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「脱・核家族」したわが家が、手に入れたもの

  • 2019年3月21日
  • コロカル

80代での移住、実際の暮らしはどう?

夫婦と娘の3人で、伊豆下田に移住した津留崎さん一家。さらに、東京でひとりで暮らしていたお母さんまで下田に移住してきました。といっても同居ではなく、すぐ近くに別居というスタイル。それから約1年、実際に暮らし始めてどんな様子なのか? 今回は、そんな高齢者の移住についてです。

80代での移住という決意

夫のお母さん、私にとって義母である竹子さんは、昨年の5月に私たちの住む下田に移住してきました。それから、もうすぐ1年が経とうとしています。83歳という年齢で東京から下田への移住。実際に暮らし始めてみてどんな様子だったのか、というのを今回お伝えします。

東京や千葉に住む親戚が下田に集まりました

竹子さんの移住をお祝いしようと、東京や千葉に住む親戚が下田に集まりました。竹子さんの元気な姿を見て、親戚たちも安心した様子でした。

下田で始まった新しい暮らし。気候も温暖で、気持ちのよい環境になんだかウキウキしているようでした。海もきれいだし空気はおいしいし、そして何より孫とこんなに近くに住めるなんてそれだけで幸せといった様子でした。

下田の街路樹はヤシの木

私たちと竹子さんは、週に5日くらい一緒に食事をしています。ほとんどの日は、夕方になると竹子さんがわが家に来てくれて一緒に夕食を食べます。週に1度は、私たちが竹子さんのお宅にお邪魔して手料理をごちそうになるというスタイルが定着してきました。

竹子さんの家とわが家は歩いて3分の距離。「同居しなかったの?」と時折聞かれますが、竹子さんも夫も私も最初から同居というイメージが湧かず、自然と別居というカタチになりました。

娘の友だちも一緒に竹子さんの家へ

娘の友だちも一緒に竹子さんの家へ遊びに行きます。子どもたちに囲まれ「騒がしいね〜」と言いながらもとても楽しそう。

週末になると買い物に一緒に出かけたり、先日は下田から車で1時間ほどの西伊豆まで遊びに行きました。友人が「満宝喜市(まんぽうきいち)」というイベントに出店するということで、竹子さん初となる西伊豆の旅を満喫。

松崎町の満宝喜市

松崎町の「帰一寺」というお寺で開催される満宝喜市は、今年で6回目になるのだそう。雑貨やさんや飲食店が建ち並ぶなかを、孫と手をつないでの買い物。

沖あがり食堂

お昼ごはんは、仁科という漁師町の名物イカを食べに〈沖あがり食堂〉へ。ちょっと車を走らせると、下田とはまた違った西伊豆の雰囲気が味わえます。

〈堂ヶ島麦酒〉に舌鼓

地ビール〈堂ヶ島麦酒〉に舌鼓。車で1時間ちょっとの小旅行。ちょっとした気分転換になったようです。いいな、西伊豆。

買い物、病院へはひとりで行ける?

実際に下田で暮らしてみていい面はもちろんたくさんあるのですが、ネックとなることがないのかというとあるんです、やはり。たとえば買い物です。私たちが住んでいるのは駅から徒歩30分ほどの場所。竹子さんが歩いてスーパーに行くのはなかなか厳しいのです。

東京で暮らしていたときには、毎日のように歩いてスーパーに出かけていた竹子さん。私と夫は出かけたついでに買い物をすませるので、不便さはまったく感じていません。けれど、車が運転できないとなると話は変わってきます。大げさに思えるかもしれませんが、都市部で長く暮らしてきて当たり前だったことができないという事態は、人をとても不安にさせるのです。それがお年寄りだとなおさら。

キッチンに立つ竹子さん

ということで、移住してからしばらくは週に3回ほど車でスーパーにお連れしていました。

けれど、毎週のこととなるとなかなか厳しく、さてどうしたものかと思っていたときに道ばたで遭遇したのが「生協」の宅配トラック。おー、下田にも生協があるのか! ということで申し込んでみました。

まず、牛乳や卵やパンといった必ず食べるものが必ず届くということが、かなりの安心感を与えてくれたようです。食品だけでなく洗剤やトイレットペーパーなどの日用品も購入できますし、重いものも運んでもらえます。始めてからすぐの頃は楽しくて頼みすぎてしまったようですが、いまはほどよくおつき合いできているようです。

ということで、生協のおかげで買い物に対する不安感はかなり軽減されました。もちろんスーパーで物色するのも楽しいので、週に1度くらいはご一緒しています。

鍋田浜の海岸線

スーパーへ出かけたあとにちょっと寄り道して「鍋田浜」へ。娘と娘のお友だちと快晴のなかお散歩、なんとも気持ちよい休日です。

そしてこれも交通の不便さゆえなのですが、病院にも徒歩では行くことができません。歯医者にしても眼科にしても中心部に出なくてはならず、都合の合うときには車でお連れしますが、なかなか私たちも毎回はおつき合いできず。最初は頑張ってバスで通っていましたが、1時間に1本程度のバスとなるとどうも使いこなせない。

そこで最近は電話でタクシーを呼ぶようになりました。タクシーだと駅まで1000円くらい、往復2000円程度です。もったいないとも思いますが、考えてみれば月に1万円程度。「いつでも自力で病院に行ける」という安心感と引き換えならば、それくらいの出費はよいのではないかと思うのです。

友人のご両親もやはり町から離れた場所に住んでいて、最近になって車の運転ができなくなりタクシーで買い物に出かけていると聞きました。またある友人は歳をとって車の運転ができなくなっても不便しないようにと、下田のまちなかに住んでいます。

