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日本の重電の雄・三菱重工の強烈な危機感、脱・重電で変貌…「脱炭素」に巨額投資

  • 2022年5月24日
  • Business Journal

 三菱重工業は、ビジネスモデルをダイナミックに変化させ始めている。コロナ禍が発生するまで、同社は「三菱スペースジェット(MSJ)」の開発に象徴される航空機に加えて、製鉄関連の製造装置など、どちらかといえば重厚長大な事業を中心に収益を獲得していた。特に、MSJは同社の社運をかけた事業として経営陣が強くコミットした。

 しかし、コロナ禍の発生を一つのきっかけにして、重厚長大分野を主とする従来の事業ポートフォリオの収益性は急速に低下した。特に、航空機、ジェットエンジンなどの需要の停滞は大きい。その一方で、脱炭素など世界経済の環境変化が加速した。その上にウクライナ危機をきっかけに世界全体でエネルギー資源価格が一段と上昇するなど、同社を取り巻く変化のスピードは加速している。

 生き残りをかけて三菱重工はMSJの開発を凍結するなど、事業構造の立て直しを急いでいる。そのなかで同社の経営陣は、脱炭素や物流関連など中長期的な成長期待の高い分野に経営資源を再配分している。経営陣は、過去の発想では生き残ることはできないという危機感を強め、それを組織全体で共有しようとしているように見える。今後、三菱重工を取り巻く競争環境は激化するだろう。同社経営陣に求められるのは、あきらめることなく世界経済の先端分野での事業運営体制を強化することだ。

MRJ事業凍結にみる三菱重工経営陣の危機感

 2015年夏場以降、三菱重工の株価は上値の重い状況が続いてきた。それは、世界の主要投資家が同社の中長期的な成長を期待することが徐々に難しくなったことの裏返しといえる。そのひとつとして中国経済の成長率が低下傾向となったことは大きい。2015年夏に中国では株価が大きく下落した。株価の急速な下落によって中国では個人消費や企業の設備投資が減少し、三菱重工が得意とした製鉄やエネルギー関連の製造装置やプラント関連の需要が伸び悩み始めた。その後も中国の経済成長率は低下傾向をたどり、鉄鋼や石炭など多くの分野で過剰生産能力が深刻化した。コロナ禍の発生、2020年夏場の中国不動産バブル崩壊もあり、三菱重工への逆風は強まった。

 もうひとつが2008年に事業化が決定され“日の丸ジェット機”として内外から期待を集めたMSJの収益獲得の目処がたたなかったことだ。当初、三菱重工には世界経済のグローバル化が進むことによって、ビジネスや観光などの目的での小型ジェット機需要が高まるとの見方があった。それ自体は世界経済の変化に沿った発想だったといえる。しかし、MSJの開発は当初の予定よりも大幅に遅れた。設計や機器の変更によって2020年までに6回の納入延期が発表され、開発費は1兆円を超えた。航空機設計の専門家によると、第2次世界大戦後、十分な航空機の設計や開発、および生産のノウハウと経験がないにもかかわらず、三菱重工が自前主義から脱却できなかったことは大きなマイナスの要素になったと考えられる。

 その上にコロナ禍が発生し、三菱重工の収益構造は不安定化した。国境をまたいだ人の移動は大きく減少し、航空機、およびジェットエンジンなどの需要は大きく落ち込んだ。2020年秋に同社はMSJの事業化を凍結した。それは、自前でモノを設計し、生産、販売、メンテナンスを一手に手掛ける発想では生き残ること自体が難しくなるという三菱重工経営陣の危機感を内外に示したといえる。

脱炭素や物流分野でのビジネスチャンス拡大

 MSJの事業凍結が発表されたのち、三菱重工は事業ポートフォリオの入れ替えを加速させている。その一つとして、MSJ関連の資産が売却された。2016年から稼働開始したMSJの部品工場は売却された。また、2022年3月末には米国のMSJ試験拠点(モーゼスレイク・フライトテスト・センター)が閉鎖された。それに加えて、三菱重工は三菱重工工作機械と海外子会社を日本電産に売却するなどした。

