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移住して「お金」の価値観はどう変わった?

  • 2018年12月6日
  • コロカル
移住して「お金」の価値観はどう変わった?

伊豆下田に移住して1年半が経った津留崎さん。東京ではお金ですべてを手に入れる暮らしをしていましたが少しずつ変わってきたようです。でも当然、お金がなくては暮らせません。そこであらためて「里山資本主義」について考えてみました。

作業のお礼はお米!?

今年の春から秋にかけて、初めての米づくりに追われていました。収穫も終わり、ようやく落ち着きを取り戻してきた感じです。そして、早いもので移住して1年半が過ぎました。

今回はそんなタイミングで訪れたある変化について書きます。

収穫したお米

こちら、わが家にやってきた米、約300キロ! 1年家族が食べられる米が家にあるってなんだか不思議なものです。何とも言えない安心感はあるけれどネズミに食べられたらどうしよう、という不安もあったり。

自分たちでつくった米が食卓にあがる日常が始まりました。日々、田んぼ作業を思い出しながらおいしくいただいています。

新米で朝ごはん

僕はわが家の朝ごはん担当。ご飯とみそ汁ともう一品ほどの質素な朝ごはんですが、自分たちのつくった米というだけでついついにやけてしまうほど、贅沢に感じさせてくれます。

前回、妻が触れていましたが、先日「新米の集い」という集まりをわが家で開き、田んぼを手伝ってくれた友人たちと新米の収穫を祝いました。その際には、田んぼ作業のお礼として収穫した新米をお渡ししました。

我が家で開催した「新米の集い」

わが家の近くに移住してきた僕の母親も混ざっての「新米の集い」。こうした場に親がいることに違和感がないのも都会暮らしとの大きな違いです。

友人たちに渡す新米

友人たちに渡す新米、どうせなら包装にも気持ちをこめたいと娘と僕でハンコをつくりました。津留崎の「つる」に「米」で「つる米」。なかなかいいでしょ?

田んぼ作業のお礼として米を。大げさかもしれませんが、いわば「労働の対価として米を納める」ということともいえます。

調べると、これは江戸時代までは普通にあったことのようです。たとえば当時、武士の給料はお米でした。それを貨幣に換えて、米以外の必要なものを買ってそうです。農民の税金が米(年貢米)だったので、藩や幕府の収入は米だったというのはよく聞く話かと。

貨幣よりまず米ありきの「米本位制」の社会。その社会はいろいろと厳しい面も多かったようですが、米が貨幣に比べて長く貯めておくことができないということや、ひとりの米の消費量がほぼ同じことからも、貧富の差が生まれにくかったという点があったことを知りました。

貯めておいても腐ってしまうから使うしかないし、殿様だろうが小作人だろうが食べることのできる米の量はあまり変わらない、ということです。貧富の差が開く一方のいまの社会が見習うべき点もあるように感じます。

米運びをお手伝い中

お手伝いありがとね〜!!

お金が媒介しなくても、こんなことができる!

訪れた暮らしの変化とは、こうした「お金」が媒介しない行為が増えてきたことです。

伊勢海老

とある日。友人がふらっとやってきて、網にひっかかったという伊勢海老を持ってきてくれました。このときもお礼にと収穫した米を渡しました。海の恵みと大地の恵みの交換というわけです。江戸時代どころか、お金が登場する前の「物々交換」の時代の行為そのものといえます。

例えば、東京で暮らしていた頃であれば、何かをいただいたお礼には、それなりの金額で買ったもの(よく言われるのが半額相当のもの)をお返しする、という感覚でした。

移住して1年半経ち、そのお返しとしてお金で買ったものでなく自分たちでつくった「米」を渡せるようになったことにうれしくなってしまいます。

そして、この「伊勢海老」と「無農薬の米」という、いまの貨幣経済でもそれなりの価値をもっているものが、お金が媒介せずに交換されると、経済の「豊か」さを示す目安でもあるGDPといった数値には表れません(わが家のGDPは超低空飛行です)。何が「豊か」なのか? 考えてしまいます。

竹の伐採中

話が少し戻りますが、米づくりの際にも、そんなお金が媒介しない行為がいくつもありました。

米の天日干しで使った竹の稲架(はさ)は、自ら竹林から伐り出してつくりました。地方では元気すぎる竹林が問題になっているほどで、気力と体力さえあればいくらでも竹は手に入るということを身をもって知りました。

