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コーヒーで旅する日本/関西編|飽くなき探求の先に、常に“思考の余白”を残す。しなやかにコーヒーの可能性を広げる「STYLE COFFEE」

  • 2022年12月27日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第45回は、京都市上京区の「STYLE COFFEE」。店主の黒須さんは、カフェが生み出すコミュニティに興味を抱いたことから、やがてコーヒーの世界へ。オーストラリア・メルボルンに渡り、バリスタとして働きながら現地のコーヒーカルチャーを吸収。尽きることのない探求心で、今もコーヒーの可能性を追求し続けている。一方で、日々、腐心するのは、「完璧なものではなく、あらゆる人に対して“余白”を残すことで、コーヒーを考える機会を作る」こと。自らの店作りの中で、黒須さんが目指す店の「STYLE」とは。

Profile|黒須工(くろす・たくみ)
1986(昭和61)年、埼玉県生まれ。カフェを介したコミュニティに関心を抱いたのをきっかけに、自らもカフェで働き始め、関東圏の喫茶店やバールなど幅広いジャンルの店で経験を積む。その後、コーヒーのスキルを磨くべく、オーストラリア・メルボルンに渡り、バリスタとして研鑽を積みながら、現地のカフェカルチャーを体感。帰国後は京都のWEEKENDERS COFFEEで約2年、店舗運営・焙煎などに携わり、2019年、京都市上京区に「STYLE COFFEE」をオープン。

■メルボルンで吸収した、コーヒーに対するプロ意識
白壁に黒い天井、木製の作業台に並ぶコーヒー器具。無駄を排した店内だからこそ、カウンターでドリップが始まると、立ち上る芳しい香りがいっそう鮮やかなに感じられる。時季ごとに吟味された豆は、「それぞれの風味に合わせた焙煎で、デイリーなコーヒーの質を高めていきたい」。そう話す店主の黒須さんにとって、今なお尽きないコーヒーの探求は、カフェという場への興味から始まった。 

「人が集まり、コミュニティが生まれる場所が好きで、カフェに興味を持ち始めて、そのつながりを介するコーヒーへと関心が移っていったんです」と、地元の関東圏のカフェで働き始めた黒須さん。昔ながらの喫茶店から、エスプレッソを主体とするカフェやバールまで、新旧問わず幅広い店のスタイルを経験した。その目は海外にも向けられ、はるばるアメリカ西海岸に渡り、まだ日本上陸前のサードウェーブ系コーヒーショップを数々訪問。現地でブルーボトルコーヒーのパブリックカッピングに参加するなど、新しいコーヒーの波をいち早く体感した。

「世界的なスペシャルティコーヒーの広がりを初めて感じたのがこの時。原料の扱いも、ナチュラルワインのようにトレーサビリティを明確にするなど、コーヒーをここまで専門的に追求できるんだという驚きがありました。自分は、かつての喫茶店のコーヒーと今の浅煎り主体のコーヒーの両方を知っているギリギリの世代。その違いを感じてきたこともあり、いっそうスペシャルティコーヒーのインパクトは大きかったですね」と振り返る。

とはいえ、多様なコーヒーのあり方に触れたことで、「このまま日本で経験を積んでも、この先は伸び悩むのでは」と感じて、より刺激のある環境を求める思いが膨らんでいった。ここで、目を向けたのが、オーストラリアのコーヒーシーンだった。「元々、世界各地のコーヒーシーンの成り立ちや違いに関心があって。オーストラリアは、イタリア系の移民が多かったので、エスプレッソベースのコーヒーや個人経営のカフェやバールが多く、一日に3、4回、店に立ち寄るお客も多い。中でも、そうした文化が色濃いメルボルンへの興味が湧いてきて。日本で知った、現地の情報を実際に確かめたいという思いもありました」

