
大泉洋と柳楽優弥のW主演で、芸人・ビートたけしが師匠である深見千三郎と過ごした日々を描く、Netflix映画『浅草キッド』が12月9日(木)より全世界独占配信。
今回、本作で監督・脚本を務めた劇団ひとりにインタビュー。ビートたけしに憧れ、芸人になった劇団ひとりが、「ビートたけしの同名著書を映像化したい」と脚本を書き、さまざまなところに企画を持ち込み、念願が叶って映画化できたという本作。「僕はたけしさんの作品のひとつ」と語る彼に、ビートたけしや本作への思い、変わりゆくお笑い芸人について、そして芸人、監督、作家、父とさまざま顔を持つ自身について聞いた。
――念願だった本作の制作が決まった時のお気持ちをお聞かせください。
【劇団ひとり】7年越しの目標だったので、撮れると決まった時は本当にうれしかったです。一方で、もちろんプレッシャーもありました。たけしさんは、僕らお笑い芸人にとって神様みたいな人。信者の皆さんも多いので、その方々に怒られないように、という意味でもですね。
僕のようにたけしさんがすごく好きという人はたくさんいますが、特に若い世代の人たちは、僕らが抱いているたけしさんとは随分違う印象を持っている人も多いと思います。だから、今回制作するにあたり、そうじゃない人達にも魅力が伝わるようにと意識しました。単純に、退屈な映画だと思われたくなかったのもありますが、「知らない人の知らない世界の話」で終わるのはもったいないので、そこは気を付けて撮りました。
――具体的にどういった部分を意識されたのでしょうか?
【劇団ひとり】説教臭くなりすぎないようにしました。テンポ感や展開はもちろん、ちゃんとエンターテインメントにしないとダメだなって。ただ僕の“好き”を押し付けるのではなく、若い人が見ても楽しめるような演出にしたつもりです。
――今回、タケシ役に柳楽さんを起用された理由を教えてください。
【劇団ひとり】僕は、たけしさんにどこか寂し気があると感じていて。天才が故に誰とも分かり合えないような、バラエティの時でもふと見せる寂しげな顔が印象的なんです。僕から見ると、柳楽さんはそれを持ってらっしゃる。これはお芝居じゃどうしようもできない部分で、その人の生き方でもあって。柳楽さんは笑っていても、どこか寂し気な感じや孤高さを持っているように感じるので、ぴったりだったと思います。
――柳楽さんの演技は、ものまねではないのにすごくたけしさんを感じ、鳥肌が立ちました。どのように演出されたのでしょうか?
【劇団ひとり】最初はものまねをトレーニングしてもらいましたが、やっていくうちにものまねが邪魔になると思って。ものまねをすることによって芝居をしづらくなってしまったら本末転倒なので、クランクイン前に抜いてもらったんです。ただ世間はたけしさんを知っているので、0にするのはおかしい。所作や語尾などは、たけしさんに寄せて演じてもらいました。
――クランクイン前に全部捨てる作業は、柳楽さんもご苦労されたのではと感じます。
【劇団ひとり】そうですね。けど、ものまねすることに苦労されていましたから、多少気楽になったのではないかと思います。ものまねと芝居を両立させるのは難しいことですし、どれくらいの比重にするかは大変でしたが、結果的にはいい比重になったんじゃないかな。中でも、“タケシ”が深見師匠の所に久しぶりに遊びに行き、ご祝儀を小遣いとして渡すシーンの表情はすごく好きですし、本当にお見事でした。
――師匠・深見役は、映画『青天の霹靂』で演出経験のある大泉さんが演じられていますが、なぜお願いされたのでしょうか?
【劇団ひとり】深見師匠は、たけしさんが初めて見た時にヤクザだと思った、という描写が原作にあるくらい強面な方。大泉さんのパブリックイメージとはかけ離れていたので、実は最初は候補じゃなかったんです。でもキャスティングを考えている時に『青天の霹靂』を見返していて、もしかしたら全然ハマらないかもしれないけど、単純に大泉さんのやる深見師匠が見たくなってオファーしました。
深見師匠は映像もほとんど残っていないので、どんな話し方なのかは僕の頭の中にしかなかったのですが、大泉さんが演じた深見師匠は僕のイメージより、色気があって優しくて、すごく素敵でしたね。
――原作小説の「浅草キッド」に出合った時の衝撃や、思い出を教えてください。
【劇団ひとり】15歳の時に古本屋で手に取って初めて読み、これがお笑いの裏側なのかと思いました。今のようにネットなどの情報もない時代だったので、お笑い芸人になるには、浅草に行って、ストリップで修行して寄席に出ないといけないと感じていたし、お笑いに泥臭くてかっこいい印象がありました。
でも実際にお笑いの世界に入ったら、浅草に行くことは滅多になくて、小洒落たライブハウスでライブをして、お客さんもお年寄りばかりかと思ったら、若い女子高生も多い。お笑いはおしゃれで若い人のカルチャーだった、というのが意外でしたね。でも僕の根底には、昭和の浅草芸人たちの人情話が好きで、それに憧れてる部分が今でもあります。
――なるほど。お笑い芸人の視点から見て感じる、このお話の魅力についても伺いたいです。
【劇団ひとり】深見師匠は、芸人の美学の塊のような人だったと思うんです。端から見れば照れ屋で不器用で、いわゆる「顔で笑って、腹で泣くのが美しい」とされている人。僕たちお笑い芸人は基本、テレビに出ている時はみんな「顔で笑って腹で泣く」のが美しく、仕事だから影の姿は人に見せなくてもいいと思っています。でも僕の我としては、本当は腹で泣いているというのを見せたくて。だから、こういう映画で見せているのかなと思います。
――監督をやるにあたり、たけしさんとはやり取りはされたのですか?
