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コーヒーで旅する日本/九州編|ちゃんと考えて、ちゃんと実行する。「Saï Coffee Roastery」の先鋭的なコーヒーとの関わり方

  • 2024年5月13日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州・山口はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州・山口で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

九州編の第93回は山口県山口市にある「Saï Coffee Roastery」。山口店と下松店の2店舗を展開し、1号店である山口店は維新百年記念公園そば、JR山口線矢原駅の目と鼻の先という立地。一帯は住宅やカーディーラーなどが多い、いわゆる郊外の暮らす町といった雰囲気で、人通りが特別多いというわけではない。ただ、店がオープンすると日々通っている常連と思しきお客や、初来店らしい若い女性グループなど、続々と来店客でにぎわいを見せ始めた。
「Saï Coffee Roastery」の場合、多くのファンがついているのは間違いなく味わいのクオリティの高さだ。その理由、そして店主の齊藤光信さんが考えるコーヒーとの関わり方について紐解いていく。

Profile|齊藤光信(さいとう・みつのぶ)
山口県下松市出身。両親が喫茶主体の「オリエンタル」を営んでいたことから、子どものころからコーヒーを身近に感じながら育つ。営業マンとして働いたあと、「オリエンタル」に入社。営業職と焙煎士の二足のわらじを履いてコーヒーと関わる中で、福岡でパナマのゲイシャ種を味わい、コーヒーとの関わり方、アプローチの仕方について考えを改める。2019年(平成31年)、厳選したスペシャルティコーヒーを柱に「Saï Coffee Roastery」をオープン。

■コーヒーの見方を変えた味わい体験
「Saï Coffee Roastery」自体は2019年(平成31年)4月オープンと、まだ店ができて5年強だが、もともとは齊藤さんの両親が1967年(昭和42年)に始めたレストランと喫茶事業「オリエンタル」からその歴史は始まっている。齊藤さん自身、物心ついたときからコーヒーを自宅で淹れて飲むのは日常的だったが、当時飲んでいたコモディティコーヒーを特別おいしいと感じたことはほとんどなかったと振り返る。

「両親が店を始めた当初は大手商社から豆を仕入れていて、めちゃくちゃコーヒーにこだわった喫茶店というわけではありませんでした。時代的にコーヒーを飲むこと自体が非日常だったので、そのスタイルでよかったんでしょう。ただ時代の変遷とともに自家焙煎でコーヒーの差別化を図る風潮になってきて、両親も焙煎機の導入を決めました。それが2007年(平成19年)ごろだったと記憶しています」と齊藤さん。その当時、齊藤さんはまったく畑違いの業界で営業マンとして活躍していたが、両親が自家焙煎にシフトした時期に家業に入ったそうだ。

「自家焙煎に切り替えると、自分たちの店のみで消費するだけでは大きな利益は生まれません。そこで卸に力を入れることになり、前職でセールスに携わっていた私が営業として入りました。コーヒー業界に身を置く限りは最新の情報に積極的に触れたり、自ら取りに行く必要があると感じ、時間を見つけては福岡をはじめ九州各地のコーヒーショップに足を運びましたね。その過程で出合ったのがREC COFFEEさんのパナマ エスメラルダ農園のゲイシャ。一口飲んで、まさに衝撃の味わいでしたね。おいしい、おいしくないという次元を超えて、普段飲んでいるコーヒーとは比較できない飲み物だと感じたんです。運よくその時に岩瀬バリスタがお店に立っていらっしゃって、私が質問をすると包み隠さず、いろいろなことを教えてくださいました。私がスペシャルティコーヒーに心惹かれ、考え方を変えたのは間違いなくこの体験がきっかけでしたね」

■生産の最上流にいる人々へのリスペクト
「Saï Coffee Roastery」の前身である「オリエンタル」は自家焙煎をスタートした時期から、できる限り品質のよい生豆を扱っていた。ただ、齊藤さんは「これからの時代は、スペシャルティコーヒーに特化して、味わいから差別化を図ることはもちろん、生産している国のこと、農家さんのことまで考えたうえでコーヒーと関わっていかなければいけない」と2019年4月、自身が統括マネージャーを務める「Saï Coffee Roastery」を立ち上げた。

「生豆選びは当然そんな想いを反映させてきましたし、なにより農家さんたちの手で丹精込めて育てられ、丁寧に精製処理を施し、はるばる日本へと渡ってきた生豆のクオリティを大切にする焙煎を心がけてきました」と話す齊藤さんには、開業後間もなくしてある素晴らしい出合いがあった。それがエチオピアのMETAD(メタッド農業開発)というコーヒー農園との出合いだ。METADはエチオピアの主力産業であるコーヒーの品質を向上させることで価格や価値を上げ、地域社会に貢献しようという考えを持っており、齊藤さんはその考えに強く共感。

