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元公務員がつくり上げた農村のオーベルジュに多くのリピーターが訪れる理由

  • 2018年4月24日
  • コロカル
農村地帯にある、極上のオーベルジュ

富山県の城端(じょうはな)という場所を知っているだろうか。ユネスコ無形文化遺産の屋台式人形山で有名な曳山祭や、アニメ『true tears』の舞台として認知する熱心なファンもいるはずだが、全国的な知名度は(失礼な言い方になるが)、かなり低いはずだ。

有名な温泉もなく、全国に鳴り響くような観光地もない。干し柿など一部で高級品として扱われる特産品は存在し、城端の最もにぎわう中心部は「小京都」として趣のあるまち並みが広がっているものの、郊外に目を向けると特に目立った売りが「何もない」、水田と集落が広がるだけの農村地帯になってしまう。

しかしその城端の農村地帯に、東京を中心とした都市部の富裕層が繰り返し足を運ぶ、圧巻のオーベルジュがある。何の変哲もない里山の集落に溶け込むオーベルジュでありながら、フランスのグルメガイド本『ゴ・エ・ミヨ』ではホスピタリティ賞を受賞し、「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」においても、「日本の小宿」部門で選考審査委員特別賞を受賞した〈薪の音〉である。

その評価と実績を背景に2018年3月2日には、県境を挟んで隣り合う石川県金沢市東山の茶屋街に、別邸〈薪の音 金澤〉をオーベルジュとしてリニューアルオープンさせ、早々に高い好評を得ている。

里山に佇むオーベルジュ〈薪の音〉。

里山に佇むオーベルジュ〈薪の音〉。

そこで今回は城端、金沢のオーベルジュのオーナーにして、地元の特産品を使ったスイーツ販売などを通じ、地域の活性化を試みる山本誠一さんに、オーベルジュを立ち上げるまでの経緯、農村で事業を成功させるヒントなどを聞いた。

江戸の終わりから7代続く農家がオーベルジュに

そもそもオーベルジュとは、何なのだろうか。オーベルジュとはフランス語で「宿泊できるレストラン」を意味する。城端にある薪の音、別邸薪の音 金澤も例外ではなく、城端は1日3組、金沢は2組限定で宿泊が可能となっている。

一方で北陸の豊かな食材を利用した創作フレンチ、あるいはモダンな和食を存分に堪能できるレストラン部門での評価も高く、富山県、石川県内の食通はもちろん、東京や大阪など都市部の富裕層に数多くのリピーターを抱える。

宿泊機能とレストラン機能を兼ね備える薪の音は、まさに北陸を代表するオーベルジュとして認知されている感があるが、そもそもどうして城端、さらに言えば城端の中でも野口集落という田園地帯に、オーベルジュを立ち上げようと思い立ったのか。その点をオーナーの山本誠一さんに聞くと、シンプルに野口集落が山本さんの故郷で、薪の音の建つ敷地は山本さんの生家が建っていた場所だと教えてくれた。

「この場所はもともと、私の実家でした。私の父の代から兼業農家になりましたが、江戸の終わりから7代続く農家になります。本当は薪の音を立ち上げるにあたって、近隣の丘陵や、山際のもっと見晴らしのいい場所なども見て回ったのですが、ほかの場所に出てビジネスをするとなると、私自身が“よそ者”になってしまいます。

オーベルジュに宿泊したお客さんは、宿泊時に宿の周りを散策するはずです。そのときに集落の人の温かみというか、ウェルカムな雰囲気を感じてもらうためには、やはり私自身の生まれ育った場所がいいと思いました。自分が見て育った美しい景色を、お客さんにも見てもらいたいという願いもありました。いま振り返ってみれば、その判断は正解だったと思います」

生まれ育った場所に薪の音を立ち上げた山本誠一さん。

生まれ育った場所に薪の音を立ち上げた山本誠一さん。

聞けば、山本さんは集落の町内会長を持ち回りで務めたり、地元の営農組合の役員を務めたりしているそうで、薪の音のオーナーでありながら、集落の一員として土地に深く根を下ろしている。