【劇団ひとり】ふたりでお話をさせていただける時間を、この映画のためだけにとっていただいて。深見師匠や当時の演芸場の雰囲気をうかがいました。あと、僕はたけしさんとよくお仕事をさせてもらっていて。待ち時間とかにも、根掘り葉掘り聞かせていただきましたね。
――監督をされるのは久しぶりだったと思いますが、現場は楽しかったですか?
【劇団ひとり】楽しかったですね。頭の中でずっと思い描いていたものが、目の前で形になっていくことは何事にも代え難くて、苦労が苦労にならないんです。コロナ禍で撮影が中断するどうしようもない苦労はありましたが、芝居がうまくいかない時にどうしようという苦労はげんなりするものではなく、これをどう乗り越えて行こうかというワクワクするもので。心地よい苦労と、本当に逃げ出したい苦労と、僕の頭の中はそれをどこでどういう風に線引きしているかはかわからないのですが、映画に関する苦労は全部“いい苦労”でした。
――ひとりさんの人生において、すごく大事な作品になったと思いますが、この作品を作りあげて今どんなお気持ちですか?
【劇団ひとり】今、僕の中では、一番大事なことを映像化してしまったという空っぽ感は正直ありますが、これで悔いなしという気持ちです。たけしさんや深見師匠をこういう形でみんなに知ってもらえたことで、お笑いの世界に入って初めてお笑いに対して恩返しできたのかなと思っています。
たけしさんはまだ作品を観られていないのですが、今たけしさんの一番そばにいる無法松さんにご出演していただいて試写を観てもらい、「弟子の俺でもゾッとするぐらい似てた」と言っていただけたのが、すごく心強いです。
――改めて、ひとりさんにとってたけしさんはどんな存在でしょうか?
【劇団ひとり】たけしさんは、僕にとっての「道しるべ」ですね。10代の頃からずっとたけしさんを追いかけてきましたから。自分の美学もありますが、これでさえ自分の考えなのか、たけしさんの受け売りなのかも分からないぐらい、いろいろな話を聞いて、本を読んできました。たけしさんに憧れて、背中を追いかけて、この世界に入って、一視聴者だった僕が今、たけしさんの映画を撮れているって、不思議ですよね。
――自分の好きな人の作品を撮れるのはすごいことですし、夢がありますね。
【劇団ひとり】そうですよね。子供の頃、こんな日が来るなんて夢にも思ってないですから。タモリさんが赤塚不二夫先生の葬儀の時に、「僕も赤塚先生のひとつの作品」と言っていましたが、まさにそれと同じで、僕もたけしさんの作品の一部なんだと思います。そういう意味で言うと、たけしさんへの思いが今回ひとつ形になったのはすごくうれしいです。
――昭和、平成、令和と、世代によってお笑い芸人さんたちの特色があると思いますが、その変化をどう感じられていますか?
【劇団ひとり】基本的にはいい方向に進化していると思います。例えば、差別的な発言を言わなくなってますよね。僕らの上の世代は、そこら辺はしっちゃかめっちゃかでしたが、新世代やそれを見て育つ新しいお笑い芸人はそういうことを言わない。そういう意味ではどんどんスマートになり、昔のような少しいびつな人間はちょっと出づらくなるのかなと思います。
「飲むも打つも買うも芸の肥やし」と言っているお笑い芸人は、僕にとってはアメコミのスーパーヒーローのようなかっこいい面もありますが、特にテレビはもう厳しいかもしれません。僕は、そのヒーローの昔のいいところだけを映像に残して、再現していて。僕はお笑いも好きだけど、お笑い芸人が好きで、たけしさんもそうですが、その人の生き方に魅力を感じます。
――たけしさんをはじめ、松本人志さんやバカリズムさんなど、監督業に挑戦している芸人の方も多いですが、意識されたり、お話されたりすることはありますか?
【劇団ひとり】意識しますね。会った時に、どうやって撮っているのか、絵コンテをどうしてるかなど、具体的なことは聞きます。最近、話した人もいますが、聞いた情報がだいたい愚痴だったので、名前は伏せときます(笑)。
――芸人だからこそ撮れるものや強みはどこだと思いますか?
【劇団ひとり】お笑いのシーンやお笑いの心情は、ほかの監督さんよりはうまくできているはずです。
――芸人、監督、作家、ご家庭の顔とさまざまな顔を持たれていると思いますが、それぞれの顔は根底で繋がっていますか?それとも切り分けていますか?
【劇団ひとり】仕事面は全部一緒で、家庭はまったく別ですね。仕事に関して言うと、お笑い、執筆、映画と、目的地が違うだけで、取り組む姿勢は変わらないです。
――では、ご家庭の中での顔は?
【劇団ひとり】とにかく家庭では、順位的には一番下の方で、とにかく奥さんの尻に敷かれて、言われるがままに動いている感じです(笑)。父としては、娘が大人になった時に自分がしている仕事を観て、それで何か感じてくれたらうれしいです。
――今回の作品は分岐点だと思いますが、今後撮りたい作品はありますか?
【劇団ひとり】日本のミュージカル映画はまだ代表作がないので、そこはやりたいと前から思っています。子供の頃はミュージカル映画が嫌いだったのですが、20代後半ぐらいから逆にすごく好きになって。いつか自分でも作りたいですし、今構想中です。
スタイリスト=星野和美(MIXX JUICE)
ヘアメイク=小出みさ(MIXX JUICE)
撮影=八木英里奈
取材・文=高山美穂