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このコンテンツは、地球・人間環境フォーラム発行の「グローバルネット」と提携して情報をお送りしています。

第58回 持続可能な社会厚生指標「人間満足度尺度(HSM)」の開発

  • 2008年11月13日

このコンテンツは、「グローバルネット」から転載して情報をお送りしています。

特集/持続可能な社会指標を考える 持続可能な社会厚生指標「人間満足度尺度(HSM)」の開発 麗澤大学経済学部教授 大橋 照枝さん

無断転載禁じます

 GDP(国内総生産)が持続可能な指標でないことは、1930年代にGNP(国民総生産)を開発したクズネッツ自身が警告して以来さまざまに言われてきました。例えば、交通事故でもお金が動けばGDPに加算され、家庭内の家事のように福祉には重要でも賃金が支払われないものはGDPに加算されない等の矛盾があります。
  私は2000年に著書『静脈系社会の設計』でHSM(Human Satisfaction Measure:人間満足度尺度)を提唱しました。ブータンの前国王は、1974年にGNH(Gross National Happiness:国民総幸福)を提唱し、2007年11月26〜28日に第3回のGNHの国際会議がバンコクで開催されました。
  ほぼ同時期にブリュッセルで欧州委員会、欧州議会、ローマクラブ、WWF、OECD(経済協力開発機構)の5者主催の「Beyond GDP」会議が開かれ、アジアと欧州からGDP偏重の考え方に新しい提案がされています。

持続可能な発展の哲学を欠いた幸福論

 一人ひとりの個人が「心の満足(=幸福)」を達成している状況、つまり人間の幸福について論じた幸福論は多くありますが、幸福の前提として社会の持続可能な発展が必要との考え方は、折り込まれていません。グローバルな社会、環境、経済の帳尻を合わせるという視点の広義の幸福論が必要です。
  広義の満足(幸福)論の土台として不可欠な社会の持続可能な発展、社会的厚生とは、WCED(環境と開発に関する世界委員会)が1987年にうたった「将来世代が自らの欲求を充足する能力を損なうことなしに、現在世代の欲求を満たすような発展」が最も有力な定義です。現在の欲望の充足のため将来の世代を犠牲にしてはならない。つまり世代間の搾取をしてはならないということです。この「持続可能な発展」の定義をどう実現するかが大きな課題です。
  持続可能な社会厚生指標HSMの構築に向けて、私は経済学者バルビエと環境コンサルタント、エルキントンのトリプルボトムラインを用いました。この定義は「社会」「環境」「経済」間の良い相互作用とその帳尻を合わせるということです。HSMの構成は「社会」の分野では、労働カテゴリとして失業率、健康カテゴリとして乳児死亡率、教育カテゴリでは初等教育の就学率、ジェンダーカテゴリとして女性の4年制大学進学率を使っています。「環境」分野は、環境カテゴリとして、ver1では上水道の普及率、ver2—1では二酸化炭素(CO2)排出量、ver2—2ではエコロジカル・フットプリント、ver3—1ではCO2排出量、ver3—2とver4ではエコロジカル・フットプリントを用いています。「経済」分野では、所得カテゴリとしてジニ係数を使っています。
  「持続可能な発展」の視点から各社会指標をみると表のようになります。
  GDPを改良した指標には、表にもあるようにISEW(Index of Sustainable Economic Welfare:持続可能な経済福祉尺度)、GPI(Genuine Progress Indicator:真の進歩指標)というGDPに福祉・環境を折り込んだ指標があります。
  HDI(Human Development Index:人間開発指数)は、国連開発計画が1990年より人間開発報告書で発表しているものですが、これは・一国の平均寿命・教育指数(その国の「成人識字率」×2/3、「初・中・高等教育の総就学指数」×1/3)・GDP指数(購買力平価表示の1人あたりGDP)——を足して3で割ったもので、「環境」が入っていません。
  HPI(Happy Planet Index:地球幸福指数)は「生活満足度」×「平均余命」をエコロジカル・フットプリントで割ったものです。環境と社会の一部は入っていますが、「経済」が折り込まれていません

「持続可能な発展」の視点から見る各社会指標
※クリックすると拡大画像が表示されます。

「社会」「環境」「経済」をバランスよく組み込むHSM

 HSMをより実用化するために、HSMを構成する6カテゴリの相対的重視度の評価を行いました。
  日本の一般生活者の意識が6カテゴリの指標に対してどのような価値観を持っているかを探ったところ、重み付けの順位は、・初等教育の就学率を上げる(1.23)・失業率を下げる(1.21)・乳児死亡率を下げる(1.18)・エコロジカル・フットプリントの数値を下げる(1.08)・ジニ係数を下げる(0.92)・女性の4年制大学進学率を上げる(0.38)——となりました。そしてこの重み付けを折り込んだHSMver4を算出すると、日本は低HSM国の部類に入っています。
  次に、「社会」「環境」「経済」のトリプルボトムラインの重視度は、「環境」「社会」「経済」の順となり、日本人の「環境」への関心は高いことが判明しています。
  生活者が「社会」に対して何を求めているかを自由回答で見ると、格差、犯罪、戦争、不安のない社会、家族の安定、安心して生活できる老後・福祉、ゆとり、努力が報われる社会が挙がります。「環境」では、地球環境、破壊のない環境、経済と両立ということになります。「経済」では安定した生活、収入、仕事、ゆとりが求められていることがわかりました。このような日本の一般生活者の描くリアリティが、これから政策の中にとり入れられる必要があると思います。

動脈系から静脈系へのパラダイムシフト

 最後に、私が2000年以来提唱している動脈系のお金第一主義から、静脈系のお金に代わる自己満足を重視する方向への社会のパラダイムシフトをHSM研究の出発点として示します。つまり、GDPに示される経済最優先から、女性、環境、NGO活動、地方分散型などの重視です。
  静脈系としては、芸術、音楽、教育、基礎科学技術研究、スポーツ、社会的交流の活性化が大事です。社会的交流では、グリーンツーリズム(都市農山村交流)、NPO/NGO活動、地域通貨の活用等、芸術文化としては、いわゆるジャパニーズ・クールといわれているコンテンツ、キャラクター、アニメ、ゲーム、コミックや映画に日本は強い。ライフスタイルでは、LOHASとかスローライフ、スローフードなどの活性化です。
  ところで、日本は技術が進んでいるといわれますが、例えばある企業で携帯電話で冷蔵庫の中に何が入っているかがわかり、帰宅前に外からお風呂が沸かせるなどの技術が研究中です。それはエネルギーの無駄遣いだし、間違って使った場合は逆に危険です。25年前に“ホームオートメーション”でいわれていたことから一歩も出ていない状況です。物事の本質を見極めない考え方が、緊張感が薄れている社会に蔓延しているのではないかと考えます。本質とは環境や人間への配慮です。
  また、社会の指標の中に今後は民主主義や平和、人権などを入れていくことも考える必要があります。そのために選挙の仕組みなども指標の中に入れればいいのではと考えます。

(グローバルネット:2008年5月号より)

 

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