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ミュージシャンで写真家のアーティストが見つめてきた、長野のカルチャーシーン

  • 2019年1月24日
  • コロカル
PEOPLE GET READY TO NAGANO vol.1

本州のほぼ中央に位置する長野市は、東京から電車で約1.5時間。車窓の風景は木々の彩りへと移り変わる。このまちの魅力は、そんな自然と隣り合わせの風土や食と美。だけど、そればかりじゃない。

善光寺の門前町として、四方から訪れる旅人を迎え入れ、疲れを癒してきた歴史がある。

いつの時代も、旅立つ人、旅の途中にいる人、そして彼らを受け入れる人たちが交差する長野市は、次なる旅路をつなぐプラットホームだ。

そんな長野市で、自分の想いを込めた「場」を営み、この土地ならではのカルチャーを培う人たちがいる。彼らと交わす言葉から、これからの「ACT LOCAL」を考える。

ライブハウス×劇場、編集室、写真集、etc……。清水隆史さんが長野市で培ってきた表現

近年長野市では、善光寺門前界隈を中心に、古い建物をリノベーションした場が生まれ、少なくとも100軒以上の空き家に、新たなあかりが灯るようになった。ゲストハウスやカフェ、アトリエやオフィスなど、そのかたちはさまざま。U・Iターン者やこのまちに長く暮らす人たちが、まち並みや文化を引き継ぎながら、夢をかたちにしている。

〈ネオンホール〉と〈ナノグラフィカ〉

こうした流れの源流は、古い空き家に息吹を吹き込んだ、ふたつの場にある。〈ネオンホール〉と〈ナノグラフィカ〉だ。

1992年のスタート以来、全国各地のミュージシャンや劇作家などの交流を生み、独自のユースカルチャーを築いてきたネオンホール。ライブや演劇、ときにはアートエキシビジョンなどが開かれ、カテゴライズし得ない数多の表現が交差する空間だ。

編集室・喫茶ナノグラフィカは、長野の文化や情報を編集し、〈門前暮らしのすすめ〉という活動名で、古民家再生プロジェクトや蚤の市、地域交流の機会を企画してきた。

長野市権堂の角地にある〈ネオンホール〉

長野市権堂の角地にある、ツタに覆われた建物。ここの2階が〈ネオンホール〉。1992年のスタート以来、ライブや演劇、アートエキシビジョンなど、あらゆるカルチャーが交わるサロン的空間。

編集室・喫茶〈ナノグラフィカ〉

2003年からスタートした、編集室・喫茶〈ナノグラフィカ〉。善光寺門前界隈の暮らしを発信するプロジェクト〈門前暮らしのすすめ〉をはじめ、〈門前空き家見学会〉、〈西之門市〉など数々の地域活動を行う、長野市空き家リノベーションの草分け的存在。

そしてこのふたつの場を興し、約30年にわたり長野のカルチャーを生み育て、記録し続けてきた、写真家で〈OGRE YOU ASSHOLE(オウガ・ユー・アスホール)〉ベーシストの清水隆史さんは、長野の今を語るうえで欠かせない存在のひとりだ。

清水隆史さん

写真家で〈OGRE YOU ASSHOLE〉ベーシストとしても活躍する清水隆史さん。

バンド、演劇、写真、編集、古民家再生など、あらゆるアプローチから、培ってきた清水さんの表現。

幾重にも交わるこれらの表現を紐解けば、長野を旅する私たちの視点が変わってくる。そして、これからの「ACT LOCAL」を考えるきっかけが見えてくる。

清水さんのロングインタビューから、長野市の過去と現在を紹介する。

44号まで発行されている『街並み』

写真・清水さん、編集・ナノグラフィカで、2005年から2015年にかけて、44号まで発行されている『街並み』。長野に暮らす人、今はなき建物や路地など、清水さんがレンズの奥から見つめてきたこのまちの年輪が記録されている。

『街並み』の誌面

海外や東京ではなく、自分の暮らすまちにフォーカスを当てた1990年代

〈ハンバートハンバート〉のライブ、〈劇団唐組〉の演出家を招いてつくった市民演劇、地元ミュージシャンたちが企画するイベントなど、ネオンホールは独自のネットワークでサブカルを牽引してきた「場」だ。

