第28回 パンダの糞やシロアリから有用菌を分離した 田口文章さん

パンダの糞とシロアリから分離した有用菌で、 水素を取り出し、生ゴミを分離処理。 一石二鳥のシステム実現に夢をかける。

プロフィール
田口 文章(北里大学名誉教授・医学博士)
1937年5月生まれ。59年北里衛生科学専門学院卒業、65年米国ペンシルベニア大学教養学部微生物学科卒業。北里大学衛生学部微生物学教室助手を経て、77年同大学衛生学部教授。この間米国ウイスター研究所、パリのパストゥール研究所、ベルリンのローベルト・コッホ研究所に留学。03年同大学退官。著書に「初歩遺伝子工学」、共著に「微生物がいっぱい—身近な危険から身を守る方法 」。分担執筆に「ウイルス学、医学にとってウイルスとは何か」などがある。現在H2J(エイチ・ツー・ジャパン)株式会社取締役、NPO燃料電池・水素エネルギーネットワーク顧問。暮らしと微生物をめぐる話題について長年の知見から縦横無尽に解説したサイエンスコラム「曖昧模糊」は必見。

田口文章さん

シロアリから分離した菌が生ゴミから水素を生成

 先ごろ、ある新聞の夕刊に「パンダの糞から生ゴミを効率よく処理できる菌が見つかった」という記事が掲載された。「パンダの糞」から「生ゴミ処理菌を分離」とは、なんともユニークな技術であり、かつ楽しい話ではないか。そこで、パンダの糞に魅せられた田口先生を取材してみると、話はそれにとどまらなかった。実は、この前段階に生ゴミから水素を発酵させる工程があり、これらをひとつのシステムとしてつくりあげる研究・開発が進められているというのだ。いま、燃料電池車のエネルギー源としても注目されている水素を取り出し、なおかつ、効率的に生ゴミも分解するシステムとは、どんなものなのだろう。

──現在開発中のシステムについて、おおまかにお話ししてもらえますか。

 まず、生ゴミを原料として、そこにシロアリから分離した菌を投入して発酵させ水素を取り出します。メタン発酵の場合と比較すると、発酵に要する時間も20分の1から30分の1に短縮され、プラントも小型化できるし、運転費用も安くてすむ。こうして取り出した水素は、燃料電池車のエネルギーとして活用できるのです。ただ、この方法だと水素を発酵させたあとに、生ゴミの残り滓(残渣)が大量に発生してしまうという問題がありました。そこで、生ゴミを効率よく分解する菌をパンダの糞から分離し、それらの細菌を利用して残った滓をほとんど消滅させることに成功したわけです。

──つまり、生ゴミから水素を生成すると同時に、生ゴミの分解処理もできる一石二鳥のシステムなんですね。

 水素は近い将来のエネルギー源として期待されている物質ですし、生ゴミは家庭やレストランなどから大量に発生するので、このシステムが実用化できれば地球環境に大きな貢献ができます。もっとも最初からこんなシステムをつくろうとしたわけではなかったのです。

 そもそもは15年ほど前のこと、ある会社が、ワイン工場の廃液処理に使われていたヨーロッパのメタン発酵の技術を買ってきて、これを使ってメタンを生成する菌をとってほしいと依頼されたことにはじまります。ところが、実際にやってみると、1年かかってもメタンなど出てこない。ある日、泡が少しでてきたのでそれに火をつけたら、ボンという爆発が起こった。メタンではなくて水素だったのですが、それから私は水素を生成する菌に興味を持つようになったんです。価格が安い水素が手に入れば、メタンより利用範囲が広いだろうと。これが、今取り組んでいるシステムの研究のきっかけですね。

──それで、水素を作り出す菌をあれこれ探した。  

Clostridium beijerinckii AM21B株

 いろいろ試していくうちに、シロアリの腸管から分離した嫌気性細菌が驚異的な能力をもっていることをつきとめたわけです。特別な栄養源はいらず、水道水でも発酵がどんどん進むんですから。

──有用菌を見つけ出す作業はたいへんなんですか。

 そりゃ、たいへんな作業ですよ。たとえば、抗生物質を作り出す菌の研究は、一時期世界中でやられました。でも、抗生物質を作る菌がどこにいるかなんていう方程式はないんです。あちこちから土のサンプルを採取してきて、液体スープやプリンのようなもので培養したり、いろいろ工夫を重ねるわけです。そのうち、モチに生えるような黄色や赤色のカビのコロニー(集落)ができてくると、そのカビが抗生物質を作るかどうか、一つひとつ調べていくわけです。10万個調べて1個当たれば大成功の世界なんです。ところが、私が研究対象にしたシロアリからは、100個調べたらそのうち10個くらい珍しい菌が分離できた。10万個に1個の世界からすれば、とてつもなく効率的でした。

上野動物園のパンダの糞をバケツいっぱいもらってくる

 水素を発生させたあとに残る生ゴミの残り滓の処理問題、これを解決したのが、パンダの糞に生存している菌だった。この菌を発見するために、田口先生は、上野動物園に足を運びパンダの糞をバケツいっぱいもらってきて、研究に没頭したという。

