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このコンテンツは、地球・人間環境フォーラム発行の「グローバルネット」と提携して情報をお送りしています。

第112回 社会福祉施設と生き物の関わり

  • 2013年5月9日

特集 社会福祉施設と生き物の関わり

生物多様性の大切さを知っていた日本人

 私は国家公務員として福祉の仕事をした後、環境省にいき、最後は事務次官を務めました。福祉と環境の仕事を経験した目で社会福祉を見ますと、環境問題への取り組みが不十分ではないかと思うようになりました。そこで今回は「生き物と社会福祉施設の関係があるのか」を考えてみたいと思います。

 日本人はさまざまな生き物と共生している民族でした。ヨーロッパでは野生動物は人間の敵だとして撲滅してきました。アメリカではオオカミがいなくなり、イギリスには大型の野生動物はほとんどいません。それに対して日本人は野生動物と共生し、仲良く暮らしてきた。その代表がニホンオオカミだと思います。ニホンオオカミは人を襲うといわれたことがありますが、実際はそうではなく日本人は大きい神と受けとめ、歓迎していたのです。農作物を荒らすネズミやモグラなどを退治してくれる、イノシシなどの被害からも守ってくれる動物でした。

 西洋のグリム童話の中でオオカミは怖い動物として扱われています。しかし日本の昔話にはあまりそのような話は出てきません。日本人が野生動物と一緒に暮らしてきた証です。しかし、この大切な野生動物が日本でも急激に減っています。ニホンカワウソが絶滅し、最近ではハマグリが絶滅危惧種に指定されると報じられました。

 ライオンは草食動物を食べて生きている。草食動物は草を食べて、草はバクテリアで育ち、バクテリアはライオンの死骸を栄養にしている。まさに食物連鎖で相互に生物は助け合っている。地球上に不要な野生生物は一つもなく、これが生物多様性の大切な理由です。

社会福祉施設も生物多様性の問題と積極的に取り組む必要

 もう一つの問題として、ペットブームの裏で起きている動物虐待があります。犬や猫などが大切に扱われているのかというと必ずしもそうではない現実があります。ペットショップで売れ残った動物たちはどうなっているのか。生物多様性と動物愛護の問題は、行政だけでなく国民も企業もNPOもやらなくてはいけない。社会福祉施設も同様です。

 私が理事長を務める済生会は日本で一番大きい社会福祉法人で約380の施設を抱えていますが、生物多様性の問題と取り組んでいるかと問われると、胸を張ってイエスとは言えない状況です。

 高齢者や障害者を預かっている、人の命を預かっているのだから、電気代を節約する、生き物を大切にする、ごみの分別をする—そんな悠長なことはやっていられないと、環境問題への関心が低いところが大半でした。生物を含めた自然への認識、自然との触れ合いが不十分だと思うのです。

子供たちに必要な自然との触れ合い

 私は昔、保育行政に携わっていました。最近の保育現場を見ていると、保護者の便利さが優先され、子供たちがすくすく育つという重要なことが見失われているように思います。女性の社会進出により、働く女性のために便利な駅前や駅中の保育所が増えています。

 しかし、そこで8時間も9時間も過ごしている子供のことを考えると、自然との距離は大変遠くなっています。小さい子供たちにとって自然との触れ合いは重要です。保育所の施設整備基準は園児一人に対して3.3m2の園庭が必要としています。私はこれでも狭過ぎると思いますが、最近の基準緩和で「近くに公園があればいい」となりました。だんだん自然と保育園の距離が離れていく、老人ホームについても同じように危惧しています。

 社会福祉施設等でどのように生き物と関わっているのか調べたところ、いろいろな取り組みがありました。日本全体に広がって欲しいというのがこのセミナーを開いた所以です。大きく分けて3種類あります。

 まず一つ目です。保育園の園児、特別養護老人ホームのお年寄りのケアや心を癒したりするために、生き物をいかに利用するか。福岡県那珂川町にある青葉桐の花保育園では、園長さんが園庭に木を植えたり、水槽で魚を飼ったり、夜になると望遠鏡で星を観察している。大変素晴らしい取り組みだと思います。長崎県の諫早のいちご保育園は大きい保育園で、自然との触れ合いを増やそうと、近くの山を購入しました。その里山で夏になればホタル、秋や春は野鳥観察。畑で子供たちが土と触れ合う試みもされていた。富山県氷見市の速川保育園ではビオトープを作って魚を放し、水草を植えています。夏になればホタルが寄って来る。今頃は赤トンボが来ているのではないでしょうか。子供たちが生き物と触れ合う場を作っている。また、乗馬療法に取り組んでいるところもあります。知的障害者に馬に乗ってもらうととても元気になる。茨城県大洋村(現:鉾田市)では高齢者が乗馬療法で元気になっていると聞いたことがあります。

自然体験、生き物との触れ合いで引きこもり、不登校に改善効果

 2003年の7月1日、私が環境省の事務次官になった日に長崎市で大変ショッキングな事件が起こりました。高い立体駐車場の上から12歳の男の子が6歳の男の子を投げ落としてしまう。12歳の子供の心がここまで歪んでいるのか。あくまで一つの原因ですが、自然との距離が離れていったためではないのか。バーチャルの世界、テレビゲームやインターネットの世界に入り込んでしまって現実との区別がついていないのではないか。

 そこで、引きこもり、不登校の子供たちを支援している東京都福生市にある青少年自立援助センターに、3年間ある実験をしてもらいました。1ヵ月に1回、引きこもりや不登校の約20人を集めて、多摩川でのウォーキングや、山梨県の鷹匠を訪ね、鷹の操り方を学び、地元で落葉を集めて堆肥を作る。その結果を精神科医と心理学者によって鑑定、評価してもらいました。20人ほどのすべての子供に大きな改善効果が見られました。生き物を含めた自然との触れ合いはこんなに効果があるのかと実感しました。

生き物を資源として利用することで生態系を守る

 二つ目は、生き物を資源として利用する取り組みです。埼玉県朝霞市にある朝霞どろんこ保育園は、園内でヤギを飼っている。ヤギのお乳もうまく利用して、自然との触れ合いを深めている保育園です。銀座ミツバチプロジェクトは銀座8丁目の紙パルプ会館の屋上で始まりました。採れた蜜を老舗店のカステラやクッキーに利用するだけでなく、地元の社会福祉協議会などとも協力して、知的障害の子供たちにミツバチの観察、ミツバチが好む花をビルの屋上に植える活動などをしています。

 最後、三つ目は生物多様性を維持するために社会福祉施設が大変役立つことがあります。日本中で繁殖して農作物に大変な被害を与えているヌートリア退治を刑務所から出所した人の仕事にしているところがあります。また、ブラックバス、ブルーギルといった外来魚は日本在来のフナやコイを食べてしまう。琵琶湖にいるブラックバスなどを捕って、日本の生態系を守る活動をしているNPOが滋賀県にあります。退治した魚は知的障害者が堆肥にしています。

 こうした活動を広げるために必要なのは(1)先進的な実践例を紹介して「こうやったらうまくいく」と伝えていく(2)指導者、オーガナイザーを育てる研修会を開催する(3)社会福祉施設の経営者の意識改革—の三つです。そんな余裕などないと反論が出そうです。でも、実際お金をそんなにかけずにできることはいくつもあります。私自身も社会福祉法人の経営者ですが、山形県の老人福祉施設で園芸療法を始めています。工夫次第だと思います。

(2012年9月27日東京都内にて)

グローバルネット:2012年11月号より


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