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古民家を住居兼アトリエに。千葉県香取市に移住したアーティスト

  • 2021年8月11日
  • コロカル
環境を変えたいという思いから始めた家探し

見る者の記憶や感情を引き出すような映像を制作するアーティスト、志村信裕さん。2019年から千葉県香取市に住み、金継ぎ師であるパートナーの志村いづみさんとともに、古民家を住居兼アトリエとして活動している。

香取市の志村さんの住居兼アトリエ。

香取市の志村さんの住居兼アトリエ。

2016年〜18年には、文化庁による海外研修制度でパリに滞在し、バスク地方で羊飼いを撮影するなど「羊」をめぐる映像を撮り始め、帰国後、成田市三里塚の農家を撮影し続けるために近くの佐倉に住んだ。1年後に完成した作品『Nostalgia, Amnesia』は、『21th DOMANI・明日展』(国立新美術館)で好評を博した。

志村信裕《Nostalgia, Amnesia》2019年

志村信裕《Nostalgia, Amnesia》2019年

そんな、コンスタントに展覧会があるように見える志村さんでもアルバイトをしないと生計は立てられず、環境を変えて自分たちの仕事に集中したいという思いから家を探し始める。

「夫婦ともに自営業なので普通の賃貸は借りづらいんですね。それで千葉県にゆかりのある知人に東京で偶然会ったときに、空いている家はありませんか? ってふと聞いてみたら、佐原に近い香取に家があると言われたんです」

庭も広大で、緑に囲まれた一軒家。

庭も広大で、緑に囲まれた一軒家。

佐倉は千葉県のなかでも人口多めな東京通勤圏だったので、不便になっても静かな香取はむしろ魅力だった。しかし、見学したときには、空き家になってから6、7年経っていたので家が朽ち始めており、敷地や家も大きいので、1か月くらい考えてから踏み出したという。大家が応援のために家賃なしで貸してくれると言ってくれたのもありがたかった。

「家に残っていた荷物の中に香取神宮のものがいろいろありました。香取神宮の御祭神、経津主大神(ふつぬしのおおかみ)の“フツ”は、刀剣でものが断ち切られる音ともいわれ、刀剣を神格化した神ともいわれているんですが、何か断ち切って決断を後押ししてくれたようにも感じたんですね」

家を改修、暮らしのリズムを整える

空き家には、物が大量にそのまま残っていたので、引っ越す前に3か月くらい通って片づけから始めた。重労働だったが、「古民家カフェができるのでは」と見に来る人もいて、和んだという。

台所や寝室は、香取市で古民家改修をしている大工に依頼した。

「依頼メールの最後に自分が映像作家だと書いたら返事がきて、もともと美術が好きで(アメリカの現代美術家)マシュー・バーニーが好きだというのでびっくりしました。宮大工から独立した人で、新しいものを一からつくるより、古くからあるものを直しながら残すことに価値をおいていました。ほかの工務店さんは、見るなり、こことここを壊しましょう、と壊す前提で話すのですが、古民家の良さを残しつつリフォームしましょうと提案してくださり、良心的な価格で引き受けてくださいました。

台所が土間だったのですが、そのままだと冬が寒いし使い勝手が悪いので、土間の上に木の床を張って部屋の延長として使えるようにしてくれたり。本当に蘇らせてくれて感謝しています」

いづみさんは「古民家に住みたい人は、DIYが好きなイメージがあるのですが、私たちはできないタイプなんです」と素直に笑う。

いづみさんの作業机。集中して作業できる環境になったという。

いづみさんの作業机。集中して作業できる環境になったという。

山側にあったふた部屋は壁を壊してひと部屋にしたが、一日中、日が当たらないので、物置や暮らす部屋にし、庭側を仕事部屋、少しのんびりする居間とした。

「山側を“陰”、庭側を“陽”として、寝るのは“陰”のほうが落ち着きますし、活動やちょっとお茶したりなどは“陽”の方で。仕事場にはこういう空気感、ごはんやくつろぐ場所にはこういう空気感を求めていたんだと、話し合いながら、自分たちの感覚と向き合うきっかけになりました」といづみさんは語る。