「数年前にふらりと店を訪れた浅野さんという男性がMETADの日本代理人をやっていて、同社の存在を知りました。ぶっちゃけ最初はうさん臭い人が来たぞ(笑)って思っていたんですが、話を聞くにつれ、METADが素晴らしい考え方でコーヒー農園を営んでいて、しかも生豆のクオリティも圧倒的にいい。すぐにMETADから生豆を仕入れることを決めました。浅野さんは半年ほどかけて日本中のロースタリーを巡っていたそうで、その熱意にも心打たれましたね。METADのポリシーを広める一助になればと、中国・四国・九州のロースタリーを2週間ほどかけて一緒に巡ったのは、今ではいい思い出です」と笑う齊藤さん。

そうやって信頼関係を築いたMETADのコーヒーを販売できるのが「Saï Coffee Roastery」の1つの強みだが、齊藤さんは「要望があればどんどんMETADの生豆を、ほかのロースターさんにも広めていきたい」と伝道師的な役割もいとわない。「METADの生豆を多くの人に購入いただければ、最終的にコーヒー生産の最上流にいる農家さんたちに還元されます。エチオピアの場合、そうやって農家さんたちに公正な賃金が支払われるというケースは決して多くなく、稼げているのは生産者ではなく輸出業者だけということは往々にしてあること。私はMETADの生豆を仕入れて、ほかのロースタリーさんに扱っていただくことで、そんな流通の実態をできるだけ多くの人たちに伝えていけたらと考えています」

実際、「Saï Coffee Roastery」は中国・四国・九州エリアにおいてMETADの窓口的な役割を果たし、さまざまなロースタリーに生豆を卸している。
■地域社会とつながるアクション
「Saï Coffee Roastery」は地方都市のいちロースタリーではあるが、齊藤さんのそんな考え方もあり、地域や社会とのつながりをとても大切に考えている。「当店では焙煎を行ううえで必須の生豆のハンドピックは、福祉施設の作業所の利用者さんにお願いしています。お店で行うことも可能ですが、障がいを持たれている方々にお願いできることがあれば、私たちは積極的にお願いしていきたい。暮らす環境が違っても、地域社会という枠ではみんなつながっていますから」と齊藤さん。

頭ではわかっていても、それを実行に移すのに、腰が重いという人は多いと思うが、齊藤さんはよいと考えたことはしっかり実行に移す行動力がある。これはどんな店を営むにあたっても非常に大切なことかもしれない。その地に店を構えるということは結局は地域に暮らす人たちとつながるということだから。

■関わる人たちすべてにいい循環を生みたい
「Saï Coffee Roastery」で焙煎を担当しているのは入社4年ほどという女性社員。「最初は私が焙煎を担当していましたが、彼女に教えたところめきめき上達し、あっという間に私の焙煎スキルを超えました。自分より高い技術を持っていると感じたなら、たとえ自分の後輩だとしてもトップロースターの座を譲るのは当然」と、あっけらかんと話す齊藤さん。一般的に地位を人に譲ることに抵抗を持つ人は多いと思うが、齊藤さんにその考え方は一切ない。

さらに齊藤さんはこうも続ける。「彼女の秀でた焙煎技術もあり、当店のコーヒーは味のブレが極めて少ないと自負しています。その安定した味わいによって、ここ1、2年、カフェや美容室、レストランなど卸先も増えてきました。そして、当店ではバリスタが卸先に配達に行くようにしていて、味わいのクオリティコントロールもその際にしっかり行うようにしています。おいしいコーヒーを飲んでいただく機会を増やす草の根活動も私たちの大切な役目」

目先ではなく、長い目で物事を見て未来へと進む「Saï Coffee Roastery」。最後に齊藤さんはこう話して締めくくった。「コーヒーは農作物ですから、気候条件等によっては不作の年も当然あります。そんな時に“例年より質がよくないから仕入れない”ではなくて、逆に“次年への応援につながるようにいつもより多く買い付ける”、それぐらいの気持ちを持ってコーヒーと関わっていきたい。理想はエンドユーザーであるお客さまに、私たち店側が生産現場のリアルを伝え、それも納得いただいたうえでコーヒーを楽しんでいただけるような関係性を築くこと。関わる人たちすべてにいい循環が生まれるような取り組みを行っていくことが今の私の目標です」

■齊藤さんレコメンドのコーヒーショップは「imm coffee&roastery」
「山口県岩国市にある『imm coffee&roastery』さん。店を営む津田さん夫妻の人間性に惹かれます。当店でキッチンカーを作るのに、ヒントをいただこうと思ったら、一から十まで教えてくれたり、本当に気さくでオープンなマインドを持った2人。もちろんコーヒーへのこだわりは強いですし、刺激を受けることも多いです」(齊藤さん)

【Saï Coffee Roasteryのコーヒーデータ】
●焙煎機/DIEDRICH5キロ半熱風式
●抽出/ハンドドリップ(HARIO V60、クレバードリッパー)、エスプレッソマシン(SYNESSO)
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/100グラム900円〜




取材・文=諫山力(knot)
撮影=加藤淳史(Saint-Loup-de-Varennes)

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