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酒や酢だけじゃない! 鯛味噌に海老味噌まで、瀬戸内の発酵文化をめぐる旅

  • 2018年2月28日
  • コロカル

瀬戸内海特有の風土が生み出す自然の恵み

ここ最近、美容や健康に関する話題のなかでよく目にする「菌活」や「腸活」といった新習慣。塩麹ブームなども記憶に新しいが、体によいとされる日本古来の発酵食品がいま、あらためて全国的に注目を浴びている。

広島の観光地として名高い尾道やしまなみ海道沿いの因島(いんのしま)もまた、古の時代から独自の発酵文化を築いてきたという。具体的にはどのような営みが根づいているのだろう。地元で発酵関連食品を扱う企業に話を聞いてみた。

因島屈指のビュースポット、白滝山山頂より瀬戸内海を見渡す。

尾道の南、芸予諸島の北東部に浮かぶ因島は、中世の時代に「村上海賊」と呼ばれる有力な水軍の本拠地だった場所。近世以降は主に廻船・造船業などで栄えた。

夏はカラリとして、冬も雪が積もることはない。こうした穏やかな気候は、発酵の環境に適しているらしい。

つづら折りの坂道を下ると現れる「地蔵鼻」。恋愛成就のパワースポットとして知られ、小石を持ち帰ると願いが叶うといわれている。

この土地の暖かさを象徴するかのように咲く冬の桜。地元の人によると、毎年この時期に花開くのだそう。

進化し続ける発酵のカタチ〈万田発酵〉

因島の西岸に、今回のテーマ「発酵」を社名に掲げる企業がある。健康食品を軸に、農業・園芸資材やスキンケア製品など、国内外で幅広い分野の事業を展開する〈万田発酵〉だ。

「妊婦さんに元気な赤ちゃんを生んでもらいたい」1961年、開発者である現会長・松浦新吾郎さんの強い想いから、発酵に関する研究がスタート。植物由来の発酵食品〈万田酵素〉は、23年の月日をかけて産声をあげた。

特筆すべき点は、果実、穀物、海藻、野菜など、トータルで53種類もの原材料を使用していることだろう。味噌は大豆、チーズなら牛乳など、通常は1品目を発酵させるものが多いなか、これほど多種多様な素材を扱う発酵食品はほかに類を見ない。

もとは〈田中屋〉の屋号で、元禄時代から300年以上続く老舗の造り酒屋だった同社。水を一滴も使わず、常温で3年3か月以上の歳月をかけて発酵・熟成する製法には、長年蔵元として培った知恵と高度な技術が生かされている。

「発酵食品を毎日手軽に」酵素をサプリメントやドリンクといったとり入れやすい形態に落し込むアイデアは、現代人のニーズにもうまくマッチしている。

万田酵素の発酵技術は、〈万田アミノアルファ〉をはじめとする植物用の液体肥料にも活用。敷地内の自社農園「びっくりファーム」では、研究対象の農作物が栽培されており、予約をすればその豊かな成長ぶりを見ることができる。また工場見学と合わせて、子どもたちの食育の場にもなっているという。

さらに、ミャンマーなど開発途上国への農業技術支援も実施。人や植物の健康維持にとどまらず、地球規模の食料問題や環境問題の分野まで視野に入れているというのだからスケールが壮大だ。

健康食品以外のジャンルを合わせると、販路は世界30か国以上に及ぶという。発酵がもたらす未知なる可能性に、これからも目が離せない。

海の歴史に育まれた発酵文化〈吉源酒造場〉

そもそもこのエリアの発酵文化は、どのような経緯で今日に至ったのだろう。

酒どころとして知られる、広島。かつては尾道にも酒蔵が10軒ほどあり、日本酒づくりが盛んに行われていたそうだ。安政元年(1854年)創業〈吉源酒造場〉のご主人、吉田均さんがこのあたりの史実に詳しいというのでうかがった。

キーとなるのは、この地区の風景を代表する尾道水道。千光寺・両国寺・浄土寺の三山がさしせまる坂のまちと、向島(むかいしま)に挟まれるかたちで流れる細長い海峡だ。

平安時代末期、備後大田荘(びんごおおたのしょう)公認の港とされ、年貢米の積み出し港となって以来、対外貿易を含む交通の要衝として長きにわたり栄えてきた。

江戸から大正期にかけては、大阪から瀬戸内海を経て北海道へ向かう廻船「北前船」が出入りする最大規模の港として、商業が最盛期を迎える。尾道でつくられた大量の酢や酒は、船に揺られてはるばる蝦夷地へと渡り、空になった船には、昆布やイカといった北の海産物を積んで戻ってきたという。

発酵文化の成熟は、こうした交易の拡大とも密接な関係があることがわかった。

430年余りの歴史をいまに伝える〈尾道造酢〉

広島県最古の食酢メーカー〈尾道造酢〉の創業は、天正10年(1582年)に遡る。「本能寺の変」があった年といえば、その由緒を想像しやすいだろうか。昔は界隈に10軒ほどあった造酢業者だが、いまでは2軒のみに。同社は大正7年に5社を合併し、現在に至る。

