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たまり漬け屋上澤梅太郎商店、なぜ苦境から1年で黒字転換?地に足の着いたイノベーション

  • 2019年6月10日
  • Business Journal

1.創業400年のたまり漬け屋が苦境に

 栃木県日光にある漬物屋、上澤梅太郎商店。江戸時代に創業し、400年の歴史がある。蔵業として創業し、味噌、醤油屋として栄え、その後、たまり漬けと商品を変えた。バブルの頃には売り上げはピークを迎えた。しかし、その後売り上げは減少し、ピーク時の3分の1にまで落ち込んだ。このままでは、会社の存続も危ぶまれる。業績改善のために、商品の品質向上や集客施策を行ったが、状況は大きくは変わらなかった。

2.業績悪化の理由は漬け物業界と観光業界の変化

 そもそも、売り上げが落ち込んだのはなぜだろう。それを理解するために、従来の購入シーンを振り返ってみよう。同店がある日光市今市は、日光東照宮からも近く、観光に向かうバスや車が通るエリアだ。店舗は主要な国道の一つに面しており、観光に来た車が立ち寄って、土産としてたまり漬けを購入してくれた。そして、商品を気に入った方が、カタログ通販、ネット通販で再度購入してくれる、というのが代表的な購入パターンだった。

 しかし、状況は大きく変わってしまった。原因は2つある。

 1つ目は、日光の観光市場の変化だ。日光といえば、筆者も小学校の修学旅行で訪れたことがある。昭和の頃は、一度は行きたい観光地の定番だった。しかし、平成に入り、観光客は徐々に減少した。結果、上澤の店舗への来店者も減少した。観光客の減少に歯止めをかけたのがインバウンド観光需要だ。日光の社寺は1999年に世界遺産に登録されたことをきっかけに、外国人観光客が増えた。観光客全体としては増加に転じ、日光は賑わいを取り戻した。

 しかし、残念ながら上澤の売り上げは回復しなかった。外国人観光客は漬物を買わないからだ。もともと食文化が違うこと、生ものであるため、持ち帰りが難しいことを考えると、外国人に漬物を購入してもらうことのハードルは高い。結局、上澤店舗への来店者は減少の一途をたどっていることとなる。

 もう1つの理由は、漬物市場全体の縮小だ。経済産業省の工業統計(http://www.tsukemono-japan.org/statistics/documents/kougyoutoukei.pdf)によれば、漬物市場はここ数十年ずっと縮小しており、平成24年までの10年だけでも約3割縮小している。

 日本人は和食を食べなくなったし、朝食を食べなくなった。この変化を考えれば、漬物市場の縮小も納得感がある。上澤のたまり漬けの売り上げ減少も、市場全体の縮小の影響を受けているのは間違いない。

 日光への日本人観光客の減少による、上澤店舗への来店者の減少、国内の漬物市場そのものの縮小、2つの市場環境変化が大きな波となり、売り上げの減少をもたらしていた。売り上げ減少の原因が市場環境の変化であるなら、目指すべきは単なる集客や販売数の増加ではない。沈みゆく市場でTOPになっても、沈むことに変わりはないからだ。目指すべきは、新しい価値を定義し、新しい市場をつくることだと考えた。

3.売れないのは価値がないから?

 上澤梅太郎商店はたまり漬けの開発者であり、「たまり漬け」の登録商標も持つ、たまり漬けの元祖だ。味噌の上澄み液である「たまり」に野菜を漬け込み、深みのある味わいのある漬物をつくった。元祖なだけに、味の評価も高い。根強いファンが多く、東京近郊のデパートの催事出店の際はたくさんのリピーターが足を運び、お中元、お歳暮のカタログ送付の際はたくさんの注文があるという。そんななかでも評価が高いのが、らっきょうのたまり漬けだ。