 得られた資金が再配分されている主な分野が、脱炭素や物流関連の分野だ。経営陣は収益化が難しい航空機ビジネスへの取り組みをいったんは減速させ、加速度的な需要の増加が期待される世界経済の先端分野での取り組みを強化しなければならないと組織内外に意思を表明している。

 その一つとして同社は2030年度までに脱炭素関連分野に2兆円の資金を投じる。脱炭素関連の事業運営の効率性を高めるために、三菱重工は風力発電設備の世界最大手企業であるデンマークのヴェスタスと折半出資で設立した会社を解消した。当初、三菱重工は大型風車の製造を得意とするヴェスタスとの合同事業によって自社の風車製造能力を強化しようとしたが、実績が上がらなかった。その反省から今後はヴェスタスが開発した風車などを国内およびアジア新興国向けに販売することに集中する。

 また、物流関連の分野でも新しい取り組みが増えている。具体的にはフォークリフトなど同社が強みを発揮してきたモノの製造に加えて、倉庫内の無人化システムの提供など物流分野でのIoT導入の増加に対応した取り組みが強化されている。世界経済のデジタル化によって物流分野は大忙しの状況にある。ドライバーなど人手不足は深刻だ。米アマゾンで労働組合が結成されるなど、物流施設の労働環境は過酷だ。そうした問題を解決するために、物流分野でのデジタル技術導入は加速するだろう。このように考えると、三菱重工の事業運営の発想は、自前主義に基づくハード重視から他社との連携強化によるハードとソフトの融合へ、徐々に変化しているように見える。

不退転の姿勢での経営風土改革

 今後、脱炭素、よりクリーンなエネルギー利用、物流の分野で三菱重工のビジネスチャンスは拡大するだろう。ウクライナ危機をきっかけに、ドイツはエネルギーのロシア依存から脱却する覚悟を固めた。世界全体で液化天然ガスの受け入れ施設などの建設は増えるだろう。各国がエネルギーを安定して確保するために再生可能エネルギー利用の重要性も増す。デジタル化の加速は大型冷蔵庫なども含めた物流施設やその運営を支えるITシステムの需要を押し上げる。

 そうした展開が予想される環境下、三菱重工は重厚長大分野でのモノづくりの力を生かしつつ、他社との連携や既存の生産要素の再配分によって脱炭素や物流分野での競争力を強化しようとしている。その事業戦略は中長期的な業績の拡大に貢献する可能性が高い。その実現には、経営陣があきらめることなく事業ポートフォリオの入れ替えを進めることが求められる。他方で、事業運営体制の変革は、組織を構成する人々に不安を与える。三菱重工は産業用機器や防衛機器など、わが国のモノづくりの力を体現する企業のひとつだ。それだけにMSJの開発凍結などにやる気を落としたり、先行きへの不安を抱いたりする従業員は多いだろう。経営陣は、組織の動揺や不安を解消しなければならない。

 言い換えれば、経営陣は新しい経営風土の醸成を目指すべき時を迎えた。例えば、同社が米国で取り組むクリーン水素の製造では二酸化炭素の回収、貯留などを支える装置の製造技術向上が欠かせない。それは、航空機を開発する、あるいは鉄鋼など重厚長大分野の装置の製造することとは異なる。

 同社が脱炭素など世界経済の先端分野のビジネスチャンスを確実に手に入れるためには、組織を構成する個々人が迅速に発想を転換して新しいことに取り組み、成功や成長を実感することが欠かせない。それができれば企業は成長できる。三菱重工の経営陣が不退転の姿勢でビジネスモデルの改革を進め、どのようにして新しい経営風土の醸成を目指すかが注目される。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)

●真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。

著書・論文

『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)

『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)

『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)

『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)

『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。

 

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