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トヨタ、HV特許無償開放の逆転の戦略…絶え間ない“成功体験の否定”で世界独り勝ち

  • 2019年6月8日
  • Business Journal

 足許のトヨタ自動車の業績は良い。これは、世界の自動車業界のなかでも特筆すべき実績だ。トヨタは円高という逆風に直面しつつも営業増益を確保した。世界の自動車業界を見渡すと、最大の独フォルクスワーゲンをはじめ国内外の大手自動車メーカーが苦戦している。そのなかで高収益を誇るトヨタのモノづくりとテクノロジーは、世界から高い評価を得てしかるべきだ。こうした状況は、むしろトヨタにとって大きなチャンスだ。

 それに加えて、トヨタは電気自動車(EV)など新しいモビリティー開発競争の主導権を獲ろうとしている。そのために、同社は世界の自動車ビジネスをあっと驚かせたハイブリッド自動車(HV)システムの特許を開放し、エコシステムの拡大を狙っている。

 HVシステムの無償解放の裏には、企業の風土を変革したいというトヨタ経営陣の狙いもある。トヨタは過去の成功体験を捨て、常に新しいことにチャレンジし、変化を生み出し、より素早くダイナミックに変化をとらえる組織風土を生み出そうとしている。

●トヨタの強さを証明した通期決算
 
 2019年3月期の決算にてトヨタの売上高は初めて30兆円を突破した。新興国通貨安など為替レートの変動が収益を500億円押し下げたが、原価の改善や営業努力がそれを上回り、営業利益は前期から増加し、約2.5兆円だった。この業績はトヨタの強さのあらわれだ。

 足許、国内の自動車メーカーは減益圧力に直面している。日産自動車は米国などでの販売不振から業績予想を下方修正した。ホンダも営業減益が続いている。
 
 海外に目を移すと、ドイツ自動車企業の苦戦が目立つ。米中の貿易戦争の影響に加え、中国経済の減速により、ドイツ勢の中国事業には急ブレーキがかかっている。減税が実施されたにもかかわらず、中国の新車販売台数は4月まで10カ月連続で減少した。世界最大の自動車企業であるフォルクスワーゲンは、ディーゼル排ガス不正問題の影響を克服できていない。

 一方、中国市場において、トヨタは急速に競争力を高めている。なかでも価格帯の高いレクサスブランドが好調だ。

 トヨタと他の自動車企業の業績を分けたのは、モノづくりへのこだわりだろう。近年、世界全体で問題となっているのが“人手不足”だ。中国などでは経済の成長に伴い、人件費が増えてきた。品質が高く、高付加価値の製品を、より効率的に生産するために、国内に製造拠点を回帰させる日本企業が増えている。トヨタは九州の工場でレクサスブランドの完成車を生産し、中国に輸出している。つまり、同社は人手不足や貿易戦争という環境の変化にうまく適応し、他の企業が苦戦するなかで収益を確保できた。

 それを支えたのが、より効率的に、良い車を生み出そうとするトヨタのモノづくりへのこだわりだ。トヨタは徹底した原価改善の努力を重ねれば、4000億円程度のコスト削減を実現できるとの見解を示している。そのためには、効率的なモノづくりだけでなく、さらに柔軟に環境の変化に適応することが求められる。

●HV特許を無償開放する狙い

 トヨタは原価改善の努力を重ねて収益の出やすい体質を目指しつつ、トップライン=売上のさらなる増大に向け、思い切った意思決定を行った。それがHVに関する技術の特許権の無償開放だ。この背景には2つの狙いがある。

 まず、トヨタは“世界のモビリティーの生みの親=プラットフォーマー”としての地位を手に入れ、確立したい。トヨタは、自社のエコシステム(HVのシステム)を使う多くの企業を獲得したいのだ。

 特に、足許の中国市場においてトヨタは人気を獲得している。一方、ライバルであるドイツ勢の成長にはブレーキがかかった。その変化を生かし、トヨタは世界最大の自動車市場である中国において、自社のテクノロジーを普及させ、シェアを手に入れたい。中国がトヨタのテクノロジーを重視し始めれば、中国の需要取り込みを狙う欧州各国の自動車開発思想、関連行政にもかなりの影響がある。

 中国は大気汚染対策として電気自動車を重視している。確かに、モーターで走る自動車は、温室効果ガスを排出せず、環境には優しい。同時に、EVの普及には、航続距離、充電のためのインフラ投資など、クリアされなければならない課題も多い。

 この状況は、トヨタが自社のテクノロジーを活用する企業を増やすチャンスだ。加えて、他企業とのアライアンス関係などを深めることにより、より燃費効率の高いHVやPHVを開発することも考えられる。

 もうひとつ、HV特許の開放には、原価の改善を加速させる狙いもある。コストを削減するには、規模の経済効果が重要だ。自社と同じ部品などを使う企業が増えれば、材料費などは引き下げられるだろう。その上、トヨタのHVシステムが良いとの評判がさらに高まれば、トヨタ製HVシステムへの需要も高まる。それは、収益力の向上と原価改善に不可欠だ。

●アニマルスピリッツの発揮
 
 トヨタはHV特許の無償開放を通して、組織に属する一人ひとりに意識の改革を求めている。それは、“アニマルスピリッツ(成功を追い求める血気)”の発揮だ。自動車業界は、ネットワークシステムとの接続、自動運転、電力化など100年に一度といわれる大変革の渦中にある。変化に対応するためには、現状維持の発想は禁物だ。それでは、変化に取り残されてしまう。

 トヨタは、HVという成功体験を自ら取り払うことによって、常にチャレンジし、より良いモビリティーのテクノロジーや技術を生み出す人材を育てたい。トヨタは、常に神経を研ぎ澄ませ、新しい発想やモノを既存のものと結合し、従来にはないテクノロジーを生み出す人材を増やしたいのだろう。

 トヨタの豊田章男社長は、終身雇用の維持は難しくなっているとの認識を示した。わが国の終身雇用制度は組織の和を高めることには重要な役割を果たした。高い経済成長率が続いている経済環境であれば、その発想は相応に有意だった。ただ、変化を楽しみ、オープンイノベーションを目指し世界と協働することを考えると、新しい生き方が求められる。

 自社の宝であるHV技術の特許を開放すれば、多くの従業員がグローバルな競争に対応し、生き残ることができるか、危機感を覚えるはずだ。それが、新しい取り組みへの触媒となることを、トヨタは期待している。危機感を持つことは、競争原理を発揮し、より効率的な資源の配分や、新しい発想の実現を目指すために欠かせない。モビリティーのプラットフォーマーとしての地位を高めるためにトヨタは選択と集中も進めている。同社が、パナソニックと住宅事業を統合し、自立した経営を目指しているのはその考えの表れだ。

 トヨタが新しい発想のもとに経営風土とビジネスモデルの変革を進めることができれば、わが国における“生き方”“働き方”に関する考え方にも大きな変化があるだろう。その意味で、トヨタがどのように変革を進め、成長を目指すか、非常に楽しみだ。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

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