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ネット環境もない! 不便な暮らしで発見した、楽しさと豊かさ

  • 2018年3月22日
  • コロカル
静まり返った場所で、鋭くなる感覚

岩見沢の市街地から山間部にある美流渡(みると)に引っ越して2か月が経った。転居を知った友人たちから、「美流渡の暮らしはどう?」とよく聞かれるのだが、わたしはまだしっくりした返事を見つけられないでいる。いまのところ「窓から見える風景がきれいだよ」と答えているのだが、本当なら、どんなふうに暮らしが変わったのかを話せたらなあと思うこともある。

しかし、暮らしの変化について、ひと言で語るのは難しい。もともと住んでいた市街地から、ここへは車で30分の距離。同じ市内ということもあり、息子は昨年からすでに美流渡にある小学校に通っているし、わたしもフリーランスの編集者として、変わらず仕事を続けている。つまり表面的には暮らしのベースは変わっていないのだ。

市街地からそんなに離れてはいないが、山々に囲まれた風景が広がる。美流渡は人口400人ほどの小さな地域。

ただ、なんの変化もないかと言えば、そんなことはない。ゆっくりと確実に“意識の変化”が起ころうとしている。それをうまく言葉にできないのだが、しいて表すなら、感覚が鋭くなっているということなのかもしれない。

例えば、そのひとつは「音」に対する感覚。川や森に近く、隣の家との間隔がかなりあり、夜には心細くなるほどシーンと静まり返っている。この静けさのなかに浸っていると、日々混乱していた思考回路が整ってくるような、そんな気持ちになることがある。

美流渡の夜。雪が積もる冬は特に静まり返っている。ときどき風が吹き抜ける音を感じるくらいだ。

そして、引っ越しとは直接関係ないのだが、「味覚」や「臭い」にも変化が起こっている。8か月になる第3子がいることから、添加物の入った食べ物や農薬を使ったものを減らすように心がけている。また、もとから柔軟剤や化学的につくられた香料の臭いが苦手だったために、いま洗剤類は無香料の石けんと重曹だけにした。

こうした生活をしていると、市街地と美流渡の水や空気のわずかな違いを感じ取れるようになっており、ナチュラルなものが多い場所に身を置くと、明らかに心が安らいでいるのがわかる。

時折見える晴れ間。葉が落ちた枝に雪がうっすらと積もっている様子は、格別に美しい。

苦手だった原稿が、スーッと書けるように!

普段の生活が心地よくなるだけでなく、もうひとつ、とてもありがたい変化が起こった。それは、この連載やほかの雑誌などに執筆している原稿が、スーッと無理なく書けるようになったことだ。

もう20年近く編集や執筆を続けているが、文章書くことはずっと苦手。幼い頃から暇さえあれば絵を描いていて、そのまま美術大学に進んだので、本格的に文章に取り組むようになったのは社会人になってからということもあり、これまでは書いても書いても“アウェー”にいるような感覚が拭えなかったのだ。

美流渡に引っ越してから、この連載で毛陽地区の森を開墾する青年・トシくんのことを書いた。無理なくスーッと書けた原稿で、いままでにない多くの反響があった。自分の意識の変化を実感できた出来事のひとつ。

さらに、昨年の春からずっと制作し続けてきた絵本が、ようやく完成に近づいたのも、美流渡に来たおかげだと思う。

この絵本とは、北海道の自然の営みを綴ったもので、第1冊目はふきのとうを取りあげている。造本作家でありグラフィックデザイナーである駒形克己さんにアドバイスをもらいながら、絵と文章をかいていたのだが、昨年なんと5回もやり直した。

それでもうまくいかず、筆を進めることができなかったのだが、美流渡に引っ越して1週間ほどの頃、しんしんと積もる雪を見つめるなかで決定的なビジョンが浮かび、仕上がりへと進むことができたのだった。

市街地と山間地。便利さと不便さの狭間で

こんな体験をしてから、わたしは“便利さ”と“不便さ”について、よく考えるようになった。

例えば食器を洗うといった些細な家事のときにも、このふたつを考えたりしている。以前のわたしは、泡がいっぱい出て汚れがすぐに落ちる合成洗剤を使っていた。そのとき洗剤をしっかり落とすために、たくさんの水をバシャバシャ使って(冬は給湯で)、粗雑に洗っていた。洗剤を石けんと重曹に変えたことで、洗い方はまったく変わった。

まずお皿を紙で拭いてから、石けんや重曹を少しだけつけ、水は蛇口から糸のように出して、タワシでこすりながらすすいでいる(ちなみにこの方法なら、冬場でも水の冷たさを乗り切れることを発見!)。不思議なことだが、北海道のヒエヒエの水で食器をすすいでいると、本やイベントのアイデアが、いくつも頭に浮かぶという現象も。

ほかにも、掃除機をやめてホウキを使ってみたり、原稿を手書きにしてみたりと、“便利”なものとひとつひとつ手を切っていきたいと思うようになった。

そんななかで、いまわたしが最も迷っているのがネット環境をどうするのか。美流渡は光回線がつながらず、ポータブルのWi-Fiをつけるか、ADSLを引くかになる。地方に住みながら東京の出版社の編集仕事を請け負っている身としては、脆弱なネット環境は死活問題。真っ先に解決しなければならない問題のはずなのだが、回線をつなぐための手続きに気がのらなすぎて、とうとう2か月も放置してしまった。

いま、わたしはiPhoneのテザリング機能を使って、パソコンからデータをダウンロードしている。2ギガを超えると低速モードになり、Facebookの写真すら表示できないという状態になってしまう……。

そこで、大量にデータをダウンロードしなければならない日は、市街地にあるWi-Fiフリーエリアに行ったり、親戚や友人の家を訪ねるようになった。

これは効率が悪過ぎて仕事に支障をきたしているのだが、反面楽しさがあることに気がついた。夫の実家に駆け込めば、両親は一緒に連れていった孫の顔を見てニコニコ。友人のシェアハウスに駆け込めば、コーヒーを飲みながら地域でのイベント企画で盛り上がったり。

便利なネット環境だったら、きっと家にずっと籠ってひとりで黙々と仕事をしていたはずで、「ああ、不便さのなかに楽しさとか豊かさってあるんだな」と、わたしはこの体験を通じて実感した(きっと、いつかは本のネタも生まれるはず)。

感覚が鋭くなり、暮らしのそこかしこに豊かさを見つけられる美流渡での暮らしをしていると、さあ次は何を不便にしようかなと、つい考えたくなっているのだが、最後に問題もあることを書いておきたい。

それは、この考えにつき合わされている夫のことだ。わたしは車の運転が大の苦手なので、ネット環境を求めて動くときは夫が運転している。ときには子どもたちを全員連れて動くことになって大騒動が起きることも。さらに夫は、市内の幼稚園に通う娘の送迎で、車で往復1時間の道のりを毎日のように運転。3往復する日もある!スーパーも近くにないので、市内に行ったら買い物もしなければならないし……。

不便な生活につき合わされる夫のほうは、心中穏やかではないようだ。そして、ついにネット環境の改善要求が出されたので(苦笑)、そろそろ本腰を入れて整備をする必要に迫られているところだ。ついつい不便さを極めようとしてしまうわたしを、現実に引き戻してくれる夫は、いいストッパーなのかもしれないなとも思う。

こんなふうに便利さと不便さのあいだを揺れながら、わたしはいま美流渡での暮らしを続けている。

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。http://michikuru.com/

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