お茶を飲んだり、くつろいだりする庭側の部屋。

お茶を飲んだり、くつろいだりする庭側の部屋。

併せて生活のリズムも変わった。

「午前中は集中して作業して、昼ごはんを食べてからまた続けて、15時頃にはお茶を飲んだり散歩したり休憩します。夕飯は早くて17時台に食べるんですよ。その後明るければ散歩に行ったり。夜は研究している本を読むとか。ついエンドレスに働いてしまうので、平日に休みをつくって遠出したりもするようになりましたね」

家の周辺には田畑が広がり、なかには休耕田も見受けられる。この辺りを散歩するのが日課。

家の周辺には田畑が広がり、なかには休耕田も見受けられる。この辺りを散歩するのが日課。

困ったのは、梅雨時期の湿気だった。服やカメラまでカビてしまったのだ。

「ものを整理して、自分がケアできる量に減らしました。例えば、僕は毎日撮るタイプではなく、構想を練っていることも多いので、カメラは思い切ってレンタルにしてみたんです。

それまでは資金的に新しい機材を導入するのは大変だったのですが、レンタルなら使ってみたかった機材が試せる。月を撮りたいから大きいレンズを1週間借りるなど、撮る対象によって機材を変え、創作意欲も増しています。優先順位が変わって生活が整い、軽やかになった気がします」

ワークショップも作品として、映像のおもしろさを伝えたい

2021年1月5日〜4月4日までの毎土・日曜は、千葉市美術館の教育普及プログラム「つくりかけラボ」のために千葉市に通った。美術館というと、完成された作品を展示するイメージがあるが、来場者も参加して、作家とともに「つくりかけラボ」の空間を変化させていく新しい試みだ。

「作家の制作場所と、ワークショップから生まれた作品を見せる場所をつくるのですが、自分がいて心地よく、自分がいない日も気配が残ればと、ドローイングを描いて机や本棚をつくってもらいました。そのためか、子どもやファミリーだけでなくご年配の方も入ってくれましたね」

「つくりかけラボ02 志村信裕 影を投げる」スタジオ空間(写真提供:千葉市美術館 撮影:丸尾隆一)

「つくりかけラボ02 志村信裕 影を投げる」スタジオ空間(写真提供:千葉市美術館 撮影:丸尾隆一)

ラボでは、野菜の皮やカラーセロファンなどを切って挟んでスライドをつくり、投影機で映し出す「ダイレクト・プロジェクション」に、来場者がいつでも参加できるようにした。

写真提供:千葉市美術館 撮影:丸尾隆一

写真提供:千葉市美術館 撮影:丸尾隆一

「スライドプロジェクターって本当に原始的なもので、光を見ているんですよね。山口に住んでいたとき山口情報芸術センター[YCAM]で映写技師をやっていたんですけど、35ミリの映画とプロジェクターで映されるデジタルの映像って全然違うんですよ。フィルムやスライドのほうが、光が生きもののように生きている感じがする。

デジタルやモニターにはノイズがないけど、フィルムやスライドはほこりひとつ入ってもその影が出るなど、ノイズが出やすい分、手仕事に近い感覚があるんです」

中央は、ダイレクトプロジェクションのワークショップでできた作品。両側は志村の過去作品。(写真提供:千葉市美術館 撮影:丸尾隆一)

中央は、ダイレクトプロジェクションのワークショップでできた作品。両側は志村の過去作品。(写真提供:千葉市美術館 撮影:丸尾隆一)

また、8ミリを撮るドキドキ感を味わってほしくて、8ミリフィルムワークショップも行った。

「映写するまでどう映っているかわからない。それに繊細なので暗いところだと撮れないから、光を撮っていることが実感でき、物質的な小さなフィルムに像を写しているというのがわかります」