東京のように電車やバスが発達していないのが地方都市の現実です。住む場所によっては、車がないと生活が不便になる下田というまち。年老いたときにどんなことが不便になるのか、竹子さんの暮らしを見ながら私たちもあらためて考えています。

下田の海

けれど、よかったこともあるんです。下田で気に入った病院というのか、竹子さんが信頼できるお医者さんが見つかったこと。何かあるとすぐにそのお医者さんのところへ行っているようで、それもひとつの重要な安心材料となっているようです。

田んぼの稲刈りも一緒に

田んぼの稲刈りも一緒に手伝ってくれました。竹子さんは米どころ新潟県の出身ですが、米づくりの作業をするのがこれが初めてだったそうです。83歳で米づくり初体験、楽しんでいました。

買い物、病院に続いてもうひとつは人づき合いです。東京にいたときには、近所で立ち話をするような知り合いがいました。けれどこちらに来てからはそうした知人もなく、会話する相手は私たちと家をお借りしている大家さんくらい。買い物以外はなかなか外に出る機会もないし、誰とも話さない日もあります。

そんな竹子さんのことを、友人家族もとても気にかけてくれています。ふとしたときに竹子さんの家を訪ねてくれたり、ドライブに連れていってくれたり。年末年始に私たちが東京に行っているあいだ、年越しそばを食べに連れて行ってもくれました。

東京では考えられなかったような家族ぐるみのおつき合いが、本当に心強く感じられます。竹子さんにとっても、私たち以外にも近くに頼れる人がいるということは大きな安心感となっています。

友人家族との新年会

友人家族との新年会に、竹子さんも一緒にお呼ばれしました。こうして義理のお母さんと一緒に自分の友だちの家でごはんを食べるなんて、東京では考えられなかったことです。

地域の老人会に参加

買い物も病院もなんとかなりそう。友人家族も温かく見守ってくれている。あとは、同年代の茶飲みともだちでもできたら最高なんだけどな〜と考えていました。

下田市役所に問い合わせをして比較的高齢の方が集まるサークルや教室がないか聞いてみました。すると、絵手紙教室があるということで、まずは体験で行ってみることに。

みなさん和気あいあいとして朗らかで、「これはいいんじゃないか?」と期待したのですが、竹子さんは以前から腱鞘炎で字を書くのがなかなか難しいとのことで、今回はひとまず入会を見合わせることに。

絵手紙教室にて。先生もとても親切で、手取り足取り教えてくださいました。

絵手紙教室への参加を断念したあと、「そのうち自然と友だちもできるんじゃないか?」とか、「私たちがいるんだから、無理しなくてもいいんじゃない?」などと夫と話しました。そうして、しばらくそのまま様子を見守ることに。

透明度の高い下田の海

そして、その後、転機が訪れたのです。昨年の暮れ、ずっと習ってみたかった正月飾りのつくり方を、ある地元の方に教えていただきました(vol.52参照)。その教えてくださった方が、たまたま私たちが住んでいる地区の老人会の会長だったのです。

実は、老人会があるというのは友人から聞いていたのですが、地元の会に移住者がいきなり飛び込むというのはなかなかハードルが高いものです。

けれど会長と知り合い、「ぜひぜひ遊びにいらっしゃい!」と誘っていただけたのならとっても入りやすいというもの。せっかくのご縁だからということで、私から竹子さんを勧誘してみました。そうして、老人会が月に2回開催している輪投げ大会に参加してみたのです。

輪投げ大会

実は竹子さん、東京でも地域の高齢者が集まる輪投げ大会に参加していました。慣れた輪投げであれば馴染めるのではないか? ということで、期待をしながら私も同行。ついでに私も輪投げをさせてもらうという楽しい時間を過ごし、終わったあとに感想を聞いてみると、「輪投げの支柱が長くて入りづらい」と……。

「勝つ気満々じゃないですか!」と笑ってしまいましたが、その後もこの老人会の踊りの会や新年会に参加したりと、少しずつ自分でも出かけるようになりました。

参加者も多い輪投げ大会

参加者みなさんで談笑中

写真左の方が会長の鈴木道明さん。老人会の会員は現在48名。実は、この日の参加者では83歳の竹子さんが最年少。みなさん、とっても朗らかで溌剌としていています。

しかしいま考えてみても83歳という年齢でよく移住に踏み切ったと思います。高齢になるとちょっとした環境の変化でもいろんなことが滞ってしまう。例えばスーパーの陳列が変わるだけでも買い物が面倒になったり。けれど、竹子さんは住む土地を変えるという大きな選択をしました。そうして、いろんな変化をひとつずつ解決しながら前に進んでいます。いや、身内ながら本当に立派だと思うのです。

お寿司屋さんにて

お互いに距離が急激に近くなったことで、少々の小競り合いも実際増えました。けれど、一緒にお酒を飲みながら食卓を一緒に囲んだり、娘のピアノをうれしそうに聞いていたり、充実した時間が増えたことは確かです。

竹子さんが移住してきたことによって、わが家は核家族ではなくなりました。それは、私たちにとっても娘にとっても大きな安心感をもたらしています。

これからまた不安なこともたくさん出てくると思いますが、またひとつずつ解決していけばいい。仲良く喧嘩しながらみんなで進もう。

おばあちゃんと孫。ふたりともサングラスでピースサイン

昨年のクリスマスは家族4人でホームパーティー。「今日はおばあちゃん来る?」と、娘もおばあちゃんと一緒に過ごせるのを毎晩楽しみにしています。ピース。

文 津留崎徹花

text & photograph

Tetsuka Tsurusaki

津留崎徹花

つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。料理・人物写真を中心に活動。移住先を探した末、伊豆下田で家族3人で暮らし始める。自身のコロカルでの連載『美味しいアルバム』では執筆も担当。

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