2025年4月6日から放送が開始した新作アニメ『LAZARUS ラザロ』(以下、ラザロ)。テレビ放送のほかにもNetflix、U-NEXT、Amazonプライムビデオ、Disney+、DMM TVなどなど動画配信サイトでも公開されています。
さて、この『ラザロ』ですが、2052年を舞台としたSFアニメシリーズであり、原作と監督を渡辺信一郎氏が務めています。渡辺氏といえば、やはりアニメ史に残る金字塔的な存在である『カウボーイビバップ』の監督として知られているわけです。
アニメファンの身としてはついつい「ビバップの系譜を継ぐSFアニメがキタ!」と感じてしまうところ。しかしながら、この『ラザロ』は、安易に『カウボーイビバップ』と関連づけてはならない作品かもしれません。
米Gizmodo編集部がこの『ラザロ』について監督の渡辺信一郎氏にインタビューをしています。伝説級のアニメを生み出した渡辺氏が『ラザロ』に込めた革新的で本物の作品を創りたいという願いや、『カウボーイビバップ』のムードの源についても語っています。
ビデオ通話でのインタビューが始まったとき、サングラスをかけた渡辺信一郎氏はガンバスター(アニメ『トップをねらえ!』より)のように腕を組んで膨大なレコードコレクションの前に座っていました。
彼は凄まじいオーラを漂わせ、同氏の輝かしいキャリアの集大成となる新たな作品『ラザロ』についての話を聞く雰囲気がまさにできあがったのです。
渡辺氏が新しいSFアニメ『ラザロ』を発表したとき、誰もが頭に思い浮かべたのは1990年代の名作『カウボーイビバップ』の雰囲気を呼び起こすような物語が生まれるかどうか、という点だったと思います。
とはいえ渡辺氏はこれまで『マクロスプラス』、『サムライチャンプルー』、『スペース☆ダンディ』、『坂道のアポロン』、『残響のテロル』、『キャロル&チューズデイ』などなど独特のスタイルと心を打つストーリーを持つ作品を生み出してきたキャリアがあります。彼が、多くの人に新作アニメを「次のビバップ的作品」とみなすのではなく、新たな独立したものとして捉えてほしいと願うのも無理はないでしょう。
『ラザロ』のストーリー『ラザロ』は2052年を舞台にストーリーが始まります。天才科学者スキナーが開発した画期的な万能鎮痛剤「ハプナ」の普及により、かつてない平和が訪れる。が、その平和も束の間、スキナーは失踪し、「ハプナ」には致命的な副作用を持つことが明らかに。使用したすべての人が死の危険にさらされ、ワクチンがなければ人類の未来はないという...。
このように世界が破滅の危機に瀕した状況で、スキナーを見つけ出し、治療法を探すための特殊チーム「ラザロ」が結成され、主人公たちの物語が始まる、というのがあらすじです。
多様なクリエイター陣今作は多様なクリエイター陣も注目です。たとえば、アクションシーンの監修に『ジョン・ウィック』のチャド・スタエルスキ監督も参加しています。
さらに重要な要素である音楽には、フライング・ロータスやケンドリック・ラマーとの共演でも知られるジャズミュージシャンのカマシ・ワシントンが参加。また、エレクトロニックミュージックで活躍し、何度も来日しているフローティング・ポインツやボノボも参加しています。
アニメーション制作は『坂道のアポロン』や『残響のテロル』でも渡辺氏とコラボレーションしたMAPPAが担当。
このあたりをみるだけでも、各分野で際立った才能を見せるクリエイターが集められているのがわかります。それでもなお、『ラザロ』は渡辺信一郎の新たな『カウボーイビバップ』として位置づけれてしまうわけです。そして渡辺氏はそれを好ましく思っていないのです。
『カウボーイビバップ』はたしかに渡辺氏の最高傑作とみなされています。彼自身が、『ラザロ』を後継的な作品ではないと主張したとしても、やはり『カウボーイビバップ』との比較を完全に避けることはできていないといえるでしょう。
たとえば、カマシ・ワシントンによるジャジーなオープニングテーマ『Vortex』が、菅野よう子によるあの象徴的な『Tank!』を思い出させたりもします。いずれもとてもクールな曲ですしね。
また、『ラザロ』の主人公であるパルクール名人のアクセルというキャラクターが、ビバップの気ままなハンターであるスパイク・スピーゲルを連想させるという点も比較を避けられない要因のひとつでしょう。
『ラザロ』のサウンドやビジュアルのモチーフが、視聴者に『カウボーイビバップ』を想起させるように意図的に作られたのか、それとも偶然だったのか、という質問に対しては渡辺氏は以下のように答えています。
両シリーズを同じ監督が手掛けているのでいくつかの共通点はあると思いますが、その点については大目に見ていただければと思います。
ですが、同じことをしたり、カメオ出演をさせたり、過去の作品へのオマージュを捧げるといったことを意図的にしているわけではありません。すべてに意味や理由があり、新鮮な目で観てほしいと考えています。