撮影に出かける前に、リュミエール兄弟の映画『工場の出口』を参加者と鑑賞した。工場の仕事が終わって労働者が出口からぞろぞろ出てくるだけの「世界初の映像」といわれる47秒の作品だ。

「いま、映像といったらコマーシャルみたいにいろんなカットが切り替わってカットの組み合わせによって何かメッセージやストーリーがあるものと思われがちですけど、そこにあるものを写し取って、それをまた違うところで再生するとどういう感情が生まれるのか、映像を根源的に考えるところからやれたのがよかったです」

「つくりかけラボ02 志村信裕 影を投げる」8ミリフィルムワークショップ。美術館周辺で撮りたいものを見つけて撮影し、1分間の映像作品に。(写真提供:千葉市美術館 撮影:丸尾隆一)

「つくりかけラボ02 志村信裕 影を投げる」8ミリフィルムワークショップ。美術館周辺で撮りたいものを見つけて撮影し、1分間の映像作品に。(写真提供:千葉市美術館 撮影:丸尾隆一)

会期後半は、どんな人が来るかわからない状態で、来た人とどういうことをしたらおもしろいか、その場で考えることがおもしろくなっていった。

「初めて来る人と、リピーターではつくるものが変わってくるからその人に合わせて新しいものを提供したりしていました。お母さんが最初ひとりで来て、娘を連れてきて、次はお父さんを連れてきたなんてうれしいこともあって。時間を積み重ねないとできないコミュニケーションが重要になっていきましたね」

写真提供:千葉市美術館 撮影:丸尾隆一

写真提供:千葉市美術館 撮影:丸尾隆一

オンラインでも、小学生を対象に、ラスコーの壁画から美術の歴史をキャプションなく見せて考えてもらうワークショップを行った。

「エデュケーションを担当している他館の学芸員にも映像を見せたら、『これも志村さんの作品ですよ』と言われたんです。ワークショップは作品に比べて批評されにくいですが、映像や美術のおもしろさ、既存の価値とは違う見せ方がまだまだできる。アウトプットのひとつとして大切だと思っています」

写真提供:千葉市美術館 撮影:丸尾隆一

写真提供:千葉市美術館 撮影:丸尾隆一

「住む」ことで、時間をかけて作品も変わってくる

この9月には〈KAAT 神奈川芸術劇場〉で個展が予定されている。これまでは、その土地の歴史を糸口に制作してきたが、今回は内面から生まれ出てきた「水」「光」「月」をキーワードに作品をつくる。いまの暮らしから出た言葉ともいえるかもしれない。

例えば、インスピレーションを受けたもののなかに、李白の漢詩がある。

「夜中に月光の下で、月と私と私の影の3人で杯をかわし、我歌えば月徘徊し、我舞えば影動くという『月下独酌』は、自然物にシンパシーを感じてまた会おうという世界観に惹かれます」

さまざまな分野に興味が広がっていることが書棚にも表れる。

さまざまな分野に興味が広がっていることが書棚にも表れる。

各地の聖地や縄文時代への興味も湧いてきた。このインタビューをした日にも香取神宮に立ち寄ったのだが、偶然にも大祓の神事がちょうど始まり、清冽な空気のなかで見学することができた。

「自然や季節に関わりのある時間軸に大切な節目があり、言葉にできない価値が流れているような気がします」

全国にある香取神社の総本社で、鹿島神宮、息栖神社とともに東国三社の一社とされる由緒ある香取神宮。参道を歩く。

全国にある香取神社の総本社で、鹿島神宮、息栖神社とともに東国三社の一社とされる由緒ある香取神宮。参道を歩く。

いまも志村さんが大切にしているのは、フランスから帰国するときに受け入れ先となった研究者から言われた「日本に帰ったときの印象を忘れないでください」という言葉。ストレンジャーとして外からの視点で日本を見てくださいという意味だ。

日本のなかでも、住む場所を変えるだけでも、ものの見方が変わる。香取に越してからまもなく台風に遭い、避難所で過ごしたときには、復旧するまちに優先順位があることを切に感じた。

