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「メイドイントウキョウ」が世界を席巻…東京の製造業が衰退しない理由

  • 2019年3月16日
  • Business Journal

 USスチールの本社があるピッツバーグ、ゼネラルモーターズが本拠を構えるデトロイト、エリー湖畔のクリーブランド。重工業の一大集積地であり、米国が「世界の工場」と呼ばれた時代、繁栄を謳歌した五大湖周辺一帯は脱工業化の進展に伴いラストベルト(ラストとは錆のこと)化への道を余儀なくされている。上記各都市の人口は1960〜2010年の50年間で半減、あるいはそれ以上に急減しているという。所得水準もガタ落ちしていることは想像に難くない。

 数年前、『年収は「住むところ」で決まる』(プレジデント社)という本が話題を呼んだ。シリコンバレーに住む高卒の店員は、工業都市に住む大卒エリートより収入が多い。この説がラストベルトを想定したものであるのは間違いがない。

 では、我が国ではどうなのだろうか。図表1は、1990年の国勢調査において第2次産業就業人口比率が高い地方都市20市を選び、その過去と現在を比較したものだ。数値比較の因子を揃えるため地方都市に限ったこと、平成の大合併の影響を除くため、データごとに比較対象を変えていることなどについては、表の脚注をご覧いただきたい。

 結論を一言で整理すると、所得水準は各都市とも低下しているが、全国平均も約10%下がっており、それほど大きな低迷とはいえない。人口は、増えたところもあれば大きく減ったところもある。ただし、この間に県庁所在地を除く中小都市部の人口は、秋田県と高知県の20%超をはじめ、17の県で10%以上減少している。だとすれば、ことさら「ラストベルト化」と呼び得るような事態はやはり生じていない。

●謎を解くカギは『下町ロケット』にあった

 図表1に挙げた都市のなかには、湖西のスズキ、府中のリョービ、太田のスバル、黒部の吉田工業(YKK)などのように、企業名が思い浮かぶまちもある。だが、それはむしろ少数派だ。美濃の紙、燕の洋食器、鯖江のメガネ、岡谷の精密機械、井原のジーンズ、関の刃物、土岐の焼物、西尾の鋳物、見附のニット。まず産品がイメージされるまちのほうが断然多い。

 筆者が比較的よく知っている、群馬県の桐生市を取り上げてみよう。あらためていうまでもなく、桐生は絹織物のまちだ。と同時に、織物と不即不離の関係にある繊維機械のまちでもあった。戦後、桐生ではガチャンとひと織りすれば万単位の金が舞い込む好景気が訪れる。しかし、「ガチャ万バブル」はほどなく崩壊。だが、桐生の機械職人たちはそれで終わらなかった。戦時中、お隣の太田市の中島飛行機に徴用され輸送機械の技術を身につけていた彼らは、自動車産業への大転換を図ったのだ。

 選んだのは、同じ中島飛行機の流れをくむニッサン系列。ところがその後、日産自動車は経営危機に直面し、リストラが断行されていく。土俵際まで追い詰められるなかで、地元に根づいた機械製造技術は第3の転換を果たす。答えはパチンコ機械。パチンコメーカーの平和もソフィアも、桐生を発祥の地とする。今やパチンコ機械はハイテク技術の塊のようなもの。その技術蓄積は、第4、第5の転換に向けた準備ともいえるだろう。

 図表1に挙げたまちには、大なり小なり桐生市と同じような特徴がある。たとえば、燕市は洋食器だけでなく、各種の機械器具から、ゴルフクラブ、カーブミラー、インテリアグッズ、ピアスまで、金属製品ならなんでも扱う。「燕ブランド」の高級品もあれば、100円ショップの商品もある。共通しているのは、かつて和釘の産地であった時代から延々と引き継がれてきた金型とメッキの技術。ここに燕の拠り所が集約されている。

 チャップリンの『モダン・タイムス』よろしく、人間を生産工程の歯車のひとつとしてしか扱わない米国の製造業は、やがてラストベルト化を避けることができなかった。これに対して、人に帰属する技術・技能をベースとした我が国のものづくりは、時代が変わっても陳腐化することがない。これはもう、『下町ロケット』の世界そのものである。

●ものづくりは東京を支える「実態」のひとつ

「ペティ=クラークの法則」と呼ばれるものがある。産業は、第1次(農業)→第2次(製造業)→第3次(商業・サービス業)と順次、進んでいくという産業進化の法則だ。

 試しに、前回の東京オリンピック開催とほぼ同時期の1965年から四半世紀をスパンにして第2次産業就業人口比率の推移を追うと、全国平均は32.3%→33.5%→25.0%、東京23区は42.1%→28.2%→16.6%。全国平均では25年前から、東京では50年前から、第2次産業の割合が減っている。

