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下田に移住して2年半。あらためて振り返る、わが家の暮らし、何が変わった?

  • 2019年9月7日
  • コロカル
移住で変化した8つのこと

津留崎さん一家が伊豆下田に移住して2年半。移住前から続けてきた連載もスタートから3年が経ち、5歳だった娘も8歳に。いまの暮らしは東京での暮らしと何が変わったのか?あらためて振り返ってみました。

連載開始から3年、わが家の移住を振り返る

8月末、もうすぐ夏休みが終わろうという時期、昼ごはんを食べながらの会話で娘がこんなことを言いました。

「パパは東京に住んでたときと下田に住んでるいまと何が変わった?」

下田の空

昼からなかなかヘビーな質問。いろいろありすぎて答え始めると夕方くらいまでかかりそう。 そして、自分はともかく、娘がどう感じているのか? のほうが気になる。聞き返してみると、「たくさん日に焼けた!」と。なるほど……。

5歳で東京から下田に移住し、いま8歳の娘が感じる移住前後の変化。夏休みの間は、ちょっと時間ができると近くの海に出かけていました。 もちろん過度の日焼けはよくはないと思っているので対策はして出かけるのですが、それでもやはり焼けます。小麦色の肌の娘はすっかり下田っ子の雰囲気が漂ってきました。

下田で海水浴

娘の夏休み最終日。この日は予定が詰まっていたのですが、少しの時間があれば海を楽しめるのが下田暮らしのいいところ。おにぎり持参で昼食がてら、休み最後の海水浴を。

そんな娘のひと言がきっかけとなってあらためて考えてみました。

ちょうど9月でこの連載が始まって3年。そして、下田移住から2年半。あらためて振り返る、「わが家の暮らし、何が変わった?」

田んぼをバックに家族3人で撮った写真

2016年の連載第1回。当時まだ移住先を決めずに会社を辞め、家族で移住探しの旅へ。

以下、思いつくままに挙げていきます。

1 食卓にのる食材――顔の見える食材

これは本当に変わりました。食卓にのるものは地の物がメイン。野菜も魚もいただきものが多かったり、買ったものでも生産者のことを知っているものが多いです。

そして、昨年の秋からは自分たちでつくった米を食べています。食費はかかっていないのですが、驚くほどに豊かな食卓となりました。もちろんすべてがそんな食材というわけではないですが、必ず1、2品はそんな食材が食卓にのっているという感じです。顔の見える食材は食べていて気持ちが違うということを日々実感しています。

食卓にのぼった地のサザエ

地のサザエに地のアワビ。申し訳ないほどに贅沢ないただきものの食材がのることもあります。

2 時間の使い方

移住後の働き方や時間の使い方については何度か書きましたが、僕は平日、午前中は養蜂場で作業、ほかに早朝や午後の空いた時間に工務店の仕事を自宅でやっています。妻はフリーのカメラマンですので、週に何度かある撮影で出かける以外は基本、自宅でPC作業です。

ということで、ふたりとも自宅にいる時間がかなり長い。娘が学校が終わって帰ってくる時間にふたりで娘を迎えるなんてことが珍しくありません。

東京では、ともにかなり忙しく働いていたので、時間に余裕が全然ありませんでした。娘の保育園のお迎えは毎日、19時、20時。土曜日も仕事が入って保育園に預けることも珍しくなかったです。

それもどちらかが仕事の都合をつけて早めに切り上げて迎えに行くという感じでした。時間に余裕がなくて、おまけに疲れ切っていたのでお互いにイライラしていました。

もちろん東京で暮らしていても、仕事のあり方をコントロールしていけばできることでしょうけど、なかなかそれができる気がしませんでした。移住というきっかけがあり、時間の使い方が大きく変わったのです。

夕方のビーチに立つわが娘

娘の習い事は妻か僕のどちらかが送り迎え。帰りに寄り道してビーチで遊んでいくのが楽しみになっています。

3 子育て、教育

父と娘の田植え作業

今年も友人たちに助けてもらいながら家族で米づくりをしています。東京で会社員をしながら子育てをしていたらできなかったことです。教育を学校や塾に任せるのではなく、親が教えられることは教えていきたい、そう考えています。

漁船体験で下田の大海原へ

先日は下田市主催の漁船体験イベントがあり参加しました。さまざまな体験ができるフィールドは子育ての環境としてすばらしいと感じます。

4 お金の使い方

僕も妻も収入はかなり下がりました。でも、使うお金もかなり減りました。外食はあまりしません。飲みに行く回数も激減しました。終電を逃してタクシーで帰る……東京ではよくやっていましたが、移住してから一度もやっていません。

服や靴は最低限のもので過ごしています。先に書いたように食卓には、いただきものがよく並びます。休日にどこかに行くといっても、近場の海や田んぼがほとんどです。

こう書くとケチケチと暮らしてるみたいですが、買う食材などにはそれなりにお金をかけています。海や田んぼでは多くの発見や楽しみがあります。

小さな花をつけた稲穂

稲の穂のまわりに小さな白い花が咲いています。米づくりを始めるまで稲にどんな花が咲くのか? 聞いたことも見たこともありませんでした。日々食べている米のことをあまりに知らなかった、そう感じます。

そして、長い休みには旅行に行くこともあります。たとえ収入が減っても、入るお金と出るお金のバランスがとれていればいいわけです。

もちろん、教育でもっとお金がかかる時期もあるでしょう。先のことをえて不安がまったくないわけではありません。でも、そのときはそのとき。もっと働いて収支のバランスをとっていこうと考えています。

