ビジネスなぜ日本人は輸入するほどクワガタムシが好きなのか?

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なぜ日本人は輸入するほどクワガタムシが好きなのか?

 クワガタムシはカブトムシと並んで、最も人気のある昆虫のひとつです。外国産ともなると、より大きいものもあり、色や形もさまざまでとても魅力的です。日本人の昆虫飼育が好きは、しばしば海外メディアでも話題になるほど。その歴史は意外に古く、いまでは日本産だけでは飽き足らず、外国産を輸入してしまうほど親しまれています。

 しかし、専門家が訴える輸入クワガタムシが引き起すさまざまな弊害はあまり知られていません。輸入クワガタムシの問題と日本人が輸入してまでクワガタムシを飼育したいという理由について、国立研究開発法人国立環境研究所の五箇公一さんが解説・検証していきます。

空前のクワガタ飼育ブームのあとで

 ここ最近は、ブームも沈静化した感はありますが、21世紀に入ってしばらくの間、日本では空前の「外国産クワガタムシの飼育ブーム」が、わき起こりました。外国産のクワガタムシやカブトムシを飼ってみたい、という憧れは私たちいまの大人が子どもの頃から抱いていた夢でした。しかし、外国産の昆虫は、場合によっては日本で害虫になる恐れもあるので、多くの種は農林水産省の「植物防疫法」という検疫法で禁止されており、外国産のクワガタムシやカブトムシも、輸入は禁止されていました。

 ところが、クワガタムシの飼育が大きな社会的ブームになろうとしていた1999年の11月に、農林水産省は、突然、外国産クワガタムシ・カブトムシの輸入禁止を一部解除し、42種のクワガタムシの輸入が自由となりました。翌年から、輸入が許可された種の数は、どんどん増えて、2008年までには700種以上が輸入自由となりました。1年間に輸入される個体の数も、100万匹以上。まさに日本はクワガタムシ輸入大国となったのです。

 このクワガタムシの輸入が自由となった90年代から2000年代への移り変わりの時期は、外来生物の歴史においても象徴的なときだったのです。WTO世界貿易機関という、自由貿易を促進する国際機関が1995年に設立され、国際的に人とモノの動きが、一層活発となり、生物の移送も、自由化が推し進められた時期だったのです。エキゾチック・アニマルと呼ばれる外国産の動物がペットとして大量に輸入されるようになり、クワガタムシもその勢いで輸入が開始されました。

 やがて研究者たちから大量に輸入された外国産種が野生化して、環境問題を引き起こすのではないかという懸念の声が上がるようになりました。そこで、国立環境研究所でも2001年から本格的にクワガタムシのリスク評価研究を開始しました。その結果、一部の外国産クワガタムシは日本産種と交雑して雑種をつくり、遺伝子の固有性をかく乱するおそれがあることや、外国産のダニが持ち込まれるおそれがあることなどの生態リスクが明らかとなりました。

 これらの結果を受けて、環境省も外来生物法による規制を検討しましたが、すでに大量の個体が輸入されており、飼育者の大半が子どもという状況で、法的な規制をかけることは現実的ではないと判断し、外来生物問題を広く知ってもらうためのきっかけとして、クワガタムシを通じて啓蒙活動を展開するべきとして、小池百合子環境大臣時代より、「クワガタムシ捨てないで、逃がさないでキャンペーン」を宣伝してきました。幸いにして、これまでのところ外国産クワガタムシやその雑種が野外で大繁殖するという事例は国内では報告されておらず、日本のクワガタムシが大きな被害を受けるという事態は回避されたと思われます。

外国産クワガタムシの大量輸入がもたらしたもの

 外国産クワガタムシの大量輸入は、日本では外来生物となるリスクが心配されてきましたが、一方で原産地である東南アジア等では、商品のためのクワガタムシの大量捕獲、すなわち乱獲が深刻な環境問題となっていました。特にクワガタムシの原産国の多くは熱帯雨林を擁する開発途上国であり、クワガタムシを売れば日本の円が稼げるという話は現地の人たちにとってはとても魅力的な「ビジネス」だったのです。

 東南アジアの一部地域では、毎日のように森に入って、木を削ったり、倒したりしてでも大型のクワガタムシを捕獲するという行為が繰り返され、クワガタムシを売って得た収入だけで家を建てたり、車を買ったりする人まで現れたと言われています。その結果、野生クワガタムシの減少が懸念されるようになり、一部の国では禁輸措置が講じられたほどでした。

 クワガタムシの飼育ブームも沈静化したいまでは、そこまでひどい乱獲も少なくなりましたが、日本人が外国産のクワガタムシを輸入して愛でるというブームに湧いた頃、そのブームが引き金となって遠い海の向こうのジャングルでクワガタムシが存亡の危機にあったという事実はあまり多くの人は気付いていません。

日本人の飼育好きはいつから?

