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3年半経って振り返る、高齢者の移住。よかったこと、不安なこと

  • 2021年11月4日
  • コロカル
親も移住するという選択

津留崎さん一家が伊豆下田に移住してから1年後、80代のお母さんも下田に移住することに。高齢の親が近くにいることは何かと安心ですが実際に移住してよかったこと、そして不安なこととは……?3年半経ったいま、振り返ります。

母が移住してよかったこと

私たちが下田で暮らし始めたのは2017年。その1年後、東京で暮らしていた夫の母も下田へ移住してきました。

私たちが東京に住んでいたときは、車で30分ほど離れた場所でひとり暮らしをしていた母。月に1、2度、私たちが母の家に顔を出していました。夫は4人兄弟の末っ子で、母親と一番近しい間柄。お互いに何かと甘えられる存在のようです。その末っ子のそばで暮らすほうが安心だと、母は移住を考えたのです。

私たちも母がそばにいたほうが安心だし、小学生の娘にとってもおばあちゃんは心のよりどころになります。そうした経緯で、82歳という高齢ではあったのですが、思い切って移住に踏み切りました。

夕飯時に晩酌をする夫と母

移住して1年経った頃、母についてこの連載で書かせてもらいました。それからさらに2年半が経過。移住した当時の母は82歳、現在85歳です。下田に移住してみて3年半、いまどんなことを感じているのか。あらためて聞いてみました。

現在85歳の母

母に「移住してみて、どんなことを感じていますか?」と聞くと、「下田に来てよかったよ」と。その後「まぁ、いろいろあるけど」と。よかったこともあれば、そうじゃないこともある、というのが現実のようです。

どんなことがよかったと感じているのか。

「あのまま東京にひとりでいたら、すごく心細かったと思うよ。いまはどこか痛いとか、具合が悪かったらすぐに様子を見に来てもらえるし」

母はわが家から徒歩3〜4分の借家に住んでいます。同居しなかったの? と聞かれることもありますが、母も私たちも自然に別居を選択しました。そのほうがお互い気を使いすぎずうまくいくと、みんなが思っていたのです。

花見を楽しむ母

近い距離なので、電球の交換や壁掛け時計の電池交換など、細々したことにもすぐに対応できます。

娘もひとりで歩いて行けるので、頻繁におばあちゃんの家に遊びに行きます。「おばあちゃんち、落ち着くから好き」と娘。ふたりでお菓子を食べながらテレビを見て、のんびり過ごしているようです。

私と夫の仕事が重なってしまったときも、母が預かってくれるのでとても助かります。

先日も夜までかかる撮影があり、うちの娘と、さらに一緒に仕事をしている友人の子どもも預かってもらいました。さすがにふたりの相手は疲れるのでは? と心配になり途中で電話をしてみたら、「賑やかでこっちまで元気をもらえるね! 大丈夫よー」と。ありがたいです。

散歩中の母と娘

母が下田で見つけた、お気に入りの味

母が下田の暮らしで一番楽しいと感じているのは、みんなで食事をすることです。週に2、3度はわが家で一緒に食卓を囲み、それ以外にもよく母の家でお茶をしています。

東京で暮らしていたときには月に数度会うくらいだったことを思うと、一緒に過ごす時間が格段に増えました。母は晩酌も好きなので、ビールやワインを片手に食事を楽しみます。「みんなで食べるとおいしいね〜」というのが母の決まり文句。

ビール片手に食事中

母は新潟と山形の県境の漁師町で生まれ育ちました。お米もお魚もお酒も抜群においしい地域で育った母は、とても舌が肥えていると感じます。おいしいものを食べると「これおいしいね〜」と必ず言うのですが、そうでもないときは黙っています。それくらい味に敏感。

そんな母が、この3年半を下田で過ごしてきてお気に入りのお店を見つけました。

〈松江寿司〉のカウンターに座る津留崎家の皆さん

もともとお寿司が大好物なのですが、母お気に入りのお店が〈松江寿司〉です。

友人のススメで試しに行ってみたのですが、母も私もおいしすぎて悶絶。大間のマグロや地物の魚まで、新鮮でいいネタがずらり。お値段も東京で食べる2分の1くらいじゃない? という値段でいただけてしまいます。そう頻繁には行けませんが、たまのお楽しみに通っています。