 図表2に示した工場数と出荷額(正しくは、加工収入などを含めた「製造品等出荷額」)の推移はもっと顕著で、この25年間で23区の工場数はおよそ3分の1に、出荷額は4分の1に激減している。だが、考えてみればこれは当たり前のことだ。地価が高く、人口が稠密な東京で工場を維持していくことは難しい。大きな工場ほど、その傾向は強くなる。工場数よりも出荷額のほうが大きく減っているのは、そのためにほかならない。

 注目すべきは、工場数の全国シェア率だ。人口シェアと比較して、1990年は1.5倍、2013年は1.3倍。2015年でも、人口シェアを若干下回る程度の水準を保っている。

 東京という必ずしも製造業に向いていない場所でものづくりを続けられるのは、誰にも負けないと自負できるスキルがあるから。そう考えると、『下町ロケット』は単にノスタルジーに彩られたファンタジーではなく、現実の姿そのものであることがわかるだろう。

●世界を席巻する「メイド・イン・トウキョウ」

 大田区の機械部品。新宿区や文京区をはじめとする印刷・製本。板橋区の光学・精密機器。これらについては、筆者も折に触れて紹介してきた。そこで今回は、もっとレアな分野に焦点を当ててみよう。

 図表3は、工業製造を品目別に見たとき、東京(対象は23区ではなく東京都)のシェア率が特に高い品目を抜き出したものだ。まず目につくのが、ハンドバッグ、袋物(財布、名刺入れなど)、靴といった皮革製品。台東区を中心に墨田区、足立区などに広がる。浅草弾左衛門の過去にまでさかのぼれば緒論もあろうが、ファッションの分野で東京が名実ともに我が国をリードしていることを端的に示す結果だといっていい。

 装飾品においても、東京は大産地を形成している。その中心もまた、台東区だ。寛永寺、浅草寺に代表される仏具の需要と吉原をはじめとする色街の存在が、この地に生んだ飾り職人が、その基礎を形作る。衣料系では、ポロシャツ、Tシャツなどニット製アウターシャツ製造の集積が注目される。中心は墨田区両国。かつてここに、旧日本陸軍の軍服を製造する被服廠があったことをルーツとする。

 おもちゃ、特に人形も23区を代表する地場産品である。中心は我が国のセルロイド工業発祥の地とされる葛飾区。ダッコちゃんやリカちゃんのタカラ(現タカラトミー)、モンチッチのセキグチなどが有名だが、知る人ぞ知るのが同区金町にあるオビツ製作所。同社が製造する人形素体は「オビツボディ」と呼ばれ、世界有数の品質を誇る。

●ラストベルトと『下町ロケット』の最大の違い

 荒川区の鉛筆は時代の流れの中に埋没してしまいそうな感もあるが、インバウンド観光客にとって文房具は人気お土産商品のひとつ。次なる巻き返しを期待したい。医療用機械は「本郷ブランド」の名がある文京区がメッカ。こちらは産学連携という根強いバックボーンに支えられている。

 図表3の中で評価に困るのが浴用石けんだ。出荷額と出荷数のシェア率があまりにも違いすぎる。ただ、過去のデータを見ても東京の浴用石けんの製造規模はおおむね全国の4位レベルを維持しているので、東京の特徴的な産品のひとつといって間違いないだろう。中心は、花王の工場がある墨田区。同区には大小の石けん工場が今も存在し、ライオンやNSファーファ・ジャパンの本社も立地する。そういえば、1963年に封切られた映画『下町の太陽』で倍賞千恵子演じる主人公が勤めていたのも石けん工場。かつて墨田区の曳舟にあった資生堂の工場をモデルとしていた。

 工場誘致は市町村にとって大きなテーマであり続けてきた。その成果を子育て支援などに還元するのは悪いことではない。しかし、ハイテク工場を誘致しても、今のご時世ではいつ撤退の憂き目に遭うかもしれない。ITもAIも、目先の利益だけを追い求めると、やがて行き詰まりが待っている。

 製造業も、地に足をつけているかが一番大切な評価ポイントだ。ここに、ラストベルトと『下町ロケット』の本質的な違いがある。その意味で、やはり東京の製造業は強い。東京の魅力を支える根幹のひとつに、ものづくりが存在するといって間違いなさそうだ。
(文=池田利道/東京23区研究所所長)

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