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鎌倉〈てぬぐいカフェ 一花屋〉の瀬能笛里子さんが実践する、慎ましくも豊かな生活

  • 2019年12月3日
  • コロカル
鎌倉から考えるローカルの未来

長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。
年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。

東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。

その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。

そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。

瀬能笛里子さんが営む〈てぬぐいカフェ 一花屋(いちげや)〉は、江ノ電が目の前を走る人気のフォトスポット「御霊神社」のすぐそばにある。

瀬能笛里子さんが営む〈てぬぐいカフェ 一花屋(いちげや)〉は、江ノ電が目の前を走る人気のフォトスポット「御霊神社」のすぐそばにある。

暮らしを起点に広がる多彩な活動

東京から電車で約1時間という距離にありながら、山や海などの自然を身近に感じられる鎌倉には、都心では実現できない暮らしを求めて移住してくる人たちがあとを絶たない。そのためか鎌倉のまちにはユニークなかたちで、自らの「暮らし」を探求している人たちが少なくない。

江ノ電の長谷駅から少し歩いたところにある古民家で、〈てぬぐいカフェ 一花屋〉を営む瀬能笛里子さんもまた、自らの暮らしと向き合い、その延長線上でさまざまな発信を続けている女性のひとりだ。

〈てぬぐいカフェ 一花屋〉を営む瀬能笛里子さん

鎌倉で生まれ育ち、結婚・出産を経て、理想とする江戸時代の「慎ましくも豊かな暮らし」を体現する飲食店を始めた彼女は、お店を通じて、思いを共有できる地域の仲間たちとつながり、やがてその活動は、まちへと広がっていく。

東日本大震災後には、鎌倉のまちで反原発のパレードを継続的に行うようになり、〈イマジン盆踊り部〉というユニークな活動も始まった。さらに、盆踊り部のメンバーらも参加する「塩炊き」など、自給自足を実践するためのさまざまな取り組みを行っている。

「市民活動」というかたちを通して、自らが思い描く社会や暮らしのあり方を発信することからスタートした瀬能さんはいつしか、より日常のそばにある暮らしの実践を通してメッセージを伝えるようになり、共感者を増やしてきた。

そんな瀬能さんに話を聞くために、彼女の暮らしの最前線の場である一花屋を訪ねた。

〈てぬぐいカフェ 一花屋〉入り口

「庶民の暮らし」を体現する「てぬぐいカフェ」

鎌倉出身の瀬能さんは、もともと旅好きだったことに加え、自然とともにある暮らしへの憧れを抱いていたことから、20代の大半は、季節に合わせて日本各地を転々とし、山小屋や宿泊施設などに住み込みで働く日々を過ごしていたという。そんな彼女の生活に大きな転機が訪れたのは、結婚して初めての出産を迎えたときだった。

「それまでアクティブに動き回るタイプだった私が、産後鬱になってしまったんです。妊娠、出産、育児によって家にいる時間が長くなり、母親は家で子どもの面倒を見なければならないという固定観念に、押しつぶされてしまったんです」

昔ながらの日本家屋をそのまま使っている一花屋は、まるで実家に帰ってきたかのような居心地の良さがあるお店だ。

昔ながらの日本家屋をそのまま使っている一花屋は、まるで実家に帰ってきたかのような居心地の良さがあるお店だ。

ライフスタイルの急激な変化によって、バイオリズムが大きく崩れてしまった瀬能さんだったが、やがて鬱を克服し、それまでの鬱憤を晴らすかのように新たな行動に出る。

「子どもがいるからといって家にいる必要もないし、やりたいことはなんでもやってやろうと思うようになったんです(笑)。もともと江戸時代の質素だけど豊かな庶民の生活に憧れがあったので、そうした暮らしの延長線上にあるお店として、庶民的な暮らしを象徴する“手ぬぐい”をテーマにしたカフェを始めることにしたんです」

一花屋の入口付近には、オリジナルを含むさまざまなデザインの手ぬぐいが販売されている。

一花屋の入口付近には、オリジナルを含むさまざまなデザインの手ぬぐいが販売されている。

お店から広がった地元とのつながり

一花屋を開店したことによって瀬能さんは、地元・鎌倉でのつながりを広げていくことになる。そのきっかけとなったのは、開店から間もない頃に自らが企画し、お店で開催したイベントだった。

「『スイッチの向こう側』というタイトルで、普段使っている電気がどうやってつくられ、そこにどんな問題があるのかということなどを考えるイベントを開いたんです。それまで私は、鎌倉に地元意識があまりなく、友人も少なかったのですが、このイベントを通して、似たような問題意識を持っている人たちが周りにいることに気づいたんです」

一花屋では、定期的にイベントやワークショップなどが開催されている。(写真提供:瀬能笛里子)

一花屋では、定期的にイベントやワークショップなどが開催されている。(写真提供:瀬能笛里子)

これをきっかけに、里山との共生やゴミの削減をテーマにしたイベントを企画したり、市長との対話の場をつくるなど、瀬能さん曰く「市民活動」を積極的に行うようになっていったという。