中トロの握り

母が注文するのは決まってマグロ、大トロに中トロ、赤身も最高です。

もう1軒、母が大絶賛するお店が須崎にある割烹民宿〈小はじ〉さんです。こちらは民宿なのですが、宿泊せずに食事だけお願いすることもできます(宿泊の状況次第で、食事だけの受け入れができない場合もあります)。

わが家は入学式のときや、大切なお客さんが来るときには決まって小はじさんへ出かけます。さらに、1度だけ家族みんなで宿泊もしました。「とにかく料理がおいしくて、見た目も上品できれいでね。贅沢な気分になれるのよね〜。また泊まりたいね、楽しかったな〜」とのこと。

〈小はじ〉のご主人小川浩史さん

〈小はじ〉のご主人小川浩史さん。東京で長年修業してきた方で、知識も料理の腕前やセンスも秀逸です。小はじを愛するリピーター客は全国に数知れず。

〈小はじ〉で食事を楽しむ

下田は観光地なので、宿泊施設があちこちにあります。わざわざ遠出をしなくてもすてきな宿にすぐ泊まれる。そんな楽しみ方ができるまちです。

日戻り金目鯛の煮付け

須崎漁港の名物、日戻り金目鯛の煮付け。

洋食でお気に入りのお店もあります。〈スペイン料理 MINORIKAWA〉さんです。こちらも誕生日や結婚記念日に行くことが多いのですが、母はこのお店で人生初の経験をしました。それは何かというと、ジビエ料理です。

こちらのお店では地元でとれたイノシシや鹿肉を丁寧に調理して食べさせてくれます。母にはイノシシや鹿を食べるという文化がいままでなかったようで、「イノシシなんて食べるの??」と驚いていました。

そのお肉を恐る恐る口に運んでみると、「柔らかくておしいね〜!」と。ワイングラスを傾けながら「東京じゃ、こんな洒落たお店に行ったことないから」と、幸せそうでした。

〈スペイン料理 MINORIKAWA〉で食事中

ジビエ料理

初体験といえばもうひとつ。母は米どころの出身でありながら田んぼ作業をいままでしたことがなく、下田に来て初めて足を踏み入れました。毎年恒例となっているのが、稲刈りを終えたあとに田んぼで母と一緒にする落穂拾い。

東京に住んでいた頃、自宅にジャン=フランソワ・ミレーの『落穂拾い』の絵が飾ってあったそうで、「あの絵みたいで、なんだか楽しいね」と。

稲刈り後の田んぼに立つ母と娘

病院に通うのは不便?

よかったこともあれば、不安や寂しさを感じていることもあるようです。例えば、下田に来てからまだ友だちができないこと。

東京にいたときには隣の方と仲がよく、よくお茶をしたり立ち話をしたりしていたのだそうです。下田でも老人会や絵手紙のサークルに参加するなどしてみたのですが、なかなか継続したおつき合いには発展しませんでした。地元の方だけのグループにひとりで飛び込むのは気構えてしまうといった様子。

たしかに、知らない集団の中に溶け込むというのはそう簡単なことではありません。例えばふと知り合った方と1対1であれば、自然と仲良くなることができるかもしれない。

私たちは年内に引っ越しをするのですが、すぐ隣の家に母が住む予定です。さらに、そのお隣には同年代の御老人がひとり暮らしをしています。ひょっとしたら茶飲み友だちになれるんじゃないかな〜なんて希望を、密かに抱いております。

その反面、母からこんな発言も時折。「下田は空気がいいし、静かでいいところだよね〜。ご近所づき合いもしなくていいし、気楽だね」と。つまり、友人がいると楽しいけど煩わしい。いないと寂しけれどラク、ということのようです。それもそうだ。

ビールを味わう母

病院に関してはどうかというと、もともと持病だった間質性肺炎が悪化し、そのときは大変な思いをしました。呼吸器の専門医が下田にはいないので、車で1時間半ほどかけて大きな病院まで行く必要があったのです。高齢者にとって車で往復3時間の移動はなかなか体にこたえます。しかも体調が悪いのですからなおさらです。