下田の竹林

本当に竹林が元気すぎる……。そんなこともあり、下田では放置竹林の竹を使ったイベントも開催されました。まだまだ活用方法がありそうな気がします。

また、稲架を組む際に竹と竹を縛るのに使ったのは、畳屋さんにいただいた畳の「縁(へり)」です。米づくりを教えてもらっている〈南伊豆米店〉の中村大軌さんに、竹を組む際に縛る紐を用意しておいたほうがよいか? と相談したところ「わざわざ買わなくても畳屋さんにもらえる畳の縁が強くて最適だよ」とのこと。

なるほど〜! ということで稲刈りの朝に畳屋さんに行き、縁をもらいました。

畳屋さんからもらった縁

畳屋さんでは畳をつくる際には必ず出てしまうというこの縁は、通常は廃棄物として処分されるといいます。廃棄されれば費用とエネルギーを使って燃やされるわけです。そんな畳縁が、竹を束ねる役割を果たし、わが家の田んぼで大活躍しました。

畳縁で竹を束ねる

そして、そんな竹と畳縁を使っての天日干しが終わり、いま、竹は田んぼの端っこに保管しています。

伐採した竹

この竹は傷むまでの数年は使えるそうです。まだ未完成ですが、この竹の保管場所は竹と稲わらでつくってみようかと思っています。

実はこの材料を考える際にも、ホームセンターをうろうろ。でも、売っている建材はどれも田んぼの風景には似つかわしくない素材感。おまけに全部買いそろえたらかなりの金額になってしまいます。どうにかならないか? と悩んだ末に、そうだ! 竹と田んぼでたくさん出た稲わらでつくればいいんだ! と思いついたのです。

竹や稲わらは耐久性が落ちるので一般的な建築の材料に使われることはあまりないのですが、小屋などの材料として使われることはあるそうです。田んぼの奥にある竹置き小屋としてはこれ以上のものはないという素材感。そして、稲わらは屋根材として使えなくなったら田んぼに還せばいいのです。傷んでいる分、すぐに土になるはずです。

これこそまさに循環ではないか! と、ひとりで興奮してしまいました。

そんなお金が媒介しない行為が、東京生まれ東京育ちの自分にはなんとも心地よいのです。お金が媒介しなくても人にお礼ができる。お金が媒介しなくてもこんな材料が手に入る。お金が媒介しないからこそ資源の有効活用ができる。

下田の湧き水

移住を境に大きく変化したことのひとつに「飲料水」があります。移住前はミネラルウォーターのペットボトルを買っていましたが、いまは湧き水を汲んでいるので買っていません。湧き水暮らしはペットボトルのゴミが出ないというのもとてもうれしいところ。

といっても、そんなお金が媒介しない行為に心地よさは感じていてもお金がなければ暮らしていけないのです(ですので、もちろん仕事はして収入を得ています)。お金が媒介しない行為に心地よさを感じることは、現代社会の一員としては失格なのかもしれません。お金をまわすことが経済をまわすことだからです。

でも、その経済が生み出した便利さ、快適さという恩恵は受けています。例えば、日々お世話になっている車、冷蔵庫、照明器具からスマートフォン、そして日々買い物をするネットや大手スーパー、ドラッグストアまで、そうした経済活動が生み出したものといえます。

ただ経済の恩恵を受けるだけ受けて、自分は経済を回さない暮らしを目指すのは、どうにも筋が通らないのでは?

そうも思えてきました……。いい歳こいた大人がお金を使わないことで喜んでいていいのか??自分が何を目指しているのか? わけがわからくなってきました……。

マネー資本主義と里山資本主義

そこで、あらためて読み返した本があります。藻谷浩介+NHK広島取材班著『里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く』です。

この本では、お金の循環がすべてを解決することを前提にした経済システム(マネー資本主義)の社会においても、お金に依存しない経済システム(里山資本主義)を持ち続けることの重要性、必要性を述べています。

移住を考え始めた頃に手にした、とても影響を受けた本です。

でも、この本やこの本に描かれている自給自足的な暮らしについて「江戸時代に戻れというのか?」「多くの人が自給自足経済を選択すると日本経済は壊滅する」という批判も多かったそうです。まさに自分が感じていた引け目もそこからきているともいえます。

こんな暮らしに喜びを抱いている僕ももちろん江戸時代には戻りたいとは思いません。経済が壊滅したら困ります。安定した経済活動があるからこそ、地方でも快適に暮らすことできているのです。

