コーヒーで旅する日本/九州編|町のみんなが自然と集う公民館的スタンド。「FAKE IT COFFEE」のリアル

  • 2022年11月28日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。
なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

九州編の第53回は、福岡市東比恵にある「FAKE IT COFFEE」。2020(令和2)年4月オープンと、店ができてまだ2年強だが、コーヒー好きの間で最近よく耳にする店。しかも、いろいろな人のSNSやブログでは店主の大瀬良卓也さんの近影が出てくる、出てくる!「この店は“人”に魅力がありそう」という直感通り、取材した日も開店早々、常連が訪れ、大瀬良さんとの会話に花が咲く。まるで町の公民館のような、コミュニティカフェならぬ、コミュニティスタンドだ。「FAKE IT COFFEE」が、東比恵という町で愛される理由を探ってみた。

Profile|大瀬良卓也(おおせら・たくや)
1983(昭和58)年、福岡県福岡市生まれ。専門学校卒業後、一度はアパレル関係の会社に勤めるが、海外で暮らす夢を叶えるために退職。ワーキングホリデー制度を利用し、オーストラリアのメルボルンへ。学生時代に約2年、シアトル系コーヒーチェーンでアルバイトをしていた経験もあり、メルボルンではコーヒーショップに勤務。その経験から本格的にコーヒーの奥深さにハマる。その後、イギリスで1年半、カナダで1年暮らし、その間も現地のコーヒーショップでバリスタとして働き、抽出の技術を磨く。2016(平成28)年に帰国し、以前から好きだった福岡市のハニー珈琲に入社。約3年半、博多区那珂にある本店にて勤務した後、退職。2020(令和2)年4月に「FAKE IT COFFEE」をオープン。

■川が見える景色が、なんか良くて
「FAKE IT COFFEE」があるのは博多区東比恵。地下鉄東比恵駅から徒歩4分ほどと駅チカの立地だが、そもそも東比恵駅自体がそのエリアに住んでいたり、働いている人以外、そこまで頻繁に利用する駅ではない。なんとなく、国道3号や百年橋通りといった幹線道路が交わっていることから車で通過するだけのイメージもある。

「東比恵に店を開こうと思っていると友人や知人に伝えると、『え、なんで?』『もっと良い場所がありそう』といったことをたくさん言われましたね」と大瀬良さん。なぜそれでも東比恵を選んだのか。「ここから見える川の景色が良いなー、と思いまして」。確かに、カウンターから見える景色は市街地ながら、どこかのどかだ。

大瀬良さんは「定休日以外、毎日朝から夜までいる場所ですから、自分が気持ちよく仕事ができた方が良いと思ったんです。開業場所を決めるにあたり、いくつかの物件を見て決めるのがセオリーなんでしょうが、僕は最初に内覧したココに即決しましたね。駅も近いし、住んでいる人も多いし、なんとかなるかなって(笑)」と振り返る。

一帯はマンションが建ち並び、実際に多くの人が住んでいるのはわかるが、なかなかチャレンジングな選択だ。ただ、大瀬良さんが言うように、ずっと仕事をする場所と考えた時に、自分が常に気持ちよくいれられるというのは重要かもしれない。

そんな風に自然体で、感覚に従うことができるのは、オーストラリアのメルボルン、イギリス、カナダと合計4年半を海外で暮らした経験も関係しているのだろうか。「うーん、どうでしょう(笑)。ただ、メルボルンで体験した、当たり前にカフェが身近にある生活というのは、僕にとってはかなり魅力的で、これが理想だなって思いました。実際、カフェがある街自体が僕の目にはステキに映りましたし、なんとなく良い街の雰囲気っていうものを感覚的に感じているのかも」と大瀬良さんは話す。

■行きあたりばったりも悪くない
海外ではずっとバリスタとして働いてきた大瀬良さん。一方で帰国後、就職したハニー珈琲では本店勤務となり、コーヒーを淹れるというより、裏方の仕事に従事した。「日本に帰ってきて、これからなにをしようと考えた時に、やっぱりコーヒーと関わる仕事がしたいな、って思ったんです。僕自身、もともとハニー珈琲さんのファンで、働くならハニー珈琲さんしかない!って、本店に履歴書を持参しました。ただ、その時はスタッフを募集していなかったみたいで、『本店勤務で良ければ』という感じで働かせていただけることになりました。本店は確かに裏方的な仕事が多いですが、僕にとってはそれもまた新鮮で。なにより焙煎をすぐ近くで見られたのは大きかったですね」

約3年半働く中で、将来のことを考えたという大瀬良さん。「ずっとどこかに勤めるというのはイメージできなくて、それなら自分で店をやるしかないかな、という感じで独立を意識しだしました。なんというか…すべて行きあたりばったりですよね」と笑う。流れに逆らわず、自身にとって最良の選択をしているとも言えるかもしれない。