結局、母も遠くに通うのはしんどいということで、下田の総合病院の内科で治療を受ける選択をしました。自宅療養と通院を重ねて無事に回復したので、結果的には下田の病院でなんとかなりました。

その後も1度だけ、やはり肺炎が悪化したことがあったのですが、そのときには下田から車で20分ほど離れたまちにある別の病院に入院しました。母も最初は不安そうでしたが、病室も清潔で看護師さんや医師の対応も親切でとてもよく。入院したらすっかりその病院が気に入った様子。安心して治療を受けることができて無事に快気しました。

いざというときにはあの病院があると母も思っているようで、気持ちが少し楽になったようです。

普段通っているのはまちなかにある眼科と、総合病院の内科など。自宅からは車で10分ほどなので可能なときは私たちが送迎しますが、タイミングが合わないときはタクシーを使っています。

タクシーは不便じゃないかと聞いてみると、すごくスムーズだそう。電話番号が登録されているので、連絡すれば場所を伝えなくてもすぐに迎えにきてくれる。帰りもアパートの名前を伝えれば、運転手さんがすぐにわかってくれるのだそうです。小さいまちならではの便利さかもしれません。

庭で娘と母がお弁当ランチ中

普段の買い物も移住してから始めた生協が便利で、スムーズに行えています。毎週決まって必要なパンや牛乳、水やティッシュなどかさばるものは生協で頼みます。そのほか魚や肉は実際に見て買いたいということで、週に1度スーパーに一緒に行きます。

週に1度というのも母と相談して決めたのですが、生協があるのでそれくらいがちょうどいいとのこと。曜日は日曜か月曜がいいという母からのリクエストです。こういうことも少し具体的に決めておくと、お互いに無理がなく快適になります。

「アオキ(という下田のスーパー)で買った魚がおいしかったよ〜」と、地元のスーパーもお気に入り。ただ、東京のように徒歩で行くことができないので、それは少し残念そうです。坂も多い下田のまち、ふらっと歩いて出かけるのがなかなか難しい。母には少し寂しい思いをさせてしまいますが、週に1度のアオキを楽しんでもらえたらと思います。

スーパーで買い物中の母と娘

娘はお買い物のお手伝いをして、お菓子を買ってもらうというのが恒例です。

家族との関わりをどう選択するか

そのほか、母が一番不安に感じていることは、病気で倒れたときに発見が遅れるのではないかということ。

それはどのご老人も不安を抱えているとは思うのですが、母にはこう伝えました。ほぼ毎日、直接会っているか電話をしている。電話に出なかったら、家にすぐ確認しに行くから安心してほしいと。

さらに、年内に引越しをすればそれこそ歩いて10歩の距離になります。おそらく娘はおばあちゃんの家に入り浸るだろうし、いまよりももっと安心です。

おせちを食べる

今年のお正月は下田で母と一緒に過ごしました。元日のおせちを食べる孫とおばあちゃん。

地方のよいところもあれば、都市部のよいところもある。それはもちろんのことなのですが、原稿を書きながら一番感じたのは、この3年半、母とたくさんの時間を過ごせてよかったということです。

晩年をどう過ごすか。子どもからすると、年老いた親と離れて住む、近くに住むという選択。それぞれの事情や状況があって当たり前で、正解というのはなくて。自分が、親がどういう選択をするか、それだけで。私は、東京で暮らしている自分の親とこれからどう過ごすのか。悩みながら、ひとつひとつ選択していきたいと思います。

最後に、母に「これからやりたいことありますか?」と質問。すると、こんな答えが返ってきました。

「そろそろお寿司屋さんに行きたいね〜」「どこか泊まりに行きたいね〜」「下田水族館に行ってみたい」「久しぶりに、東京のデパートに行きたい」

だそうです。お互いに不安なことや、やりたいこと、感じていることを話し合うというのは大事だな。

さて、まずは寿司屋に行きますか!

カラオケボックスで熱唱する母

こちらも下田で初めての経験、カラオケボックスにて「川の流れのように」を熱唱する母。

文 津留崎徹花

text & photograph

Tetsuka Tsurusaki

津留崎徹花

つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。料理・人物写真を中心に活動。移住先を探した末、伊豆下田で家族3人で暮らし始める。自身のコロカルでの連載『美味しいアルバム』では執筆も担当。

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