そして、類似点を探すのではなく、ありのままを楽しんでください。
『ラザロ』の予告編を観ている間に奇妙なデジャブ感を感じたことについて、渡辺信一郎氏の長年のコラボレーターである脚本家の信本敬子氏が企画に参加していたことが関係しているかを尋ねました。そしてその答えは「はい」でした。
あるクリエイターの初期の傑作について、ファンやメディアはしばしばその1人の揺るぎないオータリズムの結果であるという思い込みに陥ることがあります。しかし、カウボーイビバップの独自性は、渡辺信一郎という才能とともに信本敬子も評価されるべきなのです。
信本氏は、『カウボーイビバップ』とその後の劇場版『カウボーイビバップ 天国の扉』で渡辺氏と仕事をしています。さらに『マクロスプラス』、『サムライチャンプルー』、『スペース☆ダンディ』、『キャロル&チューズデイ』といった作品でもエピソードの脚本を担当していました。
渡辺氏との仕事以外にも、今敏の『東京ゴッドファーザーズ』や大友克洋の『ワールド・アパートメント・ホラー』でも共同脚本を担当。大人気ゲームの『キングダムハーツ』のシナリオスーパーバイザーも務めました。
信本氏は、2021年12月に食道がんとの闘病の末に亡くなりました。それまでに彼女は『ラザロ』の企画協力を担当していたわけです。渡辺氏は、この作品に独特の『カウボーイビバップ』的な雰囲気を加えたのは信本氏であり、その点を称賛しました。
(信本敬子氏は)ストーリーとキャラクターを練り上げていた最初期からプロジェクトに関わってくれていました。そして、そのフェーズでは彼女から多くのアドバイスをいただきました。脚本を書こうという段になったときには彼女は重病を患ってしまったため、脚本をお願いすることはできませんでした。
なので、彼女から与えてもらった知識をすべて自分たちで引き受け、ストーリーを書きあげたというわけです。
もし『ラザロ』が『カウボーイビバップ』を彷彿とさせるとしたら、それはきっと信本さんと一緒にストーリーを作り上げてきたからでしょう。
渡辺氏は新作のプレスツアーの中で、自身が「カウボーイビバップの人」として知られることに対して気が滅入るのか、それとも作品が人々の心に響いたことを誇りに思うかと問われていました。これに対し同氏は冷静に、過去のヒット作を再現することに固執しているわけではなく、現代に根ざした近未来のSFアニメシリーズを描くことに集中していることを示したのです。
そんな新作として描かれた『ラザロ』ですが、渡辺氏は新しい作品を創りたいと考えた動機についても語っています。それは2017年に作られた短編アニメーション『ブレードランナー ブラックアウト2022』だったそうです。
この『ブラックアウト2022』は映画『ブレードランナー 2049』のスピンオフ作品で、渡辺氏が監督を務め、音楽はフライング・ロータスが担当しました。
このとき渡辺氏はアクションシリーズを手掛けるのは久しぶりだったそうですが、『ブラックアウト2022』の制作を楽しんだことを振り返り、それが『ラザロ』で何か新しいものを創りたいと思った大きな要因だったと語っていました。
渡辺氏は未来的なアニメを作るという枠にとらわれず、2025年の生活が実際にどのように見えるか感じさせる作品を作ろうと決めたそうです。
そして『ラザロ』という作品は、たしかにSFアニメでありながら空想的なフィクションではなく、現実に根ざしていると感じられます。
これは、流動的ながら重厚なアクションシーンやサウンドデザインの臨場感にも表われており、こうした要素からもこのアニメをハリウッド映画にふさわしいほどの領域のリアルさまで引き上げているといえるでしょう。
渡辺氏は紛れもないリアリズムを貫くために、『ラザロ』の制作過程の隅々にいたるまであらゆる努力を惜しまない覚悟があると述べています。
未来を舞台としたアニメを書く上でよりリアルに感じさせること、つまりリアリティを加えるということは非常に重要です。
銃を撃つシーンでも、レーザーガンやビームガンを撃ち始めると現実感は失われてしまいます。コメディ色の強い『スペース☆ダンディ』を除けば、これまでも私の作品は現実に根ざしたものを目指していました。
『ラザロ』を望んだリアリティのレベルに引き上げるために、渡辺氏はハリウッドの大作や『デューン 砂の惑星』、大人気ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』などを手掛けた実績を持つ音響効果会社「フォルモサグループ」に依頼をしました。
効果音、特に銃の射撃音については、実際の銃声からいくつかの新しい音をミックスして、少し違った音になるように(フォルモサに)依頼しました。効果音にもリアリティを持たせたかったのです。
