ゴールデンウィークを含め、13日間開催した『みる・とーぶ展』がついに終了した。4年前に閉校した旧美流渡(みると)中学校を舞台に、地域のつくり手の作品発表をするこの展覧会は、今回で5回目。美流渡は人口減少が進む300人ほどの集落だが、延べ2261人が来場した。
旧美流渡中学校。美流渡在住の画家・MAYA MAXXが仲間とつくった赤いクマの立体が目印。
この展覧会の全体については、いずれこの連載で書きたいと思っているが、今回は、期間中に私が教室の一室で行った『ミチクルのアニマル展』について紹介したい。
これまで〈森の出版社 ミチクル〉という名で、北海道の自然や人々に触れるなかで生まれた書籍を刊行してきた。これらの本の販売を『みる・とーぶ展』で続けてきたが、昨年からは作品も発表するようになっていて、そのひとつが動物マスクだった。
なぜ、動物のマスクをつくるようになったかは、以前、連載に書いた。三笠市で〈湯の元温泉〉を営み、プロレスラーでもある杉浦一生さんに頼まれて、リング入場用の衣装をつくったときのこと。衣装に合わせてクマのマスクもつくったらいいんじゃないかと思い、やってみたところ、とても良い仕上がりになり、そこから動物マスクづくりが始まった。
杉浦一生さんがマネージャーとなっている覆面レスラー北海熊五郎の入場用マスク。
昨年秋の『みる・とーぶ展』では机ひとつ分の動物マスクを展示。来場者のみなさんに、被った写真を撮ってもらった。素材として使ったのは着られなくなった毛皮のコート。近年では毛皮のコートの需要が減っていて捨てられる運命にあるものも多いことから、それらをもう一度動物に戻してみたら、毛皮も喜ぶ(?)んじゃないかと考えた。
昨年秋の『みる・とーぶ展』に出品した動物マスク。売り場の一角に展示した。
展示してみると、今度はライオンをつくってみたいとか、ツノのあるものもいいんじゃないかとか、アイデアが広がって、「よし、次回の『みる・とーぶ展』では、教室で個展をやろう」と思うようになった。
春の展覧会に向けて準備を始めたのは昨年の10月頃から。展示する場所は、以前コンピューター室として使われていた教室。8×8メートルと結構な広さがあった。この規模のスペースで個展をするのは初体験。いったい、どのくらいつくれば充実感が出るのか手探りだった。
元コンピューター室。配線が出ているので、それを隠すように台を置いてみた。
本業である編集の仕事の合間をぬって、マスクをつくっていった。目はビー玉や紙粘土、フェルトなどを使って絵の具で彩色。絵画用のメディウムで光沢を出していった。ツノは発泡スチロールやダンボールなどでかたちをつくり、上に紙を貼って、10層くらい絵の具を重ねた。色合いと質感を工夫するとツノらしい印象になっていった。
制作中のヒツジ。ツノの質感にこだわってみた。
何体もつくっているとだんだんとエスカレート。巨大になっていって、原寸に近い水牛もつくった。と、ここまでつくってみて水牛は頭に被れるギリギリの重量となり、「マスクでなくてもいいんじゃないか」という気持ちになってきた。
完成した水牛を画家のMAYA MAXXさんに試しに被ってもらった。「重くてグラグラする!」
そんなときにSNSで高山帯の岩場などで暮らすというマヌルネコの画像を見てひと目惚れ。顔のみのマスクでなく全身をつくってみることにした。ダンボールなどで芯をつくり、毛皮のコートですっぽりと包み、目鼻口をつけていくと……。
「あれ? かわいくしようと思ったのに、凶暴な感じに……」
制作したマヌルネコ。オスとメスをつくってみた。
子どもの頃から、リアルなものが好きだった。かわいらしさよりも、例えば〈海洋堂〉がつくるような精巧に再現された動物フィギュアに惹かれていたし、動物図鑑を見ては、そっくりに模写したこともあった。そして、いつの頃からか、本物とつくり物の間にある差について注意深く観察するようになっていった。
剥製は動物の皮を使っているけれど、どうして生きているように感じられないのか? とか、リアルにつくられたフィギュアやぬいぐるみでも、一瞬本物に見えるものとそうでないものがあるのはなぜか? とか、そんな点を気にしていた。
こうした観察から、本物に見える重要なポイントがどこにあるのかわかるようになって(目のキワのツヤであったり歯の不揃いな感じであったり)、そこを強調しすぎると、今回のマヌルネコのように、思ったよりも怖い感じになってしまうことも。
写真はオオカミ。目のキワが濡れているような感じにすることを大切にしている。
歯は樹脂粘土でラフにつくる。真っ白にしないで汚しを入れる。
