第35回 オオスズメバチの「警報フェロモン」の成分を突き止めた
小野正人さん(玉川大学農学部助教授)

人とスズメバチが共存するために ハチたちの「言葉」や社会構造の 秘密を探究したい。

プロフィール
玉川大学農学部助教授。大学院農学研究科、学術研究所ミツバチ科学研究施設、兼務。専門は、昆虫機能利用学、化学生態学、進化生物学。1960年東京都生まれ。1988年玉川大学大学院農学研究科博士課程修了(農学博士)。同年玉川大学助手、講師を経て97年より現職。88年、井上研究奨励賞「オオスズメバチの配偶行動に関する研究」、96年環境賞「日本在来種マルハナバチの実用化に関する研究」。スズメバチ、ミツバチ、マルハナバチなどの社会性ハチ類を対象に基礎と応用の境界で研究を展開。21世紀COEプログラムで、社会性ハチ類の神経系における遺伝子発現の情報伝達機構にも取り組んでいる 。著書に、『スズメバチの科学』、『マルハナバチの世界』(共著)、『マルハナバチ・ハンドブック』(共著)、『ミツバチの知恵』(共訳)など。ミツバチ科学研究施設の公式サイトは、ミツバチに関心のある人は必見。

小野正人さん

フェロモンで「会話」するハチたち

 毎年夏から秋にかけて、スズメバチの被害がマスメディアを賑わせる。ハイカーが刺されて亡くなった、遠足の子どもたちが襲われた、町中で大きな巣が発見された……。日本では、年間30人以上がスズメバチの被害で亡くなるという。
 スズメバチは大害虫なのか? 玉川大学農学部助教授の小野正人先生は、そんな見方に異議を唱える。「私たち人間がスズメバチの世界を乱すから、スズメバチも仕方なく攻撃してくる。スズメバチは本当は、とても礼儀正しい虫なのです」。
 小野先生は、オオスズメバチが攻撃のシグナルとする「警報フェロモン」の成分を突き止めた。それらの成分は特殊な構造をもつものではなく、身近な食品や化粧品に含まれる場合もあるという。この論文は8月7日付「ネイチャー」に掲載され、「化粧品や香水をつけた人が知らず知らずにスズメバチを挑発し、勘違いしたスズメバチが人を襲う?」として大きな話題を呼んでいる。ハチ研究の世界的権威、小野先生に、人とスズメバチの付き合い方を教えていただこう。

──今回の「ネイチャー」の論文は、新聞やテレビで大々的に報道されました。「どの食品を持っていたら、化粧品をつけていたら、スズメバチに襲われるのですか?」という問い合わせがさぞや、多いのではありませんか?

 たしかに、特定の化粧品をつけたり食品を持っていたら、どこにいてもスズメバチに狙い撃ちされる、と受け止めた人が多かったようです。でも、これは大きな誤解です。
 スズメバチはあくまで巣を敵から守る防衛手段として警報フェロモンによる情報伝達を行うので、巣の近くでなければ問題はほとんどありません。今回の研究では、世界最大のスズメバチであるオオスズメバチの警報フェロモンの成分を明らかにしましたが、ほかのスズメバチもそれぞれ異なる警報フェロモンをもっていて、各々香りの組み合わせで警戒情報の伝達を行っています。日本には計7種の大型のスズメバチがいますし、ピタリ同じ化合物でなくても類似の構造をもつ物質であれば、彼らを刺激してしまう可能性がないとは言えません。したがって、「この化粧品さえつけなければよい」という対策はないのです。ただ、スズメバチが、私たちの身近な香りを警戒情報にあたる言葉として使用していたという科学的な新事実は、今後私たちがスズメバチの被害を回避する上での重要なポイントになったのではないかと思います。

──それでは、今回のご研究の意義をもう少し詳しく教えてください。

 まず、スズメバチの攻撃パターンを説明しましょう。スズメバチは、人などが巣から5〜10mほどの距離に近づいてくると、動きや振動などをキャッチし、2、3頭が近づいてきて、アゴをカチカチといわせながらまとわりつくように飛び始めます。でも、この段階では刺しません。スズメバチも、なるべくなら攻撃などで体力を消耗せずに餌集めに専念したいので、きわめて礼儀正しく「近づくなよ」というサインを送ってくるのです。
 この時、人は静かに後ずさりして、来た道を戻ればよい。ところがあわてて叩いたりするとたいへんです。スズメバチはいきなり攻撃モードに切り替えて刺し、毒液を放出します。この毒液の中に、毒の成分とともに、「みんなで攻撃する時だぞ」と仲間に知らせる「警報フェロモン」が含まれており、揮発して空中をただよい巣に届きます。すると、大量の働き蜂が、巣からスクランブル発進をかけて、襲ってきます。
 では、毒液の中にある警報フェロモンは、いったいどんな化学物質なのか? これを突き止めるのが、今回の研究の主題でした。

──どのようにして、調べたのですか?

