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「純文学って何?」「本をどう読んでる?」 文庫『人間』を上梓した又吉直樹に聞いた、本との付き合い方

  • 2022年5月3日
  • Walkerplus

又吉直樹のベストセラー長編小説『人間』が文庫化された。『火花』『劇場』と、それまで青春の只中にいる若者が主人公であったのに対し、本作は執筆当時の又吉と同年齢の38歳。何者かになることに囚われ苦しんだ青春時代とその後の人生、さらに青春時代を共にした者たちとの当時から現在に続く葛藤を描くことにより、「人間」の存在や本質に迫っている。また文庫化に伴い、装丁の変更、大幅な加筆を行っただけでなく、「人間のテーマソングを作る」という動画企画までスタートしている。そんな又吉直樹に創作へのスタンスや、読書家としての本との付き合い方などを語ってもらった。

■書き手になったことで本との距離が開いてしまった
――又吉さんが著書を出されるのは2020年4月の文庫『東京百景』以来となります。生活様式がこの期間でまるで変わりましたが、又吉さんと本の“距離感”って変わりましたか?執筆はもちろん、読者としての関係性も含めて。

又吉:『火花』を書いた後くらいから、ちょっと書店に行きにくくなった、というのはあります。『カキフライが無いなら来なかった』(09年)とか『東京百景』(13年)が出た時は、うれしくて書店に見に行ったりしたんですけど、『火花』の時はそういう気分になれなかった。そのあたりから書店に行く頻度は減ったかもしれないですね。

――『火花』は日本中を巻き込んでのブームになりましたもんね、「書店に行くのが怖くなった」みたいなことでしょうか?

又吉:職場がある街に行きにくくなるっていうことを聞くじゃないですか。あの感じに近いですかね、職場感が出たというか。本って面白いよな、本を売る場所って素敵だよなって幻想みたいなものがかつてはあったと思うんです。多分みんな、職場で働く前ってそんな思いを抱いていると思うんですけど、いざ実際に働き始めると大変な状況があったり、大変な上司がいたりとか幻想だけではない現実に直面しますよね。そういう風に自分の職場に近い場所になって、緊張感が出てきたんだと思います。

――楽しいだけの場所ではなくなってしまった?

又吉:芸人にとっての劇場も、楽屋にすごい先輩がいたりして楽しい場所ではあるけど緊張感のある場所でもある。楽しいだけの場所ではなくなったっていう意味では一緒かもしれないですね。休みの日に劇場に行ったりしないんですよ。それまではお客さん的な感覚が強かったんですけどそうじゃなくなった、ということかもしれません。

――本と開いてしまった距離はそのままなんですか?

又吉:でもコロナ以降、時間がとれるようになって、またいろいろ作品に触れる機会は増えました。海外のものとか亡くなっている人の本とか、近代文学とか読むようになってきています。

――又吉さんの活動はジャンルを大きくまたぐじゃないですか。お笑いがあって、小説やエッセイがあって、ドラマにも出られて。そんな又吉さんにとって「本」がいいなって感じるのってどういうところなんですか?

又吉:本は自分のペースで読めるというのがまずありますね。特に小説は、時間の流れが他のエンターテインメントに比べてゆっくりだと思うんですよね。200ページくらいの短い作品でも、人によっては数日から数週間作品と一緒にいることになる。テレビドラマにも言えることなんですけど、ドラマのいいところって1話見て次の話までにまでに1週間あることだと思うんです。「どうなるんだろ?」って期待できる時間があることによって、視聴者の普段の生活とドラマがあるという別の人生を結び付いていく。時間にしたら10話で10時間くらいなんですけど、数カ月そのドラマと共にいた、そんな実感を残してくれますよね。本も自分の日常や人生と作品が結び付きやすい。買って手元にあるものですからなおさらですよね。エンターテインメントには、それぞれの面白さや強みがあると思います。でも本の、自分で手に持って自分のペースで開けて、1対1でそれを読むことができるっていうのは大きいかなと思いますね。

■わからない=面白くない、ではない
――『人間』ですが、純文学と呼ばれるジャンルになります。純文学って「難しい」という印象があるのですが…。

又吉:一言で純文学って言ってもいろんな作品があり、純文学の垣根を越えた作品もあると思うんで難しいところなんですけど、僕は、「物事を単純化せずに複雑なことを複雑なものとして尊重しているもの」が好きですかね。わからないことをわからないままにしてもいい。でも複雑なものとか難解なもの、わからないものは嫌われるんですよね。本でも映像でも、「それでなんなん?結果どうなったかを教えてくれよ」って思う人は多いと思うんです。でも僕が中学時代から読み始めた純文学の「好きやな」って部分は、難解なものや複雑なもの、わからないものを楽しむところなんです。その「楽しむ」っていうのも、楽しいとか笑えるとか心地よいものばかりじゃなくて、心地悪いとか気味が悪いとか不快であるとか、ネガティブな感情がもたらされることもあるんです。でも、そういうのも含めてちゃんと尊重されている、守られてるっていうのが純文学の良いところだと思います。

