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建築家・長坂常の旅コラム「幕末の徒歩旅に思いを馳せて距離感覚の歪みを体感する」

  • 2020年12月24日
  • コロカル

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。第15回は、建築家の長坂常さんによる日本列島を歩く旅。幕末の世まで歩いて移動していた日本人を倣い、日本各地を歩く。歩いたからこその発見には、どんなものがあったのだろうか。

佐賀の唐津から歩いてどこまで行けるのか?

2018年、珍しく大河ドラマ『西郷どん』にハマって毎週見逃さず見ていた。そのときに薩摩(鹿児島)から「江戸に行ってきもす」と言って次の場面では江戸にいたり、「薩摩に戻りもす」と言ったら次には薩摩にいたりする西郷どんを見て、「そんな簡単に行けるのか?」って思った。そして何を血迷ったか2018年の夏、佐賀県の唐津に行ったときに、2日間ほど時間があったのでどこまで歩いて帰れるかと、家族と別れ、ひとり歩いて帰ったことがあった。

この旅は、何回か重ねて九州から北海道までたどり着く野望を持っており、出張などにかこつけてコンプリートできたらと思っている。その1回目、同時に唐津を離れた家族が新横浜に着いたとメールをもらった頃、僕はまだ福岡付近の海岸をうろちょろし、いつものように海岸に上がっているゴミを漁っていた。

海岸にはたくさんゴミが打ち上げられていることはみんなが知っていると思うし、あまり喜べないできごとではあるが、僕は悪趣味なのかその辺のゴミの収集癖がある。そのひとつひとつの形状を見てそこまでの変遷を想像し、小さな発見をいくつもして、それを楽しむ。

例えば、ボールは削られるとずっと丸く小さくなっていくのかと思いきや、意外に傾いた形になったりする。ロープも大半が微塵もなくなるが結び目だけが残る。レンガのような固いものも発泡スチロールのように団子状になったり、ペットボトルのキャップは不安定な形をしているせいか、変なねじれ方をして変形している。

そんな小さな発見をビニール袋いっぱいに詰めながら歩くのが趣味で、そのときもいつものようにそれをやりながら少しずつ東京に近づいて行った。

生きた化石を発見!?

でも、このときばかりは少し大きな発見があった。カブトガニを見つけたのだ。小学校の頃に「生きた化石」といわれ教科書で見たあれが、目の前にある。びっくりである。どれだけ希少価値があるかわからないが、ひとりで興奮。でも、ひとりだし、周りに誰もいないので、その喜びを分かち合う相手もいなく、寂しくインスタにあげて感動の共有を求めたのは言うまでもない。こういうときこそインスタの有用性を実感するのだった。

生息できる地域も個体数も激減しているというカブトガニ。

生息できる地域も個体数も激減しているというカブトガニ。

その後、小倉や下関、いつもなら新幹線や飛行機で通り過ぎる地域を歩いて横断する感覚は不思議なものだった。まさに近くて遠い地域って感じで、普段行く外国の主要都市よりももしかしたら非日常的な異国感があっておもしろい。

もしかしたら、コロナで遠くに行けない今だから楽しむ旅の方法かもしれないと思う。この1回目の歩く旅はその年の集中豪雨によるがけ崩れで道が封鎖されていたりして途中歩けなく、山口付近で泣く泣く電車に乗って2日間の有益な旅は終わった。

走れども走れども、目的地に近づかない静岡県

その後、しばらく日が空いていたが、この前、D&DEPARTMENT代表のナガオカケンメイさんの故郷で講演をさせて頂いたときに、今度は持って行っていた折りたたみ自転車で浜松から焼津まで走ってみた。歩きではないが、馬に乗っている設定だ。「お昼を焼津付近の美味しい寿司屋でとろうか」くらいの軽い気持ちで浜松から昼前に走り始めたが、なかなかこれは過酷なものだった。

googlemapで見ると海岸線沿いを走っている道。頭の中では右側に海を見ながらずっと東海道を走る想定だったが、その道は実際には海岸から数百メートル離れていて、さらに海の前には防砂林があって全然海の気配などない。ようやく川を渡るときに、橋の上から防砂林が途切れ海が見える程度で、それ以外は単調な道をひたすら走る。

東海道を甘くみていた。おそらく、津波の被害などを考えたときに、人は山の方に住んでいて海付近は畑や工場の用途くらいしかないのだと「今更気づいても遅いよ」って愚痴を言いながら、ひたすら平坦な道を走り続けた。

走れども走れども全然目的地が近づかない。もし、ここでパンクでもしたらどうしようか? コロナ禍にヒッチハイクに付き合ってくれる人も誰もいないだろうしとだいぶ不安にかられた。そして不安もピークに達した頃、ちょうど浜岡原発の脇を走っていて、人っ子ひとりいない山道を越えたところでようやく遠くに海が見え出し、近づくと所々でサーファーの群れ。そして、その先に富士山。まさに4〜5時間思い描いていた夢の光景。ホッとすると同時に再びビニール袋をカバンから出し、ゴミ拾いが始まった。

苦労して富士山を見たときの感動は大きいだろう。

苦労して富士山を見たときの感動は大きいだろう。

そして、焼津についたのは昼時をゆうに越し、夕飯になっていた。イメージしていたより少しお高いお寿司をいただいて、再び自転車を電車に乗せ帰路についたのだった。

先日、大阪に行く途中、その走った場所を新幹線「のぞみ」の車窓から見ていたが、当然だがあっという間に通り過ぎた。あれはなんなんだろうって思うくらい。その距離感覚の歪みを体験する旅はなかなかおもしろい。これからも続けたいと思っている。

profile

Jo Nagasaka 長坂常

スキーマ建築計画代表。1998年、東京藝術大学卒業後にスタジオを立ち上げ、現在は北参道にオフィスを構える。家具から建築、まちづくりまでスケールもさまざま、ジャンルも幅広く手がける。どのサイズにおいても1/1を意識し、素材から探求し設計を行い、国内外で活動の場を広げる。既存の環境のなかから新しい価値観を見出し「引き算」「知の更新」「半建築」など独自な考え方で、建築家像を打ち立てる。代表作に「BLUE BOTTLE COFFEE」「桑原商店」「HAY TOKYO」など。

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Jo Nagasaka

長坂常

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