オオスズメバチ
巨大なオオスズメバチ。左がニホンミツバチ、右がセイヨウミツバチ(目盛りは、1mm)

 まず、オオスズメバチの毒嚢から毒液を取り出し、常温におきます。すると、組織を破壊したり、痛みの原因となる毒成分は重いので蒸発しないのですが、一部の物質が揮発してきます。警報フェロモンです。
 この揮発成分だけを特殊な吸着剤でつかまえて、どんな物質から成り立っているのか調べました。すると、約10種類の化学物質が含まれ、そのうちの三つが重要であることが分かってきました。中でも、2-ペンタノールという物質が最も大切で、単独でも警報フェロモン全体の半分くらいの活性を示します。ほかの二つの物質は、それぞれ単独では活性がほとんどないけれど、三つの化学物質が合わさると、警報フェロモンと同等の活性にまで上がることも分かりました。

 この仕組みは、たいへん興味深いことです。揮発性の物質は、一般に構造が簡単で重さが軽いのです。そうでないと、空中をただよえません。しかし、構造が簡単であれば、生物は作りやすく、自然界のどこにでもある可能性が高くなります。
 ここから先は推論ですが、警報フェロモンが一つの化学物質であれば、スズメバチは空中から巣にその化学物質が届くたびに「信号だ、攻撃だ」とスクランブル発進し、誤作動を繰り返すことになってしまいます。しかし、三つの化学物質が届いて初めて警報となる仕組みなら、誤発進はめったに起らないでしょう。

 さらにもう一つ、面白いことがあります。三つの化学物質の一つは、「ここにおいしい餌があるよ」と仲間に知らせる「餌場マークフェロモン」でもあるようなのです。一つの化学物質が、ある時は攻撃を知らせるフェロモンになり、ある時は餌場を知らせるフェロモンになる。その違いは、ほかの物質との組み合わせ方や配合比、濃度などによるもののようです。
 なんだか、人がアルファベットやあいうえおを組み合わせて話すのと似ていると思いませんか。

ろ紙に群がる ブランクろ紙
警報フェロモン中の3種の化学物質を合成し、しみ込ませたろ紙には、働き蜂が激しく反応し群がるが、化学物質がないと蜂はまったく寄って来ない。

──この三つの化学物質が、バナナなどのフルーツの香り成分や化粧品に使われる香料などに含まれる場合がある、ということですね。

 そうです。ただし三つの物質は、人に好まれる香りを構成する成分の中でもマイナーなものですよ。
 それに、私たちの研究グループは、日本にいる計7種のスズメバチの警報フェロモンを、既に絞り込んでいます。それぞれのスズメバチによって、警報フェロモンに含まれる化学物質の数も種類も異なり多様です。
 したがって、学術的には個々の物質の構造がたいへん重要なのですが、応用という観点からは今回の論文で明らかにした三つの物質が含まれる化粧品や食品を探したところで、あまり意味があるとは言えないでしょう。オオスズメバチは避けられても、ほかのスズメバチを刺激するかもしれませんし、自然界にはマタタビの香りに猫が反応してしまうような予期せぬことも起こりえるのです。「スズメバチの巣があるところでは、香りの強いものの使用を控える」、これが大切だと思います。

 警戒情報だけではありません。人がよい香りと感じる化学物質が、スズメバチの「言葉」であることを考えてください。化学物質による情報のやりとりは、警報フェロモンや餌場マークフェロモンだけに留まりません。女王蜂だけが出す女王物質や性フェロモン、幼虫が出す蜂児フェロモン、「ここに巣を作るぞ」と仲間に呼びかける造巣フェロモン、同じ巣の仲間だけを識別する巣仲間認識物質など、さまざまな種類があります。
 人が使う天然香料や合成香料、食品の中に、これらと同じ物質や構造がよく似た物質がある可能性は高いのです。だから、スズメバチが言葉を交わしているかもしれない山や森には、香りは持ち込まず、スズメバチの世界を乱さず、不幸な「ハチ合わせ」を避けてほしいのです。もちろん、香りは私たちの生活に潤いやアクセントをもたらしてくれる大切なものです。街中でのおしゃれやパーティーなど、スズメバチの巣に「聞こえない」ところであれば、誤解は受けませんよ。