「もともと私は、野生動物の絶滅に関する本を読んだりするような、うるさい子どもだったんです(笑)。写真家の星野道夫さんの存在を知ってからはアラスカが好きになり、自然と共に生きる先住民たちの暮らしに憧れを抱くようになったのですが、こうした知識や思想が、地元に仲間が見つかったことで日常とつながったんです」

地元・鎌倉にお店を開き、地に足をつけて活動を始めたことによって、共に成長していける仲間たちと出会うことができた瀬能さんは、飲食店のオーナーをはじめとした自営業者からアクティビスト、そして主婦まで、同世代を中心とした面々とともにNPOを立ち上げ、その活動を加速させていく。

一花屋で提供される「おむすびのお昼ごはん」。食材にもこだわり、自家製の調味料や有機栽培の野菜などが使われている。

一花屋で提供される「おむすびのお昼ごはん」。食材にもこだわり、自家製の調味料や有機栽培の野菜などが使われている。

震災とともに訪れた転機

約30名のコアメンバーたちが流動的につながりながら進めてきた多彩な活動のなかには、原発について学ぶ勉強会や反対運動なども含まれていた。だからこそ、2011年に起きたあの事故のあと、瀬能さんたちの行動は早かった。

「震災の1か月後に、東京の高円寺で反原発のパレードが行われることを聞き、鎌倉でも同じタイミングでパレードをすることになったんです。その最初のミーティングが一花屋で行われ、それまでつながりがなかったような人たちもたくさん集まってきたんです」

2011年に鎌倉で数回にわたって行われた〈イマジン原発のない未来〉のパレード。(写真提供:瀬能笛里子)

2011年に鎌倉で数回にわたって行われた〈イマジン原発のない未来〉のパレード。(写真提供:瀬能笛里子)

これを機に立ち上げられた市民団体〈イマジン原発のない未来 kamakura parade〉が中心となり、「日本のこころ」「慎ましい暮らし」「ユーモア」などをテーマに行われたパレードには、多くの個人経営の飲食店などが賛同し、まちぐるみの継続的な運動へと発展していく。

そして、4、5回ほどパレードを重ねた後、広島原爆の日に合わせて開催されることになった節目のイベントを前に、瀬能さんはメンバーたちにこんな提案をした。

「思いつきで、パレードのときに盆踊りをしたいという話をしたんです。その提案はすぐに却下されてしまったのですが、パレード当日に私ともうひとりが浴衣を着て、強行したんです(笑)。それがとても楽しかったこともあり、後に藤沢市の脱原発パレードに参加したときに、メンバーみんなで2時間くらい盆踊りを続けました。デモ隊のあとに私たち盆踊りチームが通ると、沿道の人たちが和やかになるんですね。盆踊りには、何か大きな可能性があるんじゃないかと感じた瞬間でした」

鎌倉界隈を中心に、夏から秋にかけてさまざまな地域のお祭りなどで盆踊りを披露している〈イマジン盆踊り部〉。

鎌倉界隈を中心に、夏から秋にかけてさまざまな地域のお祭りなどで盆踊りを披露している〈イマジン盆踊り部〉。

盆踊りから広がる大きな輪

こうして盆踊りに魅せられた面々は、〈イマジン盆踊り部〉というユニットを結成し、活動を本格化させていく。そのなかで、瀬能さんたちが盆踊りの真髄に触れるきっかけとなる出会いがあった。

「鎌倉在住の日本舞踊の先生が、円覚寺の盆踊り大会で司会をされていたのですが、親戚が福島県の浪江町出身で帰宅できなくなっているという話をしたあとに、『相馬盆唄』という福島の盆踊りを踊ったんです。そのときに、踊りというのは自分たちの存在やメッセージを、社会に楽しく発信できるものなのだという思いを強くしました。それから現在にいたるまで、その先生は私たちに無償で盆踊りの踊り方からその成り立ちまでを教えてくれているんです」

瀬能笛里子さん

やがて盆踊り部は地元の夏祭りにとどまらず、自分たちが主催する祭りの場づくりも積極的に行い、さらに社会福祉施設などからも呼ばれるようになり、いまやその輪は全国各地へと広がっている。

「盆踊りは全国的に減っているのですが、復活を願う人たちは各地にいるんです。そういう場所に私たちが行くことで、盆踊りの魅力に気づいてくれる地域の人は多く、最近は各地で、盆踊り部が結成されるという現象が起きているんです(笑)」

盆踊り部のメンバーたちは、沖縄・辺野古の米軍基地建設予定地や、韓国・済州島で開催された平和祭などにも遠征し、世代や国籍、思想の違いを超えてひとつにつながれる盆踊りの力を各地で示し続けている。