1992年から今に至るまでのネオンホールの活動を振り返り、清水さんはこう語る。

清水隆史さん

「当時の自分や友人たちは、80年代にインディーズカルチャーがメジャーにどんどん食い込んでいくのを目の当たりにして、いわゆるテレビや雑誌のメインを飾るものよりも、ストリートカルチャーやサブカルに憧れていました。だけど当時は、インターネットもなく、“首都圏で発信された情報を、地方はただ消費するだけ”みたいな構図でしたから、長野のシーンや新しい文化を語っているものなんて、何ひとつなかったんです。

だから、長野で音楽や演劇をしていても、新しい文化というのは、“文字で記録しない限り、かたちにならないし、残っていかない”という危機感を覚えたんです。やっても、やっても着地点がないというか。

そうして僕たちは、“自分たちの言葉で長野のシーンを論じて、文化を残していくべきなんだ”なんて、大袈裟なことを考えるようになったんです(笑)」

そんな思いを抱いていた清水さんは、全国各地のミュージシャンを招いたイベントや東京の劇団との共同企画などを立ち上げ、ネオンホールという場で、外からのカルチャーをクロスオーバーさせると同時に、地元の新聞や情報誌でも、長野のユースカルチャーを紹介するようになる。

「とにかく欲張りに長野のシーンを全部、知りたいと思って記録し続けました。〈FMぜんこうじ〉でゲストを招いたラジオ番組を持たせてもらったり、信濃毎日新聞や『NaO』という地元誌の連載などで、ジャンルを問わず、アーティストや作家、ミュージシャンや店主などを紹介したり。

単純に楽しみながら、“海外や都会にフォーカスするのではなく、自分が暮らしているまちを伝えていくほうが自然だよね?”と思いながら、日々の体験や仲間との会話から、話題になるおもしろネタを集めては、紹介していましたね」

「Portrait NAGANO」の新聞紙面

信濃毎日新聞で清水さんが手がけた連載「Portrait NAGANO」。清水さん曰く「写真を掲載した人物紹介企画はすでにあったから、スケッチ画を提案。それが編集部に採用されて、連載をもたせてもらうことになりました」

そうこうしていくうちに、清水さんは長野を伝えていくために、編集や写真の仕事をメインにしていこうと決めて、2003年に編集室・喫茶のナノグラフィカを立ち上げることになる。

人を招く善光寺門前界隈の文化にフォーカスを当てた2000年代

ライブ、演劇、写真やラジオ、文章などあらゆる方向から、分け隔てなく、長野のカルチャーを記録し続けてきた清水さん。

その結果、善光寺で7年に1度開かれる「ご開帳」に合わせて、長野のガイドブックを制作することになった。ここで転機が訪れる。

「ガイドブックをつくるために、善光寺門前界隈が持つ地域固有の文化を掘り下げていくようになったんです。そして、取材を重ねていくなかで、のちにナノグラフィカとして開くことになる古民家に出合いました。

偶然が重なってこの場所を借りることになったら、“このまちから見える風景を大切にしよう”と思うようになり、『街並み』をつくったり、のちに〈空き家探検ワークショップ〉を企画したり、月に1度のお祭り〈西之門市〉を開いたりするようになったんです」

手づくりの情報誌『西之門新聞』

ナノグラフィカの立ち上げとともに、近隣へ配っていた手づくりの情報誌『西之門新聞』。手紙を送るように、地域の人たちとのコミュニケーションを築くきっかけのひとつとなった。ナノグラフィカの活動紹介とともに、「区長の名言」が連載を飾る紙面からは、清水さんたちが地域との関係を深めていこうとする想いが表れている。

ナノグラフィカの看板

しかし最初のうちは、地域の人たちとの間に距離があったと言う。

「30歳前後の友人たちとナノグラフィカの活動を始めたわけですが、アーティストのインスタレーションとか、作家のワークショップをやっていて、それがどうも怪しい宗教団体だと思われていたんです。最初の頃は、お坊さんに叱られたり、地域の人に怪しまれたり、いろいろありましたね(笑)。

そんななかで、メンバーに子どもが生まれて編集部で子育てをしたり、さまざまなまちの活動に参加したりするようになると、“この人たちは地域に根づく気があるんだな”と信用されるようになり、叱ってくれた人とか、怪しい目で見ていた人たちこそ、やさしく接してくれるようになったんです。今振り返れば、どれも僕らなりの表現であって、地域に関わる“仕事”という感覚はなく、生活の一部でしたね」

目の前の風景に目を向けて、暮らしを愉しみ、表現する。そんな過程のなかで清水さんは、大切にしてきたことがある。

清水隆史さん

「今思えばですが、教育学部で学んできたことが、これまでの活動に“生きてるなあ”と思うことがあるんです。学生時代に教育実習なんかで、“子どもに何かを伝えるために、どんなプロセスを通して、どんな状態を実現するのか?”みたいなことをひたすら指導案として書かされてきたわけですけど、この考え方って、僕らのどの活動においても、基本の心得みたいなものだったんです。