下田港の夕焼け

5 都会ならではの刺激は少ない

僕が生まれたのは新宿区のはずれ。高校は新宿駅近くにありました。都会ならではの刺激的な日々を送りました。また、移住前に暮らしていたのは中央線沿線。独特のカルチャーで有名な地域です。単館上映の映画館、ライブハウス、文化系の人が集まる飲み屋などなど。

移住してからはそういった場所で刺激を受けることはなくなりました。でも、いまの時代、情報は都会と同じように入ります。また、東京での暮らしに比べて時間があることもあり、さまざまな情報を得る時間的な余裕ができました。

前項でも書きましたが長い休みには旅行に出ることもあります。いまの自分にとってはそうした情報から得る刺激で充分という気がしています。

熊本県水俣の景色

この夏に受けた大きな刺激といえば、公害で有名な熊本県水俣を旅して見聞きしたことです。また春には沖縄の辺野古の様子も実際に目の当たりにしました。時間ができたことで、社会問題についてしっかり考えることができるようになったと感じています。

6 環境に対しての意識

家から出る排水は最終的には海に流れ着きます。しかも、わが家は古いつくりなので、トイレの排水以外はそのままダイレクトに海に流れていきます。その海で採れた海藻や魚を食べますし、夏にはその海で遊びます。

自然との距離が近い分、自分たちの暮らしが自然に与える影響について思いを巡らすようになりました(もちろん東京であろうと内陸であろうと、排水が海に流れ着くことに変わりはありません)。

ビーチの清掃活動中

定期的に地域の子どもたちとともに海岸に流れ着いたり捨てられたゴミの清掃活動を行っています。「タバコの吸い殻をたくさん拾ったよ!」と喜ぶ子どもたち。なんとも複雑な気持ちになります。

7 健康的な暮らし

養蜂場の仕事ではかなり体を使いますし、無農薬での米づくりも体力勝負です。下田に暮らし始めてからガタイがよくなったね、と言われることもしばしば。日々体を動かす暮らしで体調が良くなったように感じます。

三方を海に囲まれているので空気はとても良いです(喘息やアトピーが発端で移住して来られる方もいらっしゃいます)。食事も旬の野菜と魚が中心の食生活になりました。東京ではエアコンの効いた電車や会社、そして外の灼熱という気温差でよく体調を崩していたのですが、それもなくなりました。とても健康的な暮らしを送れています。

青々と育った稲

稲刈りまであと少し! 新米がいまから楽しみです。

8 人づき合いの距離感

下田は人口2万人という小さなまちです。対して、東京は暮らしていた杉並区だけで56万人。面積は下田市の3分の1。随分と違います。それが暮らしにどう関わってくるのかというと、人との関わり方が大きく違うのです。

東京では仕事仲間、友人、保護者つながりというように、それぞれのつながりが別々に存在していたのですが、下田では違います。それぞれカブることが当たり前なのです。

たとえば、いまの娘のクラスの保護者の中には僕の工務店仕事で関わりのある人がふたりいます。仕事以外でも、別の集まりで飲みに行ったりすることも。

家の庭にパパ友たちが集合

ある日、庭で米づくりに必要な道具をつくっていると、近所の友人(パパ友でもあり仕事も絡んでいる)が様子を見に来て、また別の友人(パパ友でもあり仕事も絡んでいる)は採れたての貝を届けに来てくれて、また別の友人(妻がいつも写真を撮らせていただいている漁師さん)も貝を届けに来てくれて。で、別々に来た3人は知り合いなのでしばし世間話に花が咲く。こんな時間がすごくうれしく、楽しいのです。

こんな感じですので、人との距離感が近いのです。もちろん、それが居心地が悪いと感じて地方から都会に出る人もいると聞きますが、大きな違いであることは間違いありません。

祖母と娘の夕食風景

僕の高齢の母親も下田に移住してわが家の近くに暮らしています。娘の友だちもすっかりなついているようです。わが家が数日間下田を離れるようなときには近所の知人たちが母親の様子を気にかけてくれます。東京では何年もつき合っている友人でも親の顔を知らない、というのが当たり前でした。この違いはとても大きいように感じます。

ということで、いくつか思いつくままに書いてみました。ほかにも挙げだすとキリがないので、これくらいにしておきます。我ながら、住む場所が変わることによる暮らしの変化の大きさにあらためて驚きました。

先のことはわかりません。でも、いまは移住してよかった、そう感じています。

庭で育つバナナの木

移住してすぐ知り合い、以来ずっとお世話になっているすてきなご家族にいただいたバナナの苗木がこんなに立派に育ち、そして、とうとう実をつけました。わが家の下田暮らしを見守ってくれていたともいえるバナナの木に実がなったことがなんともうれしいです。

さあ、いよいいよ連載も4年目突入。引き続き「移住のリアル」をモットーに書き綴っていこうと思っております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

文 津留崎鎮生

text & photograph

Shizuo Tsurusaki

津留崎鎮生

つるさき・しずお●1974年東京生まれ東京育ち。大学で建築を学ぶ。その後、建築家の弟子、自営業でのカフェバー経営、リノベーション業界で数社と職を転々としながらも、地方に住む人々の暮らしに触れるにつれ「移住しなければ!」と思うように。移住先探しの旅を経て2017年4月に伊豆下田に移住。この地で見つけたいくつかの仕事をしつつ、家や庭をいじりながら暮らしてます。Facebook Instagram

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