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おいしい料理と海人さん。「写真展+食堂」で伝えたかったつながりとは?

  • 2023年5月23日
  • コロカル

写真と食を融合して生まれたこと

伊豆下田に住む写真家の津留崎徹花さんは、下田の漁師や海人の姿を写真に収めてきました。それを公開した写真展『海と、人と』が無事に終了。振り返ると、写真展開催の意義や新しい発見、そして食卓と生産者をつなげたいという津留崎さんの思いが伝わる展示となったようです。

「ものすごく大変だった……、けど、本当にやってよかった!」

以前この連載で、写真展を東京で開催することについてお伝えしました。今回は実際に開催してみてどうだったか、というご報告をさせてください。

〈hako gallery / hako plus〉での写真展の様子

会場は代々木上原にある〈hako gallery / hako plus〉。1階では写真の展示と食堂、物販を。2階では写真の展示に加えて動画を上映しました。

2階での動画上映

動画上映の様子。動画の編集は、下田出身で都内の映像制作会社に在籍している土屋貴聖さん。海の音や海女さんの会話など、写真だけでは伝えられないものを動画に込めることができました。

下田の海女さんの写真を組み合わせた巨大パネル

ひと言で感想を表すと、「ものすごく大変だった……、けど、本当にやってよかった!」です。やってよかったと思えた理由のひとつは、人と人が支えあったり交わったり、新しい縁がつながったり、そうして生まれるエネルギーがいかにハッピーなものか実感したからです。

写真展の感想としては少々違和感があるかもしれませんが、今回の個展は写真展でありながらも、本気で挑んだ文化祭のような感じでした。私と夫があたふたと準備していると、いろんな人たちが手を差し伸べて手伝ってくれて。そうしてなんとかでき上がった舞台にたくさんの人たちが集まり、一緒になって楽しんでくれて。人が交わることで生まれる豊かな温度や時間の広がりを、心底感じました。

写真展会場での食堂風景

展示の設営や撤収を手伝ってくれた友人や家族、漁師さんや海女さん、食堂を支えてくれた方々、東京や下田やさらに遠方から来てくださった方、一緒になって楽しんでくれたギャラリーのオーナーご夫妻、などなど。ここでは書ききれませんが、いろんなかたちでたくさんの方が関わってくれました。正確な数は把握できていないのですが、来場者数は200人以上にのぼります。まずは、この場をお借りして心より感謝を申し上げます。

写真展の設営を手伝いにきてくれた友人たち

事前の準備が大変すぎて、設営日には夫も私もすでに疲労困憊……。そこにまさかの助っ人、下田の友人たち(漁師さんも)が設営を手伝いにきてくれました。

展示のライティングを調整中

初めての個展、設置場所やライティングに迷う。というところに写真展の経験がある友人が登場! 一緒に考え、夜までともに作業してくれたこと、一生忘れません。

写真展に食堂を併設した理由

今回の個展は写真展示と動画上映に加え、会場内に「下田、海と山の幸de食堂」を併設しました。これがまた、とてもとてもよかったのです。料理を担当してくれたのは料理家のワタナベマキさん、下田〈美松寿司〉の植松隆二さん、そしてわが夫です。

マキさんはもともと下田が好きで何度も通っている方なのですが、今回のイベントのために、わざわざ下田の海女さんに会いに来てくれたり、料理に対しても人に対しても真摯で愛のある料理家さんです。

そして、下田の老舗〈美松寿司〉の植松さん。彼のお寿司を初めて食べたときに、あまりにおいしくて感動。下田の魚を植松さんの極上寿司でみなさんに召し上がってほしいと思い、出張寿司屋をお願いしました。そしてわが夫が下田で育てている無農薬天日干しのお米がとてもおいしくて。ぜひみなさんに味わっていただきたいと、土鍋ご飯と地物つまみの定食を提供しました。

寿司を握る〈美松寿司〉の植松隆二さん

下田の老舗〈美松寿司〉の4代目、植松隆二さん。営業時間中、ほぼ飲まず食わずでひたすら握り続けてくれました。本当にお疲れさまでした!