その立場から〈田舎楽園〉という活動も立ち上げ、地元の方と一緒に集落内に納屋カフェをつくったり、地元の特産である干し柿を使った特製スイーツの製造を営農に委託する仕組みを整えたりと、集落を元気にする活動にも取り組んでいる。

地元での事業経営、田舎楽園の活動を含めて、山本さんは里山の農村を盛り上げるうえで欠かせない人材であり、城端のある南砺市が掲げる「南砺市エコビレッジ構想」という地域の自立を目指す取り組みにも参画するほどだ。

まさに八面六臂の大活躍だが、その山本さんを突き動かす根底にある思いは、前職の経験で得た「まちづくりは行政にはできない」という思いからきているのだという。

「大学で農業機械を学んだ後、兼業で農家をしながら、城端町の役場で職員として30年ほど勤めました。その間に祭りだとか観光、産業振興、農業、まちづくりなどさまざまな仕事に携わったのですが、その関係で大分県の由布院に視察に行かせてもらった経験があります。そのとき〈玉の湯〉の桑野和泉さん、〈亀の井別荘〉の中谷健太郎さん、〈MURATA〉の故・藤林晃司さんなど、由布院の歴々の方とまちづくりの関係で交流させていただき、『由布院はすごいな』と率直に感銘を受けました。

もちろん良質の温泉が由布院にはありますが、大変失礼な言い方をすれば、山の中の辺ぴな場所で、あれだけの雰囲気のある宿をつくり、人を呼び寄せ、しかも人を単に人を呼ぶだけでなく、とてもすばらしいお客さんばかりを集めておられました。そうした圧巻のサービスを目の当たりにするなかで、まちづくは行政が主導なのではなく、民間の経営者が意識高く事業を展開することこそが、本当のまちづくりにつながるのだと実感しました。

ちょうどそのころ、勤めていた城端町が2004年の市町村合併で南砺市になる流れになりました。そのタイミングで、自分でも小さなホテルをできないかと、怖いもの知らずで役場を辞め、事業スタートの準備を開始しました」

安定した役場の仕事を辞めて小さなホテルを立ち上げる、ご家族からかなりの反対があったのではないかと聞いてみると、山本さんいわく、ご自身のわがままな性格を知るご家族からは、諦めに似たような了承があったと笑って教えてくれた。

接客のベースには田舎に里帰りする親族へのおもてなしがある

薪の音のオープンは2005年6月。退職から1年ほどの準備期間を経て創業に至るが、そもそもどうしてオーベルジュという経営スタイルを選択したのだろうか。最初は投資コストを考えて、別の営業形態での開業を考えていたというが、その選択にはやはり、地域の魅力を深く知ってほしいという思いがあったのだという。

「最初は農家レストランのような営業形態を考えていました。ただ、宿泊してこそわかる地域の魅力をお客様にも味わってもらいたかったですし、お客様との共有時間をある程度確保しないと、ゆっくりと地域の魅力を伝えられません。食事だけではなく、やはり泊まれないと駄目だと思って、オーベルジュというスタイルを選択しました。

とはいえ接客において、私たちはまったくの素人です。当初のスタッフは4人で、私と、私の仕事を手伝うために仕事を辞めると決断してくれた娘、シェフ、そしてもうひとりといったメンバーだったので、大勢のゲストには到底、対応できません。そこでぎりぎり1日3部屋、3組限定という規模になりました」

オーナーの山本さんは、元地方公務員の行政マンである。接客に関してはまったくの素人だったと自身でも認めるが、そのサービスはふたを開けてみると、フランスのグルメガイド本『ゴ・エ・ミヨ』でホスピタリティ賞を受賞するほどに評価された。

利用者の口コミが新規顧客を呼び、その都度熱心なリピーターを増やして、いまでは薪の音会員クラブの会員数も軽く2000人を超えるという。これだけ評価される接客スタイルをどのように確立したのだろうか?