 売り上げ全体の4割以上を占め、雑誌のらっきょう特集でも高い評価を受けている。製造方法にもこだわりがある。大粒の国産らっきょうを選りすぐり、複数の工程を経て樽で漬け込む。販売の前日まで樽から出さず、毎日翌日の販売分だけを樽から出して袋に詰める。食べてみると、シャキシャキした歯ごたえがあるのが特徴だ。聞いてみると、加熱殺菌をしていないため、らっきょうが柔らかくならないのだという。その分、賞味期限は短くなるが、それを補うために前日に袋詰めするのだ。実際に、競合と思われるたくさんのらっきょうの漬物と比較試食会を開いたところ、圧倒的に高い評価が得られた。

 しかし、いくつか問題点も浮かび上がった。まずはそのまま食べると塩気が強すぎるということだ。粒が大きいこともあり、一口で食べるとボリュームも大きい。本来は刻んで、ご飯と一緒に食べてほしいとのことだが、一般的な小粒のらっきょうの漬物は一口で食べるようにできているため、なかなか伝わらない。

 店頭の試食コーナーでも、漬物単体で試食するようになっているため、ご飯と一緒に食べる時のおいしさは伝わりづらい。結果、「しょっぱすぎる」と評価する人もいる。高い価値のある商品でありながらも、消費者にはまだその価値が十分に伝わっていない可能性がある。いわゆるUX(ユーザーエクスペリエンス:顧客体験)に課題があるのだ。

 また、ウェブサイトやカタログについても改善の余地があった。シンプルに商品を掲載しているが、自社のこだわりや歴史が伝わらないため、信頼感が足りない。初めて商品を購入する方にとっては、上澤の商品が社会的にも評価が高いものであることが伝わりづらい。顧客からの高い評価や、400年という歴史を伝えていないのはもったいないと思えた。

4.私たちが売っているのは漬物じゃない、「上澤の朝食」だ

 上澤梅太郎商店の店主、上澤卓哉さんはこだわりのある方だ。

 漬物の原料、製造方法、容器や価格設定、何を聞いてもその裏にはポリシーが垣間見られた。強いこだわりがあるからこそ、他店とは異なる選択をし、結果として他社とは異なる商品が出来上がっていた。そのこだわりは、商品開発以外にも表れていた。例えば、毎日自分の食事の写真をブログで紹介していたことだ。15年間(2014年当時)続けているという。そして、毎日の朝食の写真がすべて本当においしそうなのだ。

 朝食には、ご飯、みそ汁、漬物の3点、いわゆる一汁一菜と、前日の残り物やいただきものの生野菜、それに卵や納豆が添えられている。一般家庭の感覚からすると、とても豪華な朝食だ。じつは上澤家では一日三食の食事のなかで、朝食を一番大切にしているのだという。「朝食がもっとも重要な食事だ」と卓哉さんは語る。この朝食の写真は一部ではすでに話題だそうで、外国住まいの卓哉さんの友人が、「上澤家の朝食が食べたい」と遊びに来たこともあるそうだ。

 この朝食、一見すると、大変豪華で手間もかかっていそうだが、おかみの上澤りえさんによればそうでもないらしい。

 じつは当日つくるのはみそ汁と卵料理くらいで、それ以外は残り物やありあわせのものだそうだ。全部合わせても15分で出来上がるという。これだけの料理が本当に15分で出来上がるのか。

「ポイントは、一汁一菜と口内調理です」

 そう語るのは、長男の佑基さんだ。口内調理とは、ご飯とおかずを口の中で混ぜ合わせて食べることを指す。最終的な料理単品ではなく、口の中の混ぜ合わせ具合で決まるので、食べる側の好みで味付けを完成させることができる。味が濃い時にはご飯で薄め、味が薄い時には漬物で味を足し、油が強い時には味噌で緩和する。だからこそ、ご飯とみそ汁、漬物があれば、おかずは焼き魚でも、ステーキでも、麻婆豆腐でも大丈夫だ。

 和食の一汁一菜というフォーマットがあるからこそ、可能な食べ方だ。しかし、パンとコーヒーではそうはいかない。これが一汁一菜と口内調理、という和食独特の食べ方の柔軟性をもたらすのだ。