アーティストやミュージシャンのブッキングをしてきたネオンホールでは、“この演者の魅力を引き出すためには、どういうイベントを組むのが効果的で、結果として周りには、どういう影響を与えられるだろうか”とか、“お客さんに感覚を伝えるためには、あのバンドとこのバンドが対バンして、こういうフライヤーをつくったらいけるかな?”とか考えていましたし。

ナノグラフィカにおいては、“このまちを、生涯学習の題材と捉えて、何を学び、何ができるだろうか”とか、“人間関係やものごとを立体的に結びつけるために、演劇公演の制作を用いられないか”みたいなことを、しきりに模索していましたから」

当時はまだ、「リノベーション」や「地域再生」という言葉がささやかれていなかった時代。マニュアルや前例がないなかで、清水さんたちなりに、このまちの見方を創作していった。

次第に活動は〈D&DEPARTMENT〉が刊行する『d design travel 長野』で取り上げられるようになったり、西之門町にU・Iターンしてくる人の共感を得たりと、草の根的に広がっていく。

地元情報誌『日和』の連載

地元情報誌『日和』の連載「nagano style」では、長野に暮らす作家やミュージシャン、店主などのポートレート写真とともに、長野をめぐる人々の暮らしを紹介してきた。

バンドの始動、建築のアプローチ。変化が交差した2010年以降

2003年スタートのナノグラフィカの活動から約7年が経った頃、善光寺門前界隈にいくつかの偶然が重なる。

建築家やデザイナーが、元ビニール工場をリノベーションして開いたオフィス兼フリースペース〈KANEMATSU〉、パスタと自然派ワインのレストラン〈こまつや〉、カフェ〈マゼコゼ〉、ゲストハウス〈1166バックパッカーズ〉の登場だ。

長野市東町にある〈KANEMATSU〉

長野市東町にある〈KANEMATSU〉。2009年にこの場所をプロデュースするクリエイティブユニット〈ボンクラ〉によって、倉庫として使われていた3つの蔵を、鉄骨や木造の平屋でつなぎリノベーションしたスペース。2018年のボンクラ解散後も引き継がれ、シェアオフィスやカフェ、古本屋などが入居している。

長野市西之門町にあるレストラン〈こまつや〉

長野市西之門町にあるレストラン〈こまつや〉。江戸時代から続く〈小松屋荒物雑貨店〉を改装し2009年にオープン。間仕切りのないフラットなカウンターで、店主・廣政真也さんがつくる自然の味わいを生かしたパスタや前菜は絶品。

カフェ〈マゼコゼ〉

店舗デザイン・施工を手がける芸術家・小池雅之さんのアトリエと、妻つねこさんが企画運営するギャラリーがひとつになったカフェ〈マゼコゼ〉。2009年の春から元倉庫だった建物を店舗兼住居として開き、改修しながらの暮らしを始め、作家や芸術家の展示、農作物の販売などを企画。

〈1166バックパッカーズ〉

2010年にオープンしたゲストハウス〈1166バックパッカーズ〉は、当時の長野市では珍しかった、ゲストラウンジで地元の人と旅人が交流する風景や、オーナーの飯室織絵さんがほぼひとりで営むゲストハウスの在り方が注目を集め、旅人と長野をつなぐ門前界隈の顔となった。さらに今では旅人が再び長野を訪れるきっかけとなったり、この場所に惹かれて働くスタッフが移住するようになったりもしている。

「2000年代の僕らの活動は、声高に叫んで、とにかく人を集めようとか、ネットで発信しようという考えではなかったので、すごくミクロな輪でした。しかし、2010年前後で同時多発的に偶然が重なり、善光寺界隈にさまざまな場が生まれていったんです。“何かが始まる!”みたいな高揚感があったことを、今でも覚えていますね。

特に建築家とデザイナーでスタートさせたKANEMATSUの建築的アプローチは、大きな変化でした。それまで“生活の一部”として続けていた僕らの活動に、建築や不動産に関するプロの視点が加わり、空き家リノベーションの動きが、一気に進むようになりましたから」

その結果、それまでは空き家探検ワークショップだった企画が、〈門前空き家見学会〉として正式に不動産仲介をできる仕組みが体系化され、空き家を改修した新たなスペースや店舗が、まちにあかりを灯すようになる。