制作した動物のなかで、ひときわ存在感が高かったのが、ヒグマの大きな顔。ほかのものはラビットやフォックス、ミンクなどのコートを素材としているが、これは古い蔵に眠っていたというヒグマのチョッキが元になっている。おそらくマタギ(東北地方や北海道の伝統的な狩人)が使っていたのではないかとのことで、私が動物マスクづくりをしているのを知って、友人がプレゼントしてくれた。
このヒグマの毛皮を頭のかたちに整え、そこに目と鼻をつけてみた。形自体はラフなものだったが、できあがると本物のような気配が生まれて驚いた。
ヒグマの毛皮でつくったクマの顔。想像以上に毛足が長かった。
展示したのは全部で20体。最後につくったのがニホンザル。サルは人間に近い顔のかたちをしていてリアルにつくるのは難しいと感じていたが、息子からのリクエストがあり、思い切って挑戦した。赤い顔の部分はフェルトを着色し、目はあまりこだわらずビー玉をそのまま使ってみた。そしてグレーの毛皮で顔を覆ってみると、意外といい感じになった。
ニホンザル
いままでつくったなかで、「いちばんかわいくできた!」と思った。そして、何か生き物の魂が感じられるような気さえした。
会場への搬入日。そのサルを運んでいたところ、『みる・とーぶ展』メンバーのひとりが、あとずさりをしながらポツリと。
「こ、怖い。半分生きてる」
え? このサルはほかのものに比べてかわいくできた(!)と思っていたので、この反応は意外だった。もしかして来場者も引いてしまう?? と不安を感じたが、とにかく展覧会は幕を開けた。
ミチクルのアニマル展
クマ
トナカイ
カピパラ
エゾシカ
ラクダ
来場者の反応は上々。「わ! なにこれ!!」と言いながらも、入ってまじまじと見てくれたり。キャーと言いながら、笑い出す人がいたり。一部の動物マスクは被ってもらえるようにしておいたので、ポーズをとって撮影してくれたりと、案外楽しそうにしていたことに安堵した。アンケートでも「アニマル展がよかった」と感想を寄せてくれる方もいて、本当にうれしかった(一部の子どもが泣いたようだったけど、全体的には受け入れられたよう!)。
動物オブジェとともに、野焼きした縄文土偶の再現展示も行った。
1年かけてつくった木彫りグマも展示。鮭、ブロッコリー、どんぐりをくわえさせることができる。
縄文土偶を再現した陶芸作品。
人面犬のようなものも出土されている。不思議な土偶を再現制作。
時々、オリジナルも。左はライオンがモチーフ。
私はこうした様子を見て、今まで作品発表について難しく考えすぎていたのかもしれないと思った。美術大学で絵画制作を学び、その後、美術の専門出版社で編集者として働き、現代アートの展覧会企画に関わったこともあった。そんななかで、もし自分が作品を発表するとしたら現代アートの文脈のなかで展開するものと思い込んでいた。
しかし、来場者にとっては、これが現代アートなのかというのはほとんど関係がなく、見たときのインパクトで楽しんでもらえていた。東京でギャラリーを借りてこれらを展示するのと、過疎地にある旧美流渡中学校という場所で展示するのとでは意味合いが違うことを実感できた。
みんなが動物マスクを被って記念撮影をしてくれた。
旧美流渡中学校での展覧会のこの感じは、明治時代に「生き人形」という本物そっくりの人形が見せ物小屋に置かれていた状況と似ているのかもしれないとも思った。ちょっと怖いけれど同時にエンターテイメントでもあるというのが見せ物小屋。そして、きっと来場者は、生き人形を見て「こ、怖い。半分生きてる」と言ったんじゃないかと想像している。
次回の『みる・とーぶ展』は9月16日から。今度は、動物が空間にギュッとひしめき合うような、そんな展示をしたいと思っている(さらにちょっと怖くなるかも!)。
動物マスクをつくるきっかけをくれたプロレスラーの杉浦さんも展示に駆けつけてくれた。早速、撮影!
水牛を被るとおそらく220センチくらいになっているのでは! ミノタウロスみたい!!
動画も撮りました!
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など歴任。2011年に東日本大震災をきっかけに暮らしの拠点を北海道へ移しリモートワークを行う。2015年に独立。〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げローカルな本づくりを模索中。岩見沢市の美流渡とその周辺地区の地域活動〈みる・とーぶプロジェクト〉の代表も務める。https://www.instagram.com/michikokurushima/
https://www.facebook.com/michikuru