美しく盛り付けられた下田の地魚寿司

マグロや金目鯛など、下田であがった極上の魚を用いた地魚寿司は大好評でした。しゃりには津留崎家の自家製米を使っています。

夫の津留崎鎮生さんと海女の田中直美さん、漁師の飯田竜さん

夫による「下田米の土鍋ご飯と地物おつまみ」食堂。下田から手伝いにきてくれた海女の田中直美さんと漁師の飯田竜さん。本当に助かったし、一丸となったあの時間が最高に楽しかった。

お盆にのった地物おつまみセット6品

地物おつまみは、下田で宿を営む料理人の方々につくっていただきました。割烹民宿〈小はじ〉さんのひじき煮となまこ酢、生わかめ。〈千代田屋旅館〉さんの猪のしぐれ煮と蕗味噌。夫作の菜の花のおひたし。

炊きたてご飯に〈山田鰹節店〉の鰹節、はんば海苔をトッピング

わが家の自家製米を土鍋で炊き、生わさびと下田の老舗〈山田鰹節店〉の鰹節、はんば海苔をトッピング。お味噌汁にはとれたての生わかめを。

写真展会場で料理中のワタナベマキさんとイベント当日アシストに入ってくれた友美さん

ワタナベマキさんは「海藻タパス・ワンプレートスタイル」と題して、ワインに合うおつまみプレートを提供してくれました。調理中のマキさんとイベント当日アシストに入ってくれた友美さん。

ワタナベマキさんによる料理

青のりリエット、はんば海苔の素揚げ、ツボメ貝のコンフィ、ひじきとドライトマトのオイル蒸し、ひじきのグリンピースソース和え、天草を用いたニューサマーオレンジのゼリーなどなど。

鍋に入ったツボメ貝

下田の漁師さんが食堂のために海で採ってきてくれた、ツボメ貝(うれしくて泣きそうになりました)。地元では甘辛く煮るのですが、マキさんはコンフィに。貝の旨みがぎゅっと凝縮されていておいしかった〜。

料理を楽しむ海女の田中直美さん

海女の直美さん、ご自身がとった海藻をマキさんのアレンジで召し上がる。「こんな食べ方したことない、おいしい〜、魔法だ〜」と満面の笑みでした。マキさんの魔法、本当に感動ものでした〜。

料理と生産者がつながる場所をつくりたい

そもそもなぜ写真展に食堂を併設したのか。私はカメラマンとして料理の撮影をする機会が多く、私生活でも食べることや自分で料理をつくることがとても好きです。そして、できあがった料理ももちろんですが、その原点である生産者さんにもとても惹かれます。今まで撮り続けてきた海女さんや漁師さんも、まさにその生産者さんです。

食卓に並ぶ料理と生産者さん、その結びつきはごく当たり前のことなんだけれど、どうもその流れがあまり意識されていないように感じていました。両者がつながるような表現をしてみたい、それが今回の写真展と食堂の併設でした。

来場者と談笑する津留崎徹花さんとワタナベマキさん

マキさんが料理についてみなさんに説明し、私は使われている食材について話をさせていただきました。この時間がとてもとても楽しかった。(写真は友人より借用)

食事をするお客さんには、料理に関するエピソードを詳しくお伝えしました。たとえば、「お皿にのっているのは、はんば海苔の素揚げです。このはんば海苔をとっている写真がそこに展示してあります。はんば海苔はこうして手で摘んだあと水で何度も洗ってから根元の石をひとつずつハサミで取り除きます。それを板状にして天日干しにしてようやくでき上がるという、大変手間のかかったものです」とか。

するとある方が「こんなに大変な漁をしているなんて、今までまったく知りませんでした。大切に食べます!」と声をかけてくれました。厳しい自然に向き合いながら、食を支えてくれる海女さんや漁師さん。その姿を見ながら、話を聞きながら、味わってもらう。

目の前の料理から食材へ、生産者さんへ意識が流れ、そうして食卓と奥にある世界がつながっていく。そんな体験をしてもらえたことが、とてもうれしかったのです。

来場者と漁師さん、海女さんが一緒に料理を楽しんでいる

漁師さん、海女さんと一緒に食卓を囲み、現場の話をうかがいながら下田の幸をいただきました。実際に漁を行う方々が会場に来てくれたことで、今回の個展がいっそう濃く豊かなものになりました。本当にありがとうございました。