「わが家は7代続く農家だけあって親せきが多いです。人の出入りが頻繁にあって、お盆やお正月にはおじさん、おばさんたちを小さいころからもてなしてきました。そのときの『よくぞ、里帰りしてきてくれました』というおもてなしが、ベースになっているのだと思います。

ただ、その延長線上に、きりっとしたサービスを入れ込むようにも意識しています。そのきりっとした部分については、日本のどこに出しても通用するレベル、グレードを意識してきました。オーベルジュを立ち上げるときから、都市部の方に来ていただきたいと考えていましたので、田舎だからこのくらいでいいという妥協は絶対にしないようにしています」

日本のどこに出しても通用するレベルを追求するという姿勢は、もちろんオーベルジュの命運を握る料理の部分でも変わらない。人材の集まりにくい農村(あるいは地方)であっても、料理人探しにはかなりの時間と手間をかけたと山本さんは語る。

「オーベルジュですから、一番のポイントは料理をつくる人間になります。料理をつくる人間が駄目だと話になりませんので、人材探しのために全国のいろいろなお店を見たり、食べたりして周りました。料理に関しては、城端では自家栽培した米や野菜、日本海の魚介など、地産の食材を大切にしたフレンチベースのコース料理を提供しています。里山フレンチとして、お箸でも召し上がっていただけます。金沢に関しては、別邸薪の音 金澤の1階に開業した日本料理〈東山和今〉で、前衛的日本料理を楽しんでいただきます」

サービススタッフの採用についても、少数精鋭の小さなオーベルジュだからこそかなりのこだわりがあるという。

「うちは大きなホテルではありません。大きなホテルであれば、システムとして機能させサービスを回せる部分がありますが、少数精鋭でやる場合、スタッフその人自身に人の魅力がないと、滞在時間の長いお客様を満足させられない部分があります。その意味で、少しでもいい人材を絶えず探してきましたし、ようやく最近、城端、金沢の両方で態勢が固まってきて、いいメンバーがそろってきたという感覚があります」

すでに還暦を超えたオーナーの山本さん、後継者候補についても城端、金沢の両方で育ってきていると教えてくれた。

田舎ならではの美しい場景が宿泊者にプラスアルファの感動を与える

城端での実績を背景に、県境をまたいだ隣町の金沢に別邸のオーベルジュをリニューアルオープンさせ、北陸のオーベルジュの代表格としての地位を確立する薪の音だが、スタートアップの当初から順調な経営を続けてきたのだろうか。その点を聞いてみると、やはり、開業直後の苦労はあったという。

「最初は情報を発信するすべがなかったので、宿泊の部門は本当に苦戦しました。しかし、レストランとして宿泊以外のお客様もとっていたため、オープンしてから1年間くらいは連日レストランが満席で、その利益でなんとか切り抜けたという感じです。

宿泊に関しては、来てくださったお客様が料理の味やスタイル、和洋折衷の部屋の雰囲気、われわれの素朴なサービスについてご評価くださり、徐々に口コミが広がっていった感じです。また、オープンした年の暮れにテレビ番組でご紹介いただき、その取材が別の取材を呼ぶといったかたちでメディア露出も増え、徐々に全国の方に知っていただけるようになりました。それでも最初の3年くらいは苦戦しました」

広告や宣伝に関しては現在も特別に行っておらず、もっぱら集客方法は口コミとメディア露出によるだけだと語る。2015年3月14日に開業した北陸新幹線の影響も大きく、現在は北陸新幹線のつながる東京方面の顧客が、口コミやメディア情報を頼りに訪れるケースが圧倒的に多くなったそうだ。

薪の音の1泊2食の宿泊料金は、税金、サービス料込みで1名3万円から5万円前後、別邸薪の音 金澤も同じような値段設定になっている。決して安くはない価格設定だが、オーナーである山本さんによると、稼働率は6割を常に超えるという。

観光庁の情報によれば、全国の旅館の稼働率は37.1%、簡易宿所においては25.0%、リゾートホテルでも56.9%となっている。一概に比較はできないが、60%超という数値は高いと言える。