――たしかに、どんどん一般的な感覚に寄り添うというか、共感を呼ぶものに流れて行ってしまうところはありますよね。

又吉:僕は、複雑なものは複雑なものとして存在していていいと思うんです。簡単なものを複雑に言ったら「カッコつけてる」とか「わけわからん」とか言われて、逆に複雑なものを簡単にすると賢いって言われて称賛されたりするじゃないですか。あれって、クラスで明るくて誰にも優しい人気者をみんなは価値があるものやって言って、端っこで何を考えてるかわからないヤツを排除しようとか、「あんな奴学校来なければええねん」って言ってるのと同じことなんじゃないかと思うんです。純文学は、世の中の複雑で難解でわかりにくいものを、その形のままで認めるジャンルであり、必要じゃないかなって思います。共感できる=面白い、共感できないもの=面白くない、と思い込み過ぎずに、共感できないものは共感できないものとして把握すべきやし、共感できないものに触れることは、感情の種類を増やしてくれるものでもあると僕は思うんです。

――又吉さんが一回読んで「うーん、わからん」という作品に出合った時、どういう方法をとるんですか?

又吉:まずはわからない理由を考えるんですけど、大体、初歩的な部分で引っかかっていることが多いんですよね。なので、わからない言葉とか6割くらいの理解でよしとしてきた単語とかをちゃんと辞書ひいて、こういう意味やんなって、まず言葉を理解していきます。で、人物名が出てきたら「誰やねん、これ」ってどういう人なのか調べたり、仮にその登場人物がミュージシャンならその人の音楽を聞いたりして。すると、「なるほどな、こういう音楽でこういう音楽にひかれる登場人物なんや」とか、「作中人物のイメージとちょっと違ったな、このギャップがこの人物なのか」とか、「なんでこの作中人物はこのミュージシャンにひかれたんだろう」とか糸口が見えてくる。パーツをどんどん補強していくと見えてくるものが変わってくるんです。

――それってめちゃくちゃその小説を楽しみ尽くしてますよね。

又吉:そうですね。このあいだも1冊読んだんですが、わからない単語とか危うい単語とか、「自分の言葉で説明しろ」って言われたら説明できるけど本当に合ってるかなっていうところが、23、4個ありましたね。リスト作って、意味調べて横に書き出して……それを読んでるだけで何となく作品全体を思い出せるくらいになりました。

――誰に教わるわけでなく、又吉さん自身でそういう読み方を開発したんですか?

又吉:難解でかっこつけてるものやろって、純文学はバカにされてきたところがあるんだと思うんです。でも共感できないもの、理解できないものを軽視することは、ある意味ですごい傲慢なんじゃないかなって。だって、自分には知らない世界がない、という前提の世界の話じゃないですか、私がわからないものは面白くないよって。中学生の時の僕で言えば、本は年上の人が書いているものだし、僕が知らないことが書かれていて当たり前だし、僕が知らないことを知りたいって欲求があるし、わからないことがあって当たり前だから、それはちゃんと調べて理解したいって欲求があって、それが未だに続いてるんです。だから、わからない=面白くないはありえないんです。

――読書に限らず、作品を批判する前に自分の至らなさを考えてみた方がいいっていうのはありますよね。

又吉:そうですね、僕が本に対する時はそういう気持ちです。逆にわかりすぎてしまった時に物足りなさを感じる、そういう感覚が初めから備わっていたなって思います。でも共感できる面白さ、安心感もありますよね。それで面白い作品もいっぱいあるし好きなんですけど、でも共感が8割とかあったとしても1割2割はわからない、自分に発見をもたらしてくれることが書いているとより好きだなって。5割わからなくてもいいと僕は思っていますね。
■“下投げ”で書くのは好きじゃない
――本はもちろん、あらゆる創作物に対して「わからないもの、共感できないものは悪」っていう空気があるじゃないですか。また、そういう意見が可視化されるようになった時代でもあります。『人間』はもちろんのこと、又吉さんが純文学というフィールドで小説を書かれる以上、そういった批判とも向き合わざるを得ませんよね。

又吉:そうですね。でも『劇場』を書く時も、嫌われ者の主人公を書きたいと思ったんです、共感されにくい人物を書きたいなって。『火花』の神谷という登場人物も共感されづらい人物だと思うんです。僕は、わかりやすく書こうというところまで計算できないですし、したいともあんまり思わないんですよね。

――一方で特にライブでは、お客さんの反応をリアルに体感してきた又吉さんだったら、多くの人が共感したり、悩むことなく楽しめる小説を容易にかけたんじゃないかとも思うんです。でもあえて純文学という姿勢を選んだ理由っていうのはあったんですか?