さらに「食卓を囲むって素晴らしいもんだな〜」と思ったのは、知らない者同士でも自然と会話が生まれ、知らず知らずのうちに距離が縮まっていくこと。

およそ10人ほどが座れる大きなテーブルを囲みながらいつの間にかいい空気に包まれ、食事のあとに連絡先を交換している方がいたり。「食卓を囲みながら同じ釜の飯を食う」。その素晴らしさも改めて感じました。

私の好きなふたつのこと「写真」と「食」が融合して、「食卓」と「生産者」がつながり、さらに食卓を囲むことで新たな縁が生まれ、そうしてみんなが満たされ、自分も満たされる。私がやっていきたいのはこういうことかもしれない。そんな発見もありました。

大勢が長い食卓を囲んで料理とお酒を堪能中

私が勤めていたマガジンハウスの方々と大学時代の親友たち、さらに夫の元職場の部下たちと夫の飲み仲間、さらに下田の友人が一緒に食卓を囲んで盛り上がるって、本当におもしろかったしうれしかった。

展示パネルを自分たちで制作する

とてもとても濃厚で充実した最高の6日間! だったのですが、大変だったことも正直ありました。それはズバリ準備です。写真の展示というと、多くの方はパネルの製作を業者に依頼するか既製品のパネルを使用すると思います。ですが、今回展示したパネルはすべて夫が木材を組んでつくってくれました。プリントは私が自宅や東京のレンタルラボで出力し、それをひたすら貼っていくという作業をおよそ1か月間、夫と二人三脚で続ける日々。

写真を貼る木枠パネルを制作中

もともと建築畑で仕事をしていた夫。大工仕事に慣れているとはいえ、サイズがばらばらのパネルを10枚以上つくるというのは、想像以上に大変だったようです。

パネルに写真を貼って完成

夫がつくってくれた大判パネルに、9枚の写真を貼り終えたところ。

途中「こんなに大変だとは思わなかったね」と夫がつぶやく。業者に依頼する方法もあるにはあったのですが、自分たちでつくるという考えが先に頭に浮かんだのです。というのも下田で暮らすようになってから、必要なものがあれば自分たちでつくったり修繕することが増え(家のリノベーションも夫がやってくれました)、自分でつくることのハードルがかなり低くなりました。「自分たちでつくればよくない?」というのがごく自然な流れだったのです。最後の1枚が完成したとき、夫も私も涙がでそうになるほどうれしかった……。

会場で実際に展示された状態のパネル

夫がつくってくれたパネルは木の温かみがあり写真の雰囲気ともマッチ。会場でも評判でした。

パネルの準備、食堂の準備、諸々の作業。とにかく考えることと作業が多すぎて、私は大混乱。夫婦喧嘩も度々ありましたが、夫は最後までしっかりと私を支えてくれ、そして何より一緒に楽しんでくれました。

イベントが終わった翌朝の夫の第一声、「すっごい疲れた……、けど最高に楽しかった! ありがとう」と。外注してしまえば簡単に済むパネルづくり、誰かにお願いすれば楽な食堂の準備、などなど、夫と二人三脚でやり遂げました。途中でつらくて泣きそうになったけれど、大変な思いをしてあたふたしていたからこそみんなが手を差し伸べてくれたんだと思います。だからこそ味わえた幸福感があったわけで、こんなふうにジタバタしてみるのも悪くないのでは? と、今は思います。

海女さんの自宅に飾られていた写真展の案内状

追伸写真展を無事に終えたことを報告するために、海女さんのご自宅を訪ねました。すると、玄関先に案内状を飾ってくださっていて「毎日これ見ながら、今日もやってるな、頑張ってるかな〜って思ってたよ」と。それがまたとてもうれしくて、ジーンとしてしまいました。

文 津留崎徹花

text & photograph

Tetsuka Tsurusaki

津留崎徹花

つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。料理・人物写真を中心に活動。移住先を探した末、伊豆下田で家族3人で暮らし始める。自身のコロカルでの連載『美味しいアルバム』では執筆も担当。

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