別邸の金沢は別として、本拠地である城端に関しては一見すると「何もない」農村に立地している。そのようなオーベルジュが常に6割を超えるような稼働率を達成できるほど、都市部に暮らす富裕層や外国人旅行者は、何を求めて薪の音を選ぶのだろうか。

その点を山本さんに聞いてみると、北陸の食材を使ったおいしい料理を目当てに訪れる人が多いとしながらも、里山の暮らしがもたらす素朴な癒やしを求めて訪れるのではないかと教えてくれた。

「もともとこの空間をつくるときに、私が大好きだった由布院のMURATAという宿の雰囲気を参考にしようと思いました。ラウンジである〈Tan’s bar〉の暖炉とスピーカー、ル・コルビジェのソファという空間に憧れて、自分のオーベルジュでも薪ストーブを置き、黒いコルビジェの〈LC2〉のソファを置き、ごはんは絶対にかまどで炊こうと思いました。

そうなると木を燃やして、木がパチパチっとはじける音が聞こえる空間ができあがります。たき火も、いろりも同じですが、生活の中に溶け込む安全で小さな火が住む人の心の癒やしになると思って、〈薪の音〉と名前づけました。こうした素朴で、どこか懐かしい暮らしの体験を求めて、都心部からお客様が来てくださっているのだと思います」

「現に、印象的なエピソードもあります。うちは朝のご飯もかまどで炊いて出しています。その日も東京から仕事で来られて、ひとりで宿泊されている弁護士のお客様に朝食を運びに行ったら、何かご様子が変でした。よく見ると、ひとりで泣いていらっしゃいます。何事かとお尋ねすると、『ご飯の香りをかいだら、昔母親に炊いてもらったご飯を走馬灯のように思い出して、思わずうるっときてしまった』とおっしゃっていました。

もちろん、ご飯の香りで懐かしさを感じてもらおうなどとはまったく考えていなかったのですが、私たちの意図を超えたところで、意外な瞬間に感動されているお客様の姿をお見かけします」

ほかにも田舎ならではの風景や偶然の出来事が、もてなす側の意図を超えて宿泊客に感動を与える場面は尽きないという。

「たまたまお客様を夜にご案内したときに、たくさんのホタルが闇の中を舞っていました。薪の音の周りはホタルが当たり前のように生息しています。そのホタルがご案内中のお客様の浴衣の袖に偶然舞い込みました。お客様が部屋に到着されるなり、そのホタルが今度は袖から出て部屋に舞い、やさしい光の線を描きました。もちろん私たちが意図できるような話ではありませんが、こうした田舎ならではの体験に、お客様は大いに感動してくださるようです」

素朴な田舎の暮らしに散りばめられた懐かしい原体験、あるいは里山の自然が不意に見せる美しい場景が、宿泊者ひとりひとりの琴線に触れるのではないかと、山本さんは教えてくれた。

規模が小さいからこそできるおもてなしを徹底したい

富山県の城端の里山を拠点に、食と宿泊のサービスを提供してきた薪の音だが、県境をまたいだ文化都市の金沢に別邸を構えた結果、提供できるサービスにも広がりと深みができたという。今後はその強みを生かした2泊3日、ないしは3泊4日の豊かな北陸周遊の旅を提案し、その先に元行政マンの本望として、まちづくりにも貢献していきたいと、山本さんは語る。

「まちづくりなどと大げさな言い方はできないと思うのですが、富山の宿と金沢の宿を有機的に結びつけ、2泊3日、3泊4日というゆったりとした時間の流れのなかで、お客様の好みに合わせた旅のかたちを提案したいと思います。

北陸の伝統工芸の工房を訪ねるだとか、農村の人々と触れ合うだとか、現地で山海の幸を見てから実際にその食材を食べるだとか、お客様に泊まる、買う、食べる、見るといった場面で価値ある体験を満喫していただき、そのなかでそれぞれの場所にお金が少しずつ落ちていく、そんな仕組みをつくりたいですし、そうした仕組みづくりこそが、これからの宿泊業者に求められる役割だと考えています」