最近では、コロナのニュースを見ていて別世界の出来事のようにも感じる。

「都市は人が多いことでリスクになるから、かなり高いストレスを感じているんじゃないかと。ちょっと郊外や地方に行って生活を見直すきっかけになるのもわかります」

一方で、渋谷の交差点のリアルタイム映像を流しっぱなしにして、バランスをとるときもある。

「2、3か月のアーティスト・イン・レジデンスだと、最初の週にモチーフを探して取りかからないと作品ができないけれど、“住む”ってそういうスピード感じゃなくて取り組める、そこは大きく違いますね」

そうした影響が身体を通じて作品になって現れるまでには時間がかかるという。山口市に住んでいたとき、中古のスーパー8カメラを買って、山口県萩市の離島で『見島牛』をつくり始めたのも、住み始めて1年以上経ってからだった。

「住む場所を変えて作品が変わるのは自然だね」と言ってくれた人もいたし、アジアのグループ展では「頭で考えて作品をつくるのではなく、土から生まれているようにつくっている」と言われてうれしかったという。

志村信裕《見島牛》2015年

志村信裕《見島牛》2015年

「最近は、満月のときに車を走らせて月を撮っていて(笑)。自然に合わせて、自分の興味の赴くまま、動いてる。目に見えないものの世界に惹かれているのかと思います。外側だけでなく、内側からも光るような、つくるもののたたずまいも変わっていったらいいなと思っています」

家で映像作品を編集中の志村さん。

家で映像作品を編集中の志村さん。

アーティストを怪しんだり崇めたりする人もなく、地域の人々はフラットにほどよい距離で受け入れてくれている。

「昔はすごい夜型だったけど、近所のおばあちゃんが米や野菜を持ってきてくださるので、夜はちゃんと寝て朝早く起きるようになりました(笑)。農家でバイトしたこともありますが、暑い日の草刈りなど1年間つくっている姿を見ているので、とても貴重で。これ食べてくれ、というおじいちゃんのひと言にいつも感動します」

自分たちのペースで暮らしながら制作を続けていくことが、今後の作品にどんな滋養をもたらすのか楽しみだ。

profile

Nobuhiro Shimura 志村信裕

しむら・のぶひろ●1982年東京都生まれ。山口市、千葉県佐倉市を経て、現在は香取市を拠点に活動。2007年武蔵野美術大学大学院映像コース修了。2016年〜18年、文化庁新進芸術家海外研修制度により、フランス国立東洋言語文化大学(INALCO)の客員研究員としてパリに滞在。近年の展示やプログラムに『志村信裕 残照』(千葉県立美術館、2019年)、『生命の庭―8人の現代作家が見つけた小宇宙』(東京都庭園美術館、2020年)、「つくりかけラボ02 志村信裕 影を投げる」(千葉市美術館 2021年)。2021年9月9日〜10月8日、KAAT 神奈川芸術劇場にて個展『KAAT EXHIBITION 2021志村信裕|游動』開催予定。https://www.nshimu.com

profile

Izumi Shimura 志村いづみ

しむら・いづみ●1982年山口県生まれ。2015年より金継ぎの活動を始める。日々の湿度や気温を見ながら、漆を塗ったり研いだりと手を動かして破損した器を丁寧に修繕し、また日々の暮らしの健やかで美しいもののひとつになるよう、時間をかけて再生している。https://www.kintsugi-mano.com

writer profile

Yuri Shirasaka

白坂由里

しらさか・ゆり●神奈川県生まれ、小学生時代は札幌で育ち、自然のなかで遊びながら、ラジオで音楽をエアチェックしたり、学級新聞を自主的に発行したり、自由な土地柄の影響を受ける。映画館でのバイト経験などから、アート作品体験後の観客の変化に関心がある。現在は千葉県のヤンキー漫画で知られるまちに住む。『WEEKLYぴあ』を経て、97年からアートを中心にライターとして活動。

credit

撮影:ただ(ゆかい)

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