 ところで日本でのこのクワガタムシ飼育ブームは、海外のメディアでは大変珍しい現象として紹介されていました。あの一流科学雑誌Scienceもこのブームを記事にしたくらいで、取材を受けた私は、このブームがそんなに珍しいことなのか、と、むしろ不思議に思いました。

 実は、このクワガタ好きは、日本人独特のもので、ほかの国ではクワガタムシをペットとして飼育するという習慣は全くと言っていいほどないのです。もちろん、標本のコレクターはそれなりに各国に存在します。しかし、そういうコレクターたちの関心は、クワガタムシの、特にオス成虫の形の面白さに集中しているのであって、ただの芋虫である幼虫をわざわざ家の中で飼う、ということには全く関心がありません。

 考えてみると、日本におけるこうした小動物の飼育という習慣は、クワガタムシに限ったことではありません。鈴虫を飼育してその音色を楽しんだり、金魚鉢に金魚を入れて楽しんだり、盆栽として樹木をコンパクトな形で末永く楽しんだり……。この独特の飼育芸は、ここ日本という国に特有の文化なのです。これもまた、日本という国の固有性と言えるのでしょう。

 では、なぜ日本人だけがクワガタムシが好きになったのか? 日本人のクワガタムシ好きは、ここ最近のブームなんかではなく、世代を超えて受け継がれている性質であり、地方にはクワガタムシをさす方言が100を超えて存在することや、江戸時代の文書の中にクワガタムシの詳細な絵が残されていたりすることからも、相当古くから定着していた文化であることが伺えます。

 そもそも日本人とクワガタムシの接点はどのように形成されたと考えられるのか? ヒラタクワガタのDNA分析の結果から興味深い現象が確認されています。このクワガタは日本列島に広く分布していますが、沖縄や奄美など島ごとに細かく異なる遺伝子組成を持つ集団に分化していることは、上でも説明しました。簡単にいえば島ごとに異なる家族がいるのです。わりと近い島の間でも家族が異なります。つまり、海を渡るだけの飛翔能力がない。そんなクワガタがなぜか本土内(九州、四国、本州)では、ほとんど遺伝子の変異がなく、地域間での分化は認められません。つまり本土全体で大家族を形成しているのです。これは本土内ではこのクワガタが渡ってきた後、とても長い距離を素早く動いていたことを意味します。これは生物学的に少し説明がつきません。

日本人がクワガタムシが好きなワケ

 だとすれば、ヒラタクワガタの分散を促したのは日本人自身なのではないかという仮説が出てきます。日本人は古くは採集民族として、栗の木などの樹木を栽培して、その実を食料にしていたとされ、その後は農耕民族として、里山という雑木林と農耕地を組み合わせた小さな「循環型村社会」を形成してこの狭い国土で生きてきました。資源として森を切り、また森を育てるという活動を繰り返す中で、朽ち木や切り株を素早く分解して森の再生に貢献してきた生物の一つがクワガタムシだったと考えられます。クワガタムシの幼虫は、これら生の廃材をバリバリ食べて土に返すことができたのです。

 しかも我々の研究では、クワガタムシ幼虫体内には窒素固定能力をもつ共生菌がいることも突き止められており、クワガタムシ幼虫は朽ち木を分解するだけでなく肥やしも作る重要な役割を担っていることが分かってきたのです。つまり、彼らが豊富に存在することで、森は常に豊かに維持されることになります。また里山の雑木林という生活空間はクワガタムシにとっても餌の豊富な貴重な住処となったと考えられます。こうして、日本人が雑木林をひろげていく過程で、クワガタムシも植樹などとともに分布を急速に拡大していったのではないかと想像されます。

 そして、古い日本人たちは、自分たちの生活空間の中に常に存在するクワガタムシを、森を豊かにしてくれる大切な昆虫、森の守り神であると、自然と体感したのではないでしょうか。こうして、日本人のクワガタムシに対する愛情は里山の定着とともに日本人の心の奥深くに刻み込まれていき、現代に至ったのかも知れません。

 あるいは、クワガタムシを愛するほどの生物愛に満ちた人種がたまたまこの日本列島にたどり着いたからこそ、自然と共生する里山のような生活様式を確立できたのかもしれません。そしてその特異な生物愛が日本人特有の飼育芸に結びついているのかも知れません。

 ときには猛威をふるう自然に対して、人々は愛情とともに畏敬の念を抱き、自然の草木にも神を宿らせました。こうしてこの国には、なんと八百万(やおよろず)もの神々が宿ることとなったのです。こんなにたくさんの神様が住んでいる島国も珍しい。自然に歯向かうのではなく、自然を敬い、自然の流れに身を任せるという生活様式を選んだことによって、我々日本人はこの環境の厳しい、住むところも狭くて乏しい、小さな島国で生きながらえることができたと考えられます。

 現代の日本社会では、自然に対する畏敬の念は薄らぎ、里山は「住みにくい田舎」とみなされ、どんどんその姿を消しつつあります。かつて日本のあちこちで見られたクワガタムシも今や貴重品となってしまいました。しかし、悲しいかな、日本人の中にあるクワガタムシ好きという性質だけは昔のままのため、クワガタムシまで外国から輸入せざるを得なくなってしまった。自然とクワガタムシを愛する心が、逆に外来生物の問題を招いてしまっているとすれば、実に皮肉な話です。

(国立研究開発法人国立環境研究所・侵入生物研究チーム 五箇公一)

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