 そして、朝食の準備が15分で終わる、ということもこれに関連している。どんなおかずでも受け止められる一汁一菜のフォーマットがあれば、献立に頭を悩ませる必要がないのだ。残り物でもいい、ありあわせでもいい、だからレシピを考える時間がいらない、買い出しがいらない、という手間がかからない循環につながるのだ。これを理解すると、じつは和朝食とは、忙しい時代だからこそ提案したい、食文化なのだ。上澤家の朝食から感じられる豊かさには、深い理由があった。

「豊かさ」とは、毎日違ったものを食べることでも、高価な食材を取り寄せて食べることでもない。 美味しいと思えるものを、毎日変わらず食べられること。それが、上澤が考える「豊かな朝食」だ。

 卓哉さんの言葉に、彼らが提供する本当の価値が見えてきた。「上澤の朝食」をキャッチフレーズに、手軽で続けられる和朝食という食文化を提案する。これは、忙しい現代社会に合う文化であり、また無形文化遺産にもなった和食という成長市場への参入でもある。国を挙げて推進している、インバウンド向けの和食提案に足並みを揃えるかたちになり、また栃木県や日光市としてもインバウンド観光客の誘致はまさにいま積極的に取り組んでいる課題である。

5.長期戦略

「上澤の朝食」を伝えることをミッションとして、ストレートにその価値観を提案していく方法を考えた。具体的には、シンプルで飽きの来ない和朝食を日常的に食べてもらう。そして、それをお客さまの日常にしてもらえるような、食材の提供や、朝食シーンを助ける何かを提供していくことだ。

 一つのアイデアが浮かんだ。じつは、上澤の店舗の隣には工場があり、その隣には小さな庭園と、築100年の日本家屋がある。観光に来た方に、この家屋で朝食を食べてもらって、その庭園でくつろいでもらう。

 その体験を持ち帰って自宅で再現できるような、食材や調理方法などの提案を行う。必要な食材は通販でリピート購入してもらえるし、将来的には同じような朝食を体験できる店舗をいくつかつくりたい。こんな構想だ。10年はかかりそうな話だが、社会のニーズと自社の強みが生かされたビジョンだろう。

6.リブランディング

 しかし、それが実現するまでの10年間のそろばんもはじかなくてはならない。「上澤の朝食」という新しいビジョンのもと、現在の事業もその方向に足並みを揃えつつ、現時点で伝わっていない魅力を伝える方法を考えた。まずは主力商品のらっきょうに絞り込んで訴求することにした。他社のものと比較して、シャキシャキ感、鮮度が感じられるという特徴が伝わるよう、水彩画で表現した。

 これをカタログ、ウェブサイト、紙袋に印刷した。さらには、お店ののれんや工場の壁にも印刷、貼り付けし、お店の前を通る車から、らっきょうを売っているお店であることがわかるようにした。

 次に、漬物単体で食べてしょっぱい、という経験をしてほしくないので、ご飯と合わせて口内調理するシーンが想像できるよう、カタログやウェブサイトで調理例を見せるようにした。調理例も厳選した。

 ご飯との食べ合わせを想像してもらえるおにぎり、塩気の強さが活きるお茶漬けなどを中心に、塩気の強い漬物だからこそ楽しめるおいしさをイメージできるようにした。また、サイズの大きいらっきょうをそのまま食べるのではなく、刻んで食べることを強調するため、刻み方の紹介をした。自分たちでは当たり前のように思っていたことでも、お客さまに伝わっていなければ説明が必要だ。

 これらの情報はカタログ、ウェブサイトで紹介し、好評を得た。そして、商品の価値が伝わりやすくなったことを前提に、消費税増税でも値上げをしてこなかった主力のらっきょうを10%程度値上げした。

7.結果

 毎年数%ずつ減少していた売り上げは、値上げの影響もあり、前年比99%にとどまった。主力商品を10%値上げしているため、利益率は大幅改善し、部門別利益としては数年来の黒字になった。また、朝食レストランの開業に向けても動き出した。不定期開催ではあるが、庭園で落語を聞き、あわせて食事ができるイベントを開催した。

 こちらも好評で、将来に向けての大きな一歩目となった。イノベーションに向けて、現在も引き続き一歩一歩準備を続けている。
(文=権成俊/ゴンウェブコンサルティング代表取締役)

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