の後継者として出会ったわけですけど、細尾さんは特に当時から西陣の伝統的な技術を現代や未来に向けてアップデートしていくようなことをし続けていたと思うんです。それこそ先祖代々つないできた西陣織という織物業や呉服業というベースをリスペクトしながら、まったく違うフェーズに持っていくパワーやそのプロセスが、本当にすごい

細尾: ベースがあるということは、戻れる軸があるということなので、それは大きな強みだと思う。西陣織という1200年の伝統と、家業としても300年以上の歴史があるので、良くも悪くも妙な引力があるんですよ。近寄ると絶対に引力に負けてしまうし、逆に遠ざかっても、例えば20階からジャンプしてもバンジージャンプのように引き戻されてしまう。どうせ戻ってしまうなら、飛べるだけ飛んで壊すつもりでやろうと。壊そうと思っても壊れない強さが伝統にはあるので、そういう挑戦をし続けることによって進化し続けていけたらと思っています。僕がミュージシャンとかアーティストだとしたら飛び込んだところがそのときの軸になってしまうので、西陣織のような否応ない軸がある自分は、意外とズルいなと感じることもあるんですけど。

山井: 西陣織に比べたらおこがましいかもしれないけれど、スノーピークにもキャンプという確固たる軸があるからこそ、時に批判を受けつつも私はアパレル部門や地域創生の事業を立ち上げてこられたので、細尾さんの存在は心強いです。

温度で色が変わる糸をさわってみる。

温度で色が変わる糸をさわってみる。

美の機能、機能の美

山井: 出会いがデヴィッド・リンチとの展示だったこともあり、細尾さんは心から美を求めている印象が強いんですけど、そんな心を基にしつつ「美の機能」を追求している。私の場合は、どちらかというと「機能の美」というアプローチがベースにあって、機能から入ってアウトプットされたときの結果が美だと考えています。入り方や考えるベースが真逆なのに、お互いに共有する目的は近い。一緒にモンゴルを旅したときからそう感じていたんですよね。

細尾: 美の山って人それぞれ無数にあると思うんですけど、西陣織の場合はそれが装飾とか織物自体の美で、スノーピークの場合はキャンプとか外で暮らすための機能そのもの。それこそ会社のミッションにも掲げているような「人間性の回復」ということ自体が美なんだと思うんですよね、目的として。お互いにそれぞれの美に向かう意識がビジネスのビジョンと一致しているなと感じるから、山井さんと一緒に模索するのはとても楽しい。

発売されたばかりの細尾さんの著書『日本の美意識で世界初に挑む』(ダイヤモンド社)でも、〈細尾〉のイノベーションや美意識について書かれている。

発売されたばかりの細尾さんの著書『日本の美意識で世界初に挑む』(ダイヤモンド社)でも、〈細尾〉のイノベーションや美意識について書かれている。

「西陣」と「燕三条」地元との調和と革新

山井: 織物と金物で、その目的や歴史の長さも全然違うけれど、お互いに京都の西陣、新潟の燕三条という、もともと、地場産業との関わりの上に成り立つようなビジネスをしていているわけですよね。燕三条の場合は車の部品や金属食器、刃物なんかがメインで、登山が趣味だったスノーピークの創業者も金物の卸問屋をしていたんです。もともと持っていたその金物加工の技術力を編集して登山道具やキャンプ用品を開発し、国内外に発信することで新たな産業を地元に築いてきたと自負しているのですが、細尾さんは地元に対しどういう意識を持っていますか?

細尾: 京都御所の西側約5キロ圏内の、通称「西陣」と呼ばれるエリアで1200年の間、織物を続けてきました。20工程がマスタークラフトマンによる完全な分業制で、1社で内製化するのではなく、それぞれが独立したファミリービジネスとしてひとつの美を追求してきたわけです。近年において工業化された、効率のための分業ではなく、究極の美を実現するための分業で、フラットな職業コラボレーションとしてやってきました。ほかの産地だと、殿様や国の庇護のもとっていうことはあるんですけど、西陣の場合は自治組織として独立していたような感じで。オーダーも天皇家や公家、将軍などからきたりするんだけれど、身分の違いを超えてフラットな立場で仕事をしてきたことが、長く続いた理由だと思います。

西陣織の作業工程。(写真提供:細尾)

西陣織の作業工程。(写真提供:細尾)

変化し続けるから西陣織の伝統ができる

細尾: さらに、150年前の明治の遷都で大きくクライアントが変わるなかで、リヨンからジャガード織機を導入してイノベーションを起こすことを通じて現代に最適化させるという革新。西陣織は美と協業と革新という3つのDNAから成り立っているんです。ここ40年くらいの間できもの産業が10分の1くらいに縮小するなかで、コンサバな村社会みたいな雰囲気が漂ってきていたけど、過去にもそんな時期はあったはず。誰かが革新を起こしてまた生まれ変わりつつ伝統をつなぐということを繰り返してきたわけだから、今、自分が細尾としてやっていることは、クレイジーなことではなく、王道をやっているつもりでいるんですよね。時にそれは、変態のように見えるかもしれないですけれど(笑)。