ニホンミツバチの「布団蒸し殺法」

──化学物質のやり取りで会話し集団行動するなんて、スズメバチはずいぶん頭のよい生き物なのですね。

 匂い、つまり揮発する化学物質で情報をやりとりするのは、スズメバチだけではありません。ミツバチにとっても重要です。この例も一つ、紹介しましょう。
 これは、私たちのグループが研究し、95年9月28日付「ネイチャー」に掲載されました。オオスズメバチにニホンミツバチが襲われた時にミツバチがどのように対抗するか明らかにしたものです。「布団蒸し殺法」として有名になりました。
 オオスズメバチにとって、ミツバチの巣は格好の餌場です。働き蜂は巣を見つけると、餌場マークフェロモンを出し周囲の木などにこすりつけます。これが揮発してほかの蜂に届き、働き蜂が集まり、3頭以上になると巣の前に陣取ってミツバチを噛み殺し始めます。
 この時、セイヨウミツバチはなすすべもなく、オオスズメバチ数十頭が、わずか2時間足らずで4万頭ものミツバチを噛み殺し全滅させてしまいます。オオスズメバチはその後、中の幼虫と蛹を数日かけて自分たちの巣に運び込んで、自分たちの幼虫の餌とします。

ハチミツ
集団攻撃により占領したセイヨウミツバチの巣からハチミツを奪うオオスズメバチ

 ところが、ニホンスズメバチは、違います。
 ニホンミツバチは、オオスズメバチの餌場マークフェロモンを傍受すると、巣を出たり入ったりしてオオスズメバチをおびきよせます。そして、1頭のオオスズメバチが巣の中に入ってくると、待ち伏せていたミツバチがいっせいに飛びかかり、巨大な球を造ってオオスズメバチを中に閉じ込めてしまうのです。
 球の中の温度は48℃にもなります。オオスズメバチの上限致死温度が44〜46℃、ニホンミツバチは48〜50℃。このわずかな差を利用し、中のスズメバチを蒸し殺してしまうのです。

 この時、蜂球からは化学物質が立ち上っています。調べたところ、酢酸イソアミルという物質でした。これが「集まって球を造れ」という信号になり、たくさんのミツバチが呼応して集合し堅い球を造り出しているのです。
 おもしろいことに、この酢酸イソアミルは、ふだんのミツバチにとっては「攻撃を仕掛けろ、針を刺せ」という情報を意味する警報フェロモンです。しかし、オオスズメバチに襲われている時は、どのミツバチも刺針行動は起こさない。ひたすら集まって球を造ります。

蜂球 サーモグラフ
オオスズメバチの偵察蜂を蜂球に封じ込めたニホンミツバチ。放射されている熱をサーモグラフィーにより可視化すると、蜂球の中が48℃になっていることが分かる。

──ミツバチも、スズメバチと同様に、一つの物質が状況によってまったく異なる信号として機能しているのですね。でも、なぜ、セイヨウミツバチはなすすべもなく、ニホンミツバチは反撃できるのですか?

 長い進化の歴史が関係していると思います。オオスズメバチは、アジア地域にしかいません。養蜂業のために近代になって欧州から輸入されたセイヨウミツバチは対抗戦略を持たず、長い間、オオスズメバチと共存してきたニホンミツバチは、蜂球を造り上げた。素晴らしい共進化です。

開発によって都会に進出したキイロスズメバチ

──これからスズメバチの被害が目立つ季節ですが、スズメバチのライフサイクルにおいては、どんな時期なのですか?

 ほとんどのスズメバチはまず5月頃、土中や朽ち木の中で越冬を終えた女王蜂が、巣造りを始めます。まず小さな巣を造り卵を産み、それが働き蜂になる約1カ月の間、女王蜂は一頭で巣を拡げたり幼虫に与える餌を集めたり、育児をしたりと働きます。そのうちに、働き蜂が成虫になり、女王は巣の中に留まって産卵と巣の中の社会的秩序を保つ仕事に専念します。このあたりから、コロニーは急激に発達し、小さいコロニーで200頭、大きいものになると700から1000頭にもなります。

 餌は虫やクモ、樹液、花蜜などです。動物の死体から肉をかじりとる種類もいます。
 秋には、雄蜂や新しく女王蜂になる個体も育ちはじめ、巣の中は大にぎわいです。そのうちに、巣を造った女王蜂は死に、雄や新しい女王蜂は巣から飛び立って、同様に外に出た別の巣の蜂と交尾します。交尾を終えた新女王蜂は、土中や朽ち木に入って越冬します。翌年の5月頃になると、また新しい巣を造りはじめるのです。
 なぜ、夏の終わりから秋にかけてスズメバチの被害が急増するか、といえば、この時期はコロニーが大きくなり、巣の中で生殖機能を持つ蜂が育つ大事な時期だからです。スズメバチは、子孫を残すために巣を守らなければならないので、警戒も厳しくなります。
地中の巣 掘り出し巣
地中に造られたオオスズメバチの巣 地中から掘り出された巨大なオオスズメバチの巣

