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コーヒーで旅する日本/関西編|琵琶湖に一番近いロースター「きみと珈琲」。コーヒーを通して、地元の人々の暮らしを“ええ塩梅”に

  • 2022年6月21日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

滋賀県彦根市の「きみと珈琲」。琵琶湖の畔にあって、店の背後に広がる大きな空と吹き渡る風が、湖国ならではの開放感を感じさせる。地元出身の店主の小川さんは、自らがお客としてコーヒー店を心の拠り所とした経験から、自らも日常に根ざした“町のコーヒー店”を志し、2021年にオープン。「一杯のコーヒーをきっかけに、いろいろな人、モノ、コトがつながり、広がっていく場になれば」という、小川さんが提案する“暮らしに寄り添う、ええ塩梅”とは。

Profile|小川隆仁
1991(平成3)年、滋賀県高島市生まれ。大学卒業後、ホテルに就職し、島根の温泉リゾートホテルに勤務。松江のIMAGINE.COFFEEとの出合いからコーヒー店の開業を志し転身。東京の名店・堀口珈琲で約5年の経験を積んだのち、地元・滋賀に戻り、2021年、彦根市の複合施設・VOID A PART内に、「きみと珈琲」をオープン。

■人々の暮らしに寄り添う、“町のコーヒー屋”を目指して
滋賀県の大津市から長浜市まで、琵琶湖の東岸をなぞるように続く、通称・さざなみ街道。静かな湖畔の眺望は、北へ進むほどスケールが広がり、日本一の湖の大きさを実感する。街道が彦根市内に入って間もなく、公園や水泳場に並んで現れる、スカイブルーの看板が「きみと珈琲」の目印だ。「おそらく滋賀県内で、ここが一番、琵琶湖に近いロースターだと思います」という店主の小川さんは、彦根のちょうど対岸にある高島市出身。島根や東京など、長らく地元を離れて仕事に就いていたが、「県外から帰省する時に、湖西線から見る琵琶湖の眺めの良さに改めて気付いて、店を開くなら滋賀がいいなと思ったんです」と小川さん。地元の人々の拠り所となる場所を作りたい、という思いを抱いた原点は、島根にいた頃に出合った一軒のコーヒー店からだった。

大学卒業後、サービス業を志望して、島根のホテルで働き始めた小川さん。当時、休日などに足しげく通っていたのが、松江のロースター・IMAGINE.COFFEEだった。「この店で、初めてスペシャルティコーヒーの存在を知ったのですが、コーヒーのおいしさはもちろん、地域に根差した店の肩ひじ張らない雰囲気や、店主さんの気さくな人柄に、日々癒やされていました。ここに来るとホッとする、まさに町のコーヒー店といった趣で、今の自分の店作りはこの時の影響が大きいですね」と振り返る。

やがて、多忙を極める仕事に疑問を感じた小川さんは一念発起、自らもコーヒーを生業にするべく、東京の名門・堀口珈琲の門をたたく。「堀口珈琲は、東京に旅行に行った時に一度訪ねたことがあって、コーヒーがおいしかった記憶が残っていたので、再度訪ねてみたんです。ちょうど、スペシャルティコーヒー=浅煎りという流れができ始めた頃でしたが、堀口珈琲は深煎りが主流でした。自分も深煎りが好みで、その時、注文したのがワイニー&ベルベッティというブレンド。“コーヒーなのにワインのような味わいって、どういうこと?”と半信半疑で飲んでみたら、苦味が勝ちすぎず、フルーツを感じる味わいに納得。その後、ほどなくしてスタッフに応募して、働くことができたのはラッキーでした」

心機一転、堀口珈琲で本格的にコーヒーの世界に飛び込んだ小川さん。最初はカフェでのサービスやコーヒーの抽出、提供から始まり、数カ月後には生豆のハンドピック・選別の担当に。ひたすら豆と向き合い続けること約2年を経て、生豆の調達起点となる支店に移り、ベテランスタッフから焙煎を学ぶ機会を得た。「焙煎は花形のポジションなので、担当になるまでに時間がかかりましたが、ここでは焙煎やカッピングのほか、接客から経理など店の運営に関わることまで、あらゆる仕事を経験しました。この頃は1日が目の回るような忙しさでしたね。しかも、カッピングなどは当初、まったく分からないままに参加していましたが、見よう見まねで風味の表現を体得していきました」

小川さんが焙煎機に初めて触れたのもこの時。「最初に触った時は、ちょっと手が震えてましたね(笑)。ただ、煎り上げて釜から豆が出てきた時は、初めて自分の手で焼けた感動がありました。今思えば、希少な豆の銘柄もあったし、サンプルも膨大な数がある中でやらせてもらったのは、貴重な時間でした。焙煎度の幅も広く、ブレンドに力を入れていて、シングルで作れない味をブレンドで表現する経験は、今の店の味作りにも大きく役立っていると思います」

■滋賀のシンボル。琵琶湖をイメージした看板ブレンド
約5年、東京での経験を積み、いよいよ開店を目指して地元・滋賀に戻った小川さん。この時、最も重視したのが店を作る場所。面白そうな物件を探していく中で、偶然見つけたのが、現在、入居するVOID A PARTのオーナー・周防苑子さんのインタビュー記事だった。VOID A PARTは、廃ガラスと植物を組み合わせた作品『HACOMIDORI』を手がける、周防さんのアトリエに併設した複合施設として2016年にオープン。モノづくりの拠点としてだけでなく、カフェやイベントスペースとして、地元の人々が集う新たなスポットとして注目されていた。