勇躍、ワーキングホリデーを利用してメルボルンに渡った黒須さんは、バリスタとして働ける場所を探し、現地の店に飛び込みで交渉。いくつもの店を渡り歩きつつ、多様な店の現場を踏む中で日々腕を磨き、新たな発見を得ていった。「一日に300杯とか500杯とか、桁違いの杯数を淹れる店も珍しくなく、提供する量やスピードに対応するスキルも鍛えられました。今では使う場面がないですが(笑)、それだけ多くのお客さんが来てるということ。現地にはコンビニなどほとんどなく、仕事の合間のひと時や週末の家族のおでかけ先として、カフェが大きな拠り所になっていることを実感しました」

また、メルボルンではあちこちの店でパブリックカッピングも盛んに行われていて、黒須さんも当時は毎週1回は参加して勉強。当地のトップバリスタの仕事ぶりからも多くの刺激を受けた。「メルボルンで最も印象に残っている一軒が、マーケット・レーン・コーヒー。ここで、焙煎士として活躍されている石渡さん、通称・トシさんの、コーヒーに対する姿勢には感心しました。例えば、食事の後でカッピングがあるから、今、食べるのはこういうメニューにしておこうとか、店にいる時だけでなく、日常生活のすべてがコーヒーを起点にしているんです」と、そのプロ意識に大いに感銘を受けたという。

■コーヒーの風味を“伸ばす“、口当たりの心地よさ
まさにコーヒー漬けともいうべき充実した日々の中で、新たな転機をもたらしたのは、本連載にも登場したWEEKENDERS COFFEEの店主・金子さんだった。共通の知人を通じた交流の場で、メルボルンを訪れた金子さんと黒須さんが出会ったのは、帰国が近づいてきた頃。折しも新たなロースタリーの開店を考えていた金子さんから誘いを受け、帰国後は埼玉から京都に移り、WEEKENDERS COFFEEのスタッフとして焙煎に携わる機会を得た。「本格的に焙煎機を使うのはこの時が初めてでしたが、実はメルボルンにいる時に、トシさんに焙煎の話を聞いたりして、自分でもポップコーンのマシンを使って焙煎を始めていました。簡易な機械でしたが、途中で豆を混ぜたり、蓋を開け閉めしたりしながら、焙煎の基本的な原理を理解するのに役立ちました」

実際に焙煎機に触れ、豆を焼く経験は、黒須さんにとって貴重なものだった。ただ2年ほど続けていくうちに、ある思いが頭をもたげてくる。「アシスタントや店のスタッフとしては、ミスなく焙煎することが仕事ですが、本当にコーヒーの味作りを追求しようと思ったら、自分で生豆を買って、たくさん失敗を重ねないと身に付かないのではと感じたんです。自らリスクを負ってこそ、緊張感も生まれ、スキルも伸びていくものではないかと」。ならば、自分が店主として独立するしかない。その意志が、「STYLE COFFEE」開店の原動力となった。

黒須さんが目指すコーヒーの味作りにおいて、最も重視するのはマウスフィールと呼ばれる、口当たりの心地よさ。「液体がスムースに口に含まれることで、コーヒーの甘味や香りが、より“伸びていく“感覚を表現したい」という黒須さん。論より証拠、ひと口含めば、するんと滑らかな舌触りと共に、ふっくらと膨らむ香味と果実味が横溢。酸はあくまで穏やかで、文字通り、伸びやかなフレーバーの広がりと、じんわりと甘い余韻が印象的だ。さらに、アイスコーヒーなら、温度が下がることで透明感とみずみずしさが増し、後味の甘味はいっそう爽やかに。この味わいの秘訣は、独自の冷やし方にある。コーヒーを氷で直接冷やさず、サーバーを氷水に浸けて12度まで急冷する、手間ひまの賜物だ。