「捨てる」という前提を変えていく

山井: 変化というと、それこそ大きな自然災害やコロナを経験して、人と自然、人と人の関わりについて否応なく考え直さなければならない時代になってきた。最近、70%土に還るみたいな環境に配慮した素材とかよく聞くようになりましたよね。もちろんスノーピークでも取り入れていますけど、じゃあほかの30%はどこにいくの? と思ってしまうんです。どこか、捨てることが前提になっているような気がして。そういう意識的な部分から変えていきたくて、スノーピークの全製品は「永久保証」として、大切に使っていただいたうえでとことん修理をすることにしているんです。これはまさにきものの考え方で、それこそ次の世代にも受け継いでもらえるようなフローや仕組みをつくっていけたらと思っているんですよね。つくる側も使う側も同じく成長していけたらすばらしいですよね。

細尾: きものや工芸は、受け継ぐことを前提につくられてきた歴史があるんですけど、直して使えるということは、物を介してつくり手との交流が生まれることなんですよね。その過程で先代からの想いだけでなく、物自体に対する想いも生まれてくる。日本にはそういう、物に育てられるような部分があった気がするんですよ。でも今、いわゆる工業製品は、捨てる前提のうえに、さらに雑に扱っても壊れないことを前提に開発されていることも多い。ある意味ではそういう物によって育まれる人も多いのかもしれない。いい物を使い続けることはただ環境にやさしいというだけでなく、そのなかにいろいろな人の物語が育まれ、その物の価値を高めていくことなのかなと思います。

profile

Masataka Hosoo細尾真孝

(株)細尾 代表取締役社長/マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ・ディレクターズフェロー。1978年、西陣織老舗、元禄元年創業の細尾家に生まれる。大学卒業後、音楽活動を経て、大手ジュエリーメーカーに入社。退社後フィレンツェに留学し、2008年に細尾に入社。2009年より新規事業を担当。帯の技術、素材をベースにしたテキスタイルを海外に向けて展開し、建築家、ピーター・マリノ氏のディオール、シャネルの店舗に使用される。2014年、日経ビジネス誌「日本の主役 100人」に選出される。2016年よりMITのディレクターズフェローに就任。2020年より現職。

Web:HOSOO Official Website

profile

LISA YAMAI 山井梨沙

1987年、新潟県生まれ。創立者の祖父・幸雄、現代表取締役会長の父・太から代々続く〈スノーピーク〉の3代目。幼い頃からキャンプや釣りなどのアウトドアに触れて育つ。2014年の秋冬にアパレル事業を立ち上げ、スノーピークが培ってきた“ないものはつくるDNA“を受け継いだものづくりを次世代のフィルターを通し発信。2018年からはプロダクト全般の統括のほか、「LOCAL WEAR」プロジェクトなど、新たな試みも率先して牽引。2019年より代表取締役副社長。2020年3月より現職。同子会社の株式会社スノーピーク地方創生コンサルティング取締役、Snow Peak London,Limited.ディレクター兼任。「公正な対価と野生の素材や技法にこだわり、あらゆる境界線を取り払う“豊かさ”の定義を変える服」をコンセプトにした新ブランド「YAMAI」を立ち上げる。著書に『FIELDWORK ─野生と共生─』、ドキュメンタリー映像として「HIJIRI -日知-」がある。

Web:スノーピーク

writer profile

Kei Sato

佐藤 啓(射的)

ライフスタイル誌『ecocolo』などの編集長を務めた後、心身ともに疲れ果てフリーランスの編集者/ライターに。田舎で昼寝すること、スキップすることで心癒される、初老の小さなおっさんです。現在は世界スキップ連盟会長として場所を選ばずスキップ中。世界スキップ連盟祭り法人 射的編集アシスタント:佐藤稔子

photographer profile

Ariko Inaoka

稲岡亜里子

1975年、京都生まれ。創業555年の老舗蕎麦菓子と蕎麦屋の長女として育つ。16歳でアメリカに留学し、NYのパーソンズスクールオブデザイン写真科卒業。30歳で東京に拠点を移し、『TRANSIT』などの旅やカルチャー誌をメインに世界を旅する。ハワイ島が舞台の『ヤナの森の生活』、デンマークの教育やコミュニティーの『クリスチャニア』などの書籍の撮影と制作も手がける。2002年より通い続けたアイスランドの水の風景の作品『SOL』を赤々舎より出版。2011年より京都に拠点を戻し家業を継ぐ。現在は〈本家尾張屋〉16代目当主。写真家としても、2020年に2冊目となる写真集『EAGLE and RAVEN』を赤々舎から出版し、ベルギー、アイスランドでも写真展をする。

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