そんな流れで「FAKE IT COFFEE」は開業したわけだが、オープンした時期はコロナ禍真っ只中。大手を振って“オープンしました!!”とアピールするのもはばかられ、ひっそりと店を開いたそうだ。「2020年4月というと、最初の緊急事態宣言が出された時期で、天神や博多といった繁華街にもほぼ人がいませんでした。外出するにしても、近所ぐらいなものでしたよね。そんな時期に店を開いたことで、近隣に暮らす方々が、『なんか新しい店ができてる』という感じで、コーヒーをテイクアウトしていただいたり、自宅用に豆を買ってくださる方が少しずつ増えていったんです。当店はカフェではなく豆売りをメインとした店なので、そういう意味では結果的にちょうど良い時期にオープンしたのかも」

スタートから東比恵エリアに暮らす人々に認知され、立ち寄ってもらえたと考えると、確かにそうかもしれない。

■“豆と向き合う”ってなんだ?
「FAKE IT COFFEE」は豆売りがメインの店だ。もちろんコーヒーは自家焙煎。ただ、この焙煎が大瀬良さんにとっては難関だった。長年バリスタとして働いてきたため、コーヒーを淹れることに付随して、おいしい・おいしくないの味わいの判断ができるのは当たり前。だからこそ、自分で焙煎したコーヒーのクオリティに納得ができなかったのだ。

「焙煎自体はカナダのコーヒーショップやハニー珈琲さんで実際に目にしてはいたものの、焙煎機を触ることはありませんでした。実際にやってみると、これがまったくできなくて。例えば10点満点だとしたら、最初は2点ぐらい…。何回トライしてみても、結果は大きく変わらない。最初の1年ほどは自分が理想とする味わいを作り出すことができず、毎日悩みまくっていましたね。ロースターさんが“豆と向き合う”ということを言わているのをよく耳にしていましたが、正直焙煎をしていなかったころは全然その意味がわかっていなかった。焙煎って本当に“豆と向き合う”、超地道な作業。ドツボにはまっては、なんとか抜け出して、そしてまたもっと深い穴に落ちていく、みたいな(笑)」と大瀬良さんは焙煎の難しさを語る。

ただ、大瀬良さんはとても素直な人だ。どうしても越えられない壁にぶつかれば先輩ロースターを頼り、時に実際に飲んでもらったストレートな感想を真摯に受け止め、少しずつ納得できる味わいに近付けた。もちろん、教えてもらうだけでなく、同じ焙煎機を使っている全国の店からコーヒー豆を取り寄せてはテイスティングを繰り返し、そこからヒントを見つける日々。それは今も変わらない。

「焙煎に関しては今も試行錯誤の連続です。もちろん始めた当初に比べれば、クオリティは上がってきていますが、まだまだやれることはあります。最初の1年は心が折れそうでしたが、今は楽しみながら焙煎と向き合えているのが成長ですかね」と笑う。

このポジティブさが、大瀬良さんのコーヒーにはよく表れていると思う。豆は深煎りブレンドでも一般的な中深煎り程度で、シングルオリジンはすべて浅煎りで統一。飲んだ瞬間にパッと明るさを感じ、そしてフレーバーも華やか。なにより、クリーンカップに秀でた味わいが良い。

「FAKE IT COFFEE」の屋号の由来は、“Fake it till you make it.”だ。英語圏の決まり文句のような言葉で、意味は“成功するまで、成功しているフリをしろ”だと大瀬良さんは教えてくれた。ストレートに”make it(成功する)”ではなく、“fake it(フリをする)”を屋号にしているところが、毎日を遊び心をもって楽しむ大瀬良さんの人生観を表しているようにも感じた。

■大瀬良さんレコメンドのコーヒーショップは「YOAKE COFFEE」
「『YOAKE COFFEE』の宝満くんはハニー珈琲の時の同僚です。彼も海外での滞在経験があり、海外とコーヒーが好きという点で感覚が近いと感じています。今となってはどちらもコーヒー屋を営むようになりましたが、今だによく話しますし、刺激をもらえる大切な存在です。見た目の割に(笑)、程よく力の抜けたキャラクターと、型にハマらないコーヒー屋としてのスタイルがどの層のお客様にもハードルを感じさせることのないステキな店。素晴らしい原料と丁寧な抽出でコーヒーは最高においしいですし、コーヒー以外のドリンクもあるので、さまざまなシーンで気軽に立ち寄りやすいと思います。自宅の近くにあって欲しい一店です!」(大瀬良さん)

【FAKE IT COFFEEのコーヒーデータ】
●焙煎機/DIEDRICH 2.5キロ
●抽出/エスプレッソマシン(La Marzocco Linea mini)
●焙煎度合い/浅煎り〜中深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/150グラム1300円〜




取材・文=諫山力(knot)
撮影=大野博之(FAKE.)

※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。

キーワードからさがす

gooIDで新規登録・ログイン

ログインして問題を解くと自然保護ポイントが
たまって環境に貢献できます。

掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
Copyright (c) 2025 KADOKAWA. All Rights Reserved.