「一般的に、ホットコーヒーの抽出では、粉の量や湯の温度まで細かく数値を決めることが多いですが。アイスになるととたんにアバウトになるのが以前から気になっていて。アイスコーヒーを作る時は、濃度をコントロールにすると共に、ぬるくなる過程で香りが広がるようなイメージで提供しています」と黒須さん。当初は基本、氷なしで提供、さらには、渋みを抑えるために、抽出した最初の液体は別に取って置き、急冷後に戻すという工程もあったというから恐れ入る。子細に聞けば、オリジナルの蕎麦猪口は、口当たりの良さを生かすべく、縁の薄さや釉薬のかかり方まで特注。カフェラテなら、どこから飲んでも同じ味になるよう、ミルクの模様は真ん中に円形を描く。ほぼドリンクのみのシンプルなメニューに秘められた探求の深みこそ、この店の真骨頂だ。

■探求を深化しながら“思考の余白”を残す
開店当初は、焙煎の試行錯誤に苦心したが、今ではプロファイルも安定し、イメージする味を再現できるようになってきたという黒須さん。とはいえ、店を続ける中で、ここで満足することへの危惧も感じている。「最近は、焙煎のアプローチを決めすぎてしまっている気がしていて。イメージするゴールまで最短距離を求めることで、失敗の数が減った代わりに、他のより良いやり方を見逃してるんじゃないかと。このまま現状に満足せず、常にいろいろ試していくことが必要だと、改めて感じています」

渡豪前や前職時代にも抱いた飽くなき向上心と好奇心を、今なお失わない黒須さんが、最近の心境の変化に気付いたエピソードがある。「ある時、豆を卸している東京のレストランから、“焙煎豆を薪の火で追い焼きしてみたらおいしかった”という知らせがあったんです。以前なら、“せっかくベストな状態に焼いた豆を、なぜ?”と思いましたが、今は気持ちに余白ができて、“もしかしたら、薪の薫香を豆に付けられるかもしれない”と思いついて。その後は、追い焼きすることを考えて少し浅めに焙煎して送るようにしました」

最近では、懇意の店主と共に、同じ豆を使って各々の抽出による味の違いの飲み比べや、パティシエとコラボした菓子とコーヒーのペアリングなどの、イベントやワークショップを開催。多くの人と体験をシェアし、多種多様な反応をフィードバックする機会を増やし、懐深さや柔軟性を持ってコーヒーと向き合う。「開店当初から専門性を追求し、常に一定の答えを用意してきましたが、実際にはお客さんの反応はさまざま。さまざまな印象や感覚がある方がポジティブですし、日々、思わぬ差異や発見があったりするので、見えない部分ではぐっと探求して、表向きはポジティブな意味で“まとまらない”方が、店として面白い。コロナ禍で中断しているパブリックカッピングも、こういう時だからこそやるべきで、コーヒーへの先入観を除いて楽しんでもらう方法を模索しています」

そもそもコーヒーは嗜好品、正解は一つではない。常に可能性を失わず、探求し続けられることは、コーヒー店主ならではの醍醐味でもある。「完璧なものを作り出すのではなく、自分やお客さん、あらゆる人に対して“余白”を残すことで、コーヒーのことを考える機会を作る。店の名前には、そんな意味を込めています」。黒須さんが目指す「STYLE」は、これからも深化しながら、しなやかに変化し続けていく。

■黒須さんレコメンドのコーヒーショップは「YARD Coffee & Craft Chocolate」
次回、紹介するのは、大阪市天王寺区の「YARD Coffee & Craft Chocolate」。
「店主の中谷さんは、東京のGLITCH COFFEEでバリスタを務めていた時に知り合って以来、交流が続いています。大阪の人気パティスリー・なかたに亭がご実家で、スイーツのセンスは抜群。洗練された店ですが、街に溶け込んで、地元の支持を得ています。同世代で、開業時期も近く話やすい間柄で、何より謙虚な人柄が素敵。近々、自家焙煎をスタートされる予定で、これからさらに面白くなりそうな、注目の一軒です」(黒須さん)

【STYLE COFFEEのコーヒーデータ】
●焙煎機/ローリング スマートロースター 7キロ(完全熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)、エスプレッソマシン(シネッソ)
●焙煎度合い/浅煎り~中深煎り
●テイクアウト/ あり(450円~)
●豆の販売/シングルオリジン6~7種、150グラム1250円~

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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