──それではこれからの行楽シーズン、郊外に出かける時どんなことに気をつけたらよいでしょうか。

 おおまかにいって、4項目あります。

(1) 巣のありそうな場所には、なるべく近づかない。
オオスズメバチは、木の空洞や地中の空洞などに巣を造りますし、そのほかのスズメバチは木の枝などにも巣を造ります。
(2) スズメバチが、香りを組み合わせて警戒情報を伝えているということを理解し、香りの強い化粧品や整髪料などを控える。
(3) 黒っぽい服装は避け、髪も白い帽子などで隠す。
これまでに刺された人を調べると、黒っぽい服装の人に集中しているので、これはとても重要です。
(4) 激しい動作は避ける。
スズメバチに慣れていない人はびっくりして、手で払いのけようとしたりしてハチを刺激してしまいます。特に、子どもの遠足などでは、一人の不適切な行動により多くの犠牲者を出してしまう恐れがありますので、十分に事前指導してください。ゆっくりと、もと来た道を戻るようにしましょう。

──最近は、都会でもスズメバチが増えていると聞きます。

 都会で増えているのは、スズメバチの中でも最も弱いキイロスズメバチやコガタスズメバチです。
 キイロスズメバチは自然の中では、樹液もなかなか吸いに来られないほど弱いのですが、代わりに餌に対するセンサーを研ぎすまし、ほうぼうから少しずつ餌を集めてきます。巣造りも柔軟で、岩や木の小さな割れ目などにも造りますし、巣が小さくなれば引っ越しまでします。弱い代わりに適応力が強い、というわけですね。
 開発が進み自然が減って餌が少なくなった時、キイロスズメバチはいろいろな場所を探して、人里にまで足を伸ばし、生ゴミや缶ジュースの残りなどを発見しました。巣も、人家に造れば暖かく、幼虫が早く育つことを知りました。しかも、人里ならキイロスズメバチにとっての最大の天敵、オオスズメバチがいない。そのため、キイロスズメバチが都会にシフトし、持ち前の多産性にも拍車がかかり、どんどん増えていったのです。
 でも、刺激しなければ何もしない、という点は、都会も山も同じですよ。

人家の巣 ジュース
人家の軒下に造られたキイロスズメバチの巣 ジュースに寄ってきたキイロスズメバチ

──スズメバチにも彼らなりの事情があり、必死に生き延びていこうとしているのですね。彼らは、彼らの言葉を駆使して社会を作り、複雑に進化してきている。そんなことを知ると、なんだか親近感がわいてきて、簡単に「駆除すべきだ」とは言えなくなります。

 もちろん、人がよく通る場所、遠足コース、都会の植え込みなどに巣が造られはじめたら、なるべく早く取り去ってしまうのがよいと思いますよ。しかし私は、スズメバチはある面で、益虫でもあると思うのです。
 スズメバチは、食物連鎖の上位にいる虫です。ほかのさまざまな虫、人にとっての害虫も食べてくれます。多くの生物種が微妙なバランスを保って生物多様性を保持しているのですから、上位のスズメバチを駆除した時に、生態系にどのような影響が出るか分かりません。
 それに、繰り返し強調しますが、スズメバチが人を刺すのは、あくまでも巣を守るためです。「人に危害が及ぶからスズメバチは退治すべし」、ではいけないと思うのです。なんとか上手に共存し、人が被害を受けずに双方が生きられる道をみつけたい。

 実は、スズメバチを集める誘引剤と装置を考案し、特許を出願しています。私たちは日常会話で「スズメバチ・ホイホイ」と呼んでいるのですが、暇なスズメバチをつかまえるためのものです。スズメバチのコロニーは、200頭くらいの小さなものだと、どの働き蜂も餌集めに忙しい。ところが、大きなコロニーになると、いつでも手薄になった仕事に加勢できるように暇な働き蜂が現れ、秋の繁殖期には巣を守るガード蜂となって偵察して回り、人と出会う確率も高くなります。「スズメバチ・ホイホイ」を使って暇な蜂は捕獲し、小さなコロニーに抑えておけば、人とスズメバチとの摩擦も少なくできるのでは、と考えているのです。

 人に危害を与えるものを害虫とし、目先の利害だけにとらわれるのでは、21世紀的とは言えないでしょう。私たちとの直接的な関係のその先に、どのような生物のネットワークが展開しているのかということを理解し、さまざまな生物と共存、共生する感覚を培っていくことがとても大切です。人とそのほかの生き物が、どうしたら上手に共存していけるのか。そのやり方を知るために、私はスズメバチをモデルとして、その生態をさらに研究していきたいと思っています。

(Photo:ONO Masato / Text:MATSUNAGA Waki)


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