銃声のほかにも、バイクの音なども新しい音を制作するために、既存の古い音声ファイルを使うのではなく新しい音をミックスするように依頼したとも付け加えたそうです。
音をリアルに感じさせたいという試みと同様に、渡辺氏はアクションシーンも現実的に見せたいと考えました。そのひとつが主人公アクセルのパルクールスタイルの武術があります。
彼が壁を駆け抜けたり、狭いガードレールをくぐり抜けたり、敵を飛び越えたりといった即興的な動きを、人間が実際に再現可能なもののように見えることを目指しました。
新作を作るたびに毎回何か新しいことを試みて、自分の作品を差別化することは重要だと考えます。常に新鮮な心で始めるのです。
以前にもアクションアニメを手掛けましたが、今回は差別化のために(チャド・スタエルスキ氏に)アクションの監修を依頼しました。
先述のように、アクションシーンや効果音においてリアリズムへのこだわりが理解できます。それと同じように『ラザロ』のストーリーも現実に根ざしたものにすることが重要でした。
このアニメには、健康に関する陰謀論への狂気、大手製薬会社への不信感、そして現実逃避のための自己破壊的な欲望などが詰まっています。これらは、現代社会に密接に関連しているといえます。
『ラザロ』の「健康」に対する意識の高いSFテーマが、空想的なフィクションではなく現代社会を反映したものになるようにという狙いがあったわけです。渡辺氏は、特にオピオイド危機といった薬物の乱用問題やCOVID-19のようなパンデミックからインスピレーションを得たそうです。
『ラザロ』は単に現実て起こっている状況のメタファーとして描いてるわけではありません。
観ている人に「もし自分がこうした状況下に置かれたどうするか」という問いを投げかけたかったのです。
コロナ禍においてもさまざまな反応がありました。それは白か黒かという単純なものではなく、グラデーションのようなものでした。『ラザロ』もそのように描きたかったのです。
渡辺信一郎作品においては音楽は欠かすことができない要素であり、それは『ラザロ』でも例外ではありません。
アニメのスタートに先がけて、先述の3組のミュージシャンによる楽曲が公開されました。ボノボの『Dark Will Fall』、フローティング・ポインツの『Dexion』、そしてカマシ・ワシントンの『Vortex』の3曲。このような有名なミュージシャンががっつり参加しているのをみても音楽への気合いの入りようがわかりますね。
膨大なレコードコレクションを前にインタビューを受ける渡辺氏に、つい「『ラザロ』の雰囲気に合う日常的に聴いている曲」を5曲ほど聞いてみることにしました。
この即席の質問に対し、彼は「オフトピックで5曲を選ぶのはちょっと難しいですね」と笑いながら優しく断りました。が、質問が失敗してしまったという表情を見て、「ブー・ラドリーズを知っていますか?」と彼は助けを出してくれました。
「はい」と答えながら、『ラザロ』のエンディングテーマとしてクレジットされている1990年代のシューゲイザー/ブリットポップのバンド名を思い出しながら答えました。渡辺氏はそれを受けて以下のように続けました。
オリジナルのブー・ラドリーズの楽曲『Lazarus』はたしか1993年か1994年にリリースされました。この曲を聴いてからずいぶんと時が経ちましたが、この曲からは本当にインスピレーションを受けましたね。
それが、『ラザロ』が生まれた大きな要因です。
なので、誰かがこの古いCDを持っているのなら、ぜひ取り出して聴いてみることをおすすめします。
ブー・ラドリーズのCDをレコードショップで探すのが難しい場合、こちらから聴いてみてください。
『ラザロ』は全13話が予定されており、物語はまだまだ始まったばかり。先述のようにテレビ放送でも各種動画配信サイトでも視聴が可能です。
渡辺信一郎の新たな作品として、「ありのままを楽しむ」という同氏の言葉を胸に、このSFアニメを見てみようと思います。
もうひとつの渡辺信一郎監督インタビュー なぜ手で描くのか? 渡辺信一郎監督が語るアニメ『LAZARUS ラザロ』と創作の未来 『カウボーイビバップ』や『サムライチャンプルー』などを手掛ける、渡辺信一郎監督の最新作となるテレビアニメ『LAZARUS ラザロ』。放送されるやいなや、世界中で大きな話題となっている本作について、今回はその渡辺監督にインタビュー。『ジョン・ウィック』シリーズでおなじみのチャド・スタエルスキ監督をアクション監修として起用した経緯や、物語の中で取り上げられるAI、そして豪華面々の揃った音楽などについ https://www.gizmodo.jp/2025/04/shinichiro-watanabe-lazarus-interview.html バンドスコア カウボーイビバップ ベストスコア 4,400円 Amazonで見るPR