我が家の朝食

でも、マネー資本主義の名において、消費を繰り返すことは地球の資源が有限であることを考えれば持続可能でないことは明らかです。そして、行き過ぎたマネー資本主義が時には非常に不安定な状況を生み出すということは、東京で不動産会社に籍を置いていたときに経験したリーマンショックで身をもって感じていました。

また、東日本大震災の際には、社会のシステムが麻痺しお金を持っていても手に入れられるものがない、そんな経験もしました。

震災翌日の都内大手スーパー

震災翌日の都内大手スーパー。

とはいっても、この本ではそんな「マネー資本主義」を否定しているわけではありません。

「里山資本主義」とは、お金の循環がすべてを決するという前提で構築された「マネー資本主義」の経済システムの横に、こっそりと、お金に依存しないサブシステムを再構築しておこうという考え方だ。お金が乏しくなってもっ水と食料と燃料が手に入り続ける仕組み、いわば安心安全のネットワークをあらかじめ用意しておこうという実践だ。

(『里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く』より)

あくまで「里山資本主義」は「マネー資本主義」を補完する役割としています。

そもそも現実問題として、土も虫も触りたくもない、新しいiPhoneが発売されるとついつい買ってしまうという人が多くいる現代で、みんなが里山資本主義を目指すわけがありません。でも、そんな現代でも土や虫をいじっていたい、モノを大切にする暮らしに喜びを感じるという人も少なからずいるわけです。

いわばマネー資本主義不適合者とでもいいましょうか。

そんな人が里山資本主義を舞台に活動して、その活動がマネー資本主義を補完する役割として機能し、お互いの良さが生きる社会ができればすばらしいことです。

もやもやしていた思いが取れてきました。

もう一度問おう。われわれが活きていくのに必要なのは、お金だろうか。それとも水と食料と燃料だろうか。間違えてはいけない。生きるのに必要なのは水と食料と燃料だ。お金はそれを手に入れるための手段の一つに過ぎない。手段のひとつ? 生粋の都会人だと気付かないかもしれない。

だが必要な水と食料と燃料を、かなりのところまでお金を払わずに手に入れている生活者は、日本各地の里山に無数に存在する。山の雑木を薪にし、井戸から水を汲み、棚田で米を、庭先で野菜を育てる暮らし。最近は鹿も猪も増える一方で、狩っても食べきれない。先祖が里山に営々と築いてきた隠れた資産には、まだまだ人を養う力が残っている。

(『里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く』より)

大根

僕は生まれも育ちも東京新宿区。移住する前、いまから2年前までは恵比寿の不動産・リノベーションの会社に籍を置き、年間何億という売り上げのある部署の管理職をしていました。「生粋の都会人」だったのかもしれません。お金がなければ生きるために必要な水と食料と燃料を手に入れることはできませんでした。

そんな僕が移住して1年半。いまでももちろんお金は必要です。でも、生きるために必要な水と食料を手に入れるお金以外の手段を、少なからず持ち始めました。燃料に関しても自給できる薪が身の回りにはあふれているので、もっとそれらを生かした暮らしをしたいと思っています。

個人的には、お金に頼りすぎていた暮らしから脱したいという思いもあり移住を決めたという経緯があるので、それは望んでいたことです。

でも、それがいまの経済優先の社会、マネー資本主義においてどんな意味を持つことなのか?持つべきなのか?

そんなことも考え続けたい、そう思っています。

伊豆下田の里山

仕事先の〈高橋養蜂〉の農園はまさに伊豆下田の里山です。農園を整備する際には木の伐採もするので薪になりそうな木がゴロゴロしていまます。持っていっていいですよとは言われていますが、家は薪ストーブでないので有効利用できていません。賃貸なのので設置も難しい……。さあ、どうするか? ひとつずつ里山暮らしを前進させていきたいです。

文 津留崎鎮生

text & photograph

Shizuo Tsurusaki

津留崎鎮生

つるさき・しずお●1974年東京生まれ東京育ち。大学で建築を学ぶ。その後、建築家の弟子、自営業でのカフェバー経営、リノベーション業界で数社と職を転々としながらも、地方に住む人々の暮らしに触れるにつれ「移住しなければ!」と思うように。移住先探しの旅を経て2017年4月に伊豆下田に移住。この地で見つけたいくつかの仕事をしつつ、家や庭をいじりながら暮らしてます。Facebook Instagram

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