「はじめは、“開店の相談に乗ってもらえるかも”という軽い気持ちで直接、周防さんを訪ねました。お話をするうちに、元々VOID A PART内にあったカフェの担当が近々辞められるということが分かって、相談どころか、そのまま僕らが入れ替わりで入れることになったんです」。小川さんは、新たな店の存在を知らせるべく、開店の半年前から月一回の試飲会を開催。「SNSだけでなく、実際にお客さんと接して、店のことを伝える場を作りたくて、2020年9月から12月まで開催しました。メニューの中でコーヒーだけを無料で提供して、店の味を知ってもらうと共に、地元の方々との新しいつながりも生まれました」

VOID A PARTのカフェとしては3代目、初の自家焙煎コーヒー店として、2021年2月にスタートした「きみと珈琲」。窓際に設置した焙煎機は、小川さんの原点でもある、島根のIMAGINE.COFFEEから譲り受けた店のシンボル的存在だ。「湖畔で民家も少ないので、焙煎機の煙の心配は全くなし。風通しがよく煙の抜けもいいので、焙煎するには最高の条件ですね」と小川さん。

店の看板コーヒーは、東京にいた頃から、構想を考えていたという、その名も「びわ湖ロースタリーブレンド」だ。「店の個性を表現できるのがブレンドの魅力。滋賀県民にとって切っても切り離せない、象徴的な存在・琵琶湖をイメージした味を店の顔にしたい思っていました」。柔らかな香味とまろやかなコクがしみじみと広がるコーヒーは、まさに湖のような大らかな包容力を感じる一杯だ。また、今年は1周年を迎えたのを機に、イベント限定で出していた「きみと深煎りブレンド」が、好評を受けて定番化。すっきりと香ばしい風味は、アイスコーヒーや水出しコーヒーでも、個性を発揮する。元々が深煎り好きの小川さんらしい、新たなブレンドを加えてさらなるファンを広げている。

そんなコーヒーのお供になる、フードやスイーツは奥様の佑美さんが担当。カフェで働いていた頃、パティシエや料理人から学んだレシピに、独自のアレンジを加えたオリジナルだ。自家製のチーズケーキやスコーン、パウンドケーキなどの焼き菓子は、シンプルな素材と生地の質感を生かした濃密な味わいで、思わずコーヒーがすすむ一品ぞろい。さらに、サンドイッチは地元のベーカリー・ひとつぶの天然酵母パンに、ビストロ・ナツの自家製ロースハム、地産の旬の野菜と、オール滋賀の醍醐味がぎゅっと凝縮。「素材は地元のいいものをふんだんに。試飲会を通じてつながりができた生産者や飲食店も多いですね。春は滋賀県内でも幻の茶といわれる政所茶を使ったり、夏は多賀の農家に梅を収穫に行ったり、季節ごとにメニューにアレンジしています」とは佑美さん。地元の旬を感じるメニューも、この店の楽しみの一つだ。

■一杯のコーヒーが、日常にもたらす“ええ塩梅”
実は開店当初、車でしか来られない立地に大きな不安があったという小川さんだが、それも今では杞憂に終わったようだ。「ふたを開けてみれば、元々VOID A PARTに来ていたお客さんがいらっしゃって、まったくゼロからのスタートではなかったんですね。今ではわざわざここまで来てくださる方も増えました。愛知や岐阜からドライブで来る方も多く、メニューを通じて滋賀の名産を県外に広めるきっかけになればと思います」

また、店の近くには湖畔の水泳場や公園があり、「これからキャンプやレジャーでにぎわうので、それに合わせて、アイスコーヒーや水出しコーヒーを早くに始めて、今は新たに開発したミルクブリューやコーヒートニックなどの冷たいドリンクも充実させています」と小川さん。店の裏手は、すぐ琵琶湖の畔。気候のいい時季、テイクアウトしたコーヒーを片手に、水辺でのんびり過ごす時間は、このロケーションならではの贅沢な楽しみだ。

「コーヒー専門店ではありますが、あくまでこの場所に来てもらうためのツールの一つ。ストイックになるよりは、一杯のコーヒーをきっかけに、いろんな方向につながりが広がっていけばいいなと思う。自分が島根にいた頃に感じたように、初めて来た人にも、地元で暮らす人の生活にも寄り添える場になれたら嬉しい」。そんな思いを込めたキャッチフレーズが、“あなたの、暮らしの、ええ塩梅”。心地よい開放感が満ちた空間は、湖国の新たな拠り所として根付きつつある。

■小川さんレコメンドのコーヒーショップは「Yeti Fazenda Coffee」
次回、紹介するのは、滋賀県彦根市の「Yeti Fazenda Coffee」。
「店主の打出さんはイベントを中心に活動していて、全国各地に積極的に出店。打出さんが主催する岐阜のイベントに、「きみと珈琲」も参加しています。彦根のスペシャルティコーヒー専門店として先駆け的存在ですが、ブレンドオンリーというコンセプトで幅広い種類を提案されていて、他にないテーマ性がユニークな一軒です」(小川さん)

【きみと珈琲のコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル 3キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(コーノ式)、エスプレッソマシン(VBM)
●焙煎度合い/中煎り~深煎り
●テイクアウト/あり(500円~)
●豆の販売/ブレンド2種、シングルオリジン4~5種、200グラム1500円〜

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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