──パンダの糞から菌を見つけ出す作業も、さぞかし大変だった……。

 パンダの糞から菌を探す研究を始めたのは、5年くらい前からでした。シロアリも自然界ではなかなか分解されにくい樹木の中のセルロースを食べる。パンダもあんなに消化の悪そうな笹を食べて暮らす動物ですから、腸に笹を分解するなにか特別な菌がいるのではないかと最初に考えたからなんです。
 上野動物園にかけあってバケツいっぱいの糞をもらってきました。ところが、パンダの糞というのは、一般的な動物の糞とはまるでちがう。はじめて見た人は糞ではなく、餌だと思うくらい、食べたものが消化されないで出てきている。これは研究してもだめだ、有用な菌などいないのではと、はじめは思いました。けれども、こんなに消化能力がないのに、あのどでかい図体を維持していけるのは、普通の菌とはちがう菌がいるのかもしれないと考えを改めました。

──そうしたら、生ゴミを分解する菌が見つかった。

 そうです。糞の一部を家庭用の生ゴミ処理機に入れ、もみがらと試薬も入れて、ぐるぐる攪拌してみたり、いろいろやっているうちに、生ゴミを分解する菌が何種類か見つかったのです。ふつうはデンプンや砂糖を入れるところを、ほとんどの菌が分解できないキシリトールを混ぜた。それが効を奏したんですね。
 温度が高いほうが生ゴミ処理の反応速度がはやいので、45℃から50℃の温度でも増殖すること、また生ゴミにはいろいろな種類があるので、少なくとも油分、タンパク質、デンプンの3つを分解する3種類の酵素を持っている菌を選び出しました。さらにこの中から70℃に加熱しても失活しない酵素を作るタフな菌を5種類探し出したのです。

──パンダの糞から抽出した生ゴミ分解菌にはどんな特徴があるのでしょう。

 まず、分解能力が非常にすぐれていること。菌を増殖させて生ゴミ処理機に入れ、70〜100kgの野菜くずを投入してみたところ、残り滓がわずか3kgくらいしか出ませんでした。つまり生ゴミの97%近くが水と二酸化炭素に分解されたんです。市販されている生ゴミ処理機では80%とか90%しか分解できません。また、従来の生ゴミ処理菌では、ふすまやおからなどは分解しにくかったのですが、パンダの糞から抽出した菌は、これらの生ゴミも95%近く分解してしまいます。

──実用化のメドは?

 研究室レベルでは問題なかったので、実証実験が必要です。そこで北海道札幌市の電子制御機器専業メーカーの社長に資金を出していただいて、H2J(エイチツージャパン)という水素を専業とする会社を札幌市に設立しました。実験段階の装置はすでに開発して、それを稼動させて、いま、必要なデータを集めているところです。実際に装置をつくるとなると、水素の発酵槽の大きさや形をどうするか、攪拌する場合は、発酵槽の中を回したらいいのか、ミキサー車のように槽ごと回したらいいのか、回転速度はどのくらいの速さが適当なのか? 現在、試行錯誤しながらやっているところです。

──ところで、このシステムで水素を取り出すとコスト的には安いのですか。

 みなさん、そういう疑問をお持ちのようで、よく聞かれる質問ですね。それは企業としてやる場合には、できるだけコストを安くしなければならないし、メタン発酵で水素をつくるより、理論的にも安くできるはずです。けれども、これからのエネルギー問題を考えるなら、コストも大事だけれど、環境負荷について考えることがもっと重要です。ある人が、これまでの人類のエネルギーの推移をみてみると、薪、石炭、石油、天然ガスへと移り変わってきた。次第に炭酸ガスを出さない方向に動いているというのです。なるほど化学式で見てみると、薪は水素原子1個に対して炭素原子が10個。これに対して石炭は水素1個に炭素が2個、天然ガスになると水素4個に炭素1個と表現できます。となると、次のエネルギー源は炭素のないものになるはずだ。それがウランと水素だというんです。元素の中で一番重いウランと一番軽い水素がこれからの主役というわけですが、ウランは廃棄物処理の問題がありますから、水素が人類のエネルギーとして最重要になると私も思いますね。水素にはロマンを感じます。

──今後の抱負をお聞かせください。

 2005年に、環境をテーマにした愛知万博が開かれますね。この万博に水素を回収しながら廃棄物を処理するシステムを展示したいと思っているんです。そのためには、まずモデルを作って、興味を持ってくれる企業を探さなければならない。あと2年、必死にがんばって、協賛してくれる企業を見つけたいですね。
 それと、私自身としては、微生物と環境と技術を結びつけるシンクタンク「微生物管理機構」をつくりあげたい。それぞれの分野の研究者や技術者が、自分の手の内を隠してやっていても、結局行き詰ってしまう。お互いの共通点を見つけ出し、研究の発展の手助けをしたいと考えています。例えば、ナノ技術の医学・生物学領域への新規な展開は、技術として面白い分野と思います。

(text:OMATA Yasuo)


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