現在、イマジン盆踊り部は25名ほどの踊り子と10名を超えるバンドメンバーを抱える大所帯になっている。これまでに2枚のオリジナルアルバムもリリースしている。

現在、イマジン盆踊り部は25名ほどの踊り子と10名を超えるバンドメンバーを抱える大所帯になっている。これまでに2枚のオリジナルアルバムもリリースしている。

「自給自足」をイベント化する

瀬能さんは、盆踊り部のメンバーらとともに、「農」や「自給」をテーマにした活動も続けている。

「これまで人任せに生きてきてしまったという問題意識から、自給の暮らしを実践したいという思いが以前からありました。また、盆踊りや民謡などでは稲作について歌われることも多いので、盆踊り部としても、そのルーツを理解するために、昨年からお米の栽培を始めるようになったんです」

「完全自給味噌」を仕込むために始めたという、海水を煮詰めて塩をつくる「塩炊き」は、いまや恒例行事になっており、旧正月に材木座海岸で行われる「塩炊きまつり」はすでに7年間続き、浜辺では盆踊りも行われている。

鎌倉・材木座海岸で毎年旧正月の日に開催されている塩炊きまつり。(写真提供:瀬能笛里子)

鎌倉・材木座海岸で毎年旧正月の日に開催されている塩炊きまつり。(写真提供:瀬能笛里子)

「塩炊きまつりは、毎年楽しみにしてくれている人が本当に多いんです。ここに来れば食べ物や飲み物、音楽があり、薪をくべて火を燃やす楽しさも感じられるのが魅力なのだと思います。まちで暮らしながら、自給自足の生活をひとりで実践するというのはかなりハードなことなんですね(笑)。でも、そういう暮らしを望んでいたり、憧れている人たちが少なからずいるなかで、塩炊きなどのイベントごとにして、みんなで暮らしを楽しんでいければいいと思っています」

瀬能さんたちがつくっている自家製の塩や味噌、梅干しなどは、一花屋でも使われている。

瀬能さんたちがつくっている自家製の塩や味噌、梅干しなどは、一花屋でも使われている。

暮らしの実践から未来を変える

さらに、瀬能さんが音頭をとり、全国各地の知り合いの生産者から野菜を共同購入し、知人たちにシェアをする小さな生協のような取り組みも行っている。

「私の中ではすべての活動がゆるやかにつながっているんです」と瀬能さんが言うように、彼女の多岐にわたる活動の背景には、自分たちが望む暮らしや地域のあり方を、みんなで楽しみながら実現しようとする意思があるのだ。そして、こうした暮らしの実践の最前線と瀬能さんが位置づけるのが、一花屋だ。

「一花屋でも、自家製調味料や有機栽培の食材を使っているのですが、あえて強く打ち出さないようにしています。大きな声でそれを主張することは、お客さんを限定してしまうことにもなるし、おいしいと興味を持ってくれた方にだけ、あとから伝えるようにしているんです」

実際に一花屋には、見知った顔の地元住民からガイドブックを手にした観光客までが集まり、さまざまなかたちで瀬能さんたちが実践する「暮らし」に触れている。

てぬぐいカフェ 一花屋店内

「いかに問題に対処するか、みんなを説得するかという観点だけでは伝わらないことってあるんですよね。むしろ、『それ、楽しそうだね』と感じてもらえるような暮らしそのものを見せていったほうが共感してくれる。盆踊り部にしても、最初は楽しそうという理由で参加してくれた人が、どんどん暮らし方、生き方を変えていくということがとても多いんです」

瀬能さん自身が市民活動を通して声を上げてきたように、地域社会や地球の未来を脅かす問題は山積みだ。そのなかで、まずは地に足をつけて自分たちの暮らしを見つめ直し、地域の仲間たちとともに瀬能さんが進める、「慎ましくも豊かな暮らし」の実践から変えられる未来もきっとあるはずだ。

information

てぬぐいカフェ 一花屋

住所:神奈川県鎌倉市坂ノ下18-5

TEL:0467-24-9232

営業時間:10:30〜17:00(L.O.)

定休日:火・水曜

writer profile

Yuki Harada

原田優輝

はらだ・ゆうき●編集者/ライター。千葉県生まれ、神奈川県育ち。『DAZED&CONFUSED JAPAN』『TOKION』編集部、『PUBLIC-IMAGE.ORG』編集長などを経て、2012年よりインタビューサイト『Qonversations』を運営。2016年には、活動拠点である鎌倉とさまざまな地域をつなぐインターローカル・プロジェクト『◯◯と鎌倉』をスタート。

photographer profile

Ryosuke Kikuchi

菊池良助

きくち・りょうすけ●栃木県出身。写真ひとつぼ展入選後、雑誌『STUDIO VOICE』編集部との縁で、INFASパブリケーションズ社内カメラマンを経てフリーランス。雑誌広告を中心に、ジャンル問わず広範囲で撮影中。鎌倉には20代極貧期に友人の家に転がり込んだのが始まり。フリーランス初期には都内に住んだものの鎌倉シックに陥って出戻り。都内との往来生活も通算8年目に。鎌倉の表現者のコレクティブ「全然禅」のメンバー。http://d.hatena.ne.jp/rufuto2007/

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