毎月1回開かれる、空き家を巡るワークショップ

2009年頃から、毎月1回開かれる、空き家を巡るワークショップ。「このエリアに暮らしたい」「お店を開きたい」などの夢を抱く人たちが参加。2010年以降は、KANEMATSUの建築や不動産のアプローチが加わったことで、仲介から設計施工やリノベーションに至るまでの流れが加速し、さまざまな営みが生まれていった。(写真提供:ナノグラフィカ)

そんなまちの変化と並行して、清水さん自身は、2011年からロックバンドOGRE YOU ASSHOLEに参加。メジャーシーンでの音楽活動をスタートさせる。

OGRE YOU ASSHOLE

OGRE YOU ASSHOLEは出戸学(Gt・Vo)、馬渕啓(Gt)、勝浦隆嗣(Dr)、清水隆史(Ba)の4人組ロックバンド。〈FUJI ROCK FESTIVAL〉に通算3度出演、2018年9月には日比谷野外音楽堂で初のワンマンライブを開催。(photo:Takeshi Hirabayashi)

「自分のなかで大きな変化でした。それまでは、“長野の風景を、長野の人にしっかり届ける”、“長野の文化を、長野の文化のために発信する”といったスタンスでしたが、メジャーフィールドでの音楽活動は真逆。地域に関係なく、アーティストが研ぎ澄ましてつくった作品を、なるべく広く多くの人に届けることを追求しますから。

そこには“ローカル”と“中央”みたいなコントラストはなくて、無数に広がった情報インフラの中で、自分がどんな“文化の生産者”になれるかということが問われるわけです。それまでのキュレーター的な視点から、アーティスト的な視点が強くなったという変化から、両方を行き来することで、自分が長野をどう捉えるようになるのか、今はまだわからないけど、これからが楽しみでもあります」

清水隆史さん

こう話す清水さんのように、長野には、それぞれの視点で場を営み、個性を培う人が、増え続けている。そんな様子に対して、清水さんはうれしそうに、こう語る。

「ナノグラフィカを立ち上げる前は、よく自分のバントで、京都にライブをしに行っていたんですが、その頃の京都って、謎めいた人たちが、いっぱい闊歩していたんですよ。“アートやバンド、演劇の香りがプンプンするけど、この人たちはいったいどうやって暮らしているんだろう?”みたいな人とか“プラプラしてるけど、絶対学生じゃないでしょ!?”みたいな人とかね(笑)。

当時はそんな空気がうらやましかった。いろんな生き方や働き方が混在していて、多様性を享受したおもしろいまちに見えたので。だけど今は、そんな光景が、長野でも見られるようになったと思うんです。U・Iターンで移住してきた人が、作家活動の拠点にしたり、新しいお店を始めたり、それぞれの文化が行き交うまちに変わってきましたよね。長野にも、“まちの隙間”というか、“新しい文化が生まれる土壌がある”と感じることが多くなって、なんだかうれしいですね」

清水さんの言葉で語られる、長野市の過去と現在。言葉や写真で培ってきた長野市のカルチャー。

今では『街並み』を読み、善光寺門前界隈の風景に惹かれて長野にお店を開いた人がいるように、清水さんの軌跡を記憶の片隅に置きながら長野を旅してみれば、どんなガイドブックにも載っていない自分だけの旅の行先が見えてくるのかもしれない。

information

ネオンホール

住所:長野県長野市鶴賀権堂町2344 2F

TEL:026-237-2719

information

ナノグラフィカ

住所:長野県長野市長野西之門町931

TEL:026-232-1532

営業時間:12:00〜18:00

定休日:火曜

profile

TAKASHI SHIMIZU 清水隆史

写真家、〈OGRE YOU ASSHOLE〉ベーシスト。1969年奈良県生まれ、長野市在住。信州大学教育学部進学を機に奈良から移住。1992年に〈ネオンホール〉、2003年に〈ナノグラフィカ〉をスタートさせ、約30年間にわたり長野のユースカルチャーや地域文化を記録。

writer profile

Takashi Kobayashi

小林隆史

こばやし・たかし●編集・執筆・企画〈general.PR〉代表。1989年長野県生まれ。信州大学教育学部卒業後、中学校教諭を経て渡米。帰国後にアパレルスタッフを務めた後、general.PRをスタート。長野、東京、山梨を拠点に、伝える仕事に携わる。2011〜2017年は旧金物店を改修した居住空間〈シンカイ〉に暮らしながら、さまざまな企画を行う。

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