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コーヒーで旅する日本/九州編|亡き息子の遺志を継ぎ、事故・事件の被害者をコーヒーを通して支援し続ける。「Calmest coffee shop」

  • 2023年2月20日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。
なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

九州編の第64回は、熊本県熊本市にある「Calmest coffee shop」。当連載で足を運んだ店でも、多くの店主から同店の噂は耳にしていた。それは「Calmest coffee shop」がシェアロースターという焙煎機を貸し出す取り組みを行っていることが理由の一つ。さらに、コーヒーを通したチャリティーイベント「Coffee Aid」を主催していることもよく話題に上がった。
「Calmest coffee shop」は店主の深迫祐一さん、祥子さん夫妻の長男で、2019(令和元)年7月9日に不慮の事故でこの世を去った忍さんの遺志を受け継ぎ、カタチにした店。もちろん、それまでは祐一さんも祥子さんも、コーヒー業界とは無縁の暮らしをしてきた。2人が同店に込める思いとは、そしてこれからどんな未来を歩んでいこうとしているのか。

Profile|深迫祐一(ふかさこ・ゆういち)、祥子(さちこ)
熊本県熊本市在住。自宅横にあった祥子さんのアトリエを改装し、2020(令和2)年5月7日、「Calmest coffee shop」をオープン。5月7日は故・深迫忍さんの誕生日で、生きていれば30歳を迎えた日。忍さんが生前ひそかにあたためていた「30歳になったら、故郷の熊本でカフェを開く」という夢を叶えた形だ。夫妻さんは店を営みながら「NPO法人 Coffee aid 2021」を立ち上げ、2021年から毎年7月9日にチャリティーイベント「Coffee aid」を開催。今年は東京・中野の東京セントラルパークでの開催が決まっている。

■息子が叶えるはずだった夢
どの店にも開業してから今に至るまで物語はあるが、「Calmest coffee shop」を語る上で、故・深迫忍さんについて話さないわけにはいかない。忍さんは大学進学を機に上京し、東京・新宿にあるPaul Bassettでコーヒーの魅力に開眼。大学に通いながらPaul Bassettでアルバイトを始めたのがキャリアのスタートだ。それから本格的にバリスタとして技術・知識を高めるために、FUGLEN TOKYOへ。大学時代からのアルバイトを含めると足掛け10年にわたりコーヒー業界に身を置き、FUGLEN TOKYOではバリスタを経て、味作りの土台となる焙煎も担当していた。そんな忍さんのひそかな夢は「30歳になったら、故郷の熊本でカフェを開く」こと。その夢を母親の祥子さんは知っていた。2019(令和元)年7月9日、忍さんが勤務先の駐車場でトラックにはねられ、亡くなった時には、まさに熊本で忍さんがカフェを開く下準備を行っていたそうだ。「当時、私も東京にいて、ちょうどその時期、熊本に帰る用事があったんですね。彼に『熊本に帰るなら、カフェを開くにあたり、店を設計してくれる人を探してほしい』と頼まれていたんです」と祥子さん。まさにもうカフェ開業に向けて動き始めていた時、忍さんは29歳という若さで事故によってこの世を去ってしまった。

そのことを考えると、祐一さん、祥子さんが抱えた悲しみは筆舌に尽くしがたい。ただ2人は今、本当に優しく、穏やかな笑顔で来店する人々を出迎える。もともと公務員だったという祐一さんは「私もいつか、お客さま自身に豆を挽いてもらい、それをネルドリップで淹れて楽しんでもらう、みたいな店をやってみたいと思っていたんですよ。息子とは違い、私の場合は完全に夢物語でしたが」と笑い、祥子さんも「この歳でコーヒーショップをやるなんてまったく考えていませんでしたからね。ただ息子が私に話してくれていた『こんな店をやりたいんだ』という記憶だけを頼りに、『Calmest coffee shop』という場所を作りました」と続ける。

■関わる時間の長さではなく、深さ
そんな物語が流れる「Calmest coffee shop」のコーヒーのクオリティは高い。その理由の一つに忍さんの元同僚、そして同業の仲間たち、つまり東京において先端のコーヒーに精通しているバリスタ、ロースターたちが第2の実家のように同店を訪れ、コーヒーの抽出理論、焙煎のポイントを2人に伝え教えてくれたからだろう。深迫さん夫妻もまた未経験だからこそ、知識・技術を身につけるために貪欲に学んだ。それは東京の名店といわれる店で一流のバリスタ、ロースターとして認められた忍さんに対し、胸を張れるような店にしたいという思いからだ。