又吉:『火花』とは別に書いていた自伝的なものを、あともうちょっとの文量ができたら本にできるから、というお話もいただいていたんです。当時、僕の中には「伝えよう」というか、普段お笑いを見に劇場に来てくれているみんなが楽しめるものを、という意識が強くあったんですね。でもそれが、むしろえらそうやなって思ったんですよね。難しいことを書くことが「えらそう」って思われてるんですけど、「これくらいやったら皆さん理解できますよね?」「これ、皆さん好きでしょ?」という意識の方が、めちゃくちゃえらそうやなって。

――たしかに、「あなた方にはこの程度が面白いですよね」はえらそうです。

又吉:自分が作った作品に対してお金出して、図書館であったとしても時間使って読んでくれる人に対して、「これ好きやろ?」っていうのは違うんじゃないかなって。今、自分ができる最高のものを提示して、「もうこれ以上無理です」とか「これしかできないです」というものを差し出さないと舐めてるんじゃないかなって意識が僕にはあります。特に小説というジャンルに関してはそういう姿勢で臨んでいます。僕は小説もエッセイも好きで、形式によって上下をつけるつもりはないんですけど、イメージとしてエッセイは少し笑えるものにした方がいいかなとかって思ってるんですけど、いざ書き出すと一緒なんですよ。下投げで書くのがあんまり好きじゃない。

――『人間』の文中で「なぜか奥(※主要人物の一人)は創作者の態度に敏感だった」という一文があります。奥は最も又吉さん自身を想起させる登場人物ですが、下投げでは書かない、というのが創作者としての又吉さんの態度ということなんですかね?

又吉:手を抜いて面白い人はそうすればいいと思うんです。手を抜くって表現よくないですね、肩の力を抜いた方が面白くなるとか、この脱力感がいいんだよねっていうものを得意とする方はいいと思うんですけど、僕はそういうタイプではないのかなと思います。芸人でも「一所懸命頑張ってる姿を見せてはいけない」と言う人がいるじゃないですか。僕もネタ合わせしている風景とかはあんまり見せん方がいいと思うし、ネタ合わせをしない時もあるんです。そういう意味では共感できる部分ではあるんです。でも、楽なことってしんどいっていうか……。なぜかというと、サッカーやってたからかな(笑)。しんどい練習している方が、ちゃんと練習ができてると感じて気が楽な部分もある。気楽でいいよ、練習まあまあでいいよって言われるとめちゃくちゃ不安になって苦しい。芸人が頑張ってる姿を見せへんって、要は普通にしとけってことなんですよね。僕にとっては、一所懸命取り組むけど不器用な部分があってうまくいかへんこともある、それが普通なんです。いろんなことを気にし過ぎて疲れるでしょ、気にしなくていいよって言われたら余計しんどいんですよ。子供の頃からそうしてきたから、こうしないとしんどいんです。

――『人間』は何者かになろうとしてあがいた青春期を送り、40歳近くになってその呪縛から少しだけ解放される永山という人物が語り手として登場します。又吉さんにとっては、ちゃんと頑張る、そしていかなる結果が待ち構えていようとやりきることが、何者かになることより重要ということなんですかね。

又吉:そうですね。それがやりたいわけですからね。ジャッジがある世界ではあると思うんですけど仕方ないですよね、セットなのは。基本はやりたいからやってるんですけどね。

――何かをやっていないと「生」の実感がわかない?

又吉:それはそうですね。常に「次にこれを作ります」という目標がないと、何するんやったっけってなってしまうので。何もすることないなってなったら、本当にすることがないんで。することがないという状態のためにご飯食べたり、睡眠を取りたくないんで。全ては次に何かをするために寝たり、何かを食べたり、人と会ったり、お酒を飲んだりしたいんで。主体がなくなると自分の時間そのものがなくなってしまうので、全てが無意味になってしまう、そんな感覚は常にありますね。

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