冷蔵庫がまだなかった時代。食品の保存においては、東の塩に対し、西では酢が重宝されてきた。

瀬戸内の温暖な気候は酢酸菌の発酵に適しており、良質な水源もある。さらに輸送の便がいいことから、尾道は国内有数の酢の醸造地になったという。

昭和に入ると、西洋酢や調味酢の開発に着手。キューピーグループへマヨネーズ用の醸造酢を提供するなど、新たなビジネス展開を迎える。

平成2年に発売した〈そのまんま酢のもの〉は、文字通りさっとかけるだけでおいしい酢のものができるとあり、瞬く間に人気が拡大。現在では、年間出荷量が500ミリリットルで70万本、1.8リットルで10万本にのぼる主力商品となっている。

県内最古の歴史を誇る同社といえど、時代の波の影響などで苦しい局面も幾度かあった。そんなとき存続の危機を支えたのは、ほかでもない「酢一筋」の精神だったという。

ネット社会といわれる現在でも、口コミによるケース買いの電話注文が増えているというのだから、酢づくりへの真摯な姿勢は確かに消費者へ伝わっているのだろう。

大正時代の鯛味噌を復刻〈桂馬蒲鉾商店〉

尾道商店街に本店を構える〈桂馬蒲鉾商店〉は、大正2年(1913年)創業の人気店。訪れたのが師走という時期もあり、いつにも増してたくさんのお客さんが押し寄せていた。

初代大正の頃より昭和30年代まで、かまぼこづくりの合間を縫って製造されていた〈鯛味噌〉。無添加のかまぼこは賞味期限が短く、お土産用に少しでも日持ちのするものをと、尾道の家庭の味である鯛味噌が商品化された。しかし次第に本業のかまぼこづくりが忙しくなり、一時期販売が途絶えてしまう。

鯛味噌は、今回復刻を手がけた女将自身も幼い頃から慣れ親しんできた味。尾道の食の魅力を広く伝えようと、当時の記憶をたどりつつ製造に取り組むこととなる。そして、2010年。50年以上ものブランクを経て、みごと復活を遂げた。

倉庫から発見された大正当時の看板は保存状態もよく、「桂馬」の木彫りの駒とともに、店内の棚に飾られている。

瀬戸内海の天然の鯛の身をふんだんに混ぜ込み、府中産の味噌と丁寧に炒り炊いた“食べる味噌”は、鯛の上品な風味が効いた甘じょっぱいコクが後ひく味。炊きたての白いご飯やお酒のお供にぴったりだ。

店舗向かいの飲食スペース〈駒や〉では、買った商品がすぐに楽しめる。広島の地酒も何種か置いてあるため、鯛味噌やかまぼこを肴に一献傾けるお客さんもいるのだそう。

桂馬の鯛味噌が世代を超えて再び販売されることに、発案者の初代・村上桂造さんも喜んでいるに違いない。

おばあちゃん秘伝の味を忠実に再現〈千代乃〉

東尾道の市場で鮮魚の製造・販売・卸業を営む〈千代乃〉。代表を務める倉谷さん夫婦は2年ほど前、地元食である海老味噌を後世に残したいという想いから新商品を考案した。

海老味噌は鯛味噌と同じく、昔はどの家庭でもよくつくられていた。いわば、市民のソウルフード。しかし殻を剥く作業の手間などから、最近ではなかなか自家製が難しくなってきているそうだ。

家庭ごとに好みの味噌やレシピがあるという。商品化の実現に大きく貢献したのは、海老味噌づくりの達人である社長のおばあちゃん。彼女のOKが出るまで何度も試行錯誤を繰り返し、ようやくいまのかたちに落ち着いた。舌に刻み込まれた記憶というのはすごいものだ。

データや文献が残っていれば、ある程度過去の料理を再現できるかもしれない。とはいえ、本来の味を知る「生き証人」に直接指導を受けることは、真の継承という意味において、とても価値があるように思う。

とれたてのエビと府中味噌で丁寧につくられる千代乃の海老味噌は、殻つきエビのすり身とむき身が材料の6割を占める、魚屋さんならではの贅沢な一品。噛み締めるたびに、エビの旨みと食感がじんわりと口の中に広がる。

地元のお客さんからは、食べるなり「懐かしい!」の声が。最高の褒め言葉と解していいのではないだろうか。

「原点回帰」今回の取材を振り返ったとき、そんな言葉が浮かんだ。

私たちには皆、自分のルーツを感じていたいという潜在意識があるらしい。ふるさとの味覚や伝統が失われることに危機感を覚えるのは、DNAレベルの感情だと察するのは大げさだろうか。

これまでいったいどれだけのものが淘汰されてきたことだろう。わざわざ手間暇かけてつくらずとも、レストランへ行けば世界中の料理が食べられるような世の中だ。時代の変化に飲まれることなく、昔ながらの味や製法を継承し続けることは、決して容易ではない。

けれども、いまなお滋味深い「おばあちゃんの味」は愛され、技術や伝統を守り抜こうと懸命に家業を支える人たちがいる。そうした風景のなかに、地域の食文化が向かう行く末に差すひと筋の光を見たような気がした。

writer profile

Isoko Maruyama

丸山磯子

まるやま・いそこ●神奈川県逗子市出身。都内の出版社とデザイン事務所を経て、2012年に岡山へ移住。現在は、ライターとして旅行誌や企業広告を中心に活動中。根っからの海好きで、学生時代に始めたヨットではイタリア・ドイツと2度の世界選手権へ出場。

credit

撮影:池田理寛

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