焙煎を担当するのは祐一さん。同店では自家焙煎も行っているが、普段熊本ではなかなか飲むことができないFUGLEN、Paul Bassettなど東京のコーヒーショップの豆も扱い、コーヒーのセレクトショップ的な役割も大切にしている。ゆえに自家焙煎はハウスブレンドのみだが、これがすごくバランスに秀でていておいしい。同店をレコメンドしてくれたJazzy coffeeの野本さんが「年数ではなく、思いの深さ」と語っていたことにも納得の味わいだ。
「Calmest coffee shop」ではゲストビーンズと銘打ち、全国各地のコーヒーショップの豆を不定期で出すこともある。祐一さんが焼いた豆ももちろんおすすめだが、普段なかなか飲むことができないロースタリーのコーヒーを選んでみるのも同店ならではの楽しみ方だ。
■コーヒーが持つ力が多くの人の意識も変えて
祥子さんが理事長を務める「NPO法人 Coffee aid 2021」の活動もまた、ぜひ多くの人に知ってほしい。忍さんの賠償金で立ち上げたプロジェクトで、売上の一部をくまもと被害者支援センター、被害者支援都民センター、産業殉職者霊堂奉賛会などに寄付するというもの。また、それと並行してコロナ禍には熊本赤十字病院で勤務する医師や看護師などスタッフに向けて、ドリップバッグの寄付も行ったそうだ。

毎年7月9日にはチャリティーイベントを開催し、2021(令和3)年は熊本市中央区の早川倉庫、2022(令和4)年は同じく中央区にある百貨店ホールで実施。過去2回は忍さんとゆかりのあるコーヒーショップやロースターら有志が出店し、会場を盛り上げてくれたそう。来場者は全国各地、いろいろな店のコーヒーをその場で味わったり、購入できるというイベントだ。もちろん、根底にあるのは事件・事故等の被害者およびその遺族が受ける2次被害、3次被害を減らすこと。チャリティーイベントでは事件・事故で亡くなった方々の生きた証、遺族など親しい人からのメッセージを記したパネルを展示し、どんな事件・事故にも被害者がいて、それにより心に深い傷を負っている人が存在することを伝えている。この取り組みは深迫さん夫妻だからこそできることだと感じた。

2023(令和5)年7月9日(日)も第3回「Coffee aid」の開催が決定している。場所は九州を離れ、東京の中野セントラルパーク。場所は変われど取り組むことは同じで、「NPO法人 Coffee aid 2021」では出店者に加え、チャリティーブースで販売するコーヒー豆やハンドメイド雑貨などの寄付を募っているところだ。チャリティーブースの売り上げは全額、被害者支援センターに寄付する。出店は叶わずとも、「NPO法人 Coffee aid 2021」の活動に少しでも協力をしたいという人は、「Coffee aid」のインスタグラムからDMで問い合わせてみよう。

■息子が繋いでくれたすべての縁に感謝して
最後にインスタグラムに「息子から聞いていたことは全部やった。これから先のことは彼に聞くことはできない。私たちで決めて進んでいかないと」と投稿されていたこともあり、「Calmest coffee shop」が目指す未来のことを聞いてみた。
「2023年5月でオープンから丸3年経ちますが、本当にあっという間でした。焙煎所をシェアするという取り組み、セミナーなどができるレンタルスペース、店の隣りのガーデンなどはすべて息子から聞いていたことで、ある程度形にすることができたかな。私たちに今できるのはこの店を続け、より多くの人に癒しを与えていくこと。テレビや新聞など多くのメディアに取り上げていただいたこともあり、今では全国からお客様にご来店いただいているんですよ。そして『Coffee aid』を通して、事故・事件の被害者支援を行っていくことも、体が動く限り続けていきたい。息子が繋いでくれたコーヒー業界の方々との縁、支援活動を通して出会ったさまざまな人々。すべてが今の私たちにとってはかけがえのないものになっています」と優しく話してくれた。

■深迫さんレコメンドのコーヒーショップは「FUGLEN FUKUOKA」
「息子が最後に働いていたのが東京のFUGLEN。2022年9月に西日本エリア初となる店舗として『FUGLEN FUKUOKA』がオープンしました。息子がバリスタ、ロースターとして長く働いていたコーヒーショップだけに、同じ九州にできたことが素直にうれしいです」(深迫さん)

【Calmest coffee shopのコーヒーデータ】
●焙煎機/PROBAT PROBATONE5キロ
●抽出/ハンドドリップ(ORIGAMI)、エスプレッソマシン(LA MARZOCCO FB/80)
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/100グラム800円〜、200グラム1500円〜




取材・文=諫山力(knot)
撮影=大野博之(FAKE.)

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