もちろん、その構想の実現においては、課題もあると山本さんは語る。

「第一に外国の方の利用者が増加しておりますので、外国からのお客様のニーズにも対応できる力を身につける必要があります。人材の確保も求められます。ほかには、フレンチベースの料理を出す城端と、モダンな日本料理を出す金沢のダブルオーベルジュで、北陸の食材を楽しむという旅をどうやって多くの人に知っていただくか、あるいは、いかにふたつのオーベルジュを結びつけてブランド化していくかといった課題があります」

また、2泊3日の旅と直接的に関係しているわけではないものの、例えばラム酒に漬けた干し柿スイーツのような自社ブランド品の物販についても、もっと力を入れていきたいという。

「由布院にあるMURATAの故・藤林さんからの教えなのですが、小さい宿はどれだけがんばってみたところで、100%を超える稼働率はありえません。小さくてもいいのできらりと光るブランドをつくって、そのブランドを活用した物販を本業の一方でバランスよく行っていかないと、経営に波が出てしまうと教えていただきました。

その教えから、実際に物販は創業して5年目くらいに開始しました。現状において全国的にブレイクしたとは言えませんが、ラム酒に漬けた干し柿のアイスは、おかげさまで、ある程度の売り上げをあげています。この干し柿アイスをよりブランド化し、それに続く商品をつくっていくような取り組みにも力を入れていきたいです」

しかし、いくつかの課題はあるにしても、城端と金沢のオーベルジュを拠点に周遊するなかで、北陸の特色を深く濃密に楽しんでもらいたいという山本さんの狙いには、北陸在住の筆者は大いに心を動かされる部分があった。

関東圏から北陸に移住した筆者の実感から公平に見ても、城端のある富山県の西部と、金沢のある石川県の東部の間には、驚くほど濃密なかたちで伝統文化と自然の豊かさが共存している。例えば城端自体が小京都としての色気があり、城端と同じ南砺市には世界遺産の五箇山の集落もある。金沢は言うまでもなく文化的な成熟度の高い文化都市だ。

両エリアに共通して浄土真宗の篤信家が信じがたいほどに多く、名刹が各地に建立され、家々の中にまで荘厳な仏壇が入り込んでいる。一方で隣接したエリアには能登半島、白山国立公園の大自然まで存在する。

「今後、やっていきたい事業であったり、まちづくりであったりの絵は、だいたいですが見えてきています。別に規模を広げたり、数を増やしたりといった目標は掲げていません。1日3組、1日2組しか泊まれない、小さい規模の中でしかできないおもてなしを極めていきたいと考えていきます。

その目標の実現に至る道のりにおいてはひとつひとつ模索もありますし、まだまだ6合目、7合目といった感覚がありますが、『面倒くさい』『そんなことまでやるの?』と人から思われるような細かい仕事に至るまで、小さい規模だからこそ、ひとつひとつ徹底してこだわって具現化していきたいと思います」

山本さんの思いを聞きながら、山本さん、あるいは薪の音が10合目の頂上にたどり着いたときに立ち上がるサービスの完成図を想像し、胸が高鳴ってしまった。

参考:観光庁「宿泊旅行統計調査」平成28年・年間値(確定値)

information

薪の音

住所:富山県南砺市野口140番地

TEL:0763-62-3255

料金:1泊2食付1名26000円〜

http://www.makinooto.co.jp

writer profile

Masayoshi Sakamoto

坂本正敬

さかもと・まさよし●翻訳家/ライター。1979年東京生まれ、埼玉育ち、富山県在住。成城大学文芸学部芸術学科卒。国内外の紙媒体、WEB媒体の記事を日本語と英語で執筆する。海外プレスツアー参加・取材実績多数。主な訳書に『クールジャパン一般常識』(クールジャパン講師会)。大手出版社の媒体内で月間MVP賞を9回受